冨田敬士の翻訳ノート

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法律英語のshall, will, mayの意味と訳し方

2012-02-03 22:45:29 | 情報
 法律英語の特徴の一つは助動詞の使い方だが,実際の法律文書の中で助動詞の意味を正確に理解するのは必ずしも容易でない。特に面食らうのはshallで,しかも使用頻度は一番高い。本来の意味は「義務」(duty)の一義しかないはずだが,実際の使い方は一貫していない。なぜなのか。参考書として評価の高いBryan A. Garnerの"A Dictionary of Modern Legal Usage" (Oxford University Press)によると,この原因は契約書を作成する法律家の不注意や混乱にあるらしい。mayを使うべきところにshallを使ったりするという。
 前記の参考書によると,shallは実に8通りの意味に使用されている。そのうち代表的なものを取り上げると,例えば「許可」を表すべきところにshallを使ったケースがある(Such time shall not be further extended except for causes shown..)。この例文は「許可」(permission)の否定なのでmayを使うのが正しいという。そのほか,「権利」を表すべきところにshallを使ったケースも少なくない。The secretary shall be reimbursed for all expenses..。費用の償還を受けるのは権利であって「義務」ではないので,確かにshallは不適当である。そういうこともあって,多くの裁判所が,shallはmayを意味することもある,という判断を示しており,それも混乱の一因になっているという。
 以上のように,shallの意味ははっきりしないケースが少なくない。そこで,そういう曖昧なshallをどういうふうに訳すのがよいかであるが,契約書ではすべて「ものとする」と訳せ,というのも一つの見識ではある。そうすれば原文にshallが使われていたことがわかるし,翻訳者の方で勝手に解釈したことにもならない。「ものとする」は「~ということに決める」という意味らしい。ただ,これをひんぱんに使用すると昔の「候文」みたいで,ぎこちない印象を与える。最近,口語表現に書き換えられた日本の法律(民法や会社法)にはさすがに「ものとする」はほとんど見当たらない。
 訳し方は語感や語調の問題でもあるので,一律には決められない。日本の法律では明らかな「義務」には「~しなければならない」を使っているようだが,翻訳では必要に応じて「ものとする」もよいだろうし,「~とする」や「~する」もよいと思う。なお,shallが「許可」の意味で使われているときは,否定形なら「できない」と訳すのがわかりやすい。
 法律文書ではwillとmayもよく使われるが,どちらもほとんど一義的なので翻訳上の問題は少ない。willは「~とする」や「~する」,mayなら「~できる」と訳せばよいのではないだろうか。参考までに,willとmayの使い方を前記の参考書では次のように解説している。willの用法には二つあって,一つは,法律家(弁護士)がクライアントの依頼でadhesion contract(保険契約書やライセンス契約書のように当事者間で交渉の余地のないもの)を作成する際に,クライアント側の「義務」によくこの助動詞を使う。もう一つは合弁事業契約のように当事者の関係が微妙な場合に,双方の「義務」にwillを使用することがある。これに対し,mayは「許可」の一義が基本的な使い方になっている。

その他の参考文献
"Legal Writing in Plain English"(Bryan A. Garner, The University of Chicago Press)


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