HYAKUSHOU日記

毎日の作業と暮らしといろいろの出来事

第2回歓桜会二

2010-03-16 20:43:51 | Weblog
 写真は遠方よりお越しになられたお客様でござる。
 公共機関の不便な所ゆえ、電車やバスを乗り継いでお越しになられたのでござる。
 いつぞやの記事にも書いたのでござるが、遠方からエッチラオッチラとお越しになられるお客様が多く、そのようなお客様は当然の事ながらお越しいただいたお客様全てに、会場ののったりした雰囲気の中で和んでいただくのが、拙者の希望でござりそうしていただきたいのでござる。

 ただの展示会にはしたく無いというのが拙者の希望なのでござる。
 しかし、コーシーをお出しする裏方さんの苦労は、まあ大変なものなのでござる。
 と言いつつ、拙者がしていないので推測だけでござるがの。
 カクレ娘1号と2号そして施設の応援の女性も頑張ってくれたのでござる。
 裏方さんに深く深く感謝でござる。

 どのような所からお起しになられたかと言うと、遠いところは千葉県・神奈川県で、次いで大阪・京都・三重・奈良でござり、近くでは滋賀県内の歩いて1分以内というものでござる。
 早く言うと、すぐご近所と言う事でござるな。

 今年気がついたのが、「単に桜の鉢植えが並んでいるだけ」と思われてお越しになられる方が、少なからずお見えであったという事でござる。
 お越しになられて、寄せ植えや盆景そして吸水鉢等をご覧になられて、お喜びいただけたのが嬉しい一つでござった。
 そのためか、お茶やコーシーをお出しするとまた喜んでいただけるというのもござり、これまたうれしい事でござる。

 お越しいただいたお客様の中に、「これは梅か?ボケか?」という声を聞かせていただいたのでござる。
 「今頃桜が咲いているはずはない」というこ事と、「桜の盆栽など普通あるべきものではない」ということが、そのお言葉として現れたと思うのでござる。
 然り、でござるな。
 第1日目ごろに「高知で桜が咲いた」などとニュースが流れていたのでござるからして、当然の事でござろう。

 人間、辛い事や悲しいことよりも嬉しい事の方が、脳みそに「ビビビビビ!」と来やすいようでござる。
 お客様がお起しになられて和んでいただき喜んでいただく事で、拙者が喜びを感じ力をいただいているのでござるからして、どちらが得をしているのかちょっと判断が出来かねるのでござるな。

 昨年は、「来年もあるの?」というお言葉が聞かれたのでござるが、今年は「来年も来るよ」というお言葉が多かったのでござる。
 これは、拙者にはとてつもなく大きいプレッシャーでござった。
 拙者、ともかく気まぐれ・ともかく気まま、ともかく投げ出しタイプ、というような出来のよくない人間でござるからして(アホに加えてでござる)、これから毎年する事になりそうなのがプレッシャーなのでござる。
 しかし、嬉しいプレッシャーでござるのだ。

 終わってすぐに次回のことを言うと、鬼どころか化石まで笑い出しそうに思えるのでござるが、次回は今まで旭山をお買い求めいただいた方々にも展示にご参加いただくとか、展示のために、冬の間にそれ用の桜をご予約してお買い求めいただき展示出展いただくなど考えるのでござる。
 同じなら、多くの人で楽しめればそれに越した事はないとも思うところでござる。

 「桜を買いたいのだがその育て方が不安である」という方も多数お見えでござった。
 ご説明をすれば納得されるのでござるからして大丈夫とは思うのでござるが、判らなければ携帯かメールでお問い合わせをいただけるようにしてござるのでござる。
 お買い求めいただいた以上は、やはり来年もその桜の花を愛でていただきたいのでござるが、そうすると次第に売れなくなり、「会場費も出なくなる」という事態になるのではと心配なのでござる。
 このような心配は、アホだからするのでござろうな。

 また、お買い求めにならなくても、桜の写真を写していかれる方が多数ござった。
 「これもまたうれし」でござる。
 写真ででも桜は楽しめるものでござり、写真であれば年中楽しめるというものでござる。

 会場の玄関先に置かせていただいたツクバイの苔庭も関心の対象でござったかと存ずるものでござるが、これはまだ開花寸前という事で、ちょっと鑑賞には至らなかったのでござる。
 名前は存ぜぬのでござる誰かが、ツクバイの水がこぼれる音を聞いて、「初恋の音だね」と表現されたのでござる。
 JR柘植の駅前に「中村屋」さんというかわいい喫茶店がござり、そこの店頭にそのツクバイを設置してござるのだ。
 終了の翌日である本日、倅が設置に行かせていただいたのでござるが、1輪目が開花してござったのだ。
 今週末には七分咲きかと存ずるところでござる。
 もしそれをご覧いただけるなら、その中村屋さんまで足をお運びいただきたく存ずるのでござる。

 というところで、本日は「明日の心だ!」とさせていただくものでござる。

第2回歓桜会

2010-03-15 22:20:55 | Weblog
 いやー、ちょっとサボってしまったのでござるよ。
 ごめんやっしゃでござる。

 今日まで第2回の歓桜会でござったのだが、1日が終わると結構疲れるもので、拙宅へ着くとグターでござり、いつの間にやら就寝時間となっているのでござる。
 でもって、「ブログは気が向けばの心だ!」となってしまったのでござる。
 怠けではなくこれが拙者の本来の姿なのでござろう、などと開き直るのも拙者の姿でござる。

 11日には準備でござり、12日から本日まででござったのでござるが、なかなか勉強の4日間でござった。
 そして、しんどくても楽しい時間でもござったのだ。
 
 写真は、今回の新型の発表でござる。
 棚は昨年も使用したものでござるが、その隣が蔓で編んだランプシェードというか電球カバーというか、なのでござる。
 この蔓の一本一本が影として白い壁に映り、なんともいえぬ良い情景を描き出すのでござる。
 これは、拙者のコーヒーの親愛なるお姉さん友達であるマルチアーティストが製作されたものでござる。
 これに、背負子形の短冊賭けやカンジキ形の敷物などもお出しいただき、拙者と倅はいたく感激しているのでござる。
 いずれも素晴らしいものなのでござるのだ!

 そこへ加えて、障害施設でいろいろ製作している人の作品も展示できたのでござる。
 ド迫力の命の躍動というかエネルギーを感じさせてくれる木彫りと陶器のモニュメント、施設の職員や仲間の顔を表現してある鬼のように角の生えた陶器の顔、優しい絵付けと色合いのコーヒーカップ、昨年からデザインも絵付けも格段に発達した花瓶、などなど、実にすばらしい作品が並んだのでござる。

 また、展示の形も、昨年よりも点数を少し減らし一点ずつが見られるようにしたのでござる。
 見方を変えると、少し寂しい事のようにも思えてしまうのが欠点でもござろうか。
 加えて、前回は桜の苔玉を多く展示したのでござるが、今年は、盆栽(盆景?)を中心に据えてみたのでござる。

 施設の工房で作っているパンも、土・日の二日分が4時間足らずで売切れてしまったのでござる。
 前回は2日分が数時間で売り切れたので、今回は前回の2倍準備し、売るの人も施設の利用者さんが1名増えて販売したのでござる。
 増員した人は、実にめんこい子でござるのだ。
 そのめんこい子3人と別嬪さんがいたためでござろうか、4時間足らずでそれが売れてしまうというとんでもない事なのでござった。
 日曜には、朝の早くからパンを求めて来られたお客さんがあり、平身低頭でござった。

 ご来場いただいたお客さん方といろいろとお話をさせていただき、またお気に入りのQ鉢植えや寄せ植えなどをお買い上げいただき、差し入れをしていただいたりカンパをいただいたりで実に嬉しい感謝感謝の歓桜会でござった。

 また、おいおいこの話を続けて生きたいと存ずるところでござるのだ。
 というところで、今宵も眠くなりつつあるのでござる。

 まあ、「明日の心だ!」と参るのでござる。

芭沙羅

2010-03-11 21:00:26 | Weblog
 明日から歓桜会でござる。
 読んで字の如く、歓びと桜でござる。
 なんのこっちゃ。

 場所は永源寺の古民家じゃラリー芭沙羅亭でござる。
 それでもって、芭沙羅神将像の写真でござる。
 なんか無理にこじつけたようでござるが、じつは、こじつけでござる。
 今宵の段階、まだ展示状況を御披露目するわけには行かぬものでござり、これでござる。

 とはいえ、これも展示の一つでござるゆえ、堪忍されたしでござる。
 芭沙羅とはなんぞやといわれても、拙者そこまで勉強をしておらぬゆえ判らぬのでござる。
 されど薬師如来の守護神とあったのでござるゆえ、そうなのでござろう。

 展示は、桜はもちろんでござるが、書や木彫りや陶芸などがござる。
 木彫りと陶芸は障害者が作成したものでござり、その個性は「うーーん」となるものでござる。
 
 今年の桜の特徴は、第一に発色が良い事でござる。
 株ごとに色の濃淡はあるのでござるが、その中の比較的濃色系はより色がはっきりしていると思うのでござる。
 これは暖かい日の続いた時期があったことが元でござろう。
 第二は、開花不ぞろいでござる。
 これも親のどちらの血が濃いかによって、開花に至る高温時間の長短が影響するものと思われるのでござる。

 明日から4日間、お越しいただいた皆様と楽しい時間をもてればと存ずるところでござる。

 少々準備があるにつき、この辺で「明日の心だ!」とさせていただくのでござる。

法面緑化

2010-03-10 23:14:05 | Weblog
 写真は堆肥マルチをした法面の写真でござる。
 植えてあるのは、ヒメイワダレソウでござるが、拙者よく存じてはいないのでござる。
 御粗末な話でござる。

 今日は午前中、誘引やこの堆肥マルチに行ったのでござる。
 後は掃除と一部追埴でござり、ほとんど完了に近くなったのでござるが、落とし穴があったのでござる。
 
 落とし穴とは、完了報告書の作成でござった。
 補助金事業(決して公的補助ではござらぬ)でござるからして、当然ながら報告は必要でござろう。
 という事で、昼それをしながらということでしていると、雨が酷く降ってきて外仕事はヤンペにしたのでござる。

 しかし、後日この報告の事を報告するのでござるが、作業をした彼らには驚かされるのでござる。

 今宵急ぎのためにこれで終わりにしたいのでござる。

 ごめんやっしゃでござる。

姥捨て山の話

2010-03-09 20:42:03 | Weblog
 先日、柳田国男氏の遠野物語にある姥捨て山の記事をコピーしていただいたのでござる。
 確か産経新聞であったように思うのでござる。

 これでまず思い出したのが、今は亡き友人の顔と姿と口調でござった。
 彼は、この柳田国男氏の遠野物語をはじめ民俗学に関する書物をたくさん読破し、我々友達連にいろいろと質問をするとともに、その解説や意見を滔々とと述べるのでござった。

 拙者は当然の事ながらそのような事が判るはずもござらぬによって、生返事か頓珍漢な答えしかいえないのでござる。
 他の友人は正鵠を得た応答をしていたのでござり、拙者、実に不勉強が情けなかったのでござる。
 最後には、彼の事を「何で俺にそんなことを言うのだ。聞くのだ。馬鹿やろうー!」と心の中で叫んでいたと思うのでござるが、彼も、「おめー、もう少し勉強しろよな。」で終わるのでござる。

 しかしでござる。
 彼のおかげで、柳田国男氏が民俗学の先生で遠野物語というのがあるのだという程度の事がわかったのでござる。
 拙者、若い頃からアホでござったようだ。

 記事では、「姥捨て山とは60歳を超えた老人が山の中の広い場所へ集まり、共同生活をするところであった」という事でござる。
 そこでは、共同作業で畑を耕し、食事を摂り、村へ出て仕事を手伝って御駄賃をもらい、病人がいればその介護をし、と、老人だけの共同体で、今の老人ホームのようなものでござったとの事でござる。
 拙者の感じるところでは、それは今の老人ホームよりはるかに生産的で、活気に満ちた老人共同体であるというものでござる。

 経済が最優先する老人ホームではなく、生産と生活が最優先の老人共同体でござる。
 今、老人ホームというとイメージは、「きれいな建物、介護する人が走り回っている、車椅子がある、介護保険と介護料・入所料・・・」などでござろうか。
 姥捨て山=老人共同体にイメージするものは、「生産して自らを養う、共に助け合う、できる者ができる事を精一杯する、・・・」となるのでござる。

 拙者は、そのような共同体が本来の姿でござろうと存ずるのでござるが、そのようなことになれば時の権力者(大小に関わらず)がもっとも困るのではなかろうかと存ずるところでござる。
 どんな老人も選挙権があるのでござるからして、そのように共同体で自立生活をされては物の本質も見透かされてしまい、どんな芳しい美味しいきれいな話をしても通じるものではなく、投票していただけないかも知れぬのでござる。
 福祉に関わる事業者は、何を持っていっても話しても、自立しているのでござるからして不要な事ばかりとなるのでござり、儲からないとなるのでござる。

 そうしてみると、困った老人集団となるのでござり、権力者からするとそのようなものは抹消するか隔離された世界にするかということになるのでござるな。
 それが茗荷村の理想とするところかと感じるのでござる。
 
 されど、世は人を喰らい地球を蚕食する資本経済社会でござるからして、その経済機構とすり合わせながら行かねばならぬようでござる。
 これをジレンマというのでござろうか?

 この先の話は、拙者の頭では展開不能となり申したので、今宵もこの辺で「明日の心だ!」となるのでござる。

いよいよ完成?

2010-03-08 20:32:17 | Weblog
 先日に続く生垣でござる。
 いよいよ形が見えてきたのでござる。

 今日は拙者出勤の日ではござらぬが、出勤をしてこの作業をしてきたのでござる。
 昨日と一昨日は雨でござり、金曜のままでござったのでその続きでござる。

 送迎を他の職員が替わってしていただけたので、作業ははかどり申したのでござる。
 ヒメイワダレソウを植え、植えた紅カナメの枝を副え竹に誘引し、次の場所へ植栽をしたのでござる。

 以前も書いたように、障害を持つということはちょっと他の人と違うところがあるのだということのようでござる。
 今日は、彼らが休憩も忘れて作業に没頭してくれたのでござる。
 そのおかげで作業ははかどり、あと1日で完成というところになったのでござる。

 棕櫚縄で誘引したり、副え竹をつないで杭にくくりつけたり、安全な方法で杭打ちをしたりと、覚えればその仕事はしっかりとこなしてくれるのでござる。
 ただ、周囲が、彼らは知的障害だとか精神障害だとかいって、出来る作業をさせなかったり作業から遠ざけたりという事が通常になっているのが、彼らを押し込める結果となって彼らから可能性を取り上げる事になっているのかもしれないと、拙者、少ないミソで考えたところでござる。

 作業の進行状況を注意してみていることでござろう。
 危険な作業を安全にする方法を考えることでござろう。
 一度に複数の作業を指示しないことでござろう。
 やってみせる事で理解をさせることでござろう。
 などなど、我々が工夫する事で彼らに可能性を見つけられるようにしてやることが大事なのではなかろうかと存ずるところでござる。

 かれらは、出きれば喜び、失敗すればつらい顔をし、それらは健常者といわれるものとなんら変わるものではないのでござる。
 そこに可能性があるということに気がつけば、彼らは次のステップを望むのでござる。

 この作業を通じて、拙者が勉強をさせてもらっているのでござるな。
 彼らに可能性を見出し、出来たときに彼らと一緒に喜び、失敗は彼らとともに反省するのでござる。
 決して造園屋さんが作ったような生垣ではござらぬ。
 曲がりもすれば木が横を向いているのもござるが、そこは全体として彼らが作ったものでござり、彼らの仲間が住むところなのでござるからして、納得し自信をもって生活できる場であれば、それは大きな花丸でござる。

 また、彼らから無形の贈り物をもらったという気持ちなのでござる。
 感謝でござる。

 この気持ちのまま風呂に入るのでござるからして、このへんで、「明日の心だ!」でござりまする。

樹花

2010-03-07 20:15:01 | Weblog
 本日は雨でござる。
 それも派手に降るのではなく、降ったりやんだり、しとりしとりと降るのでござる。
 梅雨かと思う降り方でござる。

 このような日は、拙者、寂しがりやでござり、色々と思い出してるのでござる。
 どのようなことを思い出すかというと、まずは、家内の事でござるな。
 約20年の生活、そして交際を入れると二十数年という時間を思い出すのでござる。

 どのような女性であったかというと、この樹花のような女性でござるな。
 どこといって派手さのない控えめで、それでいて、その木の枝でしっかりと存在感があるという女性でござる。
 そして、いつの間にか二つの宝を残して消えてしまったのでござる。
 この樹花もいつの間にか消えたと思えば、いつの間にか赤い実がなっているのでござる。

 拙者の人生にやはりとんでもなく大きい女性でござったのだと、今思い返しているのでござる。
 そして、彼女に優しかったかと問われると、答えは「否」なのでござる。
 決して優しい亭主ではござらなかったのでござる。
 今頃反省してもかなり遅いというものでござる。
 その辺も拙者のアホさ加減でござろうな。

 もしかして、ひょっとして、間違えて、何かが狂って、歯車が逆回転して、拙者が恋をしたり細根をしたりしたというような事があれば(ここでもやはリ「ア・ホ!」という声が響くのでござる)、決してそのようなことがないようにするでござろうという事でござる。
 それはさておき、今拙者があるのはやはり彼女を抜きに考えてはいけないという事でござろうな。
 彼女との生活があったればこそ、今の形の生活があるという事でござろう。

 そして、彼女に優しくなかったということは、それと同じく自分に対してもそうであり、人に対しても同じであったのでござろう。
 それらを振り返ると、実に辛いものがあり悔しいものがあるのでござる。
 せめて、これからは、そのようなことが一つでも少なくなるようにしたいと思うところでござる。

 が、そこはアホの拙者でござるからして、つい意識せずにそのような仕儀となるやも知れず、その時は「ごめんやっしゃ」と謝るのでござるな。

 と、ここまで書いて、なお更アホさ加減に気がついて書き続けるのが辛くなるのでござる。

 と、つまらぬ事を書いてしまったようでござるが、今宵もこの辺で、「明日の心だ!」といたすのでござる。

乾癬学習会

2010-03-06 22:31:50 | Weblog
 今日は1年に2回ある学習会でござった。
 サブタイトルは、「温泉も皆ではいればこわくない」でござる。
 
 「温泉など一人でも入れるではないか」というのが世間の常識でござる。
 が、この乾癬というのは、症状が皮膚に出るため温泉など皮膚が人目に触れることが怖いのでござる。
 といっても、経験のない方にはその気持ちはわからないでござろうと存ずるのでござる。
 尋常性感染がもっとも多く、他に関節性乾癬とか爪乾癬、もっとも酷いのが膿庖性乾癬がござるのだ。
 このうち、膿庖性は特定疾患に指定される難病でござり、尋常性でもそれに移行したり関節性になったりと、生活上大変なストレスなどに見舞われるのでござる。
 何より、人目にその皮膚をさらしたくない、さらせないというのがあり、それゆえに温泉などもっての他ということになるのでござる。

 その病気の生活上の療養や、発生過程と原因、治療方法などを勉強して、より良い生活を送れるように使用というのが本日の目的でござる。
 そのおまけに、温泉へ入るというのがあるのでござる。
 逆かな?

 そのお昼ご飯が写真でござるのだ。
 ただ、惜しむらくは、これにビールがつけられないということでござろう。
 ほとんどの方が車でのお越しでござり、飲酒運転となるのでござるからして、どなたもお召し上がりにならないのでござる。
 ま、またの機会がござるからして、本日は我慢しておくのでござる、というのが皆様方のお心かと推察いたすところでござる。

 今回の特別ニュースは、新薬の登録がされたという事でござる。
 この病気には、患部に炎症を起こすTNF-αというたんぱく質があり、それがまた炎症を起こすサイトカインを作るという、悪循環をしておるという事でござる。
 それを断ち切るための生物学的製剤ができ、それが登録されたという事で、ご指導をいただいている先生(皮膚科専門医のドクター)から、ご説明をいただいたのでござる。

 これは乾癬の患者にはとてつもない喜びでござるが、その治療薬代が高いのでござる。
 保険適用がされないと、年間百万円という金額になるようでござる。
 しかし、劇的に良くなる効果もあり、最後の砦的に使用する事で重症患者には救いの神的なものと思うところでござる。
 他にも、光線治療として紫外線による治療もあり、中程度の症状や軽度の症状などその程度に応じて薬があることで、治療方法の選択肢が大幅に広がっている昨今でござる。

 かくいう拙者、尋常性でござり、発症程度は軽度と中度の間ぐらいかと自己診断しているのでござるが、やはり関節性乾癬になったり、重症化して膿庖性になったらどうしようという恐怖はついて回るのでござる。
 この不安は、学習会で考えたり話すことで軽減でき、仲間とともに色々な活動に関わる事でも軽減できるのでござる。

 新薬の登録でも、全国の仲間が署名活動を展開して厚生労働省へ早期承認をお願いしたことで早い時期に登録されたのでござる。
 拙者の友人の子供さんにも膿庖性の患者さんがいるのでござるが、このような新薬でその子の将来が普通であるようになれば、うれしい事でござる。

 辛いとか情けないなどと思って生活するよりも、そのような明るい事や嬉しい事を持って生活する方がズーーーーと良いものでござる。
 っま、喰らい考えは捨てて少しでも明るい心を持って過ごすほうが、はるかに豊になれるように思えるのでござる。

 たまには拙者も良いことをしゃべくるものでござろう。
 首をかしげずに、ウンとうなづきなされでござる。

 強制したところで、「明日の心だ!」でござる。

難しい

2010-03-05 21:14:07 | Weblog
 写真は、法面の補修でござる。
 「そんなことは見りゃ判る!」と申されるでござるか。
 
 それがでござる。
 拙者も初心者に近いのでござるが、この作業に関わる他の人たちは全て純粋に初心者なのでござる。
 段取りからして初心者でござるからして、拙者がそれをするのでござるが、そこはアホの拙者でござり苦心惨憺でするのでござる。
 しかし、職員の方々が初心者にもかかわらず一生懸命にそれをサポートしてくださるので、拙者は何とかできているように見られるのでござる。
 
 作業に入ると、やはり拙者の知っているところを伝えなければ進まないので、皆さんにお伝えしようとするのでござるが、口では言えても実際の作業となると判らないのが当たり前でござる。
 そこで拙者、思いだしたのが東郷平八郎元帥だか山本五十六長官だかの御言葉に、「して見せて、やらせて見せて・・・」というがあり申し、それをやってみようとしたのでござる。

 が、拙者が上手くないのでござるからして、上手くして見せられぬのでござる。
 どうにか拙者が出来て、やってもらう段になると拙者の頭が混乱していて、一向に上手く出来ないということになってしまうのでござる。
 そこは上手く出来た世の中で、やってみると何とかできるものでござる。
 おかげさまで、今日は予定以上に作業が進んだのでござる。
 
 その中で学んだのでござる。
 知的障害などと侮るなかれでござる。
 彼らは、世間からは疎んじられるのが常と思われるのでござるが、なかなかどうして、その熱心さ・取り組み方は実にまじめで良い雰囲気なのでござる。
 新しい事への取り組む彼らの姿勢は、それこそ世間様に胸を張ってお見せしたいところでござる。
 拙者もまじめで無いということは人語に落ちぬものでござるが、そこらの世間を舐めたような人たちにお見せしたい彼らの姿でござる。

 そのおかげで、今日は土入れから土壌改良、そして杭打ち、40%程度までの植栽と、予定以上に作業がはかどったのでござる。

 ここでも、田村先生の「この子らを世の光に」という言葉がきらめいているんのでござる。

 疲れはしたのでござるが、収穫の多い1日でござった。

 この心を持って、「明日の心だ!」でござる。

拙宅

2010-03-04 17:19:12 | Weblog
 写真をごろうじろ。
 拙宅でござる。
 築八十有余年、その年月を風雪に耐えた家でござる。

 残念ながら、拙者の年月はそれにはちと及ばぬのでござる。
 そして、写っているのは拙者の叔母と今は亡き祖母とでござる。
 祖母は齢104歳で眠るが如き大往生でござった。
 そして叔母は今も90の齢で今も達者で暮らしているのでござる。

 拙宅の軒先の柱の根元をご覧いただきたいのでござる。
 今の建築とまったく異なったものと存ずるのでござるが、お分かりいただけようか。
 礎石の上に盤木を置き、その上に柱が乗っているのでござる。

 何故に今日はこのような話かというと、今日の天候にあるのでござる。
 突風が吹くと拙宅は身震いするが如く揺れるのでござる。
 大工さんがおっしゃるには、拙宅は「一階仕様の家に無理やり中二階をくっつけたものでござり、かなり無理をしている家」だそうでござる。
 故によく揺れるのでござるな。

 そのためか、50年ほど前の伊勢湾台風では家が上下で4・5cmゆがんでしまい、今は戸がぴっちりと閉まらぬのでござる。
 冬は外と中との温度差がさほども無いということで、冬、布団に入ると息が白く吹き上がるのでござる。
 実に珍しい家と思し召すところでござる。

 阪神淡路地震の時など、今にも崩れるかというぐらい揺れ申し、家内などはどえらい悲鳴を上げ続けたのでござる。
 拙者、それのほうに恐れを感じてもいたような気がするようなしないような。

 何事も無く今に至っているところでござるが、このような家は最近トンとお目にかからなくなったのでござる。
 奈良で唐招提寺の説明を受けたときに、昔の建築は全てこのような礎石であり、拙宅も良いものと感じ入った次第でござる。

 拙宅、このような事だけを誇るのでござるが、東海地震や東南海地震がきたらひとたまりもないと覚悟を決めている昨今でござる。
 今後十年以内には建て替えをしなければならないと存ずるのでござるが、貧乏百姓にはとてつもない大事業でござるのだ。
 もっとも、その頃は、このようなでかいものではなくもう少しこじんまりと、正しくはずっとこじんまりとした家にしてしまうつもりでござる。

 などと考えながら、突風に揺られているのでござる。

 ボチボチと御夕飯の支度でござるゆえ、これで御終いでござる。

 それでは、恒例の、「明日の心だ!」