HYAKUSHOU日記

毎日の作業と暮らしといろいろの出来事

ラーメン丼

2012-10-26 21:34:07 | Weblog
 でござるのだ!
 拙者得意の料理なのでござる。
 と、胸を張って言えるものではござらぬな。

 まず、インスタントラーメンを準備するのでござる。
 鍋にお水を適量入れるのでござるが、やや少な目が良いように拙者は思うところでござる。
 この写真では全くわからぬのでござるが、この水は大層な水でござり、山からわざわざ汲んで来たものなのでござる。

 次に、具を準備するのでござる。
 具は何でもいいのでござるが、この写真では、ハム、卵、葱、ワカメでござる。
 もう少し野菜を入れたいところでござるな。

 まず、具を切って準備をするのでござるな。
 その間に鍋の水を煮立ててチンチンにして、煮立てばラーメンを鍋にとぽち込むのでござるな。
 そして、ラーメンについているスープを入れるのでござるが、ラーメンがほぐれかけたらすぐに入れるのが良いようでござる。

 それに続いて卵を割って入れ、具も入れるのでござる。
 ここからが大切なところでござる。
 ここからの火にかける時間が好みの柔らかさにする微妙な時間なのでござるな。

 続いて、好みの丼、それもちょっと大きめの丼がよいのでござる。
 それへ向けて、ご飯を茶碗一杯分ぐらい入れるのでござる。
 これでおおむね揃ったところでござる。

 その頃にラーメンが出来上がるのでござる。
 それをご飯の上にドワッとかけるのでござる。
 で、出来上がりでござる。

 出汁が多いのを好む人は、かける前にお湯を足すのでござるな。
 麺の軟らかいのを好む人は、一呼吸火にかける時間を延ばせばいいのでござる。
 具沢山が好きな人は、具をたくさん準備すればいいのでござるな。
 例えば、キャベツや玉葱をたくさん切って入れるとか、豚肉の炒めたものを入れるなど何でも良いのでござる。

 ただいえることは、健康のことなど全く考慮の範囲ではござらぬと言うことでござる。
 高血圧、高脂血症、糖尿病などなど、リスクは山ほどあるのでござる。
 しかし満腹感は最高でござるな。

 というところで、明日の心だ!

いよいよ夏!

2012-10-24 21:05:21 | Weblog
 向日葵の花も咲きかけ、梅雨空が広がるも夏近しの様相でござるな。
 これから蒸し込んだ暑さがくるのでござるな。
 老体には少々応えるのでござる。

 向日葵は夏を表現する元気なシンボルでござるな。
 拙者の所属する患者会も、会報の名前がひまわりでござる。
 いい名前でござり、この名前の名付け親は当時の看護士長さんでござった。
 懐かしく思い出すのでござる。

 今日からの夏がなんとなく楽しみでござるのだ!
 というようなこの頃でござるが、そう言うのにも少々勇気のいるこの頃でござる。
 今朝の通勤時の気温が、「8℃」でござった。

 今日は表示されているように、10月の24日なのでござる。
 折角の向日葵の花でござるからして、ちょっと何か出来ないものかと思って書きかけた次第でござる。
 これから夏になるならと思うと、ちょっと変な気もするのでござるな。

 しかしなかなかきれいにできている向日葵でござる。
 過日、この向日葵の1本づつの間を草刈り機で草を刈られているのを見たのでござる。
 いやはや、そのようなことは拙者では考え付かぬものでござる。
 確実に向日葵を刈り倒す拙者でござろうな。

 と、冗談を言っていると、またまた永田町と霞ヶ関およびミニ霞ヶ関を思い出すのでござるな。
 この写真だけを見せられて「初夏ですよ!」と言われれば、そのまま信じてしまうのでござろうな。
 そのような事を、拙者どもはいつも上から見せ付けられてきたのではごさらぬかと思う次第でござる。

 代表的なまずは、原子力発電の安全神話でござるな。
 いろいろと数字などで安全ですよと言われ、地元へ金が落とされ、生活だけでなく他所から来ても立派な道路や設備などの状態が出来ていると、そうかなと思ってしまうものでござろうな。
 その結果は押して知るべしで、福島を見れば十分にわかるところでござる。
 中にはそれでもわからぬ方々もお見えのようではござるが。

 今も霞ヶ関から出されるものは、一事が万事で、眉どころか目の周りから耳の周りや唾の付けられる所には全部唾をつけて、見聞きせねばならぬでござろうな。
 既に永田町や霞ヶ関はそれだけ信用がなくなり、代わりに利権と我欲が支配しているという事でござるのだ。
 そう考えると、倅や娘に出来ぬ勉強も無理やりさせて、出来る限りのコネと縁故と口利きを使って(あれば金も)公務員にさせたいのが親の気持ちなのかも知れぬのでござるな。
 同級生にも約1名そのような家庭がござったような・・・・・。

 過日沖縄の方と話す機会がござったので、そのことを後日書きたく思っているのでござる。

 で、明日の心だ!

回天!

2012-10-21 16:30:38 | Weblog
 これが回天でござった。
 実物を見るのは初めてでござったのだ。
 黒い筒というか、拙者にはまさに鉄の棺桶に見えたのでござる。

 乗り込むスペースもこの中にあるということで、素面もあったので見たのでござるが、まさに棺桶サイズのものでござる。
 その人の乗る容積より少々小さいのが爆発をする炸薬の入っているところでござった。
 何ともいえぬものでござるな。

 ご近所に、その生き残りと言われる方が今もご健在でござるが、そのお歳となるとご存命の方はそうそう居られるものでもなかろうと存ずるのでござる。
 その方には不名誉な噂も聞いたことがござったが、この回天を見て、その噂はおそらく全くの嘘の噂でござろうと感じた次第でござる。
 この中へ乗り込んで一旦発進すれば、その先に人生はないのでござる。

 狭い潜水艦の中で暮らして、「いざ敵艦発見」となれば母艦である潜水艦からこの狭い回天の操縦スペースへもぐりこみ、とめてあるバンドが外れれば発進となるのでござる。
 一旦発進すれば、絶対に生還は無いのでござるな。
 ただ、長い間海水に使っているものでござるからして、時たまバンドが外れずに発進が出来ないことがあったということでござる。
 件のお方はその事のように思われるところでござる。
 
 この大和ミュージアムには、戦艦大和の30分の1の模型の他、ゼロ戦の最新型というものや、この回天、砲弾の実物大模型(本物であれば恐ろしくて近寄れぬ)などとともに、遺書の類も多数展示されていたのでござる。
 ここで、当時の科学の粋やそこでの兵士となった人達の感性の一端などを感じたところでござる。
 そしていくつか感じさせられたのでござるな。

 その一つは、これだけの日本の科学で作り上げたものが今では世界の常識的科学というのか、、それがあって初めて今成り立っているものがあるのだという事でござる。
 例えば、大和の球状船首でござる。
 これは、波によるエネルギーの損失を8%あまり改善するという事で、今では漁船から超大型タンカーなどまでこれになっているのでござる。

 もう一つは、「戦争とは破壊と殺戮でござる」と思う感がなお強くなったことでござる。
 これだけのものが破壊されて海の藻屑となるだけではなく、そこにいる人間はほとんどが死なねばならぬのでござる。
 それも映画の中のようにそこそこ綺麗に死ぬのではなく、カエルを叩き潰したり踏みつけたりしたように死なねばならぬのでござる。
 道端で大型車に引かれてつぶれた狸やイタチのような姿なのでござろう。

 それともう一つは、遺書でござる。
 特攻という死に望んで、あれだけきっちりと遺書を書けるその精神状態は拙者には想像を超えるものでござる。
 拙者など、「嫌だぁやぁ!止めてくでぇ!死にたくにゃー!うぎょー!」などとわめき倒すのでござろうな。

 そう考えると、今の永田町にとぐろをまく「おっさん」「おばはん」がた、戦死された方たちがあって今の平和があるなんて事を嘘で言わずに、心からそう思うなら、今の日本を何とかして頂戴でござる。
 拙者達貧乏人が何の憂いも無く生活できるようにして欲しいのでござる。
 決して贅沢な生活をさせろなどというつもりはござらぬ。
 明日に安心して暮らしたいのでござる。

 と愚痴ったところで、明日の心だ!

お土産

2012-10-16 20:22:40 | Weblog
 写真に撮ったのは、他意はないのでござる。
 単純に、此処へあげるために撮ったと思ってくだされ。
 だけでないことは当然でござるが、面倒くさいのでそうしておくのでござる。

 各地のお土産が集まっているのでござるな。
 南から北の方まであるのでござる。
 これだけお土産を準備するのが大変でござるな。
 拙者などは、簡単というか、施設で作っているクッキーなどとゆめっちのポストカードということで、心はあっても工夫のない事でござった。

 なぜこのようなお土産の集合があるのかと言うと、先日気の合う友人が集まる同窓会があったのでござるな。
 そこへ、女房殿と一緒に行ってきたのでござるな。
 ほとんどは夫妻で参加されているのでござる。
 されど、拙者達が新参夫婦という事で多少話のおかずになったことは有ったのでござるな。

 毎年集まるのでござるからして、話題がそうそうあるわけでもないと思うところでござるが、一向にそれが途切れないのでござるな。
 しかし、ご婦人連に言わせると「毎年同じ事言ってるね。飽きもせず。」ということでござる。
 ご婦人連は、「男と言うものはそんなものだ」と思っておられるようで、いわば「男は子供」なのでござるな。

 両日、広島は福山・尾道などを観光と食べ歩きなのでござるな。
 もちろん夜は食事と1年ぶりの交流でござる。
 されど、三十年前なら徹夜になるであろう交流も、奥方がそばに居られて、年齢によることもござり、その日のうちには全てお開きとなった次第でござるな。

 その席で、来年は拙者の幹事ということになったのでござる。
 秋の事でござり、秋祭りなども面白いかと思い、また和船に乗って食事と観光も面白いかと思い、いろいろと考えるところでござる。
 何年か前に伊勢へ行った時には拙者の幹事でござったのだが、今回はどこがいいかと思うところでござる。
 が、これも、今までいろいろなところで皆さんに幹事をしていただき、拙者は実に楽しい思いをさせていただいたことでござるから、そのお礼でござるな。

 翌日は、呉へ行って山とミュージアムなどを見学し、帰路に着いたのでござる。
 これも楽しいものでござった。
 家内は初めて目にするものが多く、騒いでござったのだ。

 で、この辺りは気が向けばということで、明日の心だ!

難病相談会

2012-10-08 22:27:14 | Weblog
 先日 拙者の住む近くで相談会が開催されたのでござる。
 拙宅から40分程度でござるかな。
 県庁舎で開催されたのでござるが、拙者ちょっと早く着き過ぎて駐車場でゴロンチョとしていたのでござるが、時間と思い会場へ入ったら既に準備完了でござり、恥ずかしかったのでござる。

 写真はそこの看板でござるが、この看板のところへ至までの数分間にいろいろと至らぬ脳みそで考えたのでござるな。
 いつもは、あまり相談に訪れられる方も無く暇を持て余すのでござる。
 この病気は相談に行きにくい病気でござり、また最近は症状を軽くする医療方法が進んできたので、相談には来られないでござろうと思う反面、この病気で人知れず本人あるいはご家族だけで悩んでみえるのかと思っているのでござる。

 が、一人お見えになったのでござる。
 いろいろと話をしたつもりでござったが、終わってから振り返ってみると、拙者が一方的に喋っただけではござらぬかと思う次第でござる。
 恥ずかしいし、また情け無く思う拙者でござる。

 開場には十数種の難病の患者会の方や相談員の方が来られて、それぞれに来場者と相談をしたり治療により良い対策を話されていたのでござる。
 いつも思うことは、早くこんな相談会がなくなるような世が来れば良いと思う反面、人がいる限り難病は亡くならないかも・・・とも思うのでござる。
 基本的に患者会がいつまでもあることが辛い状態なのでござるな。

 そこでの出来事でござる。
 お越しになられた方と話していて、ちょいと近くを見たら「どこかで観たような人でござる」と思ったのでござるな。
 なんと、親しき友人がちょっと厄介な難病のブースに座って相談しているではござらぬか。

 拙者、背筋がスーッと寒くなったのでござる。
 「まさかこの元気な友人がこのような病気だとは!」となったのでござるな。
 「家族にはもちろん地域や所属するところにとっても欠くべからざる人でござるのだから」、と思うとともに拙者の友人であるからでもござるのだ。

 いろいろと話したかったのでござるが、時間の都合でそうも行かず、後日としたところでござるな。
 彼だけではござらぬのでござる。
 まだおみえなのでござるな。

 すぐ近くで、拙者の名前を呼ばれた方があったのでござる。
 その方も結構厄介な難病で、拙者よりも若いのでござるが、辛い症状になって見えるのでござる。
 しかしそれなりに一生懸命元気でいるという感じでござるので、少々安心したのでござった。

 難病は完治が無い病なのでござる。
 とりあえずは、普通に近い生活が出来ることを治療の目標にしているのが実際でござるな。
 拙者達の患者会では、これをQOLの向上と言っているのでござるが、それを言わねならぬのもちょっと考えると辛いものでござる。

 来月は秋の学習会でござるが、折角の機会でござるからして大勢公演を聴いていただきたいと思う反面、そんなに聞く方があると辛いものでもござる。

 この相談についても、某医療機関へ提言すべきことが生まれてきたのでござる。

 まあ、続きは明日の心だ!

巡る季節

2012-10-04 19:21:02 | Weblog
 季節は正直に巡るものでござる。
 それを考えると、決して交わることの無い螺旋の時間の流れに生きているような気もせんではないのでござる。
 秋になると、そんなことを考えて感傷的になったりするものでござろうか。

 この花を見つけると毎年そのようなことを考える拙者でござるのだ。
 そしてスドシが上がるでござろうとその辺を血走った目で眺め回すのでござる。
 こうなると、ちょっと異常なのでござろうな。

 この花、アケボノソウなのでござるな。
 いつも送迎のする山道に列を成して咲いているのでござるな。
 今まで、峠の東には生育していたのでござり西側には無かったのでござるが、今年はその西側にも咲いているのが見つかったのでござるな。

 これは、毎年の種子で子孫継続をするもののようでござるようで、そういえば、前年のところの近くには咲いているのでござるが、決して同じ位置ということはござらぬのだ。
 それが面白いことでもござるのだ。
 そして、遠くから見ていると決して目立たぬ地味な花なのでござるが、一輪づつを見ているとその繊細さには毎度新鮮な驚きを覚える拙者なのでござる。

 先ほど螺旋の時間を記したところでござるが、最近のニュースに「いじめ」と言うことが出てくるのが多く感ずるところでござる。
 ニュースで聞いている段には簡単にその言葉が流れていくのでござるが、拙者にはその言葉がチクリンと感ずるのでござる。
 子供の虐待もそうでござるが、それは次の機会とするところでござる。

 かくいう拙者、少年期は「いじめられっこ」でござり、比較的体も弱く、影でいじめられていたのでござる。
 正面では決していじめる者はいなかったのでござるからして、同級生達もそれには気付かなかったと思うのでござる。
 加えて陽気に振舞うタイプであったらしいのでござるな。

 それから押して知るべしで、影でいじめられるものはそれを外へ言うことなほとんどないのでござる。
 人知れず「くそっ!」と思いもし、学校へ行く気になりもせずでござるが、それも言う言葉が無く、一人苦しむのでござる。
 家で家族に言っても、根性・・・!と言われたり、家族を苦しませることになると思うと言えるものではないのでござるな。

 「いじめ」ということを受けないものは、その気持ちを感ずることは出来ぬでござろうな。
 感ずることの出来ぬ者には、その対策などと言うのは出来ぬものなのでござる。
 だからその先生方は、「自らの保身」だけに走ったり、「格好だけ対策をしました」と言ってみたり、被害者を隠すような真似をするのでござるな。

 昔、「でもしか先生」と言うのが流行ったのでござる。
 これは何かと言うと、「先生でもするか」とか「先生しか出来ないのだ」といった類の先生なのでござる。
 この不景気なご時勢、「先生というお堅い仕事に付けば、将来何年かは安泰なのだ」と言う御仁が結構いるところではなかろうかと存ずる次第でござる。

 拙者の周りは、残念ながら「でもしか先生」の見本となる御仁はござらぬのだな。
 
 で、明日の心だ!