本日は某老人ホームで歓桜会でござった。
場所が場所だけに、商売は一切抜きで(商売というほどのことはしておらぬが)の開催でござる。
要は、完璧にボランチアでござるな。
写真は、タケ君が作った人の顔でござる。
彼が作ると全て角がつくのでござるな。
でも、それが、現実には「事実に沿った素晴らしい表現」ではないかと拙者は思うところでござるな。
それを桜の盆栽にのせてみたところでござる。
それが又うまく合うのでござり、拙者、なかなかに良いものと感心したところでござる。
で、その会場で、感心したところで写真に収めた次第でござるな。
朝8時に出発して会場準備にかかったのでござるな。
しかし、開始は10時でござり、ちょっと時間余りとなったのでござるが、のんびりと出来たのでこれも丸でござる。
9時過ぎには準備完了で、家内とノンビリコンとしていたのでござるな。
結果としては、その施設の利用者さんと職員さん合わせて何十人かが来ていただけたのでござる。
折角開いて来場者が極わずかというのでは、拙者どもとしてはちょいと情けないのでござる。
来ていただけた事がまずうれしい事でござった。
そこでの会話や反応が又嬉しかったのでござるな。
いわく、「うわー!きれい!」
いわく、「これどうやって作ったん?」と、造花と間違える人。
いわく、「庭みたい!」
ひとつ気になったのが、「以前はそのようなものを作っていたのに今では作れなくなった」と泣くおばあさんがいたということ。
家内に、「豆盆栽なら作れるだろうから、してもらえば?とすすめておいたのでござる。
こんなところで予想だにせぬ園芸福祉でござるな。
が、考えればここで開催して喜んでもらおうという事が既に「園芸福祉」になっているのでござるな。
ここでは、昔のお姉さんやお兄さんが、桜を中心に、いろいろと話が弾んだり、じっと見つめたりで、楽しいひと時を過ごしていただけたようでござった。
歓桜会とはそれが目的でござり、、園芸福祉に通ずるものと感じた次第でござる。
そして、タケ君が作った鬼の人の顔は、口々に「可愛い!」といってくれて、これまたうれしい事でござった。
これは、陶芸教室へ明日早速報告するでござる。
開催の主も喜ぶでござろう。
というところで。家内も満足し、明日の心でサラバ!
場所が場所だけに、商売は一切抜きで(商売というほどのことはしておらぬが)の開催でござる。
要は、完璧にボランチアでござるな。
写真は、タケ君が作った人の顔でござる。
彼が作ると全て角がつくのでござるな。
でも、それが、現実には「事実に沿った素晴らしい表現」ではないかと拙者は思うところでござるな。
それを桜の盆栽にのせてみたところでござる。
それが又うまく合うのでござり、拙者、なかなかに良いものと感心したところでござる。
で、その会場で、感心したところで写真に収めた次第でござるな。
朝8時に出発して会場準備にかかったのでござるな。
しかし、開始は10時でござり、ちょっと時間余りとなったのでござるが、のんびりと出来たのでこれも丸でござる。
9時過ぎには準備完了で、家内とノンビリコンとしていたのでござるな。
結果としては、その施設の利用者さんと職員さん合わせて何十人かが来ていただけたのでござる。
折角開いて来場者が極わずかというのでは、拙者どもとしてはちょいと情けないのでござる。
来ていただけた事がまずうれしい事でござった。
そこでの会話や反応が又嬉しかったのでござるな。
いわく、「うわー!きれい!」
いわく、「これどうやって作ったん?」と、造花と間違える人。
いわく、「庭みたい!」
ひとつ気になったのが、「以前はそのようなものを作っていたのに今では作れなくなった」と泣くおばあさんがいたということ。
家内に、「豆盆栽なら作れるだろうから、してもらえば?とすすめておいたのでござる。
こんなところで予想だにせぬ園芸福祉でござるな。
が、考えればここで開催して喜んでもらおうという事が既に「園芸福祉」になっているのでござるな。
ここでは、昔のお姉さんやお兄さんが、桜を中心に、いろいろと話が弾んだり、じっと見つめたりで、楽しいひと時を過ごしていただけたようでござった。
歓桜会とはそれが目的でござり、、園芸福祉に通ずるものと感じた次第でござる。
そして、タケ君が作った鬼の人の顔は、口々に「可愛い!」といってくれて、これまたうれしい事でござった。
これは、陶芸教室へ明日早速報告するでござる。
開催の主も喜ぶでござろう。
というところで。家内も満足し、明日の心でサラバ!