時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

やらへども 鬼 1

2008-07-18 09:49:49 | やらへども鬼
     「やらへども 鬼」

 今は昔・・・・。いずれの御時かありけむ・・・。
この物語も、どこかで聞いたような、そんな始まりで。


 空には、真夏のお日様が雲ひとつなく、燦燦と憎らしいくらい照っている。
 通りを荷車が過ぎて行くと、日に照らされてからからに乾いた土が、白く埃を舞い上がらせる。市の雑踏を歩きながら、顔を顰め、袖で汗を拭った童がいる。髪をみづらに結って、色白で整った、なかなか、はしこそうな顔つきの子だ。
ここ、西の市は、盗品なども多く売られてい、出入りする人の種類も様々で・・・というより、かなり得体の知れない者もうろうろしている所だ。道だけは、他の京中を東西に碁盤の目のごとく走る道と同じく、搗きかためられて、真っ直ぐ延びているけれど、往来を行く人の群れや、両脇に軒を連ねる店も、京の東にある市に比べると、どこか雑多でうす汚れた雰囲気で、そのくせ活気はあった。
そんな中をその子はすたすたと歩いていく。隙がないので、全く問題も起こらず先を行く。傍らには、同じ年頃の女の童。この子も同様にはしこそうだ。二人とも、両手にしっかりと荷物を抱えている。
「待ってください・・・。」
 後ろの人ごみの方から声が聞こえ、足を止めて、二人は顔を見合わせる。すると、人ごみをようやく掻き分け、彼らより年かさに見える少年が追いついた。
 髪をみづらに結った童が呆れたような顔をしている。少年も、水干を身につけていたが、簡素で、こちらの方が動き易そうなつくりだ。身のこなしこそ、しっかりとしているが、服装から、振り向いた童が主なのだとわかる。
 少年が戸惑ったような顔で、訴えている。
「ゆりさま。荷物は、私が持ちます。」
「あなたに持ってもらったら、ここを出る前に、ぜったい、盗まれてしまうからいい。」
「・・・・・。」
 溜息まじりのゆりの返事が返って来た。ゆり・・・・。そう、彼の主の名は、ゆり。男の子のような格好(なり)をしているが、女の子だ。
ゆりは、隣りの女の童、これはれっきとした女の子・・・と、視線を交わし、面目なさげな少年の顔を見てくすりと笑った。
「あと、もう少しで、市を抜ける。そしたら、二人分の荷物を持ってもらうから。」
 そう言うと、少年がほっとしているのが分り、ゆりはにこりとし、また、すたすたと歩き出す。女の童も、それについて歩き出しざま。
「ぐずぐず、してないで早くしなさいよ。いつまでも、お嬢様に負担かけてるんじゃないわよ。」
 ちょっと、顔を上向き加減ですました表情。そのわりに、瞳は悪戯っぽい。
一番年下の彼女は、背伸びして先輩風を吹かせてみたいのだ。いかにも、隙をみつけたのが楽しいといった感じだ。
「あ、はい。」
 と言ったしりから、彼は人に阻まれて、人ごみを抜けるのに苦労しているのがわかる。
 時々速度を緩めてやり、ゆりと女の童は、少年が追いついてくるのを待ち、それで、やっと、市を出て、人通りの少ない道に出た。そこで、荷物持ちは交代。
 女の童が、はあっと溜息をついた。それでも、足は止めず歩く。
「あ~あ・・・。お嬢様付きで、世話係だけしていればいいと、思ったのになあ。どうして、買出しのような力仕事まで・・・。」
「う~ん。家に人が居つかないから・・・。また、やめちゃったもんね。」
 ゆりは苦笑した。
ゆりの家は、貧乏ではないけれど、使用人が少ない。新たに雇いいれてもすぐに辞めてしまうのだ。辛うじて何人かずっと、昔からいる者が存在するのだが、年寄りばかりだ。任せておくと、さしさわりがあるので、市へ行かねばならない時は、ゆりが自ら出向く。
 ゆりは、ぼやく女の童の瞳をちょっと覗き込む。
「まとのも、家にいるの嫌になった?私は、市へ皆で行くのは楽しいから好きなんだけれど・・・。辞めないで、お願い。」
 すがるような目。童装束を身につけて、髪をみづらに結い、すっきりした顔立ちのゆりは、ぱっと見は、なかなか格好良い男の子みたい。
お願いされちゃったわ。
何で、お嬢様なのに・・・と思いながらも、まとのが、ぽっと頬を赤くする。
「・・・や、辞めません。もともと、他に行くあてがありませんから。雨水(うすい)も、そうよね。」
 まとのは、荷物を抱えて立っている少年を振り返る。あ・・・そうか、訊くまでもない。雨水(うすい)は、お嬢様が拾ったんだからどこへも行くわけないか。いったい、どういう生い立ちなのか、わからないけれど、春先にひどく雨が降ったあとの道で、記憶を失くして、ぼんやりしていたのを助けられたのだ。行くあてがあるはずが無く、そのまま、万年人手不足のお屋敷に雇われることになったのだ。
にこにこと笑い返してくる彼を見て、まとのは聞くまでもないことを聞いてしまったと思う。雨水(うすい)は、いつも機嫌よく笑っていて、悪い奴ではないが、とても要領が悪い。そのせいで、自分ばかりか主のゆりまで、手伝う羽目になることが多い。
まとのは、にこにこと笑っている雨水(うすい)と、まとのの返事によかったとほけほけ喜んでいるゆりを見ながら、私がしっかりしなくちゃと、心に誓った。
 もう家の辺りまで来ている。
ゆりは見慣れた我が家の築地塀の向うを見やる。
「母上には、変なものばっかり拾って来ないように再三、言っているんだけどね。」
 ゆりの言葉に、まとのは笑うしかない。
ゆりの住む家は、特殊な事情がある・・・。
 ちょうどその時、彼女の視界に入った開いた門から、ころころと小さな丸いものがこちらへ転がって来た。淡い青色をしていて蛍火のように、発光している。
こちらにやって来たそれを、ゆりが手のひらに乗せた。
彼女の口がへの字に曲がり、えい、弾いちゃえっと、空いている片方の手の指で、ぴんと弾く。蛍火は、とたんにぱっと弾けて、跡形も無くなる。

「消してやったわ。」
「いいんですかあ。かわいいとかって、お方さまが拾って来られたやつでしょ。」
「いいの。ほっとくと溜まってくるから。どっかへ出かけちゃって行方不明ってことで、ね?」
「うわあ・・・みえみえ。」
「どっちにしろ、溜まってくると好くないから、どうせ母上も結局祓ってやることになるんだし、いいわよ。」
「・・・そうですね。あれさえなければ、雇った人が辞めて行くこともないですよね。」
「本当にもう、いくら陰陽師の一門のはしくれの家だからって、あんなわけのわからないもんがうろうろしてたんじゃ、人が怖がって近付かない。」
「ばけもの屋敷って言われてますもんね。」
 ゆりの母の父、つまり祖父は、陰陽師だった。今は、亡くなって、その屋敷は娘であるゆりの母のもので、そこで、魔を祓う能力を受け継いだ母も、時々一族から舞い込む依頼をこなして生活している。が、かなり変わった性格で、というより幼い頃から、化け物類を見て大きくなったせいか、それらがうろうろしていても平気なのだ。
害のない、見た目かわいいものを、(ただしゆりに言わせれば首をかしげるようなものも含まれているが)たくさんの化け物類を拾って来る。
それらが、屋敷の中をうろうろしているのだ。
人が辞めていく理由はそれで、そればかりか、ご近所からも敬遠されている。
盗賊だって、狙いやしないだろう。
「ほんとに、しようがない。」
 ちっと、舌打ちまでするお嬢様に、さすがにまとのが注意を促す。
「ゆりさま。いくら何でもそれはお止めください。いちおうお姫さま、なんですから。」
「やっぱり?だめかなあ・・。」
「駄目。だって、ゆりさまは・・・。」
 と、まとのが言いかけた時、道の向うから牛車が近くまでやって来て止まる。
網代車。一見しただけでは、男が乗っているのか、女が乗っているのかわからない。
 ゆりと、まとのが顔を見合わせる。
牛車の前の御簾が少しだけ捲れて、そこから、標色(はなだいろ)の地色をした直衣の薄い青が覗いて見え、隙間から閉じた扇が、ひょいひょいっと差し招く。
 ゆりが近付く。
「これこれ、かわいい女の子が、警護も連れずに歩いていると危ないぞ。」
 つぶやきのような声が聞こえたかと思うと、にゅっと出てきた袖がゆりの腕を掴み、さっと車にひっぱりこまれてしまう。
「わっ!」
「人攫い。追いはぎ、盗賊・・・」
 この一見何もかものんびりとして優雅に見える、貴族たちの住む都は、実は、犯罪も多い。いいところの子供が、こんなふうにほけほけと歩いていると、白昼堂々と誘拐などということも有り得るぞ。その腕は、ゆりを怖がらせようと、そんなことを言いながら、後ろからぎゅっと羽交い絞めにする。だが、すぐに力を抜いた。
「なんだ。もっと、怖がるかと思ったのに・・・。」
 拍子抜けたような声がゆりの耳に届く。
 ゆりははじめこそ手足をばたばたさせてもがいたが、それは力いっぱい後ろに倒れてしまいそうになりそうな体のバランスを取る為で、すぐに抵抗をやめてしまった。
ぴったり張り付いた背中に人の温かみを感じながら、不機嫌に眉を寄せる。
暑苦しい・・・この蒸し暑い都の夏に。
「父上・・・。もうちょっとマシな現われ方して下さい。」
「やれやれ、かわいい姫がのほほんと道を歩いていたのでは危ないから、あんまり、無用心なので、脅かすつもりだったのだが、すぐに気付いたか。まあ、親だもの、声でわかるか。」
 顔を確認している暇はなかったはずだ。
「違うわよ。警護の供の者も、牛飼い童の顔も見覚えがあるし、女の子って言ったでしょ。どこの誰がこの格好を見て女の子だとすぐにわかるんです?」
 言っててちょっと悲しくなるが、ゆりの造作は、整ってはいるが女の子の甘さや華やかさといったものから遠く、その為、こんなふうに水干を身につけていると、似合っていて、めったに女の子だと見破られることは少ない。まあ、どこの世界に、いいところのお嬢様が道端をのんきに歩いているのだという基本的な常識も手伝ってはいるが・・・。それに、良いものは着ているが、身のこなしも、すばやくて、お屋敷勤めの子ぐらいにしか見えないだろう。ぼっちゃんにすら、見えない。どこが、危ないと言うのです?との指摘に、ゆりの父はぐっと二の句が告げられなかった。
「ところで、何か用事があったのですか?」
「どうじゃ、久しぶりに父の屋敷に・・・・。」
 言いかけて、外が騒がしいのでそちらに注意がそれる。人のわめく声に、ゆりがはっと気付き車の前の御簾をばっと跳ね上げる。
「雨水(うすい)。」
 雨水は、警護のごつい武者に捕まえられている。二の腕を捻られて、身動き出来なくて顔を顰めていたが、ゆりの姿をみとめると、何とか逃げ出そうと、暴れる。
「離せ!ゆりさまをどうするつもりだ。」
「何だ。まだ、暴れる元気があるのか。かなり、きつく肩を打ったと思ったのだが。根性あるじゃないか、ぼうず。」
「雨水だ。狼藉者。ゆりさまを帰せ。」

彼は腕を痛めそうなのにも構わず、そのままこちらへ走りよろうとしている。ゆりは、一瞬ぽかんとして、すぐに、慌てて制止する。
「その子に乱暴しないで。放してあげて。」
 ゆりの声に武士の腕を捻っていた力が少し緩み、その隙をついて、雨水(うすい)がするりと逃れてそのままゆりの方へ走りだす。こちらへやって来ると、ゆりの体を抱いて車から降ろす。
 一瞬、顔を顰めたのは、まだ、雨水(うすい)の腕がしびれているからだ。それでも、ゆりを背に庇うときっと顔を上げて、相手を睨む。
 雨水(うすい)の視線の先には、うす青色の直衣の人物がゆったりと車の中で座っている。手に持ったすぼめたままの扇を口元に近付け、わずかに眉を寄せる。
「こんなのが、警護ではお話にもならないな。」
「お言葉ですが、こんなところを目撃されて困るのはあなたのほうだ。見たところ、盗賊の仮の姿には見えず、身分のある方と見受けられます。権門の家とは言えませんが、良い家の姫君を攫ったと、噂が広まったら、どうなることか、考えてみればいい。」
「だが、このまま斬って捨て、黙らせるということも出来るが。」
「無駄でしょう。武者と争う前に、もう一人の連れに門の中に走って、中へ知らせて来いと言ってありますから、私が斬られても、事実は顕かに・・・。えっ?何で。」
 門の中へ逃げ込むように言ったはずの、まとのがすぐそばに来て、ちょちちょいと、両手を広げた雨水(うすい)の袖をひっぱっている。雨水(うすい)が目を見張る。
 そのようすを見て、雨水(うすい)と対峙していた直衣の男がにやっと笑う。
「さて・・まだ、わからぬか。頭は悪くないようだが。」
 その言葉と、まとのの様子。えっ?えっ?と、二度ほど、頭の中で、繰り返し、状況をほぼ、推測する雨水(うすい)。知り合いだったのか・・・。だとしたら、随分親しい仲だ。いったい・・・。戸惑う雨水(うすい)の背中で、ゆりがぱちぱちと瞬きをした。
「びっくりした。いつも、とろとろしてる雨水(うすい)が、こんな行動に出るなんて・・。」
「ゆりさま。」
「いいよ。手をおろしなさい。肩まだ、痛いでしょ?」
 言われたとおりにする雨水(うすい)。その耳に、父だから、大丈夫というゆりの言葉が届く。
「!」
 びっくりした後は、平謝りだ。それも、ゆりにすぐに止めてもらって、雨水(うすい)はショックが隠せない。
「仕方ないわよね。雨水(うすい)は、知らないのだもの。まとのは、もう長いし、たまたま、知ってるだけだもんね。それに、別れた妻の家のそばをうろうろしている男なんて、不審者には違いないんだから。父上が悪いのよ。」
「おいおい。なんて人聞きの悪い。別れたわけじゃない。たまにしか、会えないだけだ。」
「ああ、・・はい。母上が忙しいもんね。」
 めったにこの屋敷にやって来ないのは他にも理由があるが・・・。ちらりと事情を知らない雨水(うすい)を見るが、ここで説明するわけにも行かない。ゆりは、父がここへやって来た理由を聞く。もっとも母のもとに置いておくとだんだん、姫という定義から程遠くなっていくので、何かと、理由をつけてはゆりを自分の屋敷に呼び寄せるが、大抵は使いのものがやって来る。
「ゆりよ。相変わらず、この屋敷は年寄りばかりか・・?」
 娘が頷くと、父はう~んと唸った。
 実は、今、都で適齢期の姫が攫われる事件が相次いでいる。婿を迎えるには少し早い気がするが、ゆりも、一応、裳儀はすませた年頃なので、心配になった。この家は、使用人が少なく、特に男手が欠けていて、屋敷は力のない年寄りばかりだと思い出した。それに、今は、ゆりの母が家を空けていることも知っている。思わぬところで、彼女と出くわしたからだ。宮中で姿を見た時は、さすがに、目を疑ったが、彼女の仕事は特殊で、時々そんなこともあるから、まあ、不思議はないと思ったのだが、長くかかりそうなので、留守番をしているはずの娘のことが気がかりになったのだ。
「心配してくれたのね。あのね・・・まとのや雨水(うすい)も連れて行っていい?」
 このばけもの屋敷に入る勇気のある奴は少ないと思うけれど・・・と、思っていたが、ゆりは、二人の同行を認めさせると父の屋敷に遊びに行くことにした。