Oceangreenの思索

主に、古神道、チベット仏教、心理学等に基づく日本精神文化の分析…だったはずなんだけど!

歴史観

2010-01-03 | 思索のかけら
もちろん、歴史というのは、人間のドラマであり、
先人たちの生きた道のりだと思う。

それを知って、飯の種になるのか?
と言われればそれまでだけど、
歴史を学ぶことのメリットは沢山ある。

歴史という大きな流れの中で現代を位置付けることで、
少し離れて、客観的に、現代を見ることができる。

似たような時代背景と比較することで、
これから世の中がどのようになっていくか、
自分なりに、幾つかの仮定をすることができる。

また、歴史の中の人物像を知ることで、
人は流れの中でどう生きがちなのか、またどう生きるのが望ましいか、
見解を持つことができる。

それは実際的に“役に立つ”事ではないかもしれないけど、
わけもわからず目の前の事に流される人生よりは、
マシだと思う。

例えば、古代エジプトで
ピラミッドを作っていた労働者でも、

“自分は働かされているのだ”と考えていた人物と
“エジプトの文化を作っているのだ”と考えていた人物では、
モチベーションも仕事の出来も違ったろう。


***

だけど、語られる歴史というのはいつでも、
“歴史観”でしかないことも、確かだと思う。

それには時代により、様々な嗜好により、
色がつけられている。

現在の日本の歴史は、
明治政府の作った歴史観が、
敗戦によって、ある程度修正されたものである。

それに縛られてしまうと、
白紙のところから、事実を自由に組み立てる、
という事ができなくなる。

***

驚いたのは、
“戦後、司馬史観という立派な史観が大衆の支持を得たのだから、
それに反するな”
というような意見である。

司馬さんは司馬さんでいいけど、
あれは小説である。
事実ではなく、事実を一人の人間が、自分なりに解釈したものだ。

それを忘れたら、
なにか肝心なことが見えなくなってしまう気がする。

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