TOTO

お気楽主婦のお気楽な日記

たぶん…ラスト

2009-07-03 15:39:09 | ドラマ・映画
何とか都合がついて、『ICWR』4回目に行ってまいりました。
おそらくこれがスクリーンでShitaoに会えるのは最後になると思われる。
彼の壮絶な運命と美しさを堪能しようと意気込んで行った。
再生の雨にうたれるシーンは、やっぱり息を呑む美しさ。
Liliを癒すシーンはどこか色っぽい。
少年のような雰囲気をまとうShitaoなのだけど、
どこか艶があるのだよね~。
Liliの麻薬中毒を癒している時の「ok」って囁く声がたまらなく色っぽい。

しかし、だ。
ついつい思ってしまう。

「もっと」

もっとShitaoを映して、見せてって。
そこはいいからShitaoがどうしているか見たい。
そのシーンはカットでいいでしょうに、Shitaoを出して。
その人はクローズアップしなくていいから、
Shitaoはどうなった…?

ついつい“欲”が出てきて困った。
「もっともっと」っていう欲求にジリジリと焼かれる。
まるでM。
陶酔と飢えで頭がこんがらがる。
これは監督の作戦なのかしらん?




勝手にケチをつけまくって、
個人的な嗜好に走っております。
すみません
傲慢かましていいですか?

『ICWR』はKlineとShitaoの二人の物語に絞った方が良かったんじゃって思う。
Hashfordに憑かれたKlineと“神”の力を与えられてしまったShitao。
この二人の物語であって、
他の登場人物はエピソードであり、
きっかけであるだけでいいんじゃないかと?

DongpoとLiliはもっとあっさりした方が流れを寸断しないと思う。
彼らが物語り全体を損ねている。
Dongpoは存在だけでマフィアのボスだと思わせるオーラが欲しい。
その暴力的な狂気を感じさせて欲しい。
ボスとしての凄みを感じさせないと、
言葉だけで地獄を見てきたって言われても…。
まるで自分のやんちゃ自慢するチンピラ。
凄みの中の虚無。
それがShitaoとの接触の後に変化するのを見せて欲しかった。

Liliはもうちっと可愛らしさと妖艶さを併せ持つような女優さんがいいかと…?
聖女と悪女の両方を兼ね備えるファムファタル。
あの甲高い声はどうにも場をそぐ。
あの外見はいかにも麻薬中毒患者っぽくはあるのだけど…。
Shitaoを癒した言葉が、後からすべて嘘っぽくなるのだ。
彼女もまるで変化が見えない。
彼女とDongpoは同じ施設育ちだという裏エピソードがあるそうだが、
それが感じられない。
彼らに妄想が浮かばない。
プラスティックなんだよね。
その渇きが作品全体を損なってるんじゃないかしらん?

Meng Ziは逆走行がお好きなのが可愛いのだけど、
やっぱり9ミリ弾で遊ぶシーンはいらないかと?
アパート探しもカットでいいかも。
それならもっとShitaoの“奇跡”を映して欲しい。


Shitaoの能力をKlineは知っていたのか?
これは大きなポイントだと思うのだけど…?
私の妄想では、知っているはずだと思っている。
知らなきゃ物語にならないとさえ思うのだ。

Shitaoに癒されようと小屋に集まる浮浪者達。
彼らに聞き込みしているKlineだから、
奇跡の力を持つ男の噂は耳に入るだろうに。
あの警察で撮影された傷だらけの写真。
あれをまず不審に思って欲しかった。(思ってた?)
なぜあれほどの傷を負ったのか?
それに続いて“奇跡の男”の噂。
これにShitaoを重ねていくKline。
ミンダナオ島での出来事と関連づけて、
Shitaoには不思議な力があるのではと考えていく。
夜毎にHashfordの悪夢に苦しむKlineだから、
自分のためにShitaoの姿を追い求めることになっていく。
悪夢から逃れ、生きるためにShitaoに縋りつくように探し回る。
だから、焦って写真に当り散らしたりする。

Klineはなぜか都会の中で、ビルの上からShitaoを双眼鏡で探し回る。
ミフーが発見されたのが原っぱ(?)の中なんだからして、
私が探偵なら同じような環境を探すんだけどな?
Shitaoと同化するなんて無理なんだけど、
まずは同じ環境にいようとする。
アパートの中に原っぱの小屋を作るんじゃなくて、
自身が同じような小屋を立てて生活するんだと思うのだけど…。
で、もっと早くにDongpoに接触する。
彼もShitaoを追っているって早い段階でわかってるんだもん。
何処に行けば会えるかもMeng Ziに聞けばわかるはずだし。
ラストにってのは遅すぎる感があるのだが?
せめて、何回か面会して断られて…ってのが欲しかったかも。


LiliのShitaoへの愛は母性からであって、性愛ではない、と思う。
Dongpoへの愛とは性質が違う。
無垢なものを守ろうとする母性本能。
Shitaoは一度死んで、洞という産道から生まれたての赤ん坊と同じだからね。
Dongpoは母親の愛なんて理解できない。
そんなのは経験していないから、知らないから。
独占欲だけでShitaoを殺す。
そして、彼に触れて恐怖を覚える。
Liliはもっと必死にShitaoを守ろうとして欲しかった。
我が子を守ろうと格闘して欲しかった。
我が子の亡骸に縋りついて、泣き叫んで欲しかった。
Dongpoを殺そうとするくらいに怒って欲しかった。
その後は…何かが彼女の中で変わったはずなのだ。
が、作品の中のLiliは何も変わっていない。
Shitaoとの出会いと別れは何も変えなかったはずはないのだけど…。

Dongpoに触れてShitaoは彼の虚無を感じ取る。
だから「怖い」のか?
Dongpoが心の奥底に隠していた恐怖を吸収したのが原因なのかしら?
Liliと一緒にいた日々がShitaoの心を癒し、
癒されたことで恐怖が生まれたのかなって思っていたのだけど…。
Dongpoが原因ということもあるのかもしれない。
愚かさを赦すと言われたことで、Dongpoは癒されたのか?
その後の彼もまた変化が見えない。
見せて欲しい。
Klineとの言葉遊びだけでは彼の変化ははっきりしない。
あそこは興ざめ。
Klineはちゃんと自力でShitaoにたどり着いて欲しかったのだが…。

「Let me go.」ってShitaoは狂信者に言う。
釘付けにされた十字架から降ろしてくれというより、
“救世主”という宿命から開放してくれって意味にとってしまう。
Shitaoは自分の能力も、それからの宿命もただ受け入れているだけで、
悟りを開いてもいないし、自分を救世主だとも思っていないだろう。
ただ能力があるから救う。
それだけだと思う。

そのShitaoがKlineと接触する時、どのような反応が起こるのか?
映画ではただKlineは傷ついたShitaoを抱き上げる。
十字架に架けられたことでShitaoの能力が消えたわけはないと思う。
Klineの悪夢=Hashfordに触れた時、Shitaoはどうなるのだろう?



まだまだ妄想したくなる映画なんだよね。
文句ばっかりつけてるけど…。
妄想できるっていうのは豊かさにも通じると思うのです。
この作品に出てくれてありがとう、です。
木村っちにある程度のフリーを与えてくれた監督にも感謝。


木村っちの演技開眼とか、
これで一皮剥けた、とかの感想を見かけるが…
これは『武士の一分』の時も書いていたけど…
もともと木村っちの引き出しにあったものを出しただけであって、
作品や監督によって教えられて出された演技じゃないと思う。
もともとあったものを出さなかったのは演出家。
木村っちにはいっぱい引き出しがあって、
いろんな顔があるのに、
同じようなのばかりを求めているのは演出家でありプロデューサー。
そして、大衆の欲求。
蛮勇をもって未知の引き出しをひっぱる映画人を求めます。




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