よく「プレイしてないのにクソゲーと言うな」と言う人いるじゃないですか。
確かに、遊んだ事のないゲームに対してクソゲーと決めつけるのは、ちょっとオカシイ気がしますよね。
でも俺は良いんじゃないかと思う。
遊んだ人の言う「これはクソゲー」と、遊んでない人の言う「これはクソゲー」とは、何がどう違うだろうか?
まったく同じだよね。
判るのは「その人にとってはクソゲー」だという事だけで、受手は「ふーん」と言うしかない。
所詮は他人の言う事。受手には何の影響も無いし、何の参考にもならない。
俺は、自分が興味の無いゲームは全てクソゲーで良いと思う。
例えば『ウイイレ』がどんなに面白いゲームだとしても、サッカーに興味の無い人からすれば1円の価値すらないクソゲーでしかない。
「やってから言え」と言われたとしても、興味の無い物に金は払えないし、時間を割くのも勿体無い。
価値がないんだからクソでしょう。
逆に、一度興味を持ってしまうと、そのゲームが面白いかクソゲーかなどというのは非常に些細な問題になる。
「興味がある」事こそが最大の価値であり、「面白いかどうか」は後から付いてくるものでしかないのだ。
まあ「面白いかどうか」だけを重要視し、それに対して金を払ってる人もいるんだろうけど。
俺はやっぱり「興味がある」に対してだけしか金を払う気にはなれないな。
面白いと評判のソフトがあったとしても、結局それは他人が言ってるだけの事でしかなく、自分にとって面白いかどうかは判らないよね。
逆に、クソゲーと評判のソフトがあっても、自分にとっては面白いかもしれない。
別に武龍の事じゃないよ(笑)
ならば、興味がある物に金を払ったほうが良いよね。
ネット上には無数のレビューサイト等があって、簡単に他人の評価を知る事が出来る。
ただ何というか、レビューサイトってもんにも少々疑問があって、本当にレビューと呼べるものが書かれているのかって事。
ただの個人的感想をレビューだと言いはってる所ばっかりなのでは?と。
まあ俺は他人の評価なんかまったくアテにしないから問題無いが、ひねくれ者だから気になるんだよね。
購入の直接の動機にはしないものの、自分がプレイしたソフトや気になってるソフトについては、どんな評価がされているのか気になってしまうもの。
でも実際にレビューサイトを見ても、レビューと呼べるものは少ないんだよね。
つまらないソフトはボロカスに叩き、好きなソフトは過剰にベタ誉め。
そこには批評をしようという姿勢は無く、ただ感情的に書き殴るのみ。
俺はこの感情という部分が、レビューには不要だと思うんだ。
でないと、つまらないソフトは叩き目的の対象でしかなく、好きなソフトはひたすらヨイショの布教活動にしかならん。
まあ個人でやってるサイトの方針にまでとやかく言うつもりも無いが、少なくとも「レビュー」と唱ってる以上はレビューをするべきじゃねえの?と思っちゃうわけ。
感情が入ったら、それは明確な意志を持つ何かであって、レビューではないよね?
ただ客観に徹する必要なんか無く、主観バリバリで良いと思う。
クソゲーだと感じたなら正直にそう書けばいいが、問題はそれをどういう文章で表現するかだよね。
何かさ、ただ叩くだけってのは非常に「みっともない」わけよ。
叩く前に、そんなゲームを買ってしまった自分を責めろと(笑)
せっかく好きで金出したゲームなんだから、もっと楽しもうとする姿勢が欲しいよね。
稀に、どうにもならないようなクソゲーもあるだろうが、大抵のソフトは何かしら良い所があるはずだよ。
欠点は欠点としてちゃんと指摘した上で、良い所もアピールしとくと。
更に「コレはこういう人向きのゲームです」「こういう人には向きません」みたいなのも有ると良し。
感情的になって叩くだけの文章は「みっともない」上に不快でもある。その逆は気持ち悪いだけ。
何事もバランスが大事よ。
感情が入ったような青臭いレビューは、大抵本人が面白いと思って書いてるから始末が悪いな。
自分が面白いと思って書いた文章ほど他人は引くと言うしな。
まあ俺自身にも当てはまるが、ウチはレビューサイトじゃないので、ひとまず置いておこう。
ウチは書きたい事を書いてるだけで、レビューを唱ってないからな。
で、結局何が言いたいかというと、面白い正真正銘のレビューサイトが見てえなって事。
ネタとしてとかじゃなく、ちゃんとした読み物として楽しめるサイトね。
今はゲーム雑誌ライターより素人のほうが良い文章書くと思うし、どっかにあると思うんだけどね。
え?「偉そうな事言ってるなら自分でレビューサイト作ってみろ」って?
俺には無理だから言っている!
確かに、遊んだ事のないゲームに対してクソゲーと決めつけるのは、ちょっとオカシイ気がしますよね。
でも俺は良いんじゃないかと思う。
遊んだ人の言う「これはクソゲー」と、遊んでない人の言う「これはクソゲー」とは、何がどう違うだろうか?
まったく同じだよね。
判るのは「その人にとってはクソゲー」だという事だけで、受手は「ふーん」と言うしかない。
所詮は他人の言う事。受手には何の影響も無いし、何の参考にもならない。
俺は、自分が興味の無いゲームは全てクソゲーで良いと思う。
例えば『ウイイレ』がどんなに面白いゲームだとしても、サッカーに興味の無い人からすれば1円の価値すらないクソゲーでしかない。
「やってから言え」と言われたとしても、興味の無い物に金は払えないし、時間を割くのも勿体無い。
価値がないんだからクソでしょう。
逆に、一度興味を持ってしまうと、そのゲームが面白いかクソゲーかなどというのは非常に些細な問題になる。
「興味がある」事こそが最大の価値であり、「面白いかどうか」は後から付いてくるものでしかないのだ。
まあ「面白いかどうか」だけを重要視し、それに対して金を払ってる人もいるんだろうけど。
俺はやっぱり「興味がある」に対してだけしか金を払う気にはなれないな。
面白いと評判のソフトがあったとしても、結局それは他人が言ってるだけの事でしかなく、自分にとって面白いかどうかは判らないよね。
逆に、クソゲーと評判のソフトがあっても、自分にとっては面白いかもしれない。
別に武龍の事じゃないよ(笑)
ならば、興味がある物に金を払ったほうが良いよね。
ネット上には無数のレビューサイト等があって、簡単に他人の評価を知る事が出来る。
ただ何というか、レビューサイトってもんにも少々疑問があって、本当にレビューと呼べるものが書かれているのかって事。
ただの個人的感想をレビューだと言いはってる所ばっかりなのでは?と。
まあ俺は他人の評価なんかまったくアテにしないから問題無いが、ひねくれ者だから気になるんだよね。
購入の直接の動機にはしないものの、自分がプレイしたソフトや気になってるソフトについては、どんな評価がされているのか気になってしまうもの。
でも実際にレビューサイトを見ても、レビューと呼べるものは少ないんだよね。
つまらないソフトはボロカスに叩き、好きなソフトは過剰にベタ誉め。
そこには批評をしようという姿勢は無く、ただ感情的に書き殴るのみ。
俺はこの感情という部分が、レビューには不要だと思うんだ。
でないと、つまらないソフトは叩き目的の対象でしかなく、好きなソフトはひたすらヨイショの布教活動にしかならん。
まあ個人でやってるサイトの方針にまでとやかく言うつもりも無いが、少なくとも「レビュー」と唱ってる以上はレビューをするべきじゃねえの?と思っちゃうわけ。
感情が入ったら、それは明確な意志を持つ何かであって、レビューではないよね?
ただ客観に徹する必要なんか無く、主観バリバリで良いと思う。
クソゲーだと感じたなら正直にそう書けばいいが、問題はそれをどういう文章で表現するかだよね。
何かさ、ただ叩くだけってのは非常に「みっともない」わけよ。
叩く前に、そんなゲームを買ってしまった自分を責めろと(笑)
せっかく好きで金出したゲームなんだから、もっと楽しもうとする姿勢が欲しいよね。
稀に、どうにもならないようなクソゲーもあるだろうが、大抵のソフトは何かしら良い所があるはずだよ。
欠点は欠点としてちゃんと指摘した上で、良い所もアピールしとくと。
更に「コレはこういう人向きのゲームです」「こういう人には向きません」みたいなのも有ると良し。
感情的になって叩くだけの文章は「みっともない」上に不快でもある。その逆は気持ち悪いだけ。
何事もバランスが大事よ。
感情が入ったような青臭いレビューは、大抵本人が面白いと思って書いてるから始末が悪いな。
自分が面白いと思って書いた文章ほど他人は引くと言うしな。
まあ俺自身にも当てはまるが、ウチはレビューサイトじゃないので、ひとまず置いておこう。
ウチは書きたい事を書いてるだけで、レビューを唱ってないからな。
で、結局何が言いたいかというと、面白い正真正銘のレビューサイトが見てえなって事。
ネタとしてとかじゃなく、ちゃんとした読み物として楽しめるサイトね。
今はゲーム雑誌ライターより素人のほうが良い文章書くと思うし、どっかにあると思うんだけどね。
え?「偉そうな事言ってるなら自分でレビューサイト作ってみろ」って?
俺には無理だから言っている!