上高津貝塚
国指定史跡の上高津貝塚です。
縄文海進の頃にはすぐそばまで海(霞ヶ浦=海と繋がっていた)でした。
今でもV字型の谷津の向こうは海だといっても十分通用する風景です。
保存されている貝塚の一部には海の貝がたくさんあります。
貝塚の断面を保存している施設です。
土浦考古資料館。
復元された,たて穴住居の向こう側は宍塚大池です。
遥か縄文のムラをイメージできる風景です。
貝殻が地表に露出しているところもあります。私らが子供の頃のこの辺の畑ではよく見られました。
国指定史跡の上高津貝塚です。
縄文海進の頃にはすぐそばまで海(霞ヶ浦=海と繋がっていた)でした。
今でもV字型の谷津の向こうは海だといっても十分通用する風景です。
保存されている貝塚の一部には海の貝がたくさんあります。
貝塚の断面を保存している施設です。
土浦考古資料館。
復元された,たて穴住居の向こう側は宍塚大池です。
遥か縄文のムラをイメージできる風景です。
貝殻が地表に露出しているところもあります。私らが子供の頃のこの辺の畑ではよく見られました。
まさに土浦の原風景だと思います。
霞ヶ浦湖岸の微高地にはこうした貝塚や古墳がたくさんあります。
三枚目のお写真、いいですね~!
本当に海があるかのような感じがします。縄文時代の人々も同じような眺望を眺めていたんだろうなぁ~なんて考えると、夢が膨らみます。
縄文海進によって身近にある谷津田は形づくられたようですが、そんな歴史を考えながら散歩をすると、日常の風景も楽しくなりますね。
上高津~宍塚の辺りは,まさに潜在的な記憶がよみがえるような縄文の風景ですね。
もっとも縄文時代ぐらいに温暖化すると,海の見える風景を目の当たりにすることになるわけですが・・・。
子供の頃、この辺りに遊びに来たことがあるんですよ。
とっても懐かしい風景です。
下高津にあるお寺や大きな銀杏の木・・・
遊び場でした。
ありがとうございました。
大さんにとって,この辺りは子供の頃遊んだ懐かしい風景なんですね。
実は私も母の実家がこの近くなので,同じように子供の頃にはよく遊びに来た懐かしい風景なんです。
こちらの近くの王仁(わに)公園の横にも鋳物資料館があって、
その敷地内に、枚方市内で発掘された縄文時代の竪穴式住居を移築展示しています。
その横では市内での出土品を調査する同じ様な資料館がありました。
場所こそ違え、同じ様な遺跡が残っているものですね。
縄文時代の後の時代になっても,poronさんの方の畿内とは霞ヶ浦があったおかげで,舟運で深い繋がりがあったようです。
「前方後円墳」などの文化も,小規模化されながらもかなり早くにこちら(霞ヶ浦沿岸)に伝わってきたみたいです。
そんなことを色々考えるのもおもしろいですね。