まだまだ残暑が続いていますが、朝晩は過ごしやすくなってきました。
お天気が不安定になって雨が降ったりすると、過ごしやすいのを通り越して肌寒さを感じるほど気温が下がります。
体調を崩しやすい時期だといえますね。
そろそろ日中は暑くても、冷たい麺類などの食事を控えたほうがいいかもしれません。
温かいものをゆっくりいただきましょう。
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先日のニュースで、東北の肉牛の出荷制限が解除されたと報じていました。
私は今回の放射能汚染による肉牛の出荷停止の関連によって、肉牛が出荷されるまでの畜産農家のご苦労を、初めて知った部分がかなりありました。
そのご苦労の一部は、私たち消費者のニーズに応えるため、によるのだと感じました。
「サシ」と呼ばれる細かな脂肪を入れるために、ビールを飲ませたりマッサージをしたり、出荷時期に合わせて「肉を仕上げる」といった表現のコメントも聞きました。
BSEの原因にもなったといわれている「牛骨粉」も、「サシ」を入れるためのものだったそうです。
牛に「牛の骨の粉」を食べさせる、となると、これはもう「共食い」をさせていることになります。
牛は本来、草食動物です。
それなのに、私たちにんげんの都合に合わせて、不自然なエサを与えられ、それによって消費者のニーズに応えることになるんて、なんだかおかしい。
変なエサを食べさせて仕上げた肉を、私たち消費者は「これこれ! やっぱ肉はこうでなくちゃ!」とか言って喜んでいたわけで。
食べたものが自分の身体になる。
言い換えれば、
たった今の、私の、アナタの身体は、昨日食べたものによってできている。
そういうことになります。
出荷までぎりぎり太らせて、出荷停止になってしまった肉牛は、放っておくと自分の体重の重さに耐えられずに倒れ、倒れてしまったら起き上がることができずに死んでしまうそうです。
なので、エサを減らして、出荷停止解除になるのを待つあいだに、ビタミン不足で目が見えなくなってしまったりもするそうです。
実際に、テレビのニュースで、ようやく出荷停止解除になりはしたものの、目が見えなくなってしまった肉牛がおびえた目をしてトラックに載せられている映像が映し出されていました。
あの牛も、今頃はどこかで「消費」されているのでしょう。
「家畜」は、神様がにんげんに与えてくれた「食べていいもの」だと、ある宗教では言っています。
ですが、硬いの柔らかいのジューシーだのといろいろ文句や注文をつけて、その「家畜」を不自然に操作していいと、神様は言ったでしょうか。
牛に限らず、豚や鶏や魚や野菜にも、消費者が求めるニーズという要求によって不自然な操作を加えて生産せざるをえなくなり、
まわりまわって、その不自然な食べ物を身体に取り入れて、自分たちが不自然な身体になっていくということを、私たちは忘れてはならないと思います。
そして、消費者である私たちが求めるもの、ニーズをより自然なものに変えていけば、畜産も農業も漁業も、そしてエネルギーのあり方さえも、変わっていくのではと思います。