「抗がん剤がなんぼのもんじゃい」改め「肉腫も腎臓ガンもなんぼのもんじゃい」

青天の霹靂の大腸肉腫発覚、抗がん剤治療を終了したら今度は腎臓ガン発覚。治療を記録することにしました。

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6年6ヶ月検診クリア

2018-08-10 15:11:20 | お気楽日記
もうすっかりお遊びブログと化してしまったのでご無沙汰していたこのサイト。
定期健診も昨年10月にクリアした際、「次は6か月後でも1年後でも、気の向いた時に」と言われたのを幸い、病院から遠ざかっていた。

それでも今月は2012年の肉腫手術から6年6か月、腎臓手術から5年3ヶ月、ということで久しぶりにCT検査を受けに。

結果はおかげさまで何の問題もなくクリア。
実はちょっと気になっていた妙な吹き出物も「まーったく問題なし」と一笑に付され、細胞診の結果も「もうめったに来ないだろうから」と郵送されることになった。

クレアチニンは相変わらず0.97と高いし、おかげでe-GFRも46.0と低いが主治医は気にしないし、こちらも自覚症状がまったくないのでいつも忘れている。

そんなわけで2月のペナン以後も3月にはミャンマーの南部で

不思議な岩を見たり
 
 
船遊びをしたり。

先月はまた飽きずにインド北部の高地に行って
 
徒歩3時間半のお寺に行ったり

青いケシを愛でたり。

 

10ヶ所以上のお寺で「これからも旅行を続けられますように」とお願いしてきたので、祈りは聞き届けられると信じよう。

御利益があれば次回更新は1年後、かな。




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ペナンで避寒して肉腫手術から丸6年

2018-02-14 16:32:56 | お気楽日記
もう何年になるだろうか、寒くなると咳が続くようになって、特に今年は寒さが厳しいせいかちょっとひどい。

と言うことを言い訳にして、マレーシアのペナン島へ避寒に行ってきた。

お安いエアアジアの機内は凍えるほど寒くてダウンを脱げなかったが、到着した常夏のペナンは30℃越え。

 
世界遺産になっているジョージタウンはショップハウスと呼ばれるアーケード付きの風情ある家が並び
 
街のあちこちの壁に凝った絵があるので、これをオリエンテーリングのように探して歩くのが楽しい。

 こちらはプラナカンと呼ばれる中華系の大富豪の家。
 
内部は中華系、マレー系に西洋風が混ざり、一部の隙もなくこってりと装飾されてエキゾチックそのもの。

 
街を出れば島の中央はジャングルに覆われて、その中を歩けるような施設もあり

島なのでもちろんビーチもある。

しかしこの島の一番の売りは食事がおいしいこと。
  
 
これまた中華系、マレー系、インド系と多民族国家なのでよりどりみどり。
おやつまでしっかり食べても、4日間の食事代がたったの4000円だったのには驚いた。

そんなわけでしっかり体重を増やして戻り、気が付けば本日バレンタインデーで肉腫手術から丸6年。
おかげさまでまたぶり返した咳以外にどこも不調はないので、来月はまた暖かい所に行っちゃうのだ。


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パスポート更新

2017-12-26 15:48:03 | お気楽日記
パスポートの有効期限が6か月を切ったので更新に行った。

 今回のパスポートは5年物なので青。

なぜわざわざ割高な5年物にしたかと言えば、2019年にはパスポートが新しいデザインになるから。
今度は各ページに富嶽三十六景が印刷されるそうで、それを早く入手したくて5年にしたのだ。

思えば6年前に肉腫を宣告された時、あと何年生きられるのだろうかと考えた。
長年払い込みを続けた年金も、結局受け取ることもなく終わるのか、なんて考えた自分は我ながらせこい。

それがおかげさまでパスポートは有効期限を迎え、年金も来年には受給年齢に達する。
今回のパスポートがまた有効期限を迎える時には肉腫も腎臓腫瘍の手術からも10年を過ぎる。

もちろん5年後に新しいパスポートをもらう気満々。
その次の10年もまだ海外をふらふらするつもりで、はて、さらにその次もあるものか。

無事に新しい年を迎えられる幸運に感謝しつつ、皆さまもどうぞ良い年をお迎えください。


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父の内視鏡検査

2017-10-26 00:53:50 | お気楽日記
この夏1ヶ月も入院生活を送ったわが父、退院後2ヶ月も経ってから大腸の内視鏡検査を受けることになった。

それと言うのも入院時の診断は大腸憩室炎だったものの、膿胞の広がりがあまりにもひどく、他の病気が隠れているのかもしれない、と主治医が心配したため。
2ヶ月も経ってからの検査は大腸の炎症が完全に引くのを待っていたらしい。

大腸内視鏡検査は自分も3度経験しているが、通常はもちろん日帰り。
それが80代ともなると前日から入院、検査後も鎮痛剤で足元がふらつくと危ないからと留め置かれて2泊3日。
まったく大ごとだ。

検査の結果はおかげさまで異常なし。
やはり憩室がたくさんできているのでまたどこかが炎症を起こす可能性はあるものの、「全く問題ないし、年を考えればもう二度と内視鏡検査はいらないでしょう」だって。

それにしても検査前には「あるいはガンが隠れているかもしれない」と脅され、人前では平気な顔をしていたものの、さすがに心配だったらしくて血圧まで上がったらしい。
しかし「内視鏡、痛くなかった?」と聞くと「全く痛くもかゆくもなかった」と言うし、入院時も「こんなに炎症を起こしているのになぜ痛がらないのか不思議だ」と言われたくらいだし、やっぱり我が父は相当にぶいらしい。

ともかくこれで一安心。
せいぜい好きなものを食べて、この夏に減ってしまったと言う10キロを戻してもらわねば。


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おかげさまで5年8か月検診クリア

2017-10-07 18:27:20 | お気楽日記
肉腫手術から5年8か月目の定期健診、結果はおかげさまで「白」。

CTでも、婦人科の内診でも何も問題なく、「これはもう治ったね」と前回より一段とうれしいお言葉。

ただし低悪性でも肉腫は時間が経ってから再発することがあるし、「再発はむしろ腎臓の方が可能性があるかもしれない」とのことで定期健診は継続。

「次は6か月後にする?1年後にする?まあ、気の向いた時に来て」って、相変わらず軽いわ~。

と、一番の心配事はクリアされて気も軽いのだが、血液検査の結果はLDLコレステロール値がまだ高い。
4月から薬をもらって飲んでいるのに、効き目が今一つで、これはもうちょっと強い薬をもらわないといけないよう。

それ以上にショックだったのは午前中に行った眼科。
2週間ほど前から急に右目がかすみ、遠くを見る時にはあまり感じないが、近くのPC画面や本を読む時に気になって仕方がない。
そこで近所で検査をしてもらうと、「硝子体の中の本来は透明なコラーゲンが濁ってきたため。これは加齢のための生理的なものなので、薬もなければ治療法もない。しばらくしたら左目にも出るはず」って、が~ん。

とても丁寧に説明をしてくれる先生で、まず「病気ではないから安心してくださいね」と言ってくれるのもありがたいが、どうしようもないではどうしようもない。

1ヶ月前の旅行中にはいきなり歯が折れた。
レストランでちょっと硬めのパンを齧ったら、いきなり「ばきっ」と同行者に聞こえるほどの音がして、あわてて口の中をさぐったら金属の詰め物をした歯が半分折れていたのだ。

コレステロールといい、かすみ目といい、歯といい、生物として着実に老化衰退していることを実感する今日この頃。
年齢を重ねられるのはありがたいことではあるのだけれど。


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父、退院

2017-08-20 18:02:16 | お気楽日記
7月26日から入院していたわが父、昨日やっと退院できて25日間の入院生活から解放された。

入院が長引いたのは憩室炎の膿胞がなかなか消えなかったからで、あまりにも長引くので途中ほかの病院にも内視鏡検査ができないかと行かされたが、「こんな状態で内視鏡なんてできっこない」と冷たい対応。
入院先の主治医の指示で、紹介状も持って行ったのにずいぶんな態度、主治医の判断が悪いのかと突っ込むと「そんなことはない」と急に仲間をかばいだして、説明は筋道立っているので納得できたが、言い方があるだろうとむかつく。

この時点で父は既に2週間も絶食させられていて、「わたしだったらこんなに絶食させない」と言われたが、結局転院させても治療法は抗生物質の点滴で同じだと言うので、元の病院での治療を継続することにして、その代わりやっと食事を開始してもらった。

結局長引いたのはかなり悪くなるまで病院で見てもらわなかったため。
「普通だったらかなり痛かったはず」と言われたが、本人は「大して痛くなかった」と言うし、どうも痛みに鈍い体質らしい。
自分も手術をした後たいして痛がらずに看護士さんたちに驚かれたので、この痛みに対する鈍さは家系かもしれない。

いずれにしろどこか具合が悪くなったら腰が抜ける前に病院に行け、と厳しく言ったが、「医者は嫌いだ」と言い張るのだから始末に悪い。

入院中は食事を開始してもずっとお粥でそれにうんざりしていたらしく、退院早々に刺身やフライ、普通のご飯を食べてケロッとしていたので当面心配はいらない様子。
絶食で落ちた5キロもすぐに元に戻るだろう。

あとはずっとベッドの上で落ちた脚の筋肉を戻してもらわなければならないが、これがまた言っても歩かないんだな。

それでもわがままな娘の次の旅行予定の前にちゃんと退院してくれた父に感謝。


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インドから戻ってみたら

2017-07-27 18:08:26 | お気楽日記
3年連続、今年もまたインドで夏休み。

今年行ったのは昨年と同じく北部ヒマーチャル・プラデシュ州の今度は東側、スピティ地方。
チベット仏教を奉ずる人々の住むエリアなので観光のメインはお寺だけれど、

標高4500mの峠を越えた先の村で
 
民家に泊めてもらって畑をうろついたり

世界一高い所にある郵便局からはがきを出してみたり。

夜は満天の星空に天の川がくっきり。



標高4250mのチャンドラタール(月の湖)にも行くことができて、大いに命の洗濯ができた。

ところがデリーに戻り、あと少しで帰国便に乗ろうと言う時になって日本から携帯に着信があったことに気が付いた。
見れば父が入居している高齢者住宅からの電話。
あわてて折り返してみると、なんとまた腰が抜けて脚が立たなくなったと言う。

病院で緊急性はないと判断され、翌日に検査することになったと言うので、早朝の空港から父の元へ直行。
そのまま病院に付き添ってMRIからCT、レントゲン、心電図まで、見てくれる医者も整形外科から内科、消化器科と3人もかかって丸半日。

やっと判明した病名は大腸の憩室炎とのことで、「だいぶ腫れているし、膿も溜まっている。かなり痛かったはず」と医者は言うが、本人は「ずっと痛いわけではないのでたいしたことないと思った」とまたもや自覚なし。
食事も丸一日摂っていなかったらしいが、問いたださないと言わないのだから困ったもん。

結局すぐに入院となって、今回も絶食、点滴、抗生物質でしばらく様子を見ることになった。
遊び歩いて、帰れば口やかましい娘よりもかわいい看護士さんに面倒見てもらえてなにやらうれしそう。

大事なくて一安心だが、86歳では本当にいつ何があるかわからない、と再認識。
でも来月も遊びに行く予定が入っちゃってるんだな。

親子とも、バカにつける薬なし。


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おばあちゃん先生

2017-07-06 18:43:54 | お気楽日記
しばらく前から婦人科系でちょっと気になることがあり、しかし絶対にたいしたことではないとわかっているので近所の町医者に行くことにした。

ネットで検索をして一番近所の産婦人科に行ってみると、なんと玄関に「6月末日を持って廃院しました」の張り紙。どひゃ~。

しかたがないので2番めに近いお医者さんへ。
すると大通りから隠れるように建つ昔ながらの医院。
そして産婦人科と言いながら、来ている患者さんたちはみなさん後期高齢者。
まあ、こちらももう絶対に産科には縁のない年だけど。

しばらく待ってから呼ばれて診察室に入ってみると、先生は80はゆうに超えていらっしゃると思しき女医さん!
アシスタントの看護師さんもいくつも年は違わない感じで、これはすごいところに来ちゃった。

しかし診察が始まると先生の説明は丁寧で分かりやすくて、この先生なら信頼できる感がはんぱない。
単純なものですぐにこの先生のファンになる。

結果は思った通りたいしたことはなくて、ちょっとしたお薬をもらって終了。
でも先生に「心配ありませんからね」と言われれば本当に安心。

この病院の待合室がおばあちゃんだらけだった理由も深く納得。
きっと何十年も前からこの先生がかかりつけだったのだろう。

大きな病気の時にはもちろん大きな病院で最新の医療を受けたい。
しかし普段のちょっとした不調にはこういう街のお医者さんこそ頼りになるわけで、東京の住宅街に住んでいるからこそ近所に選択肢はいくつもあるが、ここでさえ町医者が減っていることを最近実感する。

おばあちゃん先生、なんて呼び方は失礼で、かくしゃくとしてかっこいい先生には似合わないが、まだまだがんばっていただきたい。


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父の介護認定

2017-05-21 17:33:47 | お気楽日記
先月病院に救急搬送されたわが父、おかげさまでただの感染症だったらしく、1週間の抗生物質の投与だけで無事に退院し、その後は以前通り(と言ってもヨタヨタだが)に歩けるようにもなって一安心。
誰よりも本人が一番ほっとしているのではないかと思う。

運び込まれた病院の、特に看護体制にはあきれる部分も多かったが、今回の一件にもいいことはあって、それまでいくら言っても血圧が高いのに病院に行こうとしなかった父、入院中に処方された薬の効果に驚き、医師に高血圧の怖さをしつこく言われたこともあって、今後はまじめに通院することを決心したらしい。

さらに前々から懸案だった介護認定も、入院中に市役所に申し込んでくると素直に受け入れてくれた。
これまでは「そんなものいらない」と言っていたのだけれど、さすがに自分の衰えを実感したらしい。

その介護認定の判定員、先日やっと来てくれたのだが件数が多くて大忙しらしい。

父が暮らすのは東京の近郊、通勤距離圏の元新興住宅地。
45年前に家を新築して引っ越した時には周り中が同様に越してきた子連れのファミリーだった。
それが住民はほぼそのまま、みんな45年分年を取って、おかげで近所にあったファミレスは軒並み葬儀場に変わり、大型スーパーの入り口すぐには大きくてかなり充実した介護用品売り場が作られ、トイレに入ってみたらすべて手すり付きのシニア仕様に替わっていた。

なんだか日本の縮図を見るよう。

介護認定の審査にはまたしばらくかかるようだが、果たしてわが父はデイサービスなどに素直に行ってくれるだろうか。


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救急車初体験

2017-04-24 17:04:13 | 病気のこと
生まれて初めて119番通報して、初めて救急車に乗った。

と言っても自分の具合が悪くなったのではない。
父親の顔を見に行って夕食を作り、さあ、食べましょうとなったら父の足腰が立たなくなってしまったのだ。

普段はサービス付き高齢者住宅に一人住まい、家族が行った時だけ一駅隣の実家に泊まるのだが、昼間はちゃんと自分の脚ででかけた。
それが夕方にはどうしても起き上がれなくなってしまって、ひっくり返った亀のようにじたばたするだけ。
私の力ではイスに座らせることさえできなくて、これはどうしようもないと119番通報した。

通報してから来てくれるまで10分ほどだっただろうか。
救急隊員さんたちは丁寧で親切で、なんとありがたいこと。
15年ほど前には住んでいたマンションの上の階で火事があり、その時も消防隊員さんたちが親切で感激したことがある。
日本の消防・救急ってすばらしい。

ところが「帰りが楽でしょうから」と気を利かせて運んでくれた駅前の病院がトホホなところ。
土曜の夜間で宿直医が一人、すぐにCTを撮って脳梗塞などではなさそうと確認してくれ、熱が39℃もあって白血球数が異常に高いので何かの感染症ではないか、と診断してくれたところまではいい。
しかしその後の処置やら入院手続きやら、命の危険はないと判断されたからか、何をしているのかもわからずやたらと時間がかかる。

しかもこの後はどうゆう診察をしてくれるのかと聞くと、夜間の看護師曰く、「月曜日に担当医が見ますが、午前中は外来が優先ですから」って、救急搬送されたのに、とびっくり。
とにかく医師といつ話せるのか連絡をもらえるよう話をつけ(と言っても結局こちらから連絡するまで何も言ってこず)、大部屋に収容された父親の様子を確認して病院を出るまで4時間もかかって疲れた。

その後は抗生物質の点滴で熱は下がり、今日は足もちゃんと立つようになったので一安心。
しかしこの病院、動けないからと下はおむつ、念のためにと食事も止められたが、明らかに良くなっているのに「食事は?」とこちらが聞くと「え、出てなかったんですか」ってひどすぎる。
抗生物質は効いているようだが、ちゃんと原因を特定してくれるのだろうかともう不信感でいっぱい。

普段はすこぶる元気で、常用している薬も入れ歯もないと言ったら看護士にびっくりされたが、86歳ではいつ何が起こるかわからない、と実感させられた今回の件。
病院も選ばないと大変ということも学ばされた。

今まで自分がお世話になった病院はやっぱりいい病院だったんだ。

ちなみに初めて乗った救急車は中にいろいろな器具がコンパクトに収納されて感心したが、乗り心地はあまりよくない。


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