宮沢賢治作の『銀河鉄道の夜』を読んだ。短編の童話である。この中で「南十字星」がどんな風に書かれているか確認するためだった。図書館に行くまでもなく、インターネットの“電子書籍”で読める。便利になったものだ。ついでに「南十字星」の写真を調べたら、NASAが公開したものが見つかった。
貧しい家庭の少年ジョバンニが友人と銀河鉄道に乗って宇宙を旅する。夢の中の物語だが、終点に近い南十字星を過ぎると一緒にいた級友のカムパネルラの姿がない。現実に戻ると、川で舟から落ちた友を救ったあと、カムパネルラが不明になっていて捜索騒ぎが起きていた。銀河鉄道の客は天界に旅立つ人たちだった。それを見ていたジョバンニは、すべてを覚る…。
天の川と、事故のあった川をみごとにダブらせている。賢治は1933年9月に37歳で死去。作品はその翌年に出版されているが、執筆は1924年から3回にわたって改稿されていたという。
南十字星に触れているのは、物語の終わり頃。汽車が「ケンタウル村」を過ぎると、やがて「サ(ウ)ザンクロス」。「見えない天の川のずうっと川下に青や橙 もうあらゆる光でちりばめられた十字架がまるで一本の木という風に川の中から立ってかがやき…」。そして汽車は「十字架のちょうど真向いに行ってすっかりとまりました」。
この駅で降りた人が多く「みんなは列を組んであの十字架の前の天の川のなぎさにひざまずいていました」「あ あそこ石炭袋だよ。そらの孔(あな)だよ」「あすこの野原はなんてきれいだろう。みんな集まっているねえ。あすこがほんとうの天上なんだ」
「ケンタウル村」というのは、ケンタウルス座のこと。上半身が人間で下半身が馬のかたちをした星座であり、その馬の後肢付近に南十字星座(The Crux)が輝いている。
08年7月8日、NASAが南十字星の新しい写真を公開した(㊤)。最上部がγ星(1等星でも赤い星なので、やや暗く写っている)。そこから時計周りにδ星、α星、β星。この4つの星で十字架となるが、δとαの間にあるε星を含めると構成星は5つになる。中央に天の川の一部が横たわり、南十字星の左にコールサック(石炭袋)と呼ばれる暗黒星雲がある。北極星に対する南極星は「該当する星はない」といわれる。ただ、天の南極点の探し方はあって、「南十字星のγ星からα星までの距離を5倍したところ」だそう。写真の右側には、明るい星雲(竜骨座)が写っている。
南十字星は英名の「Southern Cross」で有名。南半球の国の多くで国旗やシンボルに使われている。私たち大阪大学外国語学部(旧大阪外大)インドネシア語専攻の同窓会も「南十字星」会と名づけている。南極に近い天空なので、残念ながら大阪からは見えない。だが、見えないからこそかえって“南の国に行ったら仰ぎ見よう”という気を起こさせる。
インドネシア語ではBintang Pariという。Bintangが「星」。Pariと合わせて「南十字星」。Pariだけでは「魚のエイ」の意味がある。地方語に当たってみても、十字とつながるものは見つからない。現地の多くの人が語源は「エイ」と解釈しているらしい。エイを広げた形が星座の形になると力説し、十字架の意味が後についたという人もいる。
コールサックの部分を、オーストラリアの原住民は“鳥のエミューが卵を抱いている姿”と見なしているというから、星座を「エイ」と見立てても不思議ではない。Pariの語源は、それで正解かもしれない。