MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『波紋』

2023-09-20 00:59:26 | goo映画レビュー

原題:『波紋』
監督:荻上直子
脚本:荻上直子
撮影:山本英夫
出演:筒井真理子/光石研/磯村勇斗/安藤玉恵/江口のりこ/平岩紙/ムロツヨシ/津田絵理奈/花王おさむ/柄本明/木野花/キムラ緑子
2023年/日本

「波紋」の波及効果について

 筒井真理子の凄さは、明らかに頭のおかしな人物を演じているのに違和感を感じさせないところにあるのだが、それはともかくとして東日本大震災後に、夫の修が突然失踪してから十数年後に、主人公の須藤依子が自宅の庭を枯山水にしたのはそれまで修がガーデニングで手入れをしていた花々を摘み取ってやろうという悪意もあっただろうが、地震と放射能で全てを失った上で生きて行くという覚悟を示す意図もあったように思う。
 「緑命会」という新興宗教にも入信し、穏やかな生活を過ごすことを目指していただろうが、夫の父親の介護や夫自身の癌やパート先のレジ打ちで出会う迷惑客や息子の拓哉が連れて来た聴覚障害者のガールフレンドなど気が休まることがない。
 さらに夫の修が亡くなり遺体を家から運び出そうとした際に、葬儀社の社員2人が棺桶を枯山水に落としてしまう。夫は死んでからも依子の邪魔をするのである。最後のオチは依子のフラメンコなのだが、どうもタイトルに使用されている「波紋」が上手く機能していないように思う。

gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/getnavi/entertainment/getnavi-https_getnavi.jp_p_857698


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『1秒先の彼』

2023-09-19 01:30:09 | goo映画レビュー

原題:『1秒先の彼』
監督:山下敦弘
脚本:宮藤官九郎
撮影:鎌苅洋一
出演:岡田将生/清原果耶/福室莉音/荒川良々/松本妃代/伊勢志摩/片山友希/羽野晶紀/加藤雅也/笑福亭笑瓶
2023年/日本

「重く」なってしまったリメイク作品について

 言わずと知れた台湾映画『1秒先の彼女』(チェン・ユーシュン監督 2020年)のリメイク版なのであるが、どうしてもオリジナルと比較してしまい、上手く昇華されていないのではないかと思ってしまう。
 一番大きな改変である主人公の男女を入れ替えることが成功しているように見えない。動かなくなった女性を動ける男性が担いで海辺へ連れて行って一緒に写真を撮ったりするなどデートを楽しむことは、その軽やかさをを含めて見ている方も楽しめて、何なら撮影している時も楽しかっただろうなぁとさえ想像させたのであるが、動かなくなった男性を動ける女性が運ぶことはなかなかの難事で、だからオリジナルには存在しないバスの運転手を動かせるようにしたために、ストーリーが繁雑になってしまっているし、動けるか動けないかは日本語の名字の長さ次第となると舞台となった京都には結構たくさん動ける人が現れるのではないかと余計なことまで勘ぐってしまう。
 例えば、誤って鍵を飲み込んでしまった赤ん坊の口から鍵を吐き出させるためにバンバン(実際は人形の)背中を叩くような「軽さ」が失われてしまっていると思うのである。
 本作の他のレビューを読んでいて「セクハラ」の問題があるから男女を入れ替えたという記事を目にしたのだが、このようなファンタジー作品をそのような嫌らしい目で見る人がいることに驚いた。
gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/cinranet/entertainment/cinranet-https_www.cinra.net_article_202307-ichikare_ysdkrcl


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『ちひろさん』

2023-09-18 00:59:25 | goo映画レビュー

原題:『ちひろさん』
監督:今泉力哉
脚本:今泉力哉/澤井香織
撮影:岩永洋
出演:有村架純/豊島花/島田鉄太/風吹ジュン/平田満/鈴木慶一/長澤樹/根岸季衣/若葉竜也/佐久間由衣/リリー・フランキー
2023年/日本

孤独のあり方について

 厳格な家族の下で息苦しさを感じているオカジ(瀬尾久仁子)にしても、母子家庭で放任されている男子小学生の佐竹まことも主人公のちひろ(古澤綾)に惹かれてしまうのは、風俗嬢として働いていた経験値がものを言う部分もあっただろうが、しがらみに囚われない自由さ、あるいは孤独に惹かれているように思う。まことにコンパスで腕を刺されても、ホームレスのおじさんの死体を発見しても面倒になるから誰にも言わずに自分だけで処理してしまうし、実の母親の葬式にも出ないというのだから徹底している。
 だからやがてちひろが街を去って行くのは自然な流れであって、酪農場で働くちひろに対して同僚が前職を訊いて「ただの弁当屋です」と言えるのは、余計な憶測を抱かれることがないからちひろにとっては最高ではないだろうか。
 ところでエンドロール後のシーンは店員に因縁をつけていた客と谷口が口論していたラーメン屋に偶然ちひろが入ってきた場面なのだが、餃子の大きさも正確に客に伝えられない店員だったから、果たして本当に客が因縁をつけていたかどうかは微妙なのである。
gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/nikkangendai/entertainment/nikkangendai-921129


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『水は海に向かって流れる』

2023-09-17 00:58:10 | goo映画レビュー

原題:『水は海に向かって流れる』
監督:前田哲
脚本:大島里美
撮影:池田直矢
出演:広瀬すず/大西利空/高良健吾/戸塚純貴/當真あみ/勝村政信/北村有起哉/坂井真紀/生瀬勝久
2023年/日本

リアリティに欠ける「作風」について

 漫画を原作にしているためなのかどうかは分からないのだが、とにかくリアリティに欠けていると感じた。主人公の熊沢直達は高校入学を機に母方の叔父が住むシェアハウスで暮らすことになるのだが、叔父である歌川茂道は漫画家で直達の身の回りの世話をしている暇はなく、同じシェアハウスに同居しているОLの榊千紗に食事を作ってもらったりしているのだが、それにしても千紗も仕事をしているのだから、三食用意できるわけでもなく、直達の生活がどのようにして成り立っているのかよく分からない。
 千紗と直達は一緒に千紗の母親の高島紗苗と直達の父親の熊沢達夫が再婚して暮らしている家を訪れるのだが、一人で家にいた紗苗と話し合っているところに、急に幼稚園児の美由が帰ってきて千紗と直達に突っかかってくるのだが、何故幼稚園児が一人で帰宅できるのかを考えてみてもやはりリアリティに欠けると言わざるを得ない。
 確かに前田哲監督の次回作『大名倒産』(2023年)もリアリティに欠けるのだから、これは前田監督の「作風」であると言われると返す言葉がない。


gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/npn/entertainment/npn-200030780


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『ロストケア』

2023-09-16 00:59:41 | goo映画レビュー

原題:『ロストケア』
監督:前田哲
脚本:前田哲/龍居由佳里
撮影:板倉陽子
出演:松山ケンイチ/長澤まさみ/鈴鹿央士/坂井真紀/戸田菜穂/峯村リエ/加藤菜津/岩谷健司/井上肇/綾戸智恵/梶原善/藤田弓子/柄本明
2023年/日本

複雑化していく「介護」について

 長野県にある訪問介護センター「フォレスト八賀ケアセンター」で訪問介護士として勤めている斯波宗典は相手に親身になってくれるということで評判の良い職員だったのだが、ある日、訪問先の羽村の家で羽村本人と何故かセンター長の団が死んでおり、事件になる。当初は団が借金返済のために合鍵を使って深夜に羽村に家に盗みに入った際に足を踏み外して階段から落ちた転落死と見当づけられたものの、検事の大友秀美が調べていくうちに防犯カメラの映像や勤務シフト表を照らし合わせていくうちに、斯波が42人殺していると自供を始めるのである。
 介護職に就くまでに斯波は脳梗塞で半身不随になった父親の正作の介護を一人でしていたのであるが、アルバイトもできなくなり役所で生活保護の申請をしたものの断られ、認知症も進行していた正作から「お前を忘れる前に殺してくれ」と頼まれた斯波はニコチンの液を注射することで正作を殺し、警察には自然死と認められたためにその後、自分と似たような境遇に置かれている人たちのために介護士として働きながら殺す相手を選別していたのである。それぞれの家族に事情はあるだろうから、斯波を恨む者もいれば密かに感謝している者もいるであろうが、斯波が人を殺していたことにショックを受けて、足立由紀が身を沈めてしまったことに斯波は気づいているだろうか?
 ここで話が終わるならば、斯波に同情することはなかったと思うが、大友秀美が斯波と面会した際に話したことが問題を複雑にしてしまう。大友の両親は離婚しており、母親の加代に育てられたのであるが、大腿骨を骨折してから高齢者介護施設に入居して、最近では認知症も進行していた。そんな時に父親から電話があったものの、大友は電話に出ることもなく無視している内に警察から電話を受け、父親が孤独死していて死後二ヵ月経過していることを知ったのである。
 父親に頼まれて殺した斯波と父親の連絡を無視して父親を死に追いやった大友。手を下すことが殺人であるならば、大友は「上手いことやったな」と思われても仕方がない。斯波は大友と同様に「逃げる」こともできたのだから。
gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/news1242/trend/news1242-426279


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『シン・仮面ライダー』

2023-09-15 00:51:57 | goo映画レビュー

原題:『シン・仮面ライダー』
監督:庵野秀明
脚本:庵野秀明
撮影:市川修/鈴木啓造
出演:池松壮亮/浜辺美波/柄本佑/西野七瀬/長澤まさみ/塚本晋也/手塚とおる/松尾スズキ/竹野内豊/斎藤工/森山未來
2023年/日本

生まれた時代から逃れられないヒーローについて

 元の石ノ森章太郎原作の特撮テレビドラマ『仮面ライダー』が子供用だったことから、大人の観賞にも耐えられるように庵野秀明監督によって制作された本作は、なるほど仮面ライダーがショッカーをぶん殴るたびに血飛沫が上がるのだから、子供は見ていられないではあろう。しかし主人公である本郷猛も急に仮面ライダーにされたようで、自分の状況が全く分かっておらず、組織から脱走の手助けをした緑川ルリ子の言いなりで、寧ろルリ子が本作の主人公のように見える。
 このニヒリスティックな「乾いた」雰囲気に既視感があると思っていたら、昔のATG作品に似ていて、社会に翻弄される主人公としっかりしたヒロインの組み合わせのように見える。確かに特撮テレビドラマ『仮面ライダー』が放送された1971年は「負け戦」が極めて濃厚になってきた学生運動の終焉頃だから、そのような雰囲気は残っているのであろう。
 ヒロインの緑川ルリ子に浜辺美波をキャスティングするセンスもさすがだが、ハチオーグ(ヒロミ)を演じた西野七瀬と殺陣の相性が良いことを知っていたこともさすがとしか言いようがない(『キャバすか学園』参照)。
gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/npn/entertainment/npn-200028187


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『春に散る』

2023-09-14 00:58:56 | goo映画レビュー

原題:『春に散る』
監督:瀬々敬久
脚本:瀬々敬久/星航
撮影:加藤航平
出演:佐藤浩市/横浜流星/橋本環奈/坂東龍汰/松浦慎一郎/尚玄/奥野瑛太/坂井真紀/小澤征悦/片岡鶴太郎/哀川翔/窪田正孝/山口智子
2023年/日本

ボクシングという「概念」の違いについて

 本作は同年に公開された『クリード 過去の逆襲(Creed III)』(マイケル・B・ジョーダン監督 2023年)と比較するとよく分かると思う。
 『クリード』は主人公のアドニス・クリードが一旦は引退したものの、幼なじみで18年の刑期を終えたデイミアンが訪ねてきたことで、ある因縁によりタイトルマッチを行なう羽目になるのである。どう考えても出所したばかりのデイミアンがわずかな期間の練習でチャンピオンになることには違和感しかないのだが、やはり最終的にアドニスがチャンピオンベルトを奪還するシーンがエンタメの定番として観客にカタルシスをもたらすのである。
 『春に散る』の物語は『クリード』とは正反対の構成で、そういう意味ではカタルシスを得られない観客に不満が残るかもしれないが、そもそも『春に散る』は栄光とは、つまり挫折だという矛盾を描いているのである。つまり「目的」であると同時に「終わり」という意味も持つ「END」に突き進むようにストーリーとして栄光と挫折が同時に描かれるために、そのじれったさにイラつく観客もいるだろうが、「現実」を描くとなるとボクシングの試合自体が派手なエンタメと化している『クリード』よりも『春に散る』のようになるのである。

gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/chuspo/entertainment/chuspo-763096


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『最後まで行く』

2023-09-13 00:59:47 | goo映画レビュー

原題:『最後まで行く』
監督:藤井道人
脚本:藤井道人/平田研也
撮影:今村圭佑
出演:岡田准一/綾野剛/広末涼子/磯村勇斗/駿河太郎/山中崇/黒羽麻璃央/駒木根隆介/山田真歩/清水くるみ/杉本哲太/柄本明
2023年/日本

デタラメを凌駕する「活劇」について

 前作の『ヴィレッジ』(2023年)の藤井道人監督の演出にはどうも納得いかなかったし、本作においても演出が緩いと言えば言えるのだが、例えば、どうやってあの大きなドラム缶をつるし上げて落とせたのかとか、車と一緒に湖に沈んだはずの矢崎が主人公の工藤祐司の目の前に突然現れる場面など、理屈に合わないと言われればそれまでであるものの、そんな些末な理屈を凌駕してしまう「活劇」としての面白さが堪能できる。特に大量の一万円札の札束の中で取っ組み合っていた工藤と矢崎が、いつの間にか墓場に並ぶ大量の墓石の上で取っ組み合っている場面転換の演出などは素晴らしかった。
 「仙葉組」の組長である仙葉泰が工藤に語る逸話は熱い砂漠の中でも逃げないで生きているトカゲの話だったが、それとリンクするように工藤が自身の車をパトカーにぶつけて修理に出して借りた代車のナンバーが「・389」(砂漠)であり、既に工藤は「砂漠」の中にいるのである。そして見間違えでなければ矢崎が乗っている車のナンバーは「1122」で「良い夫婦」を暗示していると思うのだが、ラストにおいて工藤が電話で妻の美沙子と関係が修復できそうになった矢先に三度矢崎に車で追われるのは、工藤は矢崎の車ではなく自分の車を運転していたからであろう。
gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/news1242/trend/news1242-438073


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『シンデレラの罠』について

2023-09-12 00:59:37 | Weblog

 『シンデレラの罠(Piège pour Cendrillon)』(創元推理文庫 平岡敦訳 2012.2.29)はフランスの小説家であるセバスチアン・ジャプリゾ(Sébastien Japrisot)が1962年に上梓し、フランス推理小説大賞を獲得した作品である。
 訳者あとがきを読んで、本作の「オチ」に関していまだに議論が絶えないようで、ここでは私見を書いていこうと思うのでもちろんネタバレしていることをあらかじめ断っておきたい。
 本作で問題になっている箇所を訳者あとがきから引用してみる。

 それでは語り手の〈わたし〉は、ミとドのどちらだったのか? 結局、誰が誰を殺したのか? 「ジャンヌ・ミュルノによってくわだてられたドムニカ・ロイ殺しの共犯者として、懲役十年の刑を言い渡された」(二六六ページ)のだから、公式にはミのほうだとされているのは明らかだが、もちろんそれを鵜呑みにするわけにはいかない。もともと対外的には、生き残った娘は一貫してミだったのだし、遺言書は書き換えによってドを殺す動機がミにあったことも判明した。そして何よりも本人たちが認めている以上、司法当局にとって疑問の余地はなかったのだろうが、それはジャンヌと〈わたし〉のあいだであらかじめ取り決めていたことだった。(二五九ページ)。だから、〈わたし〉が本当はドだった可能性も残されている。
 けれども最後の最後になって、もうひとつの手がかりが示される。そう、オーデコロンの名前だ。記憶を回復した娘は、セルジュ・レッポがつけていたオーデコロンの名を知っていた。だとすれば、彼女はやはりミだったことになる。〈わたし〉がガレージでレッポと会ったとき、オーデコロンの名は告げられなかった(二四二ページ)。レッポからオーデコロンの名を聞く機会があったのは、ミのほうだけなのだから。そのように推理してみても、どこかしっくりこないものが残るのもまた事実だろう。ドはオーデコロンの名を知り得なかったからといって、ミが知っていたとは限らない。レッポがミにオーデコロンの名を教えたというのは、あくまで〈わたし〉の推測にすぎないのだ。もしかしたら、ミもまたオーデコロンの名を知らなかったかもしれない。《シンデレラの罠》というオーデコロンの名前自体が、実は虚構なのかも......(p.278-p.279)

 改めて簡単に説明すると、主人公で20歳のミシェル・イゾラ(=ミ、ミッキー)と幼馴染のドムニカ・ロイ(=ド)が一緒に過ごしていた別荘が火事になり、一人が亡くなり、もう一人は生き残ったものの誰だか判別できないほどの火傷を負い記憶も失っていたのである。この火災はドムニカと、ミの後見人のジャンヌ・ミュルノの計画的なものだったのであるが、この計画はミシェルも郵便局員のセルジュ・レッポを介して事前に知っていたということでややこしくなっているのである。

 読む上でのコツとして「わたしは殺したのです」の次の章は「わたしは殺してしまいました」の章というストーリーの流れで「p.212」から「p.236」へ飛ぶ。郵便局の係員の「フィレンツェにですか?」という発言が「p.180」と「p.227」に出てくるが、それぞれドムニカとミシェルの視点から同じシーンが描かれている。

 引用した通り、問題になっているのはオーデコロンである。最後の文章を引用してみる。

 警官にともなわれて法廷から出たとき、娘はもう落ち着きを取り戻したように見えた。娘は警官がアルジェリアで勤務していたことを言い当てた。彼が今使っている男性用オーデコロンが何かも言うことができた。娘はかつて、それを頭に振りかけている若者を知っていた。ある夏の夜、車のなかで、若者は彼女にオーデコロンの名前を教えた。センチメンタルで兵隊好みで、そのにおいと同じくらい胸が悪くなるような、《シンデレラの罠》という名前を。(p.266-p.267)

 この部分に対応するシーンを引用してみる。

 男はミッキーのほうに身を乗り出し、ダッシュボードの明かりで注意深くサインを確かめた。髪がぷんぷんにおうので、何をつけているのかとミッキーはたずねた。
「男性用のオーデコロンさ。アルジェリアでしか売っていない品でね。おれは向こうで兵役についてたんだ」(p.224-p.225)

 「男」とはセルジュ・レッポのことで、ミとドが火事に遭遇する前の会話であるが、次にミが火事に遭遇した後の会話を引用してみる。

 そのうえわたしには、胸が悪くなるようなオーデコロンのにおいが染みついていた。あの男が髪にたっぷりとふりかけていた安物のオーデコロン。ミッキーもそれに気づいていた。あんたのサインはとてもきれいだった、と彼は言った。おれはダッシュボードの光ですぐに確かめたんだ。そしたらあんたは、髪に何をつけているかたずねた。これはアルジェリアから取り寄せた特別な品なんだ。おれはあっちで兵役についていたからね。なあ、嘘じゃないだろ!
 おそらく彼はオーデコロンの名前も、ミッキーに教えたのだろう。けれどもさっきガレージのなかで、わたしには何も言わなかった ー それには名前がなかった。(p.242)

 「わたし」は自分自身がミかドか分からないくらいに記憶が混濁しているのであるが、最後に名前を思い出したということは「わたし」とはミだったと解釈するべきであろう。それならば何故オーデコロンの名前が「シンデレラの罠」だったのか? シンデレラという言葉が出てくる部分を引用してみる。

 ドは雑誌の写真で見る長い髪の王女様と同じく、二十歳になっていた。毎年クリスマスには、フィレンツェから手縫いの舞踏靴が届く。そのためだろうか、彼女は自分をシンデレラだと思っていた。(p.13)

 つまりここでシンデレラとはドを暗示させ、「シンデレラの罠(Piège pour Cendrillon)」とは「ドにとっての罠」という意味なのだから、罠にはまったのはドで、生存者はミと捉えることが自然であろう。つまり分かりやすく例えるならば、オーデコロンのにおいとはマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の語り手にとってのマドレーヌの「戯画」と捉えるべきなのである。

gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/book_asahi/trend/book_asahi-14935913


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「Play This Game」 Todd Rundgren & Utopia 和訳

2023-09-11 19:24:35 | 洋楽歌詞和訳

Todd Rundgren, Utopia - Play This Game 

 トッド・ラングレンがユートピアと1985年にリリースしたアルバム『POV』に

収録されている「プレイ・ディス・ゲーム」を和訳してみる。

「Play This Game」 Todd Rundgren & Utopia 日本語訳

僕は嫉妬して欲に捕らわれてもおかしくはないし
必要としないものを欲しがる振りもできただろう
それらのものが僕の頭の中をかすめて行くけれど
僕は人間を装った天使である可能性もあるし
真夜中の土地を照らす太陽にもなり得るんだ

もしも君だけが僕の側に立つのであるならば
僕に有利になるように計って欲しい
君は何かを感じないのか?
君には僕が何を考えているのか分かっているはずだが
僕にはそれを手放すことができないんだ

僕たちはこのゲームをして賞を得なければならないけれど
それは君が気がついた後でなければならない
勝とうが負けようが同じことで
その時たぶん僕たちはこのゲームをすることができるんだ

僕がここにいる理由を思い出すことができない
時々それは習慣や不安を越えるような気がするし
時々ただ眠ることができればいいのにと思うこともある

でもそんな時僕は美しい結末を迎える夢を見るだろうし
目覚めると生気を感じて僕はまた去るんだ

もしも僕が君だけとの関係を続けられるのならば
残っているものは何でも僕に与えて欲しい
その時僕は君に完全な自由を与えられるかもしれないけれど
僕はこれらの束縛を断つことができない

僕たちはこのゲームをして賞を得なければならないけれど
それは君が気がついた後でなければならない
勝とうが負けようが同じことで
その時たぶん僕たちはこのゲームをすることができるんだ

僕たちはこのゲームをしなければならない
僕たちは決して終わりに到達できないという振りをしよう
もしも僕たちがこのゲームをすることを学べないのならば
酷い面汚しにもなり得るのだから

僕の側に立つのならば
僕に有利になるように計って欲しい
僕の側に立つのならば
僕のメッセージは折りたたんでおいて欲しい
僕たちの脳をはぐらかす答え
僕たちが鎖でつながれていると思っているのは僕たちだけ

君は僕の側に立つのか
君は僕の側に立たないのか?
君は僕の側にたつのか

僕たちはこのゲームをして賞を得なければならないけれど
それは君が気がついた後でなければならない
勝とうが負けようが同じことで
その時たぶん僕たちはこのゲームをすることができるんだ

僕たちはこのゲームをしなければならない
僕たちは決して終わりに到達できないという振りをしよう
もしも僕たちがこのゲームをすることを学べないのならば
酷い面汚しにもなり得るのだから

僕たちはこのゲームをして賞を得なければならないけれど
それは君が気がついた後でなければならない
勝とうが負けようが同じことで
その時たぶん僕たちはこのゲームをすることができるんだ

このゲームをしよう!


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