正しい道を司る

八ヶ岳・小淵沢の地で『真理』を探究する

旧甲州街道・お江戸日本橋まで歩き旅~ (No006)甲斐の国(山梨県)石和宿(石和温泉駅)から鶴瀬宿(甲斐大和駅)まで 其の二

2021年12月31日 | 旧甲州街道歩き旅
ブログの3000文字制限にて細分化。


早速ですが
其の二
スタートです。



親鸞聖人や日蓮大聖人、芭蕉も通ったようあん坂

振り返ればなるほど、
それはもう上り坂でした。
 




旧田中銀行社屋

勝沼郵便電信局舎として建てられ後に
山梨田中銀行の社屋として利用された洋風建築。





三階造りの土蔵

バベルってます。




豪商・仲松屋



珍しい商家建築。




池田屋・勝沼本陣跡 槍掛けの松

大名や公家衆が宿泊すると
その目印に槍を立て掛けた松。





勝沼氏館跡



勝沼氏は信玄の父武田信虎の弟信友の家系で、御親類衆として武田軍団の一翼を担い信友はこの地に館を構えた。子の信元は逆心の疑いを掛けられ信玄に滅ぼされた。その後も武田氏による甲斐国支配の重要な拠点として重臣が治めていった。




いよいよ甲府盆地を出て谷間区間へ

これから進む方向

振り返れば甲府盆地


久しぶりの20号線




大善寺




天下統一を競った武田信玄亡き後、勝頼は織田徳川の連合軍の近代装備と物量の前に敗退し、天正十年(1582)3月3日、郡内の岩殿城で再興を図ろうと韮崎の新府城を出発し、大善寺で戦勝を祈願して一夜を明かしました。
しかし、武田家再興がかなわないと見た家臣の大半は夜半に離散し、また、岩殿城主小山田信茂の裏切りに合い、勝頼主従は天目山を目指しましたが、織田徳川の連合軍に行く手を阻まれ、ついに3月11日、勝頼以下一族と家臣は自決し、新羅三郎義光以来五百年続いた甲斐源氏も滅亡しました。
その一部始終を目撃した理慶尼が記した「理慶尼記」は「武田滅亡記」ともいわれ、尼の住んでいたこの大善寺に保管されています。
勝頼の家臣たちは、勝頼を最後まで裏切ることなく守り、戦死しましたが、その子供たちは後に徳川家康に重用され、江戸時代には各地の城主に任命されました。勝頼の「宿」となった薬師堂にはその子供たちから寄進された文殊菩薩、毘沙門天が安置されています。 柏尾山 大善寺 




近藤勇 柏尾山の戦い


旧幕府軍と新撰組は、慶応四年(1868)薩摩藩兵を中心とする新政府軍と鳥羽・伏見の戦いで敗れ、大坂から江戸へ帰還しました。その後、近藤勇を隊長とする「甲陽鎮撫隊(こうようちんぶたい)」として新政府軍の東進を阻止する目的で、甲府城の接収を命ぜられ、甲州街道を西へ進みます。
しかし、板垣退助率いる新政府軍3000の一隊はわずか一日の差で甲府城に入城しました。近藤は援軍要請のため土方歳三を江戸へ向かわせる一方、自身は西進し3月5日勝沼に布陣。大善寺に本陣を置こうとしたが、大善寺には徳川家縁の寺宝があるという理由から諦め、大善寺の西側に先頭、山門前及び、東側の白山平にいたるまで細長く配置されたとされています。(甲府城代の佐藤駿河守「ひとまず甲府を引き払い、江戸で旗本と合流し、抗戦すべし」との結論を出し、城を放棄してしまった。この情報が隊に知れ渡り脱走が起こる)当初300名いた隊員は次々と脱走し、このときわずか121名だったといわれています。(新選組の古参約二十名以外は戦闘経験のない烏合の衆であった)
戦闘は3月6日正午頃から始まりましたが、わずか2時間程で甲陽鎮撫隊は江戸へ敗走することになりました。 柏尾山 大善寺


総崩れとなり、八王子まで後退し甲陽鎮撫隊は解散した。近藤は流山で官軍に捕らわれ板橋刑場にて斬首、首級は塩漬けにされ京で晒された。




あぁ無常…

近藤勇もこの門前で…




柏尾古戦場跡

官軍と甲陽鎮撫隊との激戦地




旧柏尾橋(刎橋(はねばし))跡
江戸時代の橋台・刎橋(はねばし)とは、江戸時代の日本に存在した架橋形式である。
うわ、橋台に家が…




柏尾白山平経塚

石組の中に経筒等が埋蔵されていた。出土した金銅製経筒等は重要文化財として東京国立博物館に保存。




谷底の日川を覗く
すっげー谷。




旧街道へ

上の構造物は国道20号線




谷間はすぐ日が陰るのじゃ
急げ若人、いゃ中年。




古跡武田不動尊
落ち延びるとき勝頼は武田の守り本尊として奉持していた不動尊を里人に託した。




観音堂へ登る急坂



途中、余りにも怖くて撮影出来ず。




聖観音堂

本尊は聖観音菩薩で京都清水より勧請したもので養蚕の守護神として信仰が篤かった。




馬の藁沓(わらぐつ) 


馬の藁沓(わらぐつ)を奉納する習慣がある。




古今絶景也

歌川 広重 は境内からの景色を「古今絶景也」と評している。




では、西側へ進みましょう。
旧甲州街道歩き旅 聖観音堂




鶴瀬関所跡

甲州十二関のひとつ鶴瀬の口留番所跡




入鉄砲に出女





日川

三日川とも呼ばれた。武田勝頼勢の流血で流れが三日濁ったとのこと…
山あり谷ありと大変な道のり末の悲しいい結末に我思う…。




武田勝頼公 腰掛石

武田菱が浮いて見えるところから「菱石」とも呼ばれた。




旧甲州街道歩き旅 007 で歩いた地点に合流!
晩秋に歩いていて良かった~




甲斐大和駅までは後ちょっと!
スッカリ酔いは醒めました。




本日・今年のゴール!


旧甲州街道・お江戸日本橋まで歩き旅~ 
(No006)甲斐の国(山梨県)石和宿(石和温泉駅)から鶴瀬宿(甲斐大和駅)まで 

其の二



長々と
お読みいただきありがとうございました。





人生万事塞翁が馬



この道を行けば

どうなるかと危ぶむなかれ

危ぶめば道は成し

踏み出せば

その一足が道となる

その一足が道である

わからなくても歩いて行け

行けばわかるよ



やることを

やりきったならば

後はお任せ。

あなたのもとへ

今日、明日も

しあわせが訪れますように。

そなえよ   つねに

ありがとうございました。



旧甲州街道・お江戸日本橋まで歩き旅~ (No006)甲斐の国(山梨県)石和宿(石和温泉駅)から鶴瀬宿(甲斐大和駅)まで 其の一

2021年12月30日 | 旧甲州街道歩き旅
唐突ですが…

山梨県内の飲食店で見かける「無尽」たる表記?


「無尽」て、知ってます?



鎌倉時代から続く庶民の相互扶助として始まったものだと考えられる。21世紀となった現在でも、日本各地(主に農村・漁村地域)に、無尽や頼母子、模合と呼ばれる会・組織が存在している。メンバーが毎月金を出し合い、積み立てられた金で宴会や旅行を催す場合もあれば、くじに当たった者(くじと言いながら実際は順番であることが多い)が金額を総取りする形態のものもある。多くは実質的な目的よりも職場や友人、地縁的な付き合いの延長としての色彩が強く、中には一人で複数の無尽に入っている人もいる。
 沖縄県、九州各地や山梨県、福島県会津地方、岐阜県飛騨地方、愛媛県今治市などでもよく行われているとのことです。 
Wikipedia

で、
イメージが???ッて感じるのは…

「ラララむじんくん・ラララむじんくん…」

この手のCMは社会通念上?倫理?等にて23時以降に放送されていたけど大手金融機関の系列になった途端、時間に関係なく流れるようになったよね。1990年代(下剋上の世相)からかなぁ…

イメージ???、多分このせいかもね。

うぅ~む
無人機のことをかけているのか、はたまた相互扶助をかけているのか…いや、考え過ぎ…か。

そうなんだ…まぁ、いいけど。




古来より、様々な想いをを胸に人々が往来したであろうこの街道。当時の様子など、リアルにのぞき見ることはかないませんが、そこに立ち・街道を歩けば感じ得る何かが体感できるのでは…と、お江戸日本橋まで歩き旅を始めた次第です。

街道とは、
徳川家康の時代、通信や物流を強固に整える可くで主要五街道(東海道、中仙道、甲州海道、奥州海道、日光海道)の整備を進めた。※東海道、中山道、甲州道中、奥州道中、日光道中へ名変。後に明治政府が甲州道中から甲州街道へ改名しています。

甲州街道の成り立ち。
徳川家康の江戸入府に際し、江戸城陥落の際の甲府までの将軍の避難路として使用されることを想定して造成されたという。危機の際、服部半蔵の手引きにて半蔵門より甲州街道へ。沿道の四谷に伊賀組・根来組・甲賀組・青木組(二十五騎組)の4組から成る鉄砲百人組を従えて八王子にて千人同心の足軽兵力と共に徳川家親藩の甲府城までいったん避難した後に江戸城奪還を図るためと一説では言われています。


さて本日の行程は…

小淵沢駅より前回終了した石和温泉駅までJRにて移動後、駅前よりスタート。石和宿(笛吹市)・栗原宿山梨市・勝沼宿(甲州市)を歩き、本日のゴールは鶴瀬宿甲州市甲斐大和駅まで。



では、
旧甲州街道・お江戸日本橋まで
歩き旅
スタートです。




石和温泉駅前
これはこれで よい!

寒さと相まって、
そしてこの閑散としている感じが…




笛吹川

土手沿いの松並木は明治40年(1907)の大水害後の植樹松。
松並木の後ろは石和町温泉街。




信玄公の時代より笛吹川の氾濫には悩まされていた

治水対策として、丸太を組み蛇籠で固定した「聖牛(ひじりうし)」にて、水の勢いを和らげた治水工法が考案されたとのことです。




笛吹川の由来
むかし、たいへん親孝行の権三郎という少年が母親と住んでいました。人々は笛の上手なこの少年を「笛吹権三郎」と呼んでいました。ある年の7月、大洪水に遭い、母子とも濁流にのみ込まれてしまい、幸い権三郎は自力で岸に上がり難を逃れましたが、母は流されて行方不明となってしまいました。母の好きだった篠笛を吹きながら、捜しましたが見つからず、いつしか権三郎も疲れ果て川に落ち、亡くなってしまった。その後、川の音が権三郎の吹く笛の音のように聞こえることから、誰とはなしに笛吹川というようになりました。




明治以降、日本一の桃の産地となった笛吹市一宮町



街道沿いに桃やブドウ畑が広がります。




いざ行かん!

日川高校前正門前に構える「松陽軒長崎」さん。

ここの和菓子は旨いのよ、ほんと。何を選んでも大丈夫、期待を裏切りませんぞ、多分…。




松陽軒長崎うまいもの選手権
大福・どら焼きコース





塩豆大福





クリームいちご大福





バナナ大福




どら焼き・天地の正気


いやぁ~甲乙つけがたい!

どれもこれもうまいのだ!




なぬ、大江戸屋とな!

これも誉れですなぁ




駐車場の上が、ぶどう棚になっている園が街道沿いに沢山あり中には休園している園もちらほらと。
バイパス20号線が開通する以前は相当賑わっていた葡萄園街道だったことでしょうね。




甲州市といえば…

ワインだよねぇ、飲みたいねぇ




ロリアンワイン 白百合醸造

映画?TV?の撮影中だったみたいで立ち寄らず。
飲めなかった…残念!




燃料…補給地へ

立派な日本家屋




お庭も素敵な…

パンパン!鯉 щ(゚Д゚щ)カモーン




ほうとう屋・皆吉 みなき

冬、日本家屋、午後のやさしい西日…

ッて、
午前11時に入店だわさ。




白菜漬け300円

柚子うまし!さぁーてと、アレね、、、。




甲州といえば勝沼・勝沼といえばワインは「甲州」。


あぁ~うめ~染み渡るぅ~




合うじゃん大人じゃん!

ぐびぐびしゃきしゃき無限食い




うひゃひゃひゃひゃ




うふぇふぇふぇふぇ

スキッスパッと「甲州」は美味い!




良い子は待てま~す。
ぐふぇふぇふぇふぇ

◎△◇×うひゃひゃ~
ここはうどん屋です。




ほうとう鍋着丼!

熱々~




モチモチの麺

うまい!




野菜たっぷり

出汁?…素朴な味噌味で勝負なのね…
いいよいいよ、堪能したよ。
(ワイン飲んじゃってるからねぇ)




完食!

お腹いっぱいになります。




頭上注意

鴨居に頭をぶつけている人が何組も




あなたは大丈夫です。

小っちゃいから。




千鳥足

いい気分~


其の一 おわり




人生万事塞翁が馬


この道を行けば

どうなるかと危ぶむなかれ

危ぶめば道は成し

踏み出せば

その一足が道となる

その一足が道である

わからなくても歩いて行け

行けばわかるよ



やることを

やりきったならば

後はお任せ。

あなたのもとへ

今日、明日も

しあわせが訪れますように。

そなえよ   つねに

ありがとうございました。













今シーズン初?氷点下二桁!

2021年12月27日 | 日記・エッセイ・コラム
いやひゃー寒い。


今シーズンは本気なのか…将軍よ。


でもね、

空気が澄んでいるので
見るもの全てが美しいです。

極寒の小淵沢より。



人生万事塞翁が馬


この道を行けば

どうなるかと危ぶむなかれ

危ぶめば道は成し

踏み出せば

その一足が道となる

その一足が道である

わからなくても歩いて行け

行けばわかるよ



やることを

やりきったならば

後はお任せ。

あなたのもとへ

今日、明日も

しあわせが訪れますように。

そなえよ   つねに

ありがとうございました。






荒ぶるお掃除ロボット ㏌ 師走

2021年12月24日 | 旧ロボット掃除機たちの今日の矜恃
荒ぶるお掃除ロボット


皆様にとって素敵な師走になりますように。



人生万事塞翁が馬



この道を行けば

どうなるかと危ぶむなかれ

危ぶめば道は成し

踏み出せば

その一足が道となる

その一足が道である

わからなくても歩いて行け

行けばわかるよ




やることを

やりきったならば

後はお任せ。

あなたのもとへ

今日、明日も

しあわせが訪れますように。

そなえよ   つねに

ありがとうございました。


gift 思いが届きますように・日本盲導犬協会 日本盲導犬総合センター 「富士ハーネス」

2021年12月22日 | 日記・エッセイ・コラム
この季節になると…
何かに生かされていることを特に感じます。

まぁーなんだ(笑)、そんな思いを秘めつつ、富士の裾野にある日本盲導犬協会 日本盲導犬総合センター 「富士ハーネスさんへ。
 

季節がら…ですねぇ~。




場所はここ!

ここ「富士ハーネス」は静岡県富士宮市内の雄大な富士山が目の前に迫る素敵な場所に施設があります。




富士山どぉーん!

もぅほんと、 ドッカーーーン ッてな感じ。




広々とした各施設は清潔に保たれており又、バリアフリーの環境は犬、人間共に安心して過ごすことができる素敵な空間でした。








施設で働く全ての人の努力で成り立っているのでしょうね。ありがとうございます。




これ見ちゃうと…ね。






生後50日の天使たち。もうほんと、この可愛さは反則ですぞ!




なんだろう…

見ていると胸がざわつき、目頭が熱くなるんだ。可愛いこの子たちがこれから過ごす犬生が幸多かれと願わずにはいられない 。




一方、外では訓練中のワンちゃんも。


褒められてワンちゃんも誇らしげです。訓練士さんも嬉しそう。




二年間の訓練を経て、介助犬として働くであろう君を思うと、又もや胸がざわつき、目頭が熱くなるんだよ。これからの計十年間、犬生が幸多かれと。 




ハーネスは語る。



訓練士と犬のたゆまぬ努力が実を結びますように。




この施設があるから…決めました。

協会で働く全ての皆様、ありがとうございます。




陽だまりの中、気持ちよさそうに寝ている十五歳のラブ。

十年間のお役をよくがんばったね。ここで思いっきり疲れを癒すんだよ。




昼夜を問わず介護をするスタッフさん、ありがとうございます。
犬生15年のキミが「食事の時、自分で歩いて行くんです」と、スタッフさんから聞き、何だかんだ嬉しく頼もしく、救われた気持ちになりました。




そうなんだよね、
もっと手を差し伸べなければならない世の中なんだよね。




キミたち(介助犬)が働くこの環境は、決して恵まれてはいないよね。人間が恥じるべき話で誠に申し訳ない…。
キミたちは雨風が強い日、暑い日や寒い日や、とっても怖いであろう電車・バス・車など大きな音をたてて走る塊の中や人混みの中でさえ、おとなしくいるよね。歩道を塞ぐ様々な物、勝手気ままの自転車・歩行者など、劣悪な環境下で本当にごめんなさい。
で、「この状況を変えていくぞ!」と、なかなかいかないけれども、できることからはじめようと思うんだよ。

はじめは…
ちょっとだけでもいいと思う。介助犬を見かけたら思いを寄せてみる。注意をかけてみる。ほんの少しの勇気を出して声を掛けてみる。
そんな小さな積み重ねが大切だと思います。

介助犬を必要とする方や介助犬が過ごしやすい世の中になりますように。




キミたちに出会えたからこそ…






まるるくつ工房・その他の収益を8年間、公益財団法人・みちのく未来基金(東日本大震災で両親またはどちらかの親を亡くした子どもたちの高校卒業後の進学を支援するための基金)へ、思いを届けておりました。この度、協会より既に支援予定数を上回る基金が用意できたため2021年2月20日寄付受付終了との連絡があり思案した結果、新たに日本盲導犬協会へ、思いを届けることとなりました。

 今回も無事思いを届けることができたのも、皆様方のご愛顧の賜物とひとえに感謝申し上げます。 


お役立ていただければ幸いです。
 I want to be useful to everyone



人生万事塞翁が馬



この道を行けば

どうなるかと危ぶむなかれ

危ぶめば道は成し

踏み出せば

その一足が道となる

その一足が道である

わからなくても歩いて行け

行けばわかるよ




やることを

やりきったならば

後はお任せ。

あなたのもとへ

今日、明日も

しあわせが訪れますように。

そなえよ   つねに

ありがとうございました。