早朝、眠い目をこすりながらいわき始発の列車に乗りこむ。
出発まで少し時間があったので、座席にザックを投げ込んでホームで朝の一服をしていたら…。んんん??アレは、ひょっとして?。
ホームを歩くお弁当屋さんがいた。おー、都会育ち(そうなのか?)のワタシは初めて見た。列車の窓越しに販売している姿が、旧国鉄仕様の車両にしっくり馴染んでいる。いいなぁー、ローカル線らしくて。
定刻に出発した列車は、仙台を目指す。文字通り、ゴトゴトと音を立ててよく揺れる。車窓からは、朝陽を浴びながら風にそよぐ青々した稲穂が続いている。都会なら『やかましいなぁ』と思うはずなのに、なぜか旅にでると地元の高校生たちの賑やかな話し声が心地いい。
いわき駅を出てからちょうど3時間、10時に終点・仙台に到着。更に乗り継いで、お昼頃松島で途中下車した。
日本三景のひとつ松島。実は3月に盛岡に行った際に、初めて松島を訪れている。「もう一度行こう」と思ったのは、観光客溢れる遊覧船に乗るためではない。瑞巌寺、というお寺をもう一度見たかった。
大きな大きな杉木立の囲まれた道に入ると、向かいの遊覧船乗り場や土産物屋の喧騒が嘘のように静かに感じる。「気が満ちている」というか、ここだけ結界が張ってあるかのごとく別世界。不思議だー。
1200年前に開山、のちに1604年に伊達政宗が現在の大伽藍を10年かけて完成させたという、裕所正しい禅寺なんだそうだ。
実は前回ここを訪れて、大伽藍の欄間の細工にえらく感動した。「鶴の巣篭もり」「桐に鳳凰」「牡丹に孔雀」「牡丹に金鶴」などの欄間があるのだが、どれもこれも逸品。細かな細工と表現力の素晴らしさに、ただただ感動するだけだった。
(残念ながら撮影禁止のため、画像はナシ)
今回もやっぱり欄間の前で動けなくなった。400年という歳月を越えて、心を揺さぶられる。遥か昔、正宗公もこうして回廊で欄間を見上げて佇んだのだろうか。これだけ長い年月が過ぎても、欄間の色はこんなに残っているのかと驚かされる。
今日から400年後、今世間にあるものがどれだけ同じ場所にそのまんま残るんだろう?。
同じように欄間の見事な「五大堂」を観て、十二支の欄間にまたまた感動。う~ん、この旅ですっかり欄間マニアになってしまった?。どこかに素晴らしい欄間があれば、是非ご一報を。
(つづく)
出発まで少し時間があったので、座席にザックを投げ込んでホームで朝の一服をしていたら…。んんん??アレは、ひょっとして?。
ホームを歩くお弁当屋さんがいた。おー、都会育ち(そうなのか?)のワタシは初めて見た。列車の窓越しに販売している姿が、旧国鉄仕様の車両にしっくり馴染んでいる。いいなぁー、ローカル線らしくて。
定刻に出発した列車は、仙台を目指す。文字通り、ゴトゴトと音を立ててよく揺れる。車窓からは、朝陽を浴びながら風にそよぐ青々した稲穂が続いている。都会なら『やかましいなぁ』と思うはずなのに、なぜか旅にでると地元の高校生たちの賑やかな話し声が心地いい。
いわき駅を出てからちょうど3時間、10時に終点・仙台に到着。更に乗り継いで、お昼頃松島で途中下車した。
日本三景のひとつ松島。実は3月に盛岡に行った際に、初めて松島を訪れている。「もう一度行こう」と思ったのは、観光客溢れる遊覧船に乗るためではない。瑞巌寺、というお寺をもう一度見たかった。
大きな大きな杉木立の囲まれた道に入ると、向かいの遊覧船乗り場や土産物屋の喧騒が嘘のように静かに感じる。「気が満ちている」というか、ここだけ結界が張ってあるかのごとく別世界。不思議だー。
1200年前に開山、のちに1604年に伊達政宗が現在の大伽藍を10年かけて完成させたという、裕所正しい禅寺なんだそうだ。
実は前回ここを訪れて、大伽藍の欄間の細工にえらく感動した。「鶴の巣篭もり」「桐に鳳凰」「牡丹に孔雀」「牡丹に金鶴」などの欄間があるのだが、どれもこれも逸品。細かな細工と表現力の素晴らしさに、ただただ感動するだけだった。
(残念ながら撮影禁止のため、画像はナシ)
今回もやっぱり欄間の前で動けなくなった。400年という歳月を越えて、心を揺さぶられる。遥か昔、正宗公もこうして回廊で欄間を見上げて佇んだのだろうか。これだけ長い年月が過ぎても、欄間の色はこんなに残っているのかと驚かされる。
今日から400年後、今世間にあるものがどれだけ同じ場所にそのまんま残るんだろう?。
同じように欄間の見事な「五大堂」を観て、十二支の欄間にまたまた感動。う~ん、この旅ですっかり欄間マニアになってしまった?。どこかに素晴らしい欄間があれば、是非ご一報を。
(つづく)