グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調 作品16 (スコア付き)
エドヴァルド・グリーグ: ピアノ協奏曲イ短調 作品16 (スコア付き) 作曲年代:1868年 ピアノ:ラドゥ・ルプ 指揮:アンドレ・プレヴィン 管弦楽:ロンドン交響楽団
00:00 第1楽章 Allegro molto moderato (イ短調) 13:43 第2楽章 Adagio (変ニ長調) 20:27 第3楽章 Allegro moderato molto e marcato (イ短調 – イ長調)
エドヴァルド・グリーグ (1843–1907) は、ノルウェー出身のロマン派中期を代表する作曲家である。15歳でヴァイオリニストのオーレ・ブルに才能を見出され、ピアノと作曲を学び始める。20歳のころからはデンマークのコペンハーゲンに移り、作曲活動を開始している。ピアノの名手として知られ、数多くのピアノのための小品の他、『ペール・ギュント』に代表される国民楽派的な管弦楽曲を残している。 《ピアノ協奏曲イ短調 作品16》はグリーグの代表作で、ピアノ協奏曲の中でも人気の高い作品である。グリーグが25歳のときの1868年に完成され、最晩年の1906年から翌年にかけて改訂されている。こんにち演奏されるのは改訂稿である。 曲は印象的なティンパニのトレモロに導かれ、崩れ落ちるようなピアノのフレーズで始まる。この始まり方やイ短調である点で、ロベルト・シューマンの《ピアノ協奏曲イ短調 作品54》の影響が指摘される。グリーグの初期の作品でありながら、作品全体にノルウェー民族音楽の影響が見られる。特に第3楽章では、ハーディングフェーレ(ヴァイオリンよりやや小さめのノルウェーの民族楽器)や、ハリング(ノルウェーの民族舞踊)の模倣がみられる。 この協奏曲は1869年4月3日にコペンハーゲンで、ノルウェーのピアニスト、エドムント・ノイペルトの独奏によって初演された。同年8月7日にはノルウェーで、1872年にはドイツ、1874年にはイギリスで初演され、次第に世界中で人気を博すようになった。 なお、ウクライナ出身のピアニスト、シモン・バレルは、1951年4月2日にカーネギーホールにおいてこの協奏曲の冒頭数小節を演奏したときに脳梗塞に倒れ、そのまま舞台裏で54歳の若さで他界した。この公演は、バレルにとってグリーグの協奏曲を弾く初めての公演であった。