「鎌倉殿の13人」のなかの一人、大江広元は、頼朝の参謀役であり、京都の情勢と天皇家の行政にも通じて
いる有能な事務官僚であった。
神奈川県の厚木市に毛利というところがある。
ここが戦国時代に中国地方で勇名をはせる毛利氏の発祥の地であるという。
毛利氏の祖は、大江広元の四男、季光がこの地を拝領し、地名から毛利氏を名乗ったことが始まりという。
私は以前、神奈川県の横浜と中部の厚木で仕事をしたことがあり、その時にこのことを知った。
厚木市の観光ガイドの表紙にそのように出ていた。
また、大江氏は東北地方にも拝領地があり、それが山形県の中部、最上川に沿った大江町という所だという。
ここも私が勤めたところに近く、山形で勤務していた時に、よく利用したJR左沢線の終点にある町である。
文治5年(1189年)大江町を含む寒河江荘を大江氏が治める(大江広元が地頭となる)ことになった。
ここには、14世紀の後半に大江氏の一族の左沢元時(あてらざわ もととき)により築かれた左沢楯山城
がある。ここはその後、山形の最上義光により攻められ、寒河江大江氏は滅亡している。そのためこの地は
その後最上氏の支配下にはいった。
この土地は、最上川の舟運で栄え、古い文化を残す町として国指定重要文化的景観にも指定されている。
また、今年左沢線は開業100年を迎え先日式典やイベントなどが行われた。
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