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世界旅行記

イチ個人の旅行記

モンマルトルでムーランルージュ

2002年05月05日 | フランス

              
地下鉄の階段を抜け出た時の視界に広がる光景はいつでもドコでも感動する。
木の椅子がステキなカフェでエスプレッソを飲みながら。
「 さて今日は何をしよう 」
パリに来たのだから観劇でもしようかな。
やはりムーランルージュか、パリといったらそのイメージしかない。
男性1人では入場は難しいようだ。
ではと旅行を手配してもらった代理店まで出向きチケットを取ってもらう。
「 他の日本人と一緒になるがいいか? 」
「 いいよ」

送迎、食事、で120ユーロ、高いのか安いのかよくわからんがまあいいか。
会場はモンマルトルの丘の上にあり風車が回るオブジェが目印だ。
ドレスコードがあるらしい。
スーツは黒なのでOK、タイとシャツはかなり派手だが単色だから問題ないだろう。
ステージは横に広く、客席はディナーショーのようなレイアウトだ。
自分ら日本人10人程のテーブルはなんと最前列。
やはり日本人は大枚はたきのお得意さんなのだろう。

前半は生バンド演奏で何故かアメリカ音楽、そのほうが聴きやすいが。
続いてサーカスショー、TVとかでよく見る中国雑技団のイスとか板を積み上げてその頂上で倒立したりするやつ。
しかしフランスっぽくないなあ。
食事はブレッド、トマトムース、胡瓜とポテトのスープ、薄めのローストビーフ、デザートにアイスクリーム、
ワインは1杯だけ。
酒が足りないよ、ハーフワインを別途注文するがうまく伝わらず 「 フルでいいよ 」 となってしまう。
45ユーロ、ゲゲゲ、しかし後には引けず、がんばって飲むぜ。

メインのフレンチカンカンのショーはモデルのような容姿の女性十数人がトップレスな衣装で脚を振り上げる。
エロティックな感じは全くしない、むしろそのシンクロは芸術的と言える。
彼女らはヨーロッパの経済的に貧しい国からチャンスを求めてこのパリにやってきてプロダンサーになったのだろう。
そしてこのショーを経て更なる社交界への進出、あるいは実業家男性に口説かれ玉の輿に乗ることを
夢見ているのだろうか。
勝手に物語を作ってしまう私だが実際当たってるのではないの?

同席した日本人の中に強烈な存在感の女性がいた。
いかにもパリずれした感じで真っ赤な衣装に身を包み日本語、英語、仏語と3ヶ国語を交えながら喋るんだ。
それもアクセント付けすぎで、もう長嶋茂雄の比ではない。
他の日本人はドン引きしていたが私には相当面白かった。
私と同じに連れが居なかったが、その後、誘う気にはなれなかった。
とにかく普通じゃないんだ、何か異様な世界を持つ雰囲気を発していた。

送りのバスから先に降りる女性はドアを抜ける瞬間、ふと私に視線を投げかけた。
その目は中世のおとぎ話に出てくる魔女のようだった。
そしてパリの夜のカーテンに包まれるように消えていった。
              


モナリザに会う

2002年05月04日 | フランス

日曜のルーブル美術館は無料とか。
ラッキー、朝イチで並ぶ。
エントランスにあるガラス細工のピラミッドのようなオブジェは何の意味があるのだろうか、
あまり芸術的な感じはしない。
日本語のガイドブックをもらう、館は3階立てで相当広いので効率よく回ろう。
モナリザは最後の楽しみにしておこうかな。
私は子供の頃、ハンバーグを最後に食べるような性格だった。

絵、彫刻、冠、建築、装飾、宝石、と芸術の対象は様々だ。
アバウトに見ていると自分のインスピレーションを感じるものをいくつか発見する。
モチーフは同じではないが自分を引きつけるものが何であるか少しわかった気がする、というか再認識。
おっとコレは ” ミロのビーナス ” だ。
小学校の美術の教科書に写真が載っていて、当時は
「 遠い国にこんなのがあるのか 」
と漠然に思う程度だったがこの目で見たときは感動した。
警備のお姉さんに頼んでバックに写真を撮った。
              
かなり歩き、おそらく全ての通路を通った。
さあ、モナリザに会いに行く。
一方通行の奥の方にあり警備も強めだ。
人がざわめいている、あそこにあるのか。
カメラを取り出すとウーピー・ゴールドバーグに警備帽を被らせたような係員が
「 No photo , No photo 」 とまくし立てる。
「 disappointed  」
モナリザは思ったよりも小さい額に収まっていて色合いは写真とかで見るよりは明るく見える。
自身に対して微笑んでいると言われるがホントにそんな感じ。
目よりも口元とアゴのラインが美しいと感じた。
うん、会えて良かった。

” 会う ” とか言ってるがこういった事を自分の世界にするのが海外1人旅を楽しむ方法の1つ。
コレは沢木耕太郎の著書から習った。

結局ルーブルで5時間を費やし、館を出た時は雨が降っていた。
館内で傘を売っている店があったのでルーブルのロゴが入った折りたたみ傘を買った。

遅めの昼食をとった後、オルセー美術館に行った。
しかし、案の定ルーブルの前に行けば良かったと後悔した。
              


パリ観光は脚にくる

2002年05月03日 | フランス

周遊バスのチケットを購入し、主だった場所へ出かける。
どのバスSTOPでも見所はたくさんあるがやはりエッフェル塔と凱旋門だ。
まずはエッフェル塔
外観全体が視界に入るアングルから望めばそのスケールの大きさに圧倒される。
周辺は観光用でもあれば庶民の憩いの場的でもある。
ストリートパフォーマーの完成度の高さに目が皿のようになる。
特にローラースケートの少年が凄かった、まるでサルのような動きだ。
プロでやれるんじゃないの?
              
エッフェル塔の入り口ではチケット待ちで行列となっている。
塔内のエレベータも乗れる人数が限られているので待ち時間が長くなりそうだ。
ラインに並んでいるとプラスチック製の鳥のオモチャ売りの黒人がデモで飛ばしているが
こんなに人が密集している場所であんなん飛ばしたら危ないよ。
実際、人に当たってトラブルになっていた、頭悪いのかね。

エッフェル塔は近くで見る程その建造は鉄柱の組み合わせという事がよくわかる。
あまりの剥き出しの鉄と老朽化したボルト部分に自身の持つ異国情緒のイメージを破壊される。
パリはイメージが大きすぎて来てみると愕然とするとはよく聞くが時々感じた。
やっと順番、エレベータの端にしがみついたピエロのような人形には笑わされる。
展望台は鉄のフェンスを介しただけでカゴの中にいるような感じになる。
人も多すぎでフェンス際までたどり着くにも時間がかかったよ。
見おろしたパリの街は白い建物が格子状に整然となり凹凸がなくバランスが良い。
電線がないところも街の景観を美しくするための要因の1つになっているのだろう。
何枚も写真を撮った。
              
下りのエレベータも相当待たなければならなかったため階段を利用する事にしたが途中で後悔する。
下れど下れどグランドは遥か遠くのままだ。
あまり考えず無心で下る。
” 我が心、既に空なり、空なるが故に無、無を持ってすれば火もまた涼なり ”
やっとグランドにたどり着いた、もう脚ガクガクで、歩くのもつらい。

2階オープンバスのシートに腰をおろし乾燥した空気を感じる。
陽射しは強いが風は冷たい。
並木道では枝先が顔に当たったりしてそれをよけながら。
時に中世の宮殿のような建造や教会があらわれて度肝を抜かれる。
その迫力はずっと見ていても飽きさせない。
教会では白い衣装に身を包んだシスターが列を成し儀式を行っていてまさに 「 絵になりますねぇ 」
              
この道がかの有名なシャンゼリゼ通りですか。
道行く車がやたら多いんだね。
♪ オ~シャンゼリゼ ♪ と口ずさみながら歩く。
海外一人旅ってのは歌でも歌わなければ口を開くことが極端に少なくなるよ。
フランスW杯優勝の時はこの通りに100万人が集まったのか、すごい祭典だっただろうな。
凱旋門、勇壮な感じで誇り高きフランス人の象徴であることを認識させられる。
周囲は何車線ものロータリーになっていて中に入るには地下の通路を渡らなければならない。
エッフェルでのロスで歩くのつらいわ。
さらに衝撃の事実が。
頂上に上がるには階段だって?
その後はあまり覚えていない。

エッフェル塔も凱旋門もその他の場所も素晴らしかった。
ライティングされた夜の光景も見たかったな。
                


パリはサプライズの連続

2002年05月02日 | フランス

              
シャルル・ド・ゴール空港に着陸した機内の窓から見る光景は何故かデジャブの
ような錯覚を起こす、何か、懐かしいような。
ドコで見たのだろう、何らかのイメージが脳裏に焼きついていたようだ。
イミグレーションでは黒人女性係員が 「 ビジネス?それとも観光? 」 とお決まりの質問。
「 si, sightseeing 」 と慌てる。
「 イミグレの質問で答えに困ったら ” 斉藤寝具店 ” と言えばいい。
でもボクの友人は ” 山田布団屋 ” と言った 」
とのデーブ・スペクターのネタを思い出しひとり笑いしかける。

スーツケースを拾い上げ空港を出るとここがパリか、林と道路しかないんだね。
そりゃそうだ、空港出たとたん華の都が広がるわけではない。
この旅は旅行会社に航空券、ホテル、送迎、と手配してもらったので楽だ。
迎えの人と落ちあいバスに乗り込む。
ハイウェイを抜けると街も開けて、さらに街中に入ると遠くにエッフェル塔が見えた。

目に映る光景で最もショッキングなのはアフリカ系黒人の多さだ。
パリと言えば鼻のデカイ大柄な白人男性、金髪カーリーのオシャレな女性と
いったイメージ ( ベルサイユの薔薇ではないが .. ) を持っていたのでコレには驚きだった。
そういえばアフリカ大陸の北側あたりは仏語を圏の国が多かったな。
過去の植民地支配によるものか。
現代でもその名残はも残しているのだろうな。
彼らは奴隷のような扱いを受けていないだろうかと心配したりする。

宿泊はビジネスホテルのようなシンプルな感じで110ユーロと結構高い。
しかし隣は地下鉄 ” CHATEAU LANDON駅 ” の入り口になっているので移動には便利だ。
部屋に荷物を置いたらホテル近辺を少し歩く。
花屋、交差点、犬を連れたマダム、パイプをくわえた初老、横断歩道の表示、店のカンバン、
店頭に並べた農作物、と目に映るものは何でも印象的。

カフェに入り英語でビールを注文する。
愛国心の強いフランス人は母国語しか話さないと言われるがそんな事はない。
英語で聞けば英語で答えてくれる。
道行く女性2人に道を尋ねたらわかりやすい英語で丁寧に教えてくれる。
問題なく過ごせそうだ。

時計を見ると20時半か、ん? 20時半? なんだ? 空は青いぞ?
時計狂ってるのか? いや、空港で現地の時間に合わせたはずだ。
そうか、日の入りが遅いのか。
そりゃ時差も違えば気候も違うよね。
しかし目の当たりにすると面食らうというか、まあそんなのも外国旅行の面白さでもある。
21時半頃には空も暗くなるので酒を飲む時間だぜ。
              
50mも歩けばカフェバーがあり、軽く飲める。
日本でもスナックや居酒屋があるがシステム化されすぎで軽く立ち寄れる感がない。
まあ日本のカフェバーでも一人で飲んだりはしないが。
ビールを飲んでるとバラを売りの男がやってくる。
買えというが女性でも連れていればいいが男1人バラを持っていてもなあと思い
ながらも何故か一本買ってしまう、1.5ユーロ
バラは下半分 ( 手に取るであろう部分 ) のトゲが手入れされていて花に近い程
残されているそんなところが何気にアーティスティックでパリを感じさせる。
しかしあのみすぼらしい男はこのバラ売りで生計をたてているのだろうか。

道すがら賑やかそうな店を見つけたので入る。
若者主体で凄い人。
スタンドスタイルのカウンターでビールを頼む。
怪しい日本語を話すロン毛の男に薦められてリキュールを数滴たらした透明なショット酒も飲むが強烈な味。
小学校の理科室にあったアルコールランプの匂いそのものだ。
旅行者って事でからかってるのか?
あるいは君達の味覚はいったいどうなってるんだ?

飲みながら人々をウォッチすると、どのグループもそうだが特に女性同士。
互いに顔を見合わせてもの凄い早口でまくし立てている。
会話というより激論という感じ。
それも食事しながら。
あれだけ喋っていてどうやって食っているんだ?
フランス語だから何言ってるかわからんが男の話でもしてるのだろうか。
それにしてもあんな話し方でコミュニケーションが成立するってのもカルチャーショックだ。
そんな光景はパリに居る間何度も見かけた。

初日からオドロキの連続ばかり。
滞在は楽しくなりそうだ。
              


華の都パリへトラベリング

2002年05月01日 | フランス

ゴールデンウィークを利用してフランスはパリへ旅行をする事になる。
ヨーロッパに行くのは初めてだ。
何故パリに行くことにしたかを話すとダラダラと長くなるので ..。
ヨーロッパのイメージといったら歴史、気候、芸術、女性、紳士、etc
それらを目の当たりにできると思えば心躍る。

ソウル乗り継ぎのコリアンエアーで11時間のフライトだ。
客先乗務員はどれも美人、機内も空シートが多く快適。
しかし食っては寝ての連続でデブになってしまうよ。
旅を満喫できたらいいな。