運命と出会う瞬間

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パコとホ・オポノポノ

2008年12月02日 13時33分34秒 | Weblog
「パコと魔法の絵本」を観た。

心洗われるファンタジー・・との前評判に、「いいんだから~これにしよーよ。」と、息子を説き伏せて観に行ったが、のっけから、舞台そのまんまの、阿部サダヲの癖のある演技と、ドギツイ色彩と子供にはきわどいかもという演出、に内心、横手の父子からブーイングが発せられるかとひやひやしたが、世にも可愛い女の子パコちゃんが登場したあたりから、息子も結構はまりだした。

 ちょっと普通でないところのある患者、人生の脛に傷持つ患者ばかりが入院している或る病院を舞台に、役所広司演じる頑固者でワンマンなおじいさんが、天真爛漫なパコちゃんとの笑顔との出逢いにも心を開かず、それどころか、自分の大事なライターを盗られたと誤解して思いっきり頬をひっぱたいた・・あたりのシーンでは、息子も思わず息を呑んでいた。。。さて、この映画の真髄は、そのあとから現れる。
その、手ひどい仕打ちで地面に倒れて大泣きしたパコチャンは翌日、自分をたたいたその爺さんの前ににこやかに笑いながら駆け寄ってくる。

 「おはよう!あたし、今日誕生日なの!ママがプレゼントにこの絵本くれたの!毎日読んでねって・!!』

 ・・パコは、交通事故で両親を亡くした時に自分も脳を損傷して、日々の記憶をとどめていられない病気となっていたのだ。毎朝、起きると、昨日のことは覚えていない、まったく新しい日なのだ。そうと知らされても、それは衝撃的な体験だ。思いっきりひどい仕打ちをした相手が、まるっきり、そのことを気にかけていないという体験。。プライドの高い爺様はゆるしてもらうことなどまっぴら!だろうが、相手はそんな頓着も何も、とにかく覚えていない、すなわち、それは、存在しなかったことになるのだ。真のゆるし、究極のゆるしは、相手にとっての救われとなるゆるしとは忘却なのだ!。。これは凄い、真理だ。

折から、感銘を受けていた、イハレアカラ・ヒューレン博士の行っているホ・オポノポノ、過去からのカルマもすべてゼロに戻すことによる癒しの解決法と同じ原理だ。

これまで何億年も救われなかった者たちの魂をも救うのが弥勒菩薩のミロクの世であり、いま、まさにそれに向かい始めているこの世らしいが、いいも悪いも超えた三千世界へのパスポートは、忘れることにあるのだというわけだ。私のモノ忘れのひどさも、ちゃんと世界のレールにのっとている(笑)、トレンディな現象だったのだ、とまたまた勝手な結論、で周囲から石が飛んできそうだ。

恐るべし、「パコと魔法の絵本」