運命と出会う瞬間

映画・小説・音楽・・なんでもありの気ままな感想

『ダーヴィンの悪夢』と白スズキ

2007年01月12日 00時01分28秒 | Weblog
 まだ中学生だったときの話だ。知人の『お兄さん』が、青年海外協力隊でタンザニアでのボランティアを終えて帰ってきた。向こうの珍しい切手のお土産とともに、ワニに食べられていく同僚を撮影した話(ほんとうだったのだろうか?)や、ビクトリア湖に釣り糸を垂れて、一匹魚が捕れたら、もうその日の暮らしはOK、あとは寝て暮らす地元の人々、何でも『ジャンボ!』で済んでしまうのどかさの話をきいた。当時、私の中でのタンザニアは、日本とは違う時間が流れる明るい場所だった。
アフリカは刻々変わっている。そのままのわけがない。内戦、反乱、飢饉・・つい、このあいだもルワンダのツチ族の生き残りの女性の体験のすさまじさを突きつけられたばかりだ。(参照:イマキュレー・イリバギザ著 堤江実訳『生かされて』PHP出版)

だけど、ナイル・バーチのことは知らなかった。白スズキ、とよばれて一時は切り身になって売られていたし、その写真を見れば、きっとあなたも見覚えがあるはず。ビクトリア湖で放たれたその養殖魚は、ダーウィンの実験場、箱庭、とまで言われたほど多種多様の、元からいた魚たちすべてを食いつくしながら、大きいものは2mにもなって、マグロのように水揚げされ、ヨーロッパや日本に送られている。行きに地雷や兵器を運んできた飛行機のおなかに、いっぱい詰め込まれて。
そして、今度はわたしたちのおなかに白身魚のフライやステーキになって詰め込まれているのだ。かつて、釣り糸を垂れて日々の糧を得ていたタンザニアの国の人々には手の届かない商品となって。
タンザニアの町では、貧しさやエイズで親を失ったこどもたちが空腹で眠れない夜を、魚の入っていた発泡スチロール箱を燃やして溶かし、シンナーのような気体を吸って紛らしながら明かす。

『ダーウィンの悪夢』というドキュメンタリー映画はその状況を克明に撮って私たちに見せ付ける。そのショッキングな現実にフランスではナイル・バーチのボイコットが起こり、それに対して短絡的だとの批判もされている。
それはそうだ。問題は、単にそういうことではないのだ。
が、飽食の町、東京の渋谷でこの映画に行列ができているいま、ナイル・バーチのボイコットの声は聞かれないが、かといってデパ地下も変わらないし、武器を輸出している会社への糾弾もないし、その会社の株価は順調に高値だったりしているのだ。

 タンザニアの切手をお土産にもらったあの頃、サンタナの『哀愁のヨーロッパ』という陰影のある曲が流行った。後に、原題が『Europe,Earth`s Joy,Heaven`s Cry』であることを知り、なんというタイトルだと恐れ入ったが、いまや、私たち人間そのものがHeavn`s Cry にならんとしているのだね。もちろん、私も然り・・誰に詫びたらいいのか、どうしていけばいいのかね・・。