2013年5月14日 滋賀県
彦根城2013②(天守閣) 100名城
滋賀県彦根市金亀町
姫路城などとともに天下の名城の一つに数えられる彦根城は、井伊直継(なおつぐ)・直孝(なおたか)によって約20年の歳月をかけて建設され、元和8年(1622)に完成しました。佐和(さわ)山城・安土城・長浜城・大津城の石垣や用材が使われました。月明かりに浮かぶ彦根城は美しく、琵琶湖八景の1つに数えられています。明治時代の廃城令や戦火を免れた彦根城の勇壮な姿を、城内散策で眺められます。また、彦根城の別名金亀城(こんきじょう)の名は、彦根城築城以前、彦根山上にあった寺院に金の亀に乗った観音像が安置されていたため、と言われています。国指定の特別史跡です。


▲登り石垣
彦根城には全国的にも珍しい登り石垣が、5ヶ所に築かれています。登り石垣は、豊臣秀吉が晩年に行った朝鮮侵略の際、朝鮮各地で日本軍が築いた「倭城〔わじょう〕」において顕著に見られるもので、高さ1~2mの石垣が山の斜面を登るように築かれています。斜面を移動する敵の動きを阻止する目的で築かれました。





▼天秤門
天秤櫓は、大手門と表門からの道が合流する要(かなめ)の位置に築かれた櫓です。この櫓は、上から見ると「コ」の字形をしており、両隅に2階建ての櫓を設けて中央に門が開く構造となっています。あたかも両端に荷物を下げた天秤のようであり、江戸時代から天秤櫓の名があります。




▼時報鐘
お山の鐘として、市民に親しまれている彦根城の時報鐘。 この鐘、当初は鐘の丸に設置され、ご城下に時を知らせていましたが、幕末期に、より遠くまで音色の美しいときを知らせるようにと、多量の小判を投入した鐘に造り直され、太鼓門近くの高台に移されました。



▲自然の石をそのまま使用したもの

太鼓門櫓
本丸にそびえる天守を目の前にした最後の門が重要文化財の太鼓門櫓です。門櫓の南には、「く」の字に曲がった続櫓が付設されています。この門櫓は、建物の背面の東壁面が開放され、柱間に高欄(手すり)を設置して1間通りを廊下にしています。


▲佐和山か?(石田三成の居城があった)






▼矢狭間



琵琶湖を望む



▲西の丸三重櫓
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