この世界の片隅に:アニメ版の持つ圧倒的没入感について

2016-12-21 12:12:53 | レビュー系

「この世界の片隅に」の原作を読み終えた後、今年最後の休みを使いテアトル新宿でアニメ版を見てきた。まず結論から言えば、生涯ベスト級の映画であったと断言できる。

 

それは様々な理由によるが、一つは監督の片渕須直が機械類を精密に描く名手であることが大きい。というのも、前にも述べたように、この作品は世界の生々しさが我々を容易に当時の追想・追体験へと誘ってくれることが作品の魅力として大きいのだが、そこに戦艦や飛行機、あるいは爆撃の精密さが加わることで、原作では表現の難しかった点が十二分に補われているのだ(念のため言っておくと、原作は飛行機の群れが山を越えてやってくる様をとんぼの大群か何かにも見えるように書いており、絵本的世界観を壊さないようにしつつ同時にそのおどろおどろしさを表現するという手法をとっている。言い換えれば、漫画・絵本的描写を生かした表現方法であって、これをアニメのそれと単純比較して良し悪しを論じることはあまり意味がない)。特に爆撃の際に金属片が降ってきたり、焼夷弾が着弾していく様の緊迫感は単に爆発を描くよりよほどすさまじいものであった(このような視点では、プライベートライアンの冒頭に出てくるノルマンディー上陸作戦の描写がもっとも有名でわかりやすいだろう)。

 

次に、本編の取材に基づいた街並みの描写が色と動きを与えられたことでその瑞々しさが圧倒的なものとなり、受け手をより強く作品世界に引き込むものとなっている。中でも印象的なのは、江波の風景、空爆後の呉の街、そして原爆投下後の広島市だろう。私としては原爆資料館や映画・漫画などで何度か見たものであるにもかかわらず、その生々しさに思わず息を飲まずにいられなかった(そしてもちろん、原爆被害者の描写もそうである)。

 

また、原作は長い年月をかけて描かれた作品ということもあって一つ一つの描写が折り重なるように物語が少しづつ進んでいくが、アニメ版は爆撃が始まるあたりまで非常にテンポよく進んでいく。しかしそれは、情報が薄くなっていたり単にスピーディということではなく、たとえば食卓の描写でどんどん生活状況が苦しくなっていくことが示される一方、同時にその中でどのように食事を工夫するかがある種楽しそうに描かれるなど、情報量が極めて多く詰め込まれているのである(だから、見るたびに別の発見をすることになるだろう)。

 

最後に、声優たちの演技力を特筆すべきだろう。あまりに上手すぎると不自然で、とはいえ妙に意識した棒読み調では興ざめする(庶民が自然な感じでそこに「居る」という雰囲気を醸し出さねばならない)。そういった微妙なさじ加減の演技をみな非常に自然に演じ切っていたように思う(強いて言えば戦艦から一時陸へ戻った水原の様子はやや元気すぎる感があるが、それも周りの抑制した雰囲気の中で浮いている描写の中でのことだし、また元々幼少時代の陰影が描かれた上でのことなので、これが無邪気さではなく彼なりの背景に基づいた振る舞いであることを思わせ、そこまで不自然とは感じられない)。特に、すずを演じた「のん」の演技力は、いくら評価してもしすぎることはない。

 

ともあれ、アニメ版に関しては圧倒的な没入感があるため、これから視聴を考えている人はぜひ映画館で見てほしい。きっと鮮烈な体験ができるだろう。また、映画をすでに見た人は、ぜひ原作にも触れてほしい。テンポよく進んでいた日常が一つ一つ丁寧に紡ぎ出されるとどのようなものとなるのか、そしてアニメ版ではあまり触れられなかった白木リンとの関係性などをよく読んでほしいと思う次第である(そもそも港町というものは遊郭と関係が深い場所だが、その描写はまさしく前に書いた世界の多様性とも関連している。加えてりんの身売りの件は、あるいはもしかすると主人公のすずも冒頭で逃げていなかったそうなっていたかもしれないという「偶然性」の件を思わせるのはもちろんである)。

 

このように語りだせばきりがないが、私の場合は原作三巻をじっくり読んでから視聴したためか、「あれはどういう意味だったのか?」と途中でつかえることがほとんどなく、漫画で見た時以上に作品世界に没入することができた。そのためか、今回は記憶の限り初めて、映画を見て泣くという経験をした。しかも、映画館を出た後帰りの道すがら新宿三丁目の駅で「思い出し泣き」までする有様でちょっと自分でびっくりしたほどである。

 

映画館を去る時にはパンフレットはもちろんのこと、ガイドブックユリイカのこうの史代特集、さらには絵コンテ集まで購入した。今はまだ作品の感想がまとめきれていないのであえて全く触れていないが、一通り記事を書ききったあかつきにはじっくり読んでみたいと思っている。なお、そのこともあって、映画自体はもう一回見た上で今述べたものに目を通し、その上でもう一回映画館で観ようと考えている次第である。

 

この作品に触れられたことが、今年最高の幸せと言えるだろう。


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