負けるな知的中高年◆本ときどき花のちコンピュータ

「知の崩壊」とかいって、いつの間にか世の中すっかり溶けてしまった。
「知」の復権に知的中高年よ、立ち上がれ!

鏡と性交はただ数を増やすがゆえに忌まわしいといわれた

2004年09月16日 | 詞花日暦
二つの美学が存在する。鏡の受動的な美学と、
プリズムの能動的な美学
――ボルヘス(作家)

 アルゼンチンのノーベル賞作家ボルヘスは、少数だが、全世界に熱狂的な読者を持っている。なかでも、芸術は世界を写す鏡だといわれた古い考えをくつがえす作家であった。それだけに読み慣れない奇妙な物語がおおく、なかなか一筋縄ではいかない。
 その迷宮に似た物語群のなかに、「鏡と性交は数をふやすがゆえに忌まわしい」ということばを巡る話がある。このことばは平凡な百科辞典に載っている一文で、そのまえには「霊的認識をもつ者にとっては、可視の宇宙は幻影か(より正確にいえば)誤謬である」とも書かれている。
 芸術は鏡のように現実を映し、自然を模倣するだけではない。写実にも鏡像にも、実際のコピーとは異なる作家の見方が加味されているが、根底から写実を離れた作品が存在する。鏡ではないプリズムから投射されるような世界、作家の感性とことばが独自のプリズムになって出現する芸術である。まして鏡に映る世界は「幻影」か「誤謬」であると思えば、なおさらその存在価値は高いはず。