犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

ゲゲゲの調布発信
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2015年01月24日 | LGB&T
[あらすじ] 私は生物学的には全く女性だが、性自認は女性ではなく男性でもなく、
恋愛対象は女性だということは、一見して分かることではないようであって
分かる人もいる。


誰かに対して、その人が同性愛者であるように言うことは、
失礼に当たるから、言ってはいけないことである。
というのが、良識とされているわけだ。

だがこと私の場合で言えば、当人は女性と恋愛しているという事実を
周囲にもそのまま見て受け入れて欲しいと思っているので、
そう言うことは失礼なことではない。
むしろ、常識にとらわれて、事実を見ずに葬り去ることのほうが、
礼失礼というよりも、むごい行為に思える。



出身校であるミッション系の女子校のオーケストラで、
後輩たちに楽器の指導を20年ほどしていた。
生徒たちとたくさん言葉を交わす中で、思春期の彼らが
ずいぶんと常識で固まっているのを感じることがしばしばあった。
もちろん個人差はある。
ではその個人差はどこから来るのだろうか?

常識を大切にするかどうか。
自分で考えることのほうを大事にするかどうか。
性格的にどちらを好むか。
親は、家庭はどうか。
それまでの学校での教育はどうだったか。

思春期というのは、自分が何者であるかを確立していく時期だろう。
自分が何かを知っていこうという時に、既に常識という
外部の価値観が強く支配していたら、己を見誤るということも
起きてくるのではなかろうか。



5歳前後、そうだな、3歳~8歳くらいの子には、
「男?女?どっち?」と聞かれることがある。

男と女の見分け方は既に知っているが、
私はそれにすっぽり当てはまらないから、判断できないのだろう。
それで、本人に聞いてくる。

幼い人との付き合いは、私にとって心地良い。



オーケストラ出身の後輩に、最近になって逸話を聞いた。
中学1年で入部した頃、私のことが同級生で話題になったと言う。
「あのチューバの人って、女なの? 男なの?」
「先輩って呼ばれてるから女なんじゃない?」

12歳にもなると、本人に直接聞かないという礼儀を身に付けている。
そして、女子校の出身者なのだから、女性なのだから、女なのだ、
という常識も備えている。



子どもの発達(成長段階)にしたがって、社会性を持っていくのは
健全なことだ。
しかし、そこで得るものは、「現代の、日本の、自分の身の周り」に
限られて通用するものに過ぎない、ということも
おとなとしては知っておかなければならない。

常識と思っているものは、ほんの狭い社会の中で暮らすための
マニュアルに過ぎない。

良識に従ってまさか人を傷付けることがあるとは、
なかなか思えないけれどね。

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