犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

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唐太宗 温泉銘

2017年08月21日 | 書の道は
[あらすじ] 敬遠してきた毛筆書道を、十月から独習し始めた。
古碑帖を臨書する日々。た…楽しい

隷書だ草書だ楷書だと課題が増えるに任せ、
後回しにしていた行書にやっと辿り着いた。

まず王羲之の興福寺断碑を臨書した。
しかし、王羲之の筆跡のあれこれから一字ずつ集めたものであり、
全体の流れや活き活きとしたものが感じ取れなかった。
だったら手紙でもやりたいもんだ、と思って、
謝安の八月五日帖をやった。
弟の死を嘆く内容のせいか、字がおとなしい。静かだ。と感じる。

行書ならもうちょいと勢いのある感じのものも書いてみたい。
そこで選んだのが、唐の太宗皇帝の書だ。

まず晋祠銘を始めた。
しまった、むずかしい。
碑が傷んでいるせいもあって、字が不明瞭なところが多く、
筆の運びが見えにくい。

二玄社発行の中国法書シリーズには、ガイドが別に出版されている。
それを読んだら、そのとおりのことが書いてあった。
本の後半に収まっている温泉銘を先にやって筆意をつかみ、
それから字数の多い晋祠銘をやったらよろしい、と。
やっぱそうか。

古い碑は、繰り返し拓本を取るうちに傷む。
傷んだ字をまた刻し直したりして、元の筆とはずいぶん違ったものになってしまう。
しかし、温泉銘はそうなっていない。
なぜなら、温泉銘の石碑は、発見が遅かったのだ。
宋の時代には記録されているが、その後わりとすぐに行方が分からなくなったらしい。
石碑が無くなるってどういう事態なんだろう?
そして1908年に、フランスの発掘隊によって敦煌から発見される。

敦煌?
温泉銘は、現在の西安市、当時の長安の驪山という温泉を讃えて建てた物だ。
それがなぜ、1700km以上も離れた西域の敦煌に有ったのだろう。
歴史ロマンは苦手だが、知りたい。

「朕 憂労積慮を以て、風疾しばしばかかり、つねに患をこの源にあらい、
時を移さずして損することを獲たり。」
ぼくちん疲れ果てて持病の中風が出るといつもこの温泉に入るんだー、
そうするとすぐ治るの。と言っている。

碑は前半が欠損していて残念だ。
風光を讃えている部分など、すてきなもので、
すぐに浸かりに行きたくなる。
後半には四言の詩になっている。
「人世有終 芳流無竭」
人の世には限りが有るが、香り良い流れはつきることが無い。
と、碑文は結ばれている。

100年ほど後に、太宗の建てた温泉宮を改称し規模を拡大した華清宮で、
玄宗皇帝は楊貴妃と悦楽に溺れる。
なんだか残念。

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