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映像作品とクラシック音楽 第九回 黒澤明監督作品・中編〜『赤ひげ』と『影武者』

2021-03-26 12:54:00 | 映像作品とクラシック音楽

映像作品とクラシック音楽 

第九回 黒澤明監督作品・中編〜『赤ひげ』と『影武者』


前回に引き続いての黒澤明監督作品でのクラシック音楽の話です

「この映画は最後にベートーベンの第九の歓喜の歌が自然と聞こえてくるような映画にしたいんだ。言っとくけどただの第九じゃないよ、フルトヴェングラーじゃなくっちゃ」

これは『赤ひげ』の撮影の際に黒澤が言ったとされる発言です。
言い回しとか細かいところは違うと思いますが、だいたいこういう趣旨のことを言っています。
(西村雄一郎著「黒澤明 音と映像」にもそのようなことが書かれています)

それで黒澤は『赤ひげ』では、毎日撮影の前にスタッフを集めてフルトヴェングラー指揮のベートーヴェンの第九を聞かせていたそうです。
私がフルトヴェングラーを買うきっかけになった言葉でした。
黒澤がそこまで言うフルトヴェングラーとやらの第九ってどんなもんよ、…と、名演で知られる「バイロイトの第九」のCDを買ったのです。
そしてぎょええーっと衝撃を受けました。それが私がフルトヴェングラー沼にはまる第一歩でした…

 

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『赤ひげ』音楽:佐藤勝

早坂文雄が若くして亡くなったのは、『七人の侍』公開の翌年で、映画音楽としては黒澤明の『生きものの記録』が遺作となります。
早坂に代わって黒澤映画音楽を引き受けるのは早坂の弟子の佐藤勝でした。
『用心棒』などで一時代を築き上げます。
怪獣好きの私には佐藤勝さんといえば『ゴジラの逆襲』や『ゴジラ対メカゴジラ』(メカゴジラのテーマのファンキーなノリ最高!!)の人だし、岡本喜八監督、山本薩男監督、山田洋二監督などとのコラボも印象深い、映画音楽一筋の方でした。


黒澤と佐藤勝の最後のコラボとなった『赤ひげ』で、黒澤明はクラシック音楽への強い思いを溢れさせます。
最初に書いたフルトヴェングラーの第九の話です。
『赤ひげ』をご覧になった方なら、さきほどの第九の話をきいて、いやいやそんな曲は『赤ひげ』にかかってないぞと思うことでしょう。
いや、それどころか、メインテーマやエンドテーマとしてかかる曲と言えば、ブラームスの第一番の第四楽章にそっくりなのです。
もともとブラームスの1番は第九に似てると言われたわけですが。
これは佐藤勝によると、ブラームスに似せようとしたわけではないのだそうです。
歓喜の歌のメロディにこだわっていた黒澤とメインテーマを検討し、80曲くらい作ってはダメ出しをうけて、そこで黒澤からもっと無味無臭な曲を・・・と注文され、歓喜の歌に似て無味無臭という注文から、必然的にブラームスの第一に似てしまったのだというわけです。
 

『赤ひげ』予告編です。ブラームス似のメインテーマは3:07くらいから聴けます。



ブラームス交響曲第1番第四楽章(神奈川フィルのYouTubeチャンネルより 川瀬賢太郎指揮)

「赤ひげのテーマ」に似たメロディは5:27あたりから



>黒澤「さっきもブラームスの第一交響曲聴いてたんだけど、よく似てるね。それで佐藤に「まるでそっくりじゃねえか」って言ったことあるよ。
>~中略~まあ、歓喜の歌ってブラームスの一番に似てるからね」
>
>佐藤「歌えばドからドまでのオクターブ以内で歌えるような曲ね。だから無味無臭で、器楽的であってオクターブ以内ってことになるとああいう風になっちゃうんですよ。だから決してベートーベンやブラームスをまねて書いてるわけじゃないですよ」

~~いずれも西村雄一郎著「黒澤明 音と映像」より~~
 
 
他に売春宿から引き取った女の子おとよが、保本(加山雄三)を看病するシーンで、ハイドンの交響曲94番「驚愕」の第二楽章にそっくりな曲が流れたりもします。
ここも黒澤がハイドンをイメージして演出しており、測ったわけでもないのにハイドンをかぶせたら映像の変化と曲がぴったり合っていたといいます。
それにあわせて似た感じに作曲した佐藤勝さんの苦労がしのばれます

(予告編の1:07あたりでハイドン似の曲を聴けます)

既成曲のイメージが強すぎて作曲家は自分の個性よりも黒澤のイメージをなぞるだけになる。佐藤勝はこの時はどうにか黒澤の要求を満たす仕事ができ、自分を納得させてもいましたが、『影武者』では、さらに既成曲イメージが強くなりすぎた黒澤についていけなくなって作曲を降板することになります。
 
 

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『影武者』音楽:池辺晋一郎

カラー時代になると黒澤映画はずいぶん変わります。
モノクロ時代のわかりやすい娯楽性は無くなり、物語性よりも映像美を追求するようになります。
カラー時代の黒澤映画を嫌う人も多いですが、私はカラー時代もモノクロ時代もどちらも同じくらい好きです。ただし全く別物の映画であるとも思ってます。
そんな黒澤びいきの私も『影武者』だけはどうものれない作品なのですが、その理由の一端に音楽もあります。

いま『影武者』の予告編を見ると、武田信玄(の影武者)が馬を走らせる場面にペールギュントや、スッペの「軽騎兵」が華々しく奏でられます



https://youtu.be/Q1SOoiI0O6s


リンク先の5:40くらいから聞いてみてください。(ちなみに予告編で使ってるのはカラヤンの演奏ですね)

戦国武将と西洋音楽がなんともミスマッチに聞こえます。
映画本編でクラシック音楽が使われるわけではないのですが、劇中でかかる音楽も予告編のイメージにあわせて作られた西洋音楽風です。

スッペだけでなく様々なシーンで黒澤は既存のクラシック音楽を強く意識しながら映画を作り、場面によっては既成曲に合わせて編集までしてしまうのです。
佐藤勝さんはそこまで既成イメージでがんじがらめにされては期待に応えるような曲は作れないと作曲を依頼されたにもかかわらず降板を申し出たのでした。
黒澤が『影武者』の前に撮った『どですかでん』で作曲を担当していた武満徹はこの時海外にいてスケジュールが合わず、武満が推薦したのが池辺晋一郎さんでした。
いまでこそ映画音楽の巨匠ですが、この当時はまだ30代の新進気鋭の作曲家というところでした。
佐藤勝や武満徹が、作曲家のプライドと黒澤の強すぎる要求のはざまで苦しんだのに比べると、池辺さんは黒澤の既成曲イメージをむしろありがたいと、文句も言わず取り組んだそうです。
自分の作りたい音楽は純音楽のステージで好きなようにやるから、映画では監督の要求にできるだけ応える、それが黒澤監督のような方ならなおさらそのお手伝いができれば光栄だ、とそんな風に考える方でした。
なのであまり黒澤とぶつかることはなかったようです。
とはいえ『影武者』はカンヌ映画祭出品が絶対条件での制作だったので、ポストプロダクションに時間をかけることはできず、あまり音楽について議論がされないまま完成してしまった感があり、ちょっと残念です。


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【CD紹介】

「バイロイトの第九」について私ごときが何か書くまでもないでしょう…


写真のもう一枚の「佐藤勝作品集・黒澤明監督作品編」は映画のサウンドトラックからの収録で、ブラームス似の「赤ひげのテーマ」のいろんなバリエーションも聞けるし、「用心棒のテーマ」も、『隠し砦の三悪人』のマーチも、『どん底』の「馬鹿囃子」も聞けて黒澤映画ファン必聴の名盤です。


さて、晩年の黒澤映画とクラシック音楽についても書きたかったのですが、またもや長くなってきたので、また次回「黒澤明監督作品・後編」で書こうかなと思います。


それではまた、黒澤映画とクラシック音楽で会いましょう

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参考文献

黒澤明著「蝦蟇の油」

西村雄一郎著「黒澤明 音と映像」

CD 「佐藤勝作品集・黒澤明監督作品編」ライナーノーツ

その他 Wikipediaなど


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参考・黒澤明監督作品全30作

姿三四郎(1943)

一番美しく(1944)

続・姿三四郎(1945)

虎の尾を踏む男たち(1945)

我が青春に悔いなし(1946)

素晴らしき日曜日(1947)

酔いどれ天使(1948)

静かなる決闘(1949)

野良犬(1949)

醜聞(1950)

羅生門(1950)

白痴(1951)

生きる(1952)

七人の侍(1954)

生き物の記録(1955)

蜘蛛巣城(1957)

どん底(1957)

隠し砦の三悪人(1958)

悪い奴ほどよく眠る(1960)

用心棒(1961)

椿三十郎(1962)

天国と地獄(1963)

赤ひげ(1965)

どですかでん(1970)

デルス・ウザーラ(1975)

影武者(1980)

乱(1985)

夢(1990)

八月の狂詩曲(1991)

まあだだよ(1993)


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