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亀も空を飛ぶ

2005-11-26 10:42:02 | 映評 2003~2005
イラク戦争って、地雷って、子供って、クルドって・・・一面的な見方しかできていなかったことを認識させられる映画。子供たちのたくましくも明るい姿が愛しく、それが故に悲劇的な結末を迎えることでクルドの子供たちへの同情を喚起させられる映画。政治的メッセージを叫ぶことなく、子供たちの演技も脚本と演出と編集によるものではあるが、子供たちの姿、作為のないロケーションが、がーがー吼える政治的プロパガンダ映画やドキュメンタリーよりよほど、クルドの現実を伝え問題を認識させる映画。

イラン映画の巨匠たち。キアロスタミ、ジャリリ、マジディ。その系譜に連なるであろうバフマン・ゴバディの社会派映画を児童映画のスタイルで描く作品。イランといってもクルド人である彼は、英仏あたりの思惑で勝手にひかれた境界線を飛び越えクルド人の受難の地イラク北部で映画を撮る。
アメリカのイラク攻撃をバックグラウンドとした本作。イラク戦争については多くのマスメディアや自称リベラルな人たちやマイケル・ムーアが戦争反対を唱えた(俺も否定派でした)が、長年サダム・フセインの圧政に苦しめられていたクルド人にとってあの戦争は、"サダムからの開放"と肯定的に捉えていることが、この映画からうかがい知れる。
CNNを食い入るように見つめる大人たち。
「英語は金を呼ぶ言葉だよ」と自らも"サテライト"と英語名を名乗る衛星放送アンテナ設置技師(放送オタクのジャイアンみたいな奴)の少年。
ヒロインはフセインの軍隊にレイプされて出来た子供を憎悪している。
・・・だが主人公はアメリカ製の地雷で足を負傷する。おそらくイラン=イラク戦争の時フセインを後押ししていたアメリカが供与したものだろう。無垢な子供たちも確実に戦争の影響を受ける。
映画は、戦争の是非、政治体制への怒り、変革の呼びかけ等をヒステリックに叫ぶわけではなく、クルドの日常的な光景を子供たちの視点で描いていく。
だがクルドの子供たちの"日常"は、俺の創造をはるかに超えた過酷さ。子供たちはお金儲けのために授業そっちのけで地雷を掘り返し、時々腕や足を失っている。先にも書いたレイプされた少女は見た感じ12~3歳で、母親としてどころか人間として未成熟な常態で愛のない出産をしたため精神がぐしゃぐしゃになっている。
それでもレイプされた少女を除けば、子供たちはあどけない表情で笑い、楽しく生きている。イラン映画の子供たちはいつもそうだ。どんなに過酷な現実の中でも楽しく明るく生きている。
"過酷"と書いたけど、それは平和な日本に住んでいる私の感想。こういうこと書くと怒られるかもしれないけど、生まれつき耳が聞こえない人や目が見えない人は、我々が思っているほど自分が不幸とは考えていないのではないだろうか。同じようにクルドの子供たちにとって"地雷"も"戦争"も"圧政"も"貧しさ"も日常的な普通の光景として映り、先進国の人間が思うほど自分たちを不幸とは思っていない。
去年の俺のベスト1作品にしてキネ旬など多くの映画賞に輝く「誰も知らない」もそんな映画だ。育児放棄され不衛生な2LDKに住む少年たちは、自分たちが不幸であるという実感がない。ただし「誰も知らない」は先進国日本の都会の中にぽっかりと作られたかなり特殊な状況を扱っていたのに対し、「亀も空を飛ぶ」は特殊でもなんでもないクルドにとって当たり前の光景。「誰も知らない」の2LDKが国土全体に広がり、しかも政治と国境と戦争があり、地雷など人間の邪悪な思想の化身が家の裏や遊び場に転がっている。フセイン政権化の圧政、アメリカの大義名分として利用され、誰もが人間不信に陥りそうな状況だが、それでも子供たちはどこ吹く風と笑いを絶やさず生きている。たくましい。愛しい。
いかに彼らにとってその光景が普通で子供たちが強いからといって、その状況をほったらかしにしてはいけないだろう。

アメリカのイラク攻撃でクルドの生活が前より良くなったのは事実。このような映画が作られること自体がそれを物語っている。もちろん何よりもゴバディという監督の熱意と誠意の賜物だと思うが。
クルド映画に手や足のない少年少女が登場したら「ああ、またCGか」と思う日が早く来てほしいと思う。

映画の構成面の話を少し。
預言者の少年の存在がキーだ。彼は未来が見えるのかも知れないが、そこに見えるのは悲惨な未来ばかりなのだろう。妹と子供の運命も見えていたのかもしれない。止められないと知りつつ、運命に精一杯の抵抗を試みる彼の気持ちは、"走る"という行為に表される。
その預言者の妹であり、レイプされた少女。薄紫の靴がとても綺麗だが、それ以上に憂いのある顔が印象深くかつ美しい。元気いっぱいの"サテライト"たちガキ大将グループを冷ややかに見つめながら、悲劇へとまい進していく彼女。後年クルドに平和が訪れた時、ハッピーエンドで終わる「亀も空を飛ぶ」のリメイクを作ってほしいと思った。

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