上司は思いつきでものを言う
橋本治
タイトルのインパクトという意味では、「人は見た目が9割」と双璧。
本書の真価はこのタイトルにあるといっても過言ではない。だから逆に言えば、このタイトルさえ瞥見してしまえば中身は読まなくてもいいかもしれない。それくらい破壊力のあるタイトルだ。実際、僕はタイトルだけでもう満足してしまっていて、だから中身を読んだのはつい最近なのである。
もちろん中身を読めば、あくまで著者の私見としてだが「なぜ上司は思いつきでものを言うのか」が述べられており、その思考は儒教思想の名残りというところにまで行きつく。だが、著者の私見があってようがあっていまいが、結論としてニッポンのサラリーマンはみんな「上司は思いつきでものを言う」ことを知っているし、日々それにまきこまれている。本書の価値は、その理由を解題していることではなく、ずばっと「上司は思いつきでものを言う」と、つまり「王様はハダカだ!!」と同じように、言いのけてくれたカタルシスにあるのだ。
まあ、そんなわけで、中身を読んでもタイトル以上のカタルシスはもはや望めないわけであるが、中身を読んで、そうだよな、と思ったことは「よく考えてみる」と「ちょっと考えてみる」というこのニュアンスのところだ。なるほど、「よく考えてみる」は、相手の立場、すなわちどういうアイデアならば相手は受け入れてくれるか、という視点であり、「ちょっと考えてみる」は自分の立場、自分だったらどうするか、という時点で考えるということである。前者は世の中にごまんとある「正しい答えが、受け入れられる答えとは限らない」の罠に陥った場合の苦しい状況であり、後者はわりとストレスがなくて自由度が高いことが多いような気がする。少なくとも、そんな気分がある。
本書では「思いつきでものを言う上司」には「あきれた態度」を示しなさい、というまことにエレガントな提案が用意されているのだが、とはいえ再考を求められた時のつぶやきかたとして「ちょっと考えてみます」といういいかたは精神状態としてかなり良いんじゃないかと思った。ちゃんと考えてみる、よく考えてみる、と自問自答するのは苦痛だが、ちょっと考えてみる、ならば気はかなり楽になる。
それどころかそもそも仕事とはこれでいいのだという気もする。ちゃんと考える必要はない。よく考える必要もない。ちょっと考えればいいのである。それで、思いつきでものを言う上司にダメだしされたら、また「ちょっと考えれば」よい。なぜなら、よく考えても、ダメだしされることにかわりはないからである。
だいたい「ちょっと考える」というのは、これはこれで「思いつき」なのである。思いつきには思いつきで答える。あとは時間が解決する。世の中よくできているのである。