読書の記録

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イダジョ! (ネタバレ)

2020年11月16日 | 小説・文芸

イダジョ! (ネタバレ)

史夏ゆみ
角川春樹出版事務所

 

 お堅い本が続いたので息抜きにチョイス。

 イダジョというのは医大生女子のこと。主人公安月美南が、某私立医科大学に入学してから卒業するまでの6年間と、地方の病院に研修医として修業する2年間までのお話である。全2冊。

 あくまでエンターテイメント小説なのであって、迫真に迫る医療現場の最前線とか、医大の暗部とかそういうのはない。いきなりネタバレかますが、2巻目の研修医編で美南はシングルマザーになってしまうのだが、育児の大変さがクローズアップされているわけでもない。
 どちらかといえば、恋愛要素強めの小説ともいえるが、そのわりにドロドロのぐちゃぐちゃがあるわけでもない。日曜日の夜9時に始まる地上波のテレビドラマのノリである。著者はもともとシナリオライターのようである。

 そんなコンセプトの小説なので肩ひじ張らずに楽しめばよいのだが、とはいえ、思うのは2018年の一連の医大の女子入試差別事件だ。この問題はけっこう根深くて、医者の需要と供給の問題、女性のライフステージの問題、入試制度そのものの問題などが絡み合った遠景がある。
 簡単にいうと、医者になるために必要なキャリアおよび諸条件と、女性が結婚して子供を産んで育てるためのステップがかみ合いにくいのだ。

 そのあたりはこの小説の「研修医編」のほうでとくにはっきりとわかる。

 主人公の美南は、比較的恵まれているほうとはいえるだろう。もちろん、この小説でも、女性の医者に対する偏見やセクハラも出てくる。嫌な奴も出てくる。恋のライバルも登場する。蘇生処置が間に合わなかったり、患者の兆候を見逃すような悔しい出来事もいっぱいする。父親の失職で学費の目途がたたなくなったりするハプニングもある。そもそも親が医者でない、というのはこの業界にあってはハンデのひとつではあるようだ。
 とはいえ、美南はおおむね手先は器用だし(挿管が苦手というトラウマもあるが)、体力もあるし、そこそこコミュニケーション力もあるし、学友にも同僚にも上司にも教授にも恵まれているし、生まれた子どもは健康でトラブルを抱えていないし、保育園も近くにあるし、何よりもゲットした事実婚の彼氏がスーパーマン級である。ゲームならばこれでもイージーモードなんだろうと思う。

 そんな好条件をそろえていながらも、医者になるための仕組みや日本の結婚制度の前には、ここまでの試行錯誤がいるということである。

 

 であるならば、現実の女医さんの辛苦たるやいかにと思う。 

 高校生時代、僕の隣の席に座っていたひとりの女子を思い出す。

 彼女は、医学部を目指していた。医者を目指すような人はそもそも実家が医院だったりする場合がほとんどだ。しかし、彼女は違った。それどころか、ご家庭はやや複雑であった。
 高校生時代の僕はどちらかというとおくてでそんなに女子と会話をするような生徒ではなかったが、席の位置の関係もあって彼女とはそこそこ話をすることもあった。

 彼女は見事に某医大に現役合格した。その後、たまに同窓会で会ったり年賀状で近況をやりとりするくらいの関係だったが、やがて国家医師試験に合格し、九州の病院に赴任した(そのときはよくわからなかったが、それが「研修医」だったのだとわかったのはこの小説を読んでからである)。その後また違う病院に赴任していたような気がする。やがて音信不通になった。人づてに、結婚したとか、離婚したとか、再婚したとか、子どもが生まれたとか聞いた。

 コロナ禍になる直前、久しぶりに集まる機会があり、彼女もやってきた。

 都内の病院で内科の勤務医をやっていた。もうベテランである。

 高校生の時から明るくひょうひょうとしていて誰とも分け隔てなく話ができる人だった(だから僕も話ができたのだ)。あまり苦労や苦渋というものを表に出さない人だった。ぼくも、医者の世界というものにまったく無頓着だったので、彼女の歩んできた人生にはちっとも想像が及んでおらず、そのときはたんにへえ、っと関心しただけだった。

 この小説を読んで実は彼女の人生は波乱万丈の極みだったんではないか、という気がしてきた。つぎに会う機会があったら労いのひとことでも言わねば。

 


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