読書の記録

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平成関東大震災

2008年02月12日 | 小説・文芸
平成関東大震災---福井晴敏---小説

本書はタイトル通り、震度6級の地震が首都圏下に起こった場合のシミュレーション小説だ。
いずれ東京、というか日本に破壊的なカタストロフィを招くものは3つあると思っている。ここのとこ急速に話題化している「新型インフルエンザ」と、「富士山の噴火」と、それから「南関東直下型地震」である。来る順番と「いつ来るか」はわからないが、いずれ来るだろう。インフルエンザに関しては、「新型」に変異したとき、その毒性が今の鳥インフルエンザを継承するものなのか、あるいは弱くなるのか(あまり強くすると媒介が死んでしまい、種の保存にむしろむかなくなってしまう)が実はわからないとも言われているのだが、残り2つは過去の実績からいって、それなりの破壊力を持つと思う。僕の住んでいるのは千葉県だが勤務先は東京だし、「都依存」はかなり高いので、東京の厄災は、ダイレクトに自分の生活に影響する。この手のものは原則として「準備は悲観的に。行動は楽観的に。」だ。

僕は、いちおう、会社から自宅までは、かなり距離はあるものの歩いて帰れる自信はあり(ただし橋が崩落していなければ)、妻の安否の確認方法や、子供のいる保育園の避難所も把握はしているものの、そもそも自分の会社のオフィスから外に出るだけでもいくつもの障壁やセキュリティロックを通過しなきゃいけないわけで、やっぱ途方もなく困難なことは間違いなさそうである。

それにこの本が新刊で出た頃(去年の夏頃だったか)は、「災害時帰宅支援マップ」など、徒歩での帰宅を奨励するような風潮で、この小説も前半部分は徒歩で新宿から足立区のほうにむかって、荒廃した土地を歩くのだが、最近声高に言われているのは、帰宅を急がず、その場で待機せよ、ということなのだそうだ。帰宅難民650万人が路上に溢れて徒歩帰宅を始めると大混乱する、というのである。人が溢れれば当然、救急車や消防車も走行しにくい、というわけだ。はじめからわかっていたような話だ。この小説では、路上に人が溢れかえるようなシーンはあまり見られない。急にそんな論議が出始めたのはなぜなのかのほうがむしろ気になる。

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