読書の記録

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ピカソは本当に偉いのか

2012年10月25日 | 芸術

ピカソは本当に偉いのか

 
西岡文彦
 
 
 著者にしては珍しい人選だと思ったけど、前書「恋愛美術館」で1章を割いているし、執筆意欲がわいたのかもしれない。
 
 ただ一方で、著者がピカソの解題に入るのは必然だとも言える。
 もともと著者は「わからないもの」をわからないゆえに尊ぶというものを嫌う人であった。出世作「絵画の読み方」は、抽象的で難解な言い回しの多い美術論に対するアンチテーゼとして書かれたものであったし、またとある著書では「わからないもの」が実は自分が理解できるもの、知っているものの組み合わせでできていたことを知った時の知的興奮こそ筆舌に尽くしがたいことを語っている。
 そんな著者にとって、わからないものの代名詞であるピカソは、言わばラスボスみたいなものであろう。
 
 
 たしかにピカソは「わからない」。なのに「尊ばれる」。ものすごい高価で取引される。それはなぜなのか?
 あれは本当に美しいのか。ピカソって上手いのか? なんで絵画はあんなわけわからんもんになってしまったのか? なんであんなわけわからんものにみんな大枚はたいて買おうとするのか。
 
 本書は著者の考えをていねいに伝えている。まさしく、自分たちに理解できる話の組み合わせで、上記の疑問に答えており、なるほど!と納得できることも多い。
 詳しくは本書に委ねるが、僕なりの結論を書くと、3分の1は本人の芸術的天性(と個性)、3分の1は時代のせい、そして残り3分の1は、その時代を味方につける才能である。
 それが、ピカソを空前絶後のステイタスにしたてあげた。
 
 
 意外と大事なのは、最後の3分の1、「時代を味方につける力」である。「売り込み力」と言ってもよい。、いわばマーケティングの能力である。
 芸術家は売り込みなんかしない。するのは画商だろう、と思う。が、実際は創作者と売り込み者は、想像以上に密接である。
 作家と編集者、技術者と営業マン、芸人とマネージャー、これらはひとつの作品の光と影みたいなものであって、どちらが欠けていても世の中には出ない。(浦沢直樹と長崎尚志、ジョブズとウォズニアック・・・)。両者は密接に相談しあいながらひとつの作品をつくりあげていく。
 ピカソの場合、ヴォラールというフランスの辣腕画商がそのポジションにいた。そしてピカソも、まず自分自身にそのマーケティングの才があり、また、その要請にしたがって絵を描き分けるだけの天賦の才能があった。
 
だが、これだけではあくまで「ピカソの作品は良い」という価値観を社会につくらせた、言わば初速の確保だけであり、あの破天荒な値付けがされるには至らない。
 
 この初速を圧倒的に加速させたのがオークションという売買制度であることを本書は指摘している。
 ピカソの作品が億単位の極端な値付けがされるのは、このオークションに負うところが大きい。
 
 美術品の値段というのはどうやってつくのか、というのは簡単に言えば需要と供給の関係以外のなにものでもない。うまいから高いとか、下手だから安いということではなく、その絵を欲しい人がいくらなら買うか、である。
 定価や単価があるわけではない。
 
 ただ、オークションというのは、ゲーム理論や行動経済学でもよく示されるように、極端な結果になりやすい。
 本来「いくらなら買うか」だったものが、競争原理によって「いくらまで出せるか」の世界になる。目の前の美術品の値踏みよりも隣の競り相手との競争にすりかわりやすい。
 村上隆のフィギュアが16億円で落札されたのも、マリリンモンローの風でめくれたドレスが3億7000万円になったのもみんなオークションである。
 
 かくしてピカソの絵画は100億円で落札され、それが伝説化に拍車をかける。
 
 こうしてロックオンされていく、と著者はうまく表現している。
 集団催眠みたいなものなのである。
 
 たぶんにオークションではなく、画商がひとりひとりと交渉を重ねていけば、時間はかかってもここまでの価格にはならないのではないかと思う。
 
 
 だからオークションは危険である。美術品に限らず、素人は絶対に手を出さない方がよいと僕は思っているのだが、ヤフオクによってオークションは身近にもなってきている。大きなお世話だけど、あれ絶対に体に悪いと思うんだけどなあ。多くは出品者みずからが出品している害のないものだけれど、ヴォラールのような知恵者が横についていると、あっという間に必要以上の出費にのみこまれると思う。
 

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