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レッドアローとスターハウス もう一つの戦後思想史

2012年11月06日 | 東京論

レッドアローとスターハウス もう一つの戦後思想史

原武史

 

個人的トラウマを戦後教育史に帰着させた執念の力作「滝山コミューン一九七四」はなかなか衝撃的だったが、著者の追及の手はその後も続き、本作は滝山コミューン前史である。

その実態は、西武鉄道堤グループと、日本共産党と、西東京エリアの公団団地に住む人々の三角関係であった。

なるほど、著者が看破する通り、戦後の日本はアメリカの生活を模範としながらも、公団に代表される団地の景観は、もろにソ連のそれである。たしかに団地のように近しい属性をもつ人々が均質的な生活空間に密集することそれ自体は、共産主義の温床になりやすいだろう。しかも一大コンツェルンとも言うべき西武鉄道グループの堤家が支配する土地に、あの不破哲三が住み、そしてやがて西東京エリアの団地群にかくのごとき打倒資本主義的な熱意がまきおこったのはやはり偶然ではないだとうと思う。

たしかに本書の指摘する通り、西武沿線に住むということはまともに西武資本の影響を受ける。西武鉄道で都心に行き、駅までは西武バスに乗り、タクシーは西武ハイヤーで、買い物は西友、大きい買い物は西武百貨店やパルコ、コンビニはファミリーマート、野球は西武ライオンズ、遊園地といえば豊島園か西武園、駅に張られるレジャーのポスターは秩父や箱根、そして軽井沢のプリンスホテルなのであった。都心まで1時間半から2時間もかかるこんな土地で、右も左も西武西武西武なのだから、アンビバレントな感情になるのも無理はない。当時子どもだった僕はそんな環境をごく自然に受け入れてしまったけれど、今ふりかえるとやはりこれは異常だった。当時、西武という共通の敵を相手に均質な生活空間に住む均質的な団地の人々は、均質であるが故の美徳を日本共産党によって鼓舞されていったわけである。言われて思い出したが、たしかに当時中選挙区だったこともあって日本共産党の議員は必ず出馬していたし、当選していたような覚えがある。

 

同じようなことをしていた東急電鉄グループがここまで顕著にならなかったのはなぜなのか。

本書でも指摘しているが、不動産開発、あるいは都市開発の有無がやはり大きいように思える。東急は、田園都市構想に代表されるようにまちづくり、都市開発も東急グループがかなりのイニシアチブを発揮してつくっていた。だから、鉄道と街並みがわりと足並みそろっている。

一方、西武はあれだけグループ資本を投下しながら、なぜか沿線の不動産開発は他の事業に比べて規模が小さい。現在なお、東急建設や東急コミュニティ、東急不動産の名は知られても、西武建設、西武不動産の名はほとんど知られていないのではないか。

けっきょく、沿線の不動産開発を西武にかわって行っていたのが、日本住宅公団なのである。本書では、日本住宅公団と西武鉄道グループがどのような関係にあったかを詳らかにしていないのだが、西武鉄道の創始者である堤康次郎は衆議院議長にまでなった人であり、戦後の住宅政策にコミットするのは可能だったと思う。

しかも、東急の後藤家、阪急の小林家と違って、なぜか堤家は、西武沿線に邸宅を構えなかった。堤家は港区にあり、墓地も西武沿線ではなく鎌倉である。最後まで西武グループは、西武沿線にあれだけ資本を張り巡らせながら、ついぞあのあたりの土地を愛さなかった企業グループなのである。日本共産党が活気づくのも無理はない。

 

ただし、いずれにしても今は昔である。「政治の季節」は遠くなり、日本共産党の影響力は当時にくらべてぐっと落ちているし、団地も衰退している。今は西武独占ということもなくて、各種のチェーン店がこの沿線にも進出しているし、当の西武グループも不祥事が明るみになってすっかり毒が抜けた。「戦後史」というサブタイトルが示すように、一種奇妙な戦後史の一里塚がそこにあったような、そんな感想を持つ。

 

本書は、それ以前に西武沿線が、戦前から結核病棟などの病院施設が非常に多いエリアであったことも指摘している。今でもこのあたりはそうである。武蔵野の大地がなぜそういう由来を持ったのか、東京近郊で多少なりとも空気がきれいで森林を持つエリアとなると必然的にそうなるのかもしれないが、なぜ相模の大地のほうではそれがなかったのか。本書は、「武蔵野に多い」という事実からスタートしているので、その原因までは触れていないが、これもまた興味深い話である。

 

 


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