読書の記録

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トランプのアメリカに住む

2018年10月06日 | 社会学・現代文化

トランプのアメリカに住む

吉見俊哉
岩波新書

 もう2年前のことになるのか。
 アメリカで大方の予想をうらぎってドナルド・トランプが大統領に選ばれたときの驚愕。

 こんなマンガのキャラみたいなエキセントリックな人間を選んでしまうなんてアメリカ国民はアホちゃうかと思わず呟いてしまった。アメリカの大統領選の仕組みは複雑なので一概には片付けられないが、かつてなら予備戦や候補者選びの段階で外れそうな人物であった。
 そのトランプだがもうすぐ中間選挙がやってくる。あいかわらずインテリからの受けは悪いが、全般的な支持率はそんなに悪いものでもないらしい。つまり少なくないアメリカ人が彼を支持しているということである。

 つまり、我々には見えていないアメリカがあるということだ。サイレントマジョリティならぬアンヴィジブルマジョリティとでも言おうか。
 ラストベルトの貧困に落ちそうな白人層が彼の支持基盤というのはいまや日本の受験中学の時事問題にまで出てくるそうだが、もちろんアメリカはラストベルトだけではない。それなりに彼のポジションやメッセージは普遍性があるということだ。

 オバマ政権の反動とは当初から言われていたが、僕はオバマの何の反動かといのがよくわからなかった。アメリカ史上初の黒人大統領を選んだ反動で次はとっても白人主義なトランプを選んだということ? 

 本書を読んでなるほどなと思った。
 オバマ政権までは人種や性別による差別をなくした多文化多様性共創社会だった。これまでの人類の歴史は人種を差別し、民族を差別し、宗教を差別し、性別を差別してきたものだった。それの克服こそが真に平和で幸福な人間社会をつくるのだった。

 しかし大きな落とし穴がここにあって、それは「経済的豊かさを担保しない」ということなのだ。むしろ既得権益を失う白人カテゴリーが出現するということになる。グーグルやアップルのような巨大時価総額企業も、どちらかというとボーダーレスな企業体だし、そもそもアメリカ国内での工場とか設備投資とかがあまりないビジネスモデルである。つまり多文化多様性共創社会を進めることは経済的損失をある種の集団にもたらすのである。で落とし穴というのはこの「ある種の集団」というのは決して小さい集団ではなく、むしろ大きな票田になるくらいのボリュームを占めるということだ。本書曰く「文化テクストをめぐる理論ばかりに傾注し、現実の経済の問題に正面から取り組むことを忌避した結果」なのである。

 「人はいちど楽を覚えるとなかなか戻れない」とはよく言われる。まして収入というすべてに直結するものに至ってはなおさらだ。年収1000万円の人が年収400万円になることの恐怖は、最初から年収300万円で生活してきた人とは別の次元である。世の中の福祉は後者の人を救おうとするが、前者は見過ごされやすいしわ同情も買われにくい。つまり前者の保護は世論から支持されにくい。

 しかし、既得権益を奪われることの恐怖と抵抗はけっこう馬鹿にならない、ということがトランプ大統領支持をみればよくわかる。既得権益のはく奪の抵抗感というもの、当事者以外は低く見積もりがちということなのだろう。

 

 トランプ大統領がヤバいというより、そういう人物を選出してしまうアメリカのコンディションがヤバいとみるべきだろう。トランプ大統領の選出と支持はアメリカという国の体調が放つシグナルである。トランプ大統領を支えているものはアメリカに積もる「怨嗟」だ。怨嗟が大統領を選出する世の中というのは過去の歴史でろくなことがない。アメリカ社会における銃乱射事件も性被害告発もフェイクニュースも極まった感がある中での今度の中間選挙のトランプ支持率がどのくらいかはけっこう注目だ。過去の中間選挙はだいたい野党側に有利になるのである程度は民主党寄りにはなるだろう。しかし、そんな予想統計の範囲内で済む下降ならまだ安心できない。

 


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