源氏物語を知っていますか
阿刀田高
源氏物語に果敢に挑戦するものの、あまりの迂遠な文章と複雑怪奇な人間関係についていけなくなって、須磨の章あたりで断念することを「須磨返し」というらしい。
僕も「須磨返し」のクチであった。もちろん原文ではない。なんと現代版でもっとも読みやすいとされる田辺聖子「新源氏物語」でこの体たらくである。
というわけで、源氏物語についてはよく知らないでここまできていた。また、源氏物語のことをまったく知らないというのはひとつのコンプレックスでもあった。
阿刀田高の古典ガイドシリーズはよくできていて、とくに「新約聖書」と「旧約聖書」は聖書のアンチョコというか、信仰とか探求という点はさておき、最低限必要な知識を得るとしては最良のガイドと僕は思っている。たとえば西洋の絵画の題材とか、たまに洋画や翻訳ものにさりげなく出てくる聖書のエピソードなどは、たいていこの本でカバーできる)。
このシリーズでついに源氏物語が出たというわけで、分厚いハードカバーにめげず、購入したのである。
とはいえ、正直いって、これでも十分きつかった。もともと長大な時間軸と莫大な登場人物を擁する文学である。とくに玉蔓のエピソードが続くあたりでは、人間関係も時系列関係もわけわからなくなってもう飛ばし読みにしようか、と思ったほどだ。
しかしとにもかくにも最後の第五四帖「夢浮橋」まで辿り果たせたのであるから大感謝である。これでいちおう源氏物語というお話が誰がどうなって何がどうしていくのか、最低限は把握したのである。
なにしろ「須磨返し」だった僕にとっては、その後、女三ノ宮なる源氏の相手が出てくることも、薫が源氏の実の子ではなかったことも、途中で紫の上が亡くなってしまうことも知らなかったのだから、開けた地平は大きい。
「玉蔓十帖」とか「宇治十帖」とかうそぶけるのも、本書「源氏物語を知っていますか」のおかげである。
ひたすらツンデレの小説なんだな、なんてしたり顔の感想をもてちゃうのも本書のおかげである。
最後の最後に、浮舟というこれまでにない異質な女性が出てきて、いままでの女性登場人物全ての悔いと恨みを引き受けたような格好になってるなんてもっともらしいリクツをもてちゃうのも、本書のおかげである。
とはいえ、じゃあ現代語訳でもいいから、全54帖分もういちどあたってみるかとなると、当面そんな気力はなさそうだ。
ようするに僕に「源氏物語」は無理、なのである。