読書の記録

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誰も国境を知らない -揺れ動いた「日本のかたち」をたどる旅

2008年11月04日 | 旅行・紀行・探検
誰も国境を知らない-揺れ動いた「日本のかたち」をたどる旅---西牟田靖

 本書の旅の性格は大きくわけると3つある。
 1つ目は、北方領土や竹島や尖閣諸島など、国境問題が解決していない地に上陸(あるいは接近)するルポで、北方領土へは、ロシアビザを使ってサハリンから。竹島は韓国側から韓国人に紛れて観光船で訪れる。尖閣諸島はどういう手段なら上陸できるかを模索することが主題である。
 2つ目は、沖ノ鳥島や硫黄島など、確固たる日本領土内でありながら、民間人の訪問が極めて困難な場所への訪島であり、前者は東京都知事の視察船に、後者は元島民のための遺骨収集の船に乗り合わせた(沖ノ鳥島は残念ながら上陸はせず、沖合いから見つめるだけ)。
 この2つだけでもう充分にすごい。というか、北方領土と竹島と尖閣諸島と沖ノ鳥島と硫黄島のすべてに行った人間というのは、国会議員や自衛隊員や海上保安庁員であっても1人いるかいないかではなかろうとかと思うのである。

 だが、上記2つまでならば、空前絶後ではあっても珍しい旅行記というインパクトに終始する。渡航先の稀有性が際立ちすぎてしまうからだろう。だが、本書の真髄は3つ目の特徴、父島、対馬、そして与那国島の取材にある。

 この3つの島は、上記2つに比べれば格段に訪れやすい。ビザも許可証もいらない。

 にもかかわらず、この3つの島は日本と海外の狭間に揺れ動いた歴史と文化を持つ。本書はそこに光をあてる。ほとんどの人が知らない、日本と隣の国の狭間に翻弄された歴史がそこにある。詳しくは本書を是非お読みいただきたいが、大多数の日本人にとって鈍感な「よその国と隣接してきたことの苦悩と希望」を描き出し、なかなか類のないノンフィクションとなっている。南洋や西洋に先祖の起源を持つ「欧米系」と呼ばれる島民の数奇な歴史や、韓国への門戸開放に活路を見出す対馬の話など、非常に興味深いが、与那国島についてちょっと触れてみる。

 与那国島は、ドラマ「Dr.コトー診療所」の舞台になったり、海底遺跡などで最近名が知られるようになったが、従来は「日本で一番西にある島」と社会の教科書で紹介されるだけの孤島だ(世界最大の蛾の生息地としてもその筋には知られる)。今年の春に僕は宿願かなってこの与那国島を訪れた。そのあまりの日本経済からの隔絶っぷりに唖然とした。

 現在の与那国島は石垣島経済圏に属するのだが、実際のところ与那国島にとって石垣島は遠すぎてしまい(飛行機は1日に1~2便。石垣島から「離島扱い」されるそうな)、普段の人々の生活はほとんど島内で完結しているそうである。島の人に言わせると、たまに石垣島に行くことは大きなイベントなのだそうだ。島内には中学校までしかないので、高校に進学した子供たちは、石垣島や沖縄本島で寄宿舎生活をする。
 逆に言えば、本土から夏のバカンスなどで石垣島に行く人も、近隣の武富島や西表島に足を伸ばすことはあっても(島巡りツアーが頻繁に出ている)、与那国島までは足を延ばさない。そもそも与那国島は、ほとんど砂浜もなく、多くは断崖絶壁で、ゴルフ場も大きなホテルもなく、要するにリゾート観光地化されていない。名の通った名物や名産があるわけでもない。(だから「海底遺跡」は与那国島にとって宝の発見に近かった)。物資は船で石垣や沖縄本島から運ばれてくるが、運送コストなどが嵩んでその価格は実に高い。

 平成の今日、日本有数のリゾートである沖縄・八重島諸島圏内からも完全に外れた感のある与那国島は、なぜこんな爪弾きみたいなことになっているのか僕は不思議だったのだが、本書を読んで実に納得した。要するに、与那国島は台湾経済圏だったのである。与那国島は石垣島よりも台湾本島のほうが近いわけで、人やモノの交流は台湾とがむしろ主流だった。
 つまりこれは幸か不幸か政治と経済の分離を示していたわけで、首里を拠点とした琉球王国が統治の手を拡げる際に背伸びするカタチでむりやり与那国島までハバを効かせてみたわけで、誤解を恐れずに言えば経済圏を基準としたならば与那国島と石垣島の間で国境がひかれていても不思議ではなかったくらいなのだ。

 だから、与那国島が一番栄えたのは、戦後の混乱の数年間、台湾との闇貿易が盛んだった頃で、沖縄本島どころか本土よりも活気溢れていたらしい。与那国島は、遊郭を含む繁華街までが形成され、山っ気のある人たちで溢れかえった。
 世の中が落ち着きを取り戻し、闇貿易の取り締まりが厳しくなると、与那国島の熱狂もまたなくなり、人々は与那国島を去った。繁華街も霧散した。

 僕も、かつてその盛り場があったとされる場所に行ってみた(というか本書を読んで、ああ、あそこがここだったのかと思い出したわけだけど)。兵どもが夢の跡。名残はまったくなく、道行く人もほとんどないまっすぐなすかんぴんとした道に、薄暗いよろず屋や、看板をあげているのかもよくわからない居酒屋が散見されるだけだった。

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