地震から6日目。
テレビを付ければずっと震災の状況が流れ、現実に起こってるとは思えないほどの悲惨さに心が痛む毎日。
そして、原子力発電所のトラブル、計画停電、物資不足、ガソリン不足。
本の一週間前までの暮らしがとても呑気で幸せだったと、こんなことが起こるとわかったりする。
何か悪い夢を見ていて、覚めたら何事もなかった生活に戻ってればいいのに、なんて思う。
それでも、実際、私のもやもやなんて、被災地の方に比べたら、きっと100分の1にも満たない。
被災地が一日も早く復興すること、被災地の方が一日も早く健康で快活な生活ができることを心より祈ります。
今、私に出来ることは、募金と節電ぐらいしか出来ないけれど、被災地の方の無事と復興を祈り続けます。
地震が起きた当日、仕事中の揺れ、患者さんたちがちらほらと来院した頃、いきなり揺れ始め、やたら長い。
念のため、患者さんたちと一緒に外に出てみると、医療モール全体の人たちがそれぞれ外に出始めていた。
駅のエスカレーターが見え、それがぐねぐねとS字の様に揺れている。
駐車場に止められている車たちも少し移動してるように思う。
こんなの生まれて初めてかな?なんて思いながら、それでもさほど怖さはなく、なんとなく収まるのを待っていた。
揺れも収まり、それぞれの場所に戻り、普通に診療が始まったのだけど、先生のラジオから流れてくるニュースから、大地震が起こったことを知った。
私はすぐにめぐのことが心配になった。
としは、日野にいるから大丈夫。
めぐは、その時渋谷にいた。
その時から携帯は繋がらなくなっていた。
それでも、としの実家には奇跡的に繋がって、無事確認。
お母さんからも奇跡的にメールが入り無事確認。
そして夕方めぐから「無事?」って一言のメールが入った。
このメールでとりあえず無事確認。
そして、その頃、アホなめぐは、地震が起こった時、原宿のラフォーレの中にいたらしい。
かなり揺れたのに、普通に買い物を続ける人や狂乱しながら外に出ていく人、それぞれだったらしいけど、めぐたちは何を考えたのか、その日のメインのイベント、渋谷の吉本の∞大ホールへのライブに向かった。
ライブ会場へ着き、ライブ中止を知り落胆するあほめぐたち。
外にいると情報の無さから、その時はまだ大地震のことをよくわかってなかったらしい。
お目当ての芸人さんたちが外で喫煙中、握手してもらったり、サインしてもらったりして話せたことを純粋に喜んでた何も知らないアホめぐちゃんたち。
そして、渋谷駅の大混乱を見て、やっと事の重大さを知ることになった。
渋谷は大混乱。
それを見て、なぜか原宿に逃げた。
そして、電車が動いてないので、原宿で居場所を確保しようとしたが、どこもシャッターを閉め始め、とりあえず、携帯のバッテリー充電器を購入して、新宿へ歩き始めた。
新宿は大狂乱の街を化していた。
血を流してる人や叫んでる人、パニック状態。
なんとか、居酒屋わたみんの場所を確保。
そして、私は、その一件のメールでしか連絡が取れてないめぐのことを心配し続けながら仕事を続けていた。
その時、先生が僕の携帯はなぜか繋がるようだからめぐちゃんに電話してみたらいいよって、携帯を貸してくれた。
私たちスタッフの携帯はどれも繋がらないって言うのに、なぜか繋がった!
めぐと会話でき、笑っちゃうけど、涙が・・・
仕事から帰り、めぐとの連絡手段をどうにか取れないものかと考え、パソコンからmixiを通じてメッセージを送ってみた。
すぐめぐから「mixiは神だね!」って返事が着た。
そこからは、連絡はmixiで。
としとは、なんどもなんどもiモード問い合わせをすることによって、連絡を取ることができて、夜中に迎えに行こうと言うことになった。
都内は大渋滞。
さて、どうするか。
なんて考えてると、お母さんから、家電が入り、京王線動き始めたわよ!って。
すぐニュースで確認して、11時過ぎ、mixiで行動開始の合図を送る。
一緒にいた真帆はJRでJRは動いてなかったので、2人で調布に来るように伝える。
その頃、としはまだ仕事場で、としとの連絡も不十分で、一緒に調布に行くことにはなったけど、その後、としから「大渋滞」ってメールが届き、調布まで行きつけないんじゃないかって考え、勝手に高幡不動がいいかななんて変更しようとしたりしたことにそれぞれちょっと混乱してしまったけど、結果的には無事に調布で二人を確保することができた。
めぐたちは0時45分頃調布に着き、私たちは55分頃調布に着いた。
あとは、真帆を小金井に1時30分ぐらいに送り届け、2時頃家に到着。
それからお風呂に入って寝たのが3時。
それでも、めぐたちを救出できたから、とりあえずホッとして6時までの3時間爆睡。
地震発生から2日目の13日は、としちゃんの54歳のお誕生日。
悲しいニュースが続く中、誕生日はちゃんとやらないとと言うことで、中華「天安」へ。
ケーキも焼いて、帰ってから、ロウソク灯してフーもした。
この1年も元気に頑張れる年になりますように。。。
地震発生から3日目。
めぐは大阪へ発つ。
この旅行の件に関しては、めぐもこんな時に自粛した方がいいかな?とかそれなりに考えたようだけど、いろいろ考えた結果、仲良し女テニの面々で楽しみにしていた卒業旅行だったと言うこともあって、決行をOKする。
でも、実際は心配だった。
でも、せっかくの旅行なのだからと元気に楽しく送り出した。
行きの立川からのJRでは「初めて生命の危機を感じた」なんて言ってたけど、あとは、それはもう本当に楽しかったようで、昨日元気に帰ってきて心からホッとした。
こんな時の旅行だから、何が起こるか正直とても心配だった。
静岡で地震が起きた時など、東北の地震から連動して東海でも起きてしまうんじゃないか?!なんて考えたほど。
としが立川に迎えに行き、無事に帰ってきためぐを思わず抱きしめた。
って、しょっちゅういやがるめぐを抱きしめてるから、この日に限ったことではないのだけれど。
私の地震が起きてからの6日間。
被災地からずっと離れた場所にいても、なんだかとても気持ちの重い日々だった。
これだけ大きな地震が起きてしまったのだから、後遺症はまだまだ続くだろう。
テレビではこれからも心を締め付けられるようなニュースが続き、そして、原発も不安や不便は続いていくのだと思う。
でも、気が重いとか不安がったりとか、心配ばかりしてられない。
今できることを考えて。
まずは、節電。
このパソコンも久しぶりに開きました。
バッテリー充電されたから、しばらく電気なしで使えるけど、またしばらくコンセントは抜いたままにします。
エアコンも極力抑えてます。
照明も無駄使いしてません。
抜けるコンセントはすべて抜いてあります。
フォトフレームや加湿器など電気を使うものはしまいました。
日本経済の低下がかなり心配だけど、今、私が出来ることは、節電と募金と風評被害を加速させないこと。
焦って買い溜めしちゃったりしないこと。