美しき旋律 麗しき雑音

忘れるための記憶/覚えておかないための記録

妄想の街の妄想の男

2004-11-08 17:07:31 | 詩・散文・ショートストーリー
その街は妄想の街である。
その街に住んでいる人々は、
誰もが妄想の中で生きている。

妄想の中で生まれ、妄想の中で死んでいく。
それが彼らの辿る人生である。

妄想の街の朝は、妄想の鳥たちの
鳴き声で始まる。
それはまるで妄想の中での出来事のように
現実味の無い乾いた鳴き声である。

妄想の鳥たちの声に反応するように
妄想の男(=わたし)は目を覚ます。
妄想の街では低血圧などというものは存在せず、
誰もがすぐに目を覚ますことが出来るのだ。

妄想の街に住む人々は夢を見ることもない。
だから、レム睡眠もないのだ。
(それがどうした)

妄想の男(=わたし)が朝起きて一番にするのは、
やはり妄想である。
この街では妄想に始まり妄想に終わるのが、
幸せな一日だとされている。
よって、今日も朝から妄想を開始するのである。

妄想の内容は人それぞれであるから、
ここでは記述しない。
それらは妄想であるからして、しょーもない妄想から
恐るべき妄想、或いは妄想することさえ危険な
妄想も当然存在する。
それこそ、あんなことや、こんなことなど
方々で好き勝手に妄想されているのである。

妄想の街に住む人々の妄想が頂点に達する頃、
それはいつもだいたい23時頃であるが、
街を覆う妄想の空が割れ、凄まじい光とともに
色とりどりの花びらが舞い散る。

その時、人々は妄想を停止し、踊り狂うのである。
踊っている間は、人々は妄想を行わない。
踊りながら妄想するのは、
とても気持ちのいいことであるが、
生命の危険を伴うと言われているからだ。

だが、その日、妄想の男(=わたし)は、
その禁断の妄想に取り付かれてしまった。
うわさ通り、たいそう気持ちのいい瞬間だった。
その一瞬が永遠に感じられたものだ。

が、次の瞬間、全ての妄想回路が停止してしまった。
妄想を開始することが出来ないのだ。
焦った。とてつもなく焦った。
あんなことや、こんなことを妄想しようにも
何にも浮かびやしない・・・。

暗黒のような時間が過ぎ、妄想の男(=わたし)は、
見慣れた街の片隅で目を覚ます。
が、もはやそこには妄想自体が存在せず、
妄想の男(=わたし)にとって、それは死を意味する。

それから、妄想の男(=わたし)は妄想のない世界で、
一切の妄想も行わず、命が朽ち果てるまで
生き続けるのである。

以上、妄想終了。


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