メランコリア

メランコリアの国にようこそ。
ここにあるのはわたしの心象スケッチです。

『月光のさす場所』  眉村卓/著(角川文庫)

2018-06-02 13:54:43 | 
眉村卓/著 カバー/木村光佑 (昭和60年初版)

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[カバー裏のあらすじ]
ある日、エリート・サラリーマンの井場の前に、学校時代の落ちこぼれだった級友が経営するアイデア会社が出現した。
それは正規の教育体系にもとづかない“裏学校”出身者ばかりで構成され、
実に自由で活発な創意と行動力にあふれていた。井場の心は揺れ動いた……。
人間にとって理想の社会とは? 未来社会に問題を投げかける社会SF他、秀作SF全6編。



映像ばかり観ていると、静かに活字を読みたくなる
同じ木村さんの装丁だが、私の好きな懐かしさを覚えるシリーズはもう全部読み終えてしまい
本作は、これまでと同じ時期にも関わらずまったく違った趣向の装丁画になっているのがフシギ

本書のタイトルでもある「月光のさす場所」では、ペーパーテストの教育法で育ったエリート
そこから脱落した後、自由に学び、好きなことをして時間を忘れて働く喜びを知った男との対比が
現代社会そのものだと、また眉村さんがまるで未来を見てきたかのようなストーリーに驚いた
それとも、もう書いた当時からそうだったのか そうなるという予測が出ていたのか?

教科書も教師もない勉強方法、組織も上下関係もない働き方は理想的で真実だと思う

今の方法では、ただ過去のものを繰り返し、パッケージだけ変えて大量に売り、
私たちも無意識に大量に買わされている構図はもう現実になっているし

学歴社会がとっくに崩壊しているのに、まだ子どもを受験戦争に追い込む親たちも、
行き詰まりに気づいていない 気づいていても過去に執着して変わろうとしない

なにより怖いのは、そうした人たちが戦争ゲームという擬似大量殺人遊びに夢中になるという展開
これは子どもの教育方針と無関係と言えるだろうか


あらすじ(ネタバレ注意

鳳凰傘下(ほうおうさんか)
影山タダシは、昼までには着くという運送屋の引越し荷物を待ち疲れている
これまで同棲していたミチカのマンションから、新々市に越して来たのは
自動管制路線からも近く、シャレた家ながら、破格の安さだったから

前の借主に手放す理由を聞くと「周囲の環境に馴染めなかった」と言う
たしかに人工的・機械的な印象だが、昔ながらの風景が気に入った

ミチカとの同棲が5年経ち、彼女の稼ぎのほうが多いため、家事はほぼタダシがやっていた
そろそろ40歳の再雇用契約の年が来るため、彼は経営コンサルタントの勉強を始めたが
ミチカはいい顔をしなかった

新々市を調べると、オイルショックで長い間、陸の孤島だったのを鳳凰商事がまとめて買い取った「会社町」だと分かる
タダシの会社は東京で、鳳凰系列とのつながりはない
ミチコはなぜか掌を返したように、引越し費用を貸してくれた

やっとブザーが鳴り、引越し屋かと思えば、新々市地域世話係の山本だと自己紹介し
引越しの荷物が駅に来ているから確認してほしいという

山本:
ここは厳しい通行制限があるから家まで運べないんです
荷物に危険物など、市条例に定められた持込禁止品があるかもしれないですし・・・

仕方なく駅まで行くと、全部荷解きされ、運送屋は昼に着いたのに足止めされていたと言う
黒い制服の若者が持って帰れと怒鳴った上、家まで運ぶクルマの料金表には「標準料金」と「割引料金」が書いてある
新々市発行の「割引証」がないと「標準料金」になる

その後も山本はいちいち自宅に来て、勤め先などを根掘り葉掘り聞いてくる
来週の日曜には毎年恒例の祭典があるからアンケートを書いてほしいと言い
住所・氏名・勤務先・役職などを記入させられ、
鳳凰会社系列に転職する気はないかとしつこく言うがタダシは断る

新々市を少しブラブラしてみようと繁華街に来て、何気なく入ったレストランがおそろしく高額と気づいた
一番安いサービスランチを注文し、料理を待つ間、テレビを見ていると
全国ニュースは5分ほどで、あとは延々とローカルニュースが流れる

そこに数人の腕章を巻いた男女が入ってきて、店内スタッフは急に緊迫する
後で聞くと「鳳凰産業食品の監察係だ」と言う

レジではみんな「割引証」を出していて、かなり割引されることが分かる

タダシはあてもなく安そうな飲み屋に入る
そこのテレビも祭典のニュースで、それぞれ職場の制服を着て、
儀式後には自由な服装で、1週間の休暇になると伝えている

タダシは店の女に「割引証」がどこでもらえるのか聞くと
「分かった! この人、あの家に住んでるんだわ!」と言ったきり、必要以上に喋らなくなってしまう

日曜日
タダシはミチカにこの家のことを調べてくれと頼み、事情によっては町を出ようと考える
その前に祭典とやらを見ておこうと外に出るとまるで人気がない

そこに太鼓の音が近くなり、何十、何百という縦隊が整列し、大音量の拍手とともに行進が始まった
靴音を響かせ、隊列ごとに会社のしるしをつけた制服の進軍だ
その中にはレストランの従業員も、バーにいた女もいる
この異様な行進の観客は、彼のほかに、旅行者がぽつんぽつんといるだけだった

恐怖を覚えているところにミチカが来た

「あなた、つかまされたのよ 鳳凰商事が開発にかかった時、みんな売ってしまったけど
 何軒かは頑張って、それでも出ていかざるを得なくなって1軒だけ居座った家があったのがあの家なの」


持ち主が亡くなり、遺族が市へ売却を申し出たら、困るのは家の住人のほうだから
新々市はただ同然の値段をつけたため、遺族は事情を知らない人に売り、タダシはその6人目と分かる

ミチカ:あの家だけが異物なの
タダシ:またカモを探すのか

ミチカ:
私のマンションに帰ってきて、空き家にしておけば
今度困るのは市で、頭を下げて売ってくれと言いに来るまで放っておけばいいのよ

すべてを勤め先に委ね、企業団の完全な一員になるのは気楽かもしれない
みんなと何もかも同じになるのは安心かもしれない
他の連中を排除するのは気分がいいかもしれない しかし・・・
とてもあんな真似は自分には出来ない


ミチカ:こういう会社町は近頃増えるばかりらしいんだ そうなったら・・・

2人はいつまでもいつまでも流れる制服の隊列を見ていた



月光のさす場所
井場は、中学・高校いっしょだった三浦に声をかけられる
高1の終わりに同学年の女生徒と駆け落ちして同棲し、2人とも学校には戻らなかった
三浦は近々また会うかもしれないと言って去る

井場は長男が中学生になって最初の父親授業参観に初めてきたがどこか気まずい変なものがあった
そこに大学の同級生だった喜多川が入って来た 娘が息子と同じクラスで、2人はその後飲みに行く

喜多川は新聞社に勤めていて、井場がDIY開発でゲーム機器を作っていることを知っていた
彼は今日の授業参観が、自分たちの時代とまるで変わっていないことに時代錯誤じゃないかと言うが
井場は、昔通りでなぜいけないのか理解出来なかった

喜多川:
君は学校差身分社会の恩恵をずっと受けてきた人間だからな
だが40前後から昇進が頭打ちされているのを感じないか?

受験受験ばりでほかに何もしなかった者には何かの欠陥があるんだ
俺たちがひそかに見下してたドロップアウトした人間が魅力的で個性的だと分かると考えざるを得ないよ
君は、今度の仕事では、今までみたいな調子じゃいかなくなると予言してやるよ

1ヶ月後、三浦はアイデアチームの代表者としてDIY開発にやって来た
会社が優等生タイプの人間で占められ、規格にはまらない人間の力が必要となり
一流大学卒を採用する第一重工の社風を保持し、平均的秀才で運営されているDIY開発も例外ではなく
井場も親会社とのパイプ役以上の期待はかけられていないのを自覚している

井場は計画部門リーダー・林から、大型装置タイプのゲーム開発の件で呼ばれ
野花グループというアイデアチームの三浦と、谷という30歳くらいの無表情の女性を紹介される

本来なら開発プランは企業内部で生まれ、市場を席巻するのが本来の姿だが
あらかじめ正解のある問題をこなす、ペーパーテストを潜り抜けた秀才からは
型にはまった既存のものを組み合わせて新しさを誇示する程度のものしか生まれなくなっていた


野花グループから選ばれたプランの1つは擬似戦場ゲームで、竜騎兵や歩兵を操作して闘うものだったが
それでは古いから近代戦のほうがウケるのでは、と結論を伝えると

三浦:やはり・・・それが選ばれましたか やらせて頂きます それが私どもの仕事ですから
DIY開発の社員は、彼らの設計の鮮やかさを見て驚いたが、悪口まじりに称賛した

土曜でセンターが休みの日、自動管制車が止まってしまい困っているところに三浦が来て
事務所へ帰るところだからと乗せてもらうと、事務所を見ていかないかと誘われて行くことになる

事務所とはいえオフィスとは呼びがたく、怒鳴りあっている者もいれば、ベンチで寝ている者もいる
三浦:これで結構上手くいってるんです みんな、仕事が好きなんだな 彼女はゆうべ徹夜したけど帰りたくないんでしょう

井場が労働基準法のことを言うと三浦は笑い

三浦:
ここは利益も完全に共同配分で、私は一応代表ですが、みんな平等なんです
本来、働くとはこういうものではなかったですか?
細分化されて、課せられた作業を、定められた時間内に片付けるんじゃ、労働の喜びなんてない
楽しいから働く 自由な発想は、既存の大組織では消えざるを得ないんですよ

谷くんは野花学園で教えています ご一緒に行きませんか?

教室は、この間の授業参観とはあまりに異なっていた
老人と子どもが歌ったり、種々雑多な人々がなにか工作していたり
年齢などの区別が全くなく、教師と生徒の関係も固定していない

三浦:
ここではみなしたいことをして、学びたいことを学んでいるんです
今の学校制度の中では大多数が学校に興味を失い落ちこぼれてる
ひと握りの一流大学出身者を作るため、暗記させられ、敗残者のレッテルを貼られる
そんな競争に加わりたくない人はどうなります?


現在、このような「裏学校」がどんどん増えている
義務教育に背を向けて、こういう所に来る子どもが激増して問題になっているのも当然だと思いませんか?

今エリートと言われる人たちに本当の指導性はありますか?
権威はあっても、そのうち誰もついてこなくなる時代が来ますよ

井場はこれは逃避じゃないかと思いつつ、喜多川も同じようなことを言っていたことを思い出す
家で妻と話し合おうとすると
「うちの子を裏学校に結びつけることは言わないで下さい! せっかくまともな学校でうまくやってるのにと言われる

いよいよ試作品の段階になり、新製品はDIY開発の特許として申請する
これもアイデアチームを利用する慣行で、特許争いなどすれば、
二度と使ってもらえないため強く言えない力関係がある

社員同士がテストし、まさに戦争のミニチュアのゲーム機の面白さはこれまでの比ではなかった
井場も夢中になり、興奮が冷めない

その様子を見て、三浦は立ち去ろうとし、井場は追いかけた

三浦:
もうたくさんだ 殺し合いをゲーム化したものを選ぶのは分かっていた
あれは、自分がやられる側に立ったことのない人間、危険、恐怖とは無縁の人間が楽しめるゲームだからね
あんたらは他人の痛みなんてこれっぽっちも考えない 要するにあんたらみたいな人間のためのゲームなんだ

あのゲームはしばらくは流行するでしょうがそう長くはありません
あなたがたの時代は終わるからです
世の親たちは、子どもをあなたのようにしようとして、勉強させているが変わっていくはずなんだ

篩にかけられるうちに、人間として身につけなければならない多くのことを捨てざるを得なかった
それで社会のリーダーが務まると思いますか?

林:なんだあいつ! あんなこと言って、これからも仕事を貰えると思ってるのか?

その後、「裏学校に閉鎖命令」という見出しが新聞に載った 中には野花学園の名もある

DIY開発のゲーム機は異常な人気となり、高収益を上げ続けている
野花グループも用済みだ 母校が閉鎖になって三浦はどう考えているのだろう
新聞では「子どもをそそのかしてまで正規学校へ行かせないようにした」とあるがそうは思えない

喜多川:
あれは裏学校の信用をなくそうという当局の意図が丸見えだな 怖いんだよ
学校体系による選抜システムの根底を揺るがす前に潰していこうって魂胆じゃないか
しかし、裏学校がなくなっても、似た何かが出て来るのはたしかだ 時代の必然だよ

井場はうまく適応しまずまずの人生を送っているが・・・
「こんな時代も長くないのかもしれないな」と独り言を言って苦笑した



暁(あかつき)の前
滝原がホテルで目を覚ますと午前3時だった
現実と夢の世界は大差ないのだと、ここ数年そう思うようになった
あと何年生きられるのか、その間に自分は何をするのかと焦燥を覚える
それが中年というものかもしれない

高級車を運転して、仕事に飛びまわる自分が、目的をなくし終末をしょっちゅう感じながらも
とにかく現状保持が精一杯で、体力、意欲、可能性も失われると思うと心も重くなる

何度もノックの音がして、開けると、若い女が立っていた
銀色のキラキラした素材の服を着て、腰のベルトには奇妙な武器らしいものもある
きっと仮装しているのだ なにかのパーティで逃げ出さなければならないことが起きたのだろう

女:とにかく中へ入れてください 私、追われているんです しばらくここに居させて下さい

滝原は不意に犯罪者をかくまっているのではと懸念し
滝原:なにか法をおかすようなことでもしたのですか?
女:そうでしょうね でも、あなたがたの時代の法律には触れないはずです

滝原は、大抵のことは経験して新しい驚きがないと諦めていた心に、久しぶりに新鮮なものを得られるのではと感じ
滝原:もう少し詳しく話してください
女:私、タイムパトロール員なんです

この女は妄想にとりつかれているのではないか
滝原は職業柄、大法螺と分かっている話を聞くのには馴れていた

女:
タイムパトロールは、何十万年もの未来の人類によって統合されている大きな軍隊組織です
タイムパトロールが失敗したら、その後の歴史はすっかり変わり、変えられたほうが正しいので、失敗の記録は存在しなくなる
現実が1つしかないのか、無数にあるのか、上層部には分かっているでしょうが私たちには知らされていないんです
私は脱走したから、いろんなやりかたで苦しませて・・・古代の奴隷にされたりして、殺されるでしょうね

誰かが廊下を歩く音がして、彼は咄嗟に女にバスルームに隠れるよう指さした
同時に男が入ってきた 20代前半、艶のある緑色の服を着ているが、あちこち焼け焦げている
その腰にはやはり武器がある

男:
かくまって下さい 追われているんです
私はタイムパトロールという組織から脱走したやくざ者なんです


気づくと、はじめの女が武器を構え、青年はあっけにとられている

女:あなたはタイムパトロールではない あなたは全時間語も知らないし、制服も違う
男:あなたの制服こそ違う 全時間語を知らないのはあなたのほうじゃないですか

女:太平洋岸大津波災害はいつ起こりました?
男:1981年6月 英興丸爆沈事件は?

女:1983年2月 じゃ、1999年に始まった核戦争で滅んだ国名は?
男:それは回避された タイムパトロールの介入で避けられたんだ

女:あなたは・・・別の時間流のタイムパトロール員ね! 私とあなたたちは共存し得ないはずよ!
言うや否や、2人とも武器を抜いて、女のほうが一瞬早く、男は消えた

女:
私たちが教えられたのは嘘だったのかもしれない 現実は無数にあって重なり合っているのかも
私、行きます ここで原子分解銃を使ったから、追っ手は探知してやって来るでしょう さよなら

滝原は2人がタイムパトロール員だと信じている自分に気づいて苦笑した
新鮮な驚きなどないと諦めていたのが、常識外れな出来事に出会った結果、余計に惨めになった

疲れ、目先に追われて、自分を誤魔化しながら、暁に残り少ない行く末を味わう重苦しい時間も
無数の現実のただ1つで、そこから出られないと自覚するのはひどく空しいのだ



オーディション
中原は事業部門の増沢の応答ボタンを押すとスクリーンに現れる

増沢:
君のチームの仕事はどこまで進んでいる? 厄介なのは分かっている
巨額の資金をつぎ込んだ今度の博覧会の中で、日本の過去から未来まで再現する企画で
もっとも遠い未来を担当した君のチームは相当な想像力を要する

ただ、オープンまであと半年足らずだから、他の部門が早く全体像を示してくれとうるさく言い出したんだ

中原:主役の素材がまだ見つからないんです ずっと探していて、今日もこの後、会いに行く予定です

創作部門の頃の関係者・カリンからも最近ほぼ毎日テレビ電話がかかってくる
創作部門は解体され、便宜をはかってくれと頼まれているが無理だと断っている

カリン:単発でもいいから回してくれない?
中原:以前ならそんなハンパ仕事はしないと言っていたじゃないか

新聞記者から叩き上げの中原は、MAが権威を持ち始めてから入社した秀才の津川と一緒に
まだ20歳で、尋常ではない未来的な青年を見に行くことにした

MAとはマスコミ・エージェントの頭文字で
出版、放送、広報などに関わるあらゆる仕事を扱う大組織だ

かつてはバラバラだったが、他の産業が系列化を進めていったのと同様に成長していった
異なる媒体で似たような情報を流す無駄を避けるためには得策だ

政治家といえども、うかつにMAに干渉はできない
少数だがMAを引きずり回す本物の有名人もいるが、そんな少数者は天の星だ

今や日本は4つのMAのどれかに属している 中央MA、東京MA、日本MA、中原のいる第一MA
そこでは人間でさえ素材の1つだ

中原は巨大ビルの建ち並ぶ、人工的に整備された場所に来ると無意識にイライラする
すべてが巨大化し、管理されている時代ではそんな感覚は劣者だから隠しているが
そんな二面性は、彼の受験戦争の記憶から来ているのだろう
やみくもに勉強し、途中で落伍し、方針を変更した彼の思い出を想起させる

「アルカロイド飲料」て眉村さんの小説によく出てくるけど、未来のビールみたいなものか?

客自身が踊ったり歌ったりもするステージバーに来る
ここに来る連中の中には、マスコミにのるチャンスを狙っている者も少なくない

当店のスターと紹介された「雀ちゃん」と呼ばれる青年は17,8にしか見えないウエイターだ

司会者:
例によって、吸血鬼に襲われたい方はステージに上がってください
怖いと思ったら降りて、最後まで残った方には、当店からお好きな飲み物を1杯進呈いたします


大勢が押しあうようにステージに上がる
青年は、口が裂けたようなメーキャップをして、マントを羽織り、不気味で醜悪だった
ステージに上がると皆逃げて飛び降りる 彼は狂ったような笑い声を続けた

次の瞬間、滅茶苦茶な速さで踊りだし、目で捉えるのも難しくなった
中原は目を離すことが出来ず、痺れたような快感を覚えながら見つめていた

青年は大拍手にお辞儀をして舞台をおりた

津川:
彼は雀ただしというこの店の人気者で、彼に何をさせるかまだ分からないけれども
なにか麻薬のような面白いものが出来ると思うんです

雀にMAの博覧会のことを話し、オーディションで合格すれば主役を任せると説明する
雀:台本はいつもないんです いつも無意識にやっているだけで、何の制限もなしに暴れたいんです

中原は彼の精神生活に興味を覚え、趣味を聞くと

雀:
最近は読書が好きで、もし有名になってお金が入ったら、山のように本を買って読みたいです
野崎カリンさんがとても好きです

彼女はもう第一MAではご用済みの作家だが、まだ可能性があるのかもしれない
彼が売れたら、彼女ももう一度売り出せるかもしれない

雀が出来るだけ広いほうがいいと望んだため、オーディションには小型の球技場があてられた
カリンも他のチームの連中も来て、100人以上の男女が集まった

雀:野崎カリンさんですね 愛読者です
カリン:力をセーブすることはないわ! どうなってもいいと思って思いきりやりなさい!

雀の目がギラリと光り、異様な声を出しながら、ウサギ跳びを始めた
跳ねながら笑い声は続き、しだいに天を突くように激しく跳躍した

彼の笑いは止み、顔を歪めて泣いていた
それでも己を痛めつけるのをやめず、絶叫がほとばしる

中原はなにか分からない目眩と、宇宙の真ん中に置いてけぼりを食ったような孤独感に襲われた
見ている何人かが雀に唱和している

雀は今度は優美なダンスを始めた
観覧席から何人かが一緒に踊りだした それはだんだん速くなり人間技ではないスピードになった
一人ひとり床に倒れ、ふと我に返ると雀も床に横たわっている

増沢:我々は集団催眠にかかったのか?

カリン:
あの子は私たちの原始本能を呼び起こしたのよ
普段はおどおどしているのに気づかなかった?
あの子にとっては、日常生活さえ、耐え難い圧力で
世の中の管理体制が強まる一方で、細い神経の若い人たちが増えているのを私は知っています

あれは自己解放 一時に発散させることで、ようやく生きていけるんだわ
そういう自分の心を他に伝染させる能力を持っているのよ

現代の人間は、規範の中の圧力を感じているけど、まだ人類と呼べなかった時代への回帰志向がある
それをあの子は呼び起こして同化させるんでしょうね 私はその表現の秘密を知りたい


定例会議が終わり、中原は周りの反応の良さを増沢から評価される
増沢:しかし、我々はあの時、一緒に踊ることはしなかった
中原:つまり僕たちは原始本能をもうあまり持っていない そういう年なんですよ

そして、自分には分からないプランに乗っていくほかはない
増沢:あまり気にしないことさ 仕方がないじゃないか



霧に還(かえ)る
濃い霧の冷える夜、滝が案内されると、専門職の赤い服を着て、
若いのにすべてを諦めたような顔の死体があった

保安局員:あきらかに自殺です

滝:
昼過ぎから行方不明だったんです
この男は死んだほうがよかったのです 我々は1つの仕事しかできない専門職です
それがろくな仕事もできないようでは存在価値はありません 彼はそれを知っていたんです

保安局員:この男は感情消去を拒否したためにあなたが解職したとか
滝:不適格という査定を上層部に出しただけです

仕事に戻る滝を見て
保安局員:冷たい男ですね

「どうかな、彼は不安と憎悪に支えられて生きているんじゃないか
 専門職員は、世間で自分の技術がもてはやされている間だけ花形で、いつ没落するか分からないんだ

ライフマシン制作会社社長にルーム員の補充が要ると報告する滝

社長:心理統計に、感情消去が不可欠だとは私には考えられない
滝:感情消去など2日もたてば元に戻ってしまいます

社長:今日、死んだ男の父親が来たんだ

滝:
親は、自分と子どもの違いなど頭から考えない
自分の生涯が価値あるもので、子どもはそこから学びとるべきだという固定観念にとりつかれているんですよ


社長:君はお父さんをひどく憎んでいるようだね

滝:
あいつは私が20歳の時に死にました 善良で、無能な屑として
そのくせ子どもに期待し、強制したがるろくでなしでした


感情消去の効力が薄れていることに気づき、医療部にいくと順番待ちとなる
これだけの施設をわずか数名の医師でやらなければならないところに現代社会の歪みがあるのだ

滝が関わっているまったく新しいタイプの奉仕ロボットを自分も1つ欲しいという医師

滝:
あまり高性能な雰囲気だと、使うほうが一種の恐怖を感じるため
多少軽蔑されやすい形状が必要なんです

医師に感情消去の効力が薄れるのが早く、昔のことを頻繁に思い出すことを告げると

医師:
典型的です 過去を憎み、消そうとしながら、けして脱却できない
仕事に打ち込むほど葛藤が大きくなる いつもの処理をします

仕事場に戻ると、データ提出時間が19時間も短縮されたと聞き、
稼働率を上げるよう素早く指示を出す滝

あらゆるデータを集積・分析し、絶対に誰にでも好かれるタイプの召使いロボットでなければならない
滝はこうした専門家の中の最高の専門家として部下を統御することで見事な実績をおさめている
定められた成果を上げられないと、ただちに予備スタッフが登用される

データは記号化されて大量処理が可能となるため、それがどんなロボットになるかこの室の誰も知らない
それを試作部門に渡すことで滝らの仕事は一応終わり、次の仕事まで3日の休みがある

10時間後には試作ロボットの検査に立ち会うため、眠らなければならないが眠れない
自分が孤独だと考えてはいけない そのために感情消去を受けているのだ

目を閉じると、無数の夢魔がいっせいに飛びかかってくる
霧の中を歩いていて、父が出てきた 彼がまだ少年の頃の父
優しすぎて、無能の見本だった

滝が地獄のような惨めな暮らしを捨てるため、第一に父を憎み、軽蔑し
過去を消すことではじめて社会への登山口を見つけることが出来たのだ

父は笑っている

修一や あんまり激しく人と争うもんじゃないよ
 お母さんは、お前を産んですぐに亡くなった 私たちは2人きりなんだ
 泥の中に生まれたものは、泥の中で死ぬのが一番なんだ」

ベルの音で目が覚め、試作ロボットの立会いに出た
優しい表情、やや背を曲げた誠意と卑屈なポーズ
社長:見事だ こき使うにはもってこいだ

馬鹿な! 父にそっくりだった 声も動作までも
滝はやっとのことで部屋を出た

あれが量産されて、みんなが寿命が尽きるまで酷使する?
何という復讐 自分は二十数年かかって、父を作りだすために、父を捨てたのか
廊下に手をついて、大声で泣き叫んだ

医師:当分、感情消去はしないほうがいいと思いますね

社長:
あのタイプは中止になった 役に立つが採算がとれないんだ 高価すぎる
また需要予測値が少し変動した

この男のような専門職は、もう不要になるかもしれない 我々は別の専門家を探し始めている
あのロボットを解体するのはもったいないが・・・


救い出すんだ 滝はベッドを降り、目眩に耐えながら廊下に出た
置き場に来ると、父はひっそりと、優しい顔で佇立していた
滝は少年に還っていた

滝:
父さん! 逃げよう みんな父さんをやっつけに来るんだ
すまなかったね、父さん 僕は帰ってきたよ 父さんは僕だけのものだよ
つまずいちゃいけない 危ないからね

霧の奥、岸壁にぶつかる波の音が聞こえてきた

(読後、号泣してしまった このメモを書いている今も泣いてしまう
 私の中にも捨てて、抑圧された感情があるのだろう



剥落(はくらく)の冬
倉庫課の男は事務所に入り、資材の者を呼ぶと、新人の岩田が出てきて不審そうな顔をした
田辺主任はしばらく休んでいると告げると、どこが請求したか分からない品物があるから検品に立ち会ってくれと言う

冬の寒風の中、第8倉庫に行くと、輸出用梱包のような箱から人形が出てきた
人形というよりロボットに近い

男:入荷してから10日も経ったが、このまま置いておきますか?
岩田:そうしてください とにかく戻りましょう 寒すぎる

岩田は書類を調べ、10日前に送り込まれ、納入者がファミリー工作所だと分かった
岩田:たしかにうちで発注したものだが、どこの依頼だろう

定年近い庶務主任が来て、4月に入りたての岩田が1人で検品したと聞いてねちねちと文句を言う
都会から2時間もかかるこの工場に赴任してきた時以来、岩田の思惟は捻じ曲がるばかりだった

総務課長に報告に行くと

課長:
うちは生産財メーカーだ なぜ人形が必要なんだ
問題は、それをどこが使用するかだろう? 調べたかね
もう一度技術者立会いで確認したらどうかね

岩田はもう一度調べると、注文書はたしかにうちから発行され、
それは彼自身の筆跡で、依頼票がなく血の気を失う
彼は現場から言われていない注文書を勝手に発行したことになる

注文書はなにかの見積書を丸写ししたようにラテン語のような文章が並んでいる
課長や部長の印もあるが、彼らは黙って捺印するだけだ

雪が降り始め、柏原技師に人形を見てもらうことにした
彼のコネで入社したため、頼りは彼だけだった

柏原:
アンドロイドかな まさか、そんなもの実在するはずないし
そのボタンを押してみてくれないか 命令でもしてみたら分かるだろう

半信半疑で岩田は「起きろ」と言ったがぴくりとも動かない

岩田:目を閉じてくれたいいんですがねえ と言うと人形は目を閉じた
柏原:僕には分からなかったということにしてくれないか

このままでは「越権行為」で責任を問われるのは明らかだ
自分なりにあの人形をもう一度テストしてみようときびすを返した

岩田:立て 人形は目を開いて起き上がった
立てるなら歩けるだろう、と言い終らないうちにそいつは倉庫を出て行く

粉砕部門では、故障したジョークラッシャーを数人で分解していた
主任技師の赤木に「暇なんだな 邪魔しないでくれよ」と嫌味を言われて
岩田は痛いほど拳を握りしめ、
(ロボットよ お前が優秀なら、こんな機械ぐらい簡単に直せるだろ やってくれ

念じながら、自分が馬鹿馬鹿しく可哀相になった
だが、ロボットは動きだし、均整のとれすぎた美青年で、肌着のまま
想像を超えたスピードであっという間に修繕し、岩田の前に来て、命令でも待っている風だった

赤木:これはすごいぞ 世界的革命だ!

(どこか本事務所でも行って欲しいもんだ
考える間もなく、ロボットはまっすぐ歩み去った

総務課長は岩田に権限について説教した

課長:君は教えてもらう立場なんだ 会社というものを学ぶ時なんだよ
岩田:ここは、なんでも規則と慣例ですね
課長:君のためを思って言ってやったが、上申もやむを得ないな 帰れ

今夜は宿直で、事務所の片隅には岩田とロボットしかいない
柏原:適当に謝りさえすればまだ間に合うよ
岩田:いいですよ

柏原:
あのロボットは、どこからどう来たか知らないが、きわめて優秀だ
もっと進んだ会社なら、すぐに利用したかもしれん
だが、うちの会社ではああした立派な機械は役に立たないんだ みんな怖いんだ


あれは、我々の世界から来たんじゃないかもしれないよ
だから帰ってもらうんだ 君の話だと、最初にスイッチを入れた者の意識に従うんじゃないかと思う
もとへ帰れと念じてみるんだよ そうすれば、この問題はおしまいだ 痕跡がなくなるんだから

岩田は一人、ウイスキーを飲み始めた
宿直では禁じられているが、誰も守っていない 寒いし、弁解の必要もない

帰れだと? なあロボットよ、壊してしまえ この工場を
暴れ回って、みんな潰してしまえばいいんだ ぜひそうしてくれ


闇の中跳ね起きると、凄まじい物音がする 建物を倒し、潰す音だ
岩田は小さく笑った 今さらどうにもならないし、これはうちの会社だけじゃないかもしれない



【解説 鏡明 内容抜粋メモ】

この何年か眉村卓という作家がもっとも気になる一人であり続けている

「消滅の光輪」は1961年のデビュー以来、眉村の売り物である「インサイダーSF」
体制内の人間の目で描かれるSFの到達点だったし

「ぬばたまの・・・」は、そこから新しい幻想小説がスタートする重要な作品
到達点と出発点が、ほぼ同時に書かれていた

おそらく、日本のSF作家の中で眉村は、もっとも過小評価されている
無視されているとかではなく、ふさわしい形ではない

初めて名前を意識したのは処女長編「燃える傾斜」から
1963年ということは、小松左京の「日本アパッチ族」、筒井康隆「48億の妄想」、
光瀬龍「たそがれに還る」という代表作より1年早い


星新一のショートショート集などは1950年代の終わり頃だが、
眉村は日本の新しいSFの書き手が登場したと感じさせてくれた

誰もが日本でSFが一般化するなんて想像もできなかった

アメリカのSFが一般読者に受け入れられた1つのきっかけは
ショートショートがSF専門誌以外の雑誌に載るようになったことだった

宇宙船、タイムマシンという欧米からすると、地味だけれども
「サラリーマンSF」というコンセプトは、日本のSFを特徴づける重要な発明だ

アメリカは「フロンティア」という概念に縛り続けられていて
体制の中で生きる人間を否定こそすれ、それを中心に描くことはまずない

ただどうしても体制内の人間を中心にした作品は地味になる
私たちのような人間が主人公になり、派手なアクションも生かせない

けれども、眉村は、保守的どころか、逆に前衛的な試みを続けている作家なのだ
いつも前に進もうとしていることが分かる

「鳳凰傘下」では、すでにこれに近いシチュエーションをみな経験しているはずだ
そうした共通の経験から非条理の世界に入り込む

現実に、このような事態になりつつあるという認識が今作の外部を支えている
読者がほとんど実際に感じているような素材なのだ


眉村卓は、今、もっとも難しい素材を、もっとも難しい形で
それとは感じさせないように描こうとしている



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