原孝至の法学徒然草

司法試験予備校講師(弁護士)のブログです。

賃貸借契約に伴って交付される金員

2014-08-12 | 民法的内容

賃貸借契約に伴って交付される金員って、実務的にはすごく難しいんです(だから、試験に出しても難しい)。

 

まず、敷金。定義すれば、「賃貸借の際、賃借人の賃料債務その他債務を担保する目的で、賃借人から賃貸人に交付される金銭で、契約終了後、賃借人に債務不履行があればその額が控除され、債務不履行がなければ賃借人に兼官される金銭」ということになりましょうか。御存知の通り、賃貸人の地位の移転があれば敷金は承継され、新賃貸人が敷金返還義務を負います。

 

次に、礼金(権利金)。定義すれば、「賃借人が一旦支払うと返還されることのない性質の金員で、場所的利用の対価、賃料の前払いの性質を持つもの」などとなりましょうか。

 

賃借人から賃貸人に対し、「契約の時に渡したお金を返せ」という紛争では、その「渡したお金」が敷金なのか礼金(権利金)なのかを吟味します。当然、前者であれば返還されるべきもので、後者であれば返還されないものになります。

 

次に、いわゆる敷引特約というものがあります。敷引特約とは、敷金から一定額を控除して残額を返還する特約のこと。例えば、敷金として30万円差し入れるが、契約終了時には20万円を控除して10万円を返還するという特約。居住用の不動産の場合、消費者契約法10条との関係で有効性が問題となります。この点、最判平成23年3月24日は、①敷引金の額と当該事案における通常損耗等の修補費用として通常想定される額との大小関係、②敷引額を月額賃料と比較した場合の合理性の有無、および、③賃借人における他の金銭的負担の有無を考慮した上、敷引金の額が高額と評価すべきか否かによって決せられる、としました。礼金等のない居住用不動産の事案であれば、賃料の2か月分くらいであれば高額すぎるとはいえず、有効と判断されるでしょうか。

 

この点、面白い事案を紹介します。災害で目的物が滅失してしまった場合も敷引特約が有効かが争われた、最判平成10年9月3日です。敷引特約の目的は、賃借人の退去の際の建物の修補費用や空室損料の補填なので、災害によって目的物が滅失した時まで敷引金を返還しないという合意は成立していなかったとして、賃貸人に返還を命じました。目的物が滅失してしまえば、修補は不能ですから、最高裁の言う通り、そのような場合まで控除するのは筋が通らないわけです。なるほど。

 

最後に、一番難しい保証金。事業用賃貸借の場合に、敷金や礼金(権利金)という名目ではなく、保証金という名目で金銭の授受が行われることが多々あります。これが、やっかい。この保証金は、どういう性質のものなのか。契約内容等から、当事者の合理的意思を推察するしかありません。

 

保証金の他に何らの金員の授受が行われていないようであれば、それは実質的には敷金の可能性が高い。だとすると、契約終了後に返還されるべきものです。そうでなければ、礼金(権利金)の趣旨で交付されるものである場合もある。契約に保証金の返還条項があれば、金銭消費貸借契約かもしれない。あるいは、目的物の建替えのための協力資金の趣旨で贈与された金員かもしれない。まさに、賃貸借契約をめぐる事情を総合的に勘案して決する他ないのです。そして、その決定された性質から、返還義務等の付随する問題も解決されるわけです。

 

保証金の趣旨を考察させる問題なんて、面白いですよね(難しいですが)。

 

実務家になって賃貸借契約書を起案する場合には、授受される金員の性質は明確にしてくださいませ。


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