いつも講座が終わると、「今日はこれでよかったかな」って自分に問いかけます。
話し方はおかしくなかったかな、
説明の仕方は解りやすかったかな、
取り上げた内容は適切だったかなどなど。。
他のベテランのインストラクターの方の講座を見に行ってインストラクションの仕方も勉強するといいんだけど、中々そういう機会もないし、行く時間もない。
人間、自分のやり方が一番いいと思い込みがちだけど、常にそうとは限らない。
他にもっといいやり方がある場合があります。
かといって、毎講座いつも同じやり方が最適とは限りません。その講座ごとに合ったやり方があります。ですので、その場に応じて自分の判断で、最適と思われる方法をとらなくてはいけません。いいかどうかは別として。
それに、1人で講師をする講座が多いから、客観的に評価・判断してくれる人に見てもらう機会も少ない。
他の人のアドバイスを聞けるときがあっても、それが正しいと思うときもあるし、何か違うなと感じるときもある。実行できること、できないことがある。
ですので、講座が終わるごとに自分自身でやり方が適切だったかどうか反省しなければなりません。
この広い世界に、ベテランの方は沢山いるし、自分のやり方が常にいいとは限らない。
ですので、井の中の蛙、鳥なき里の蝙蝠、遼東の豕、夜郎自大にならぬよう、狭い世界で自分の教え方が一番うまいんだ、なんて偉そうな驕り高ぶった気持にならぬよう常に心掛けていたいです。
井の中の蛙大海を知らず
自分の狭い知識や考えにとらわれて、他の広い世界のあることを知らないで得々としているさまをいう。井蛙(せいあ)。
狭い世界に閉じこもって、広い世界のあることを知らない。狭い知識にとらわれて大局的な判断のできないたとえ。井の中の蛙。井蛙(せいあ)大海を知らず。
あるとき、黄河(こうが)の神さまが海へいったそうじゃ。
黄河ほど大きいものはないと思っていたから、海の広さにおどろいたそうじゃ。
それを聞いた海の神さまは、黄河の神さまにこう言ったのじゃ。
「井(い)の蛙(かわず)をもって海を語(かた)るべからず。
(井戸の蛙に海の話をしても井戸の中しか知らないから、海の話をしても理解できないだろう。海の広さを、わかってもらえてよかった。)」
この『井の蛙をもって海を語るべからず』が変化していき『井の中の蛙、大海を知らず』ということばになったそうじゃ。
英語
The frog in the well knows nothing of the great ocean.
(井戸の中のかえるは偉大な海のことは何も知らない。
《この言葉は、日本から外国に渡り、外国でも広まった言葉です。》)
出典
荘子(そうじ)
http://contest2004.thinkquest.jp/tqj2004/70237/a/inonaka.html
鳥なき里の蝙蝠
すぐれた者や強い者のいない所で、つまらない者がいばることのたとえ。
〔補説〕 鳥のいない所では、空を飛べる蝙蝠が威張る意から
すぐれた者のいない所では、つまらない者が威張ることのたとえ。
鳥がいないとことでは、ただ飛べるというだけで蝙蝠が偉そうにする、又はそう見えることから、ある分野に関して、本当に優れた人がいないところでは、ちょっとその分野に知識等があるだけで、その道の権威然とすることのたとえ。「鳥なき島」とも。
:In the country of the blind, the one-eyed man is king.
りょうとうのいのこ【遼東の豕】
《遼東で珍しいとされた白頭の豚が河東では珍しくなかったという「後漢書」朱浮伝の故事から》世間知らずのために、つまらないことを誇りに思ってうぬぼれること。また、そのような人のたとえ。
〔補説〕 遼東では珍しい白頭の豚が他の土地ではありふれたことであったという「後漢書(朱浮伝)」の故事から
ごく当たり前のことを独りよがりで得意に思うこと。
http://www.asahi-net.or.jp/~bv7h-hsm/koji/inoko.html
夜郎自大(やろうじだい)
自分の力量を知らないで威張(いば)ること。
類:●井の中の蛙●遼東の豕(いのこ)
故事:「史記-西南夷伝」
中国西南の民族国家夜郎は、漢の強大さを知らずに自分の勢力を誇っていた。漢からの使者に向かって夜郎王は「夜郎国と漢とではどちらが大きいか」と尋ねた。
★「史記」によれば、「漢は我と大なることいずれぞ」と聞いたのは、夜郎王より鑷(てん[=さんずい+眞])王が先であった。
http://www.geocities.jp/tomomi965/ko-jien08/ya02.html#yaro
さんせい【三省】
《「論語」学而の「吾日に吾が身を三省す。人の為に謀りて忠ならざるか、朋友と交わりて信ならざるか、習わざるを伝えしかと」から》毎日三度反省すること。1日に何度も自分の言行をふりかえってみて、過失のないようにすること。
話し方はおかしくなかったかな、
説明の仕方は解りやすかったかな、
取り上げた内容は適切だったかなどなど。。
他のベテランのインストラクターの方の講座を見に行ってインストラクションの仕方も勉強するといいんだけど、中々そういう機会もないし、行く時間もない。
人間、自分のやり方が一番いいと思い込みがちだけど、常にそうとは限らない。
他にもっといいやり方がある場合があります。
かといって、毎講座いつも同じやり方が最適とは限りません。その講座ごとに合ったやり方があります。ですので、その場に応じて自分の判断で、最適と思われる方法をとらなくてはいけません。いいかどうかは別として。
それに、1人で講師をする講座が多いから、客観的に評価・判断してくれる人に見てもらう機会も少ない。
他の人のアドバイスを聞けるときがあっても、それが正しいと思うときもあるし、何か違うなと感じるときもある。実行できること、できないことがある。
ですので、講座が終わるごとに自分自身でやり方が適切だったかどうか反省しなければなりません。
この広い世界に、ベテランの方は沢山いるし、自分のやり方が常にいいとは限らない。
ですので、井の中の蛙、鳥なき里の蝙蝠、遼東の豕、夜郎自大にならぬよう、狭い世界で自分の教え方が一番うまいんだ、なんて偉そうな驕り高ぶった気持にならぬよう常に心掛けていたいです。
井の中の蛙大海を知らず
自分の狭い知識や考えにとらわれて、他の広い世界のあることを知らないで得々としているさまをいう。井蛙(せいあ)。
狭い世界に閉じこもって、広い世界のあることを知らない。狭い知識にとらわれて大局的な判断のできないたとえ。井の中の蛙。井蛙(せいあ)大海を知らず。
あるとき、黄河(こうが)の神さまが海へいったそうじゃ。
黄河ほど大きいものはないと思っていたから、海の広さにおどろいたそうじゃ。
それを聞いた海の神さまは、黄河の神さまにこう言ったのじゃ。
「井(い)の蛙(かわず)をもって海を語(かた)るべからず。
(井戸の蛙に海の話をしても井戸の中しか知らないから、海の話をしても理解できないだろう。海の広さを、わかってもらえてよかった。)」
この『井の蛙をもって海を語るべからず』が変化していき『井の中の蛙、大海を知らず』ということばになったそうじゃ。
英語
The frog in the well knows nothing of the great ocean.
(井戸の中のかえるは偉大な海のことは何も知らない。
《この言葉は、日本から外国に渡り、外国でも広まった言葉です。》)
出典
荘子(そうじ)
http://contest2004.thinkquest.jp/tqj2004/70237/a/inonaka.html
鳥なき里の蝙蝠
すぐれた者や強い者のいない所で、つまらない者がいばることのたとえ。
〔補説〕 鳥のいない所では、空を飛べる蝙蝠が威張る意から
すぐれた者のいない所では、つまらない者が威張ることのたとえ。
鳥がいないとことでは、ただ飛べるというだけで蝙蝠が偉そうにする、又はそう見えることから、ある分野に関して、本当に優れた人がいないところでは、ちょっとその分野に知識等があるだけで、その道の権威然とすることのたとえ。「鳥なき島」とも。
:In the country of the blind, the one-eyed man is king.
りょうとうのいのこ【遼東の豕】
《遼東で珍しいとされた白頭の豚が河東では珍しくなかったという「後漢書」朱浮伝の故事から》世間知らずのために、つまらないことを誇りに思ってうぬぼれること。また、そのような人のたとえ。
〔補説〕 遼東では珍しい白頭の豚が他の土地ではありふれたことであったという「後漢書(朱浮伝)」の故事から
ごく当たり前のことを独りよがりで得意に思うこと。
http://www.asahi-net.or.jp/~bv7h-hsm/koji/inoko.html
夜郎自大(やろうじだい)
自分の力量を知らないで威張(いば)ること。
類:●井の中の蛙●遼東の豕(いのこ)
故事:「史記-西南夷伝」
中国西南の民族国家夜郎は、漢の強大さを知らずに自分の勢力を誇っていた。漢からの使者に向かって夜郎王は「夜郎国と漢とではどちらが大きいか」と尋ねた。
★「史記」によれば、「漢は我と大なることいずれぞ」と聞いたのは、夜郎王より鑷(てん[=さんずい+眞])王が先であった。
http://www.geocities.jp/tomomi965/ko-jien08/ya02.html#yaro
さんせい【三省】
《「論語」学而の「吾日に吾が身を三省す。人の為に謀りて忠ならざるか、朋友と交わりて信ならざるか、習わざるを伝えしかと」から》毎日三度反省すること。1日に何度も自分の言行をふりかえってみて、過失のないようにすること。
より実写的というか、画風が変わると雰囲気も大きく変わりますね。
>井の中の蛙
私も、これだと思います。
自分のすぐ周りのことも分かりきっていないし、ガキっぽい親父かもしれません(^^;
姉さんから手紙が来ました。
ここでは触れませんが、「手紙なんか書かなくても良かった」と、後悔の念もあります。
でも、交流の可能性を断ち切ったままの方が想い出のまま残ったのだろうけど、手厳しいことを書かれたことで「まだまだ周りが見えていない」「目の前のことだけにじっくり向き合いたい」と思ったのでした。
細かいことは、後日メールにて。
掲示板というかホームページのトップの画像ね
簡単に描いてスキャナで取り込んだんだけどね(^_^;)
姉さんから返事が来たんだね
詳細はメールで読ませてもらうね(*^-^)