大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

浜の七福神 23

2014年04月14日 | 浜の七福神
 「ひゃ、百両ですか。私が生涯働いても返せる金子じゃありません」。
 尚更にうな垂れた首に、辛うじて付いている感の否めない顔は、瞬時に血の気を失うのだった。
 「おいおい、勘違いして貰っちゃ困るぜ。何も百両をけえせってな話じゃねえ。彫り物の値打ちなんぞは、その場その場のものさ」。
 相手が金持ちなら大いに頂くが、その反対なら、ただでも厭わない。懐具合に見合った金額が、彫り物の値だと甚五郎。
 「それとおめえ、妙な事を口走っていたがよ、形見って事は、則兵衛は死んじまったのかい」。
 黙って頷く佐助に、未だ若かった筈だと、甚五郎の顔も曇る。だが、些かの疑念を抱くのだった。
 「則兵衛の店は松坂だ。なら、なんで大黒天が三郎左衛門の所にあったんでい」。
 それ程に大切に思っていたなら、松坂へ帰る時に持参するのが常。それを死して後に江戸まで取りに戻るとは如何ばかりか。
 「それでしたら、旦那様が松坂へお戻りになられる折り、釘抜屋の旦那様が、お隠しになられたのです」。
 言いずらそうに、口籠る。
 「親子で取り合いかい。嬉しいじゃねえかい」。
 「ですが、元々は旦那様のお品です。旦那様の四十九日までには、取り戻したいとお内儀様がおっしゃられましたので、私が江戸まで参ったのです」。
 則兵衛本人に渡さなかった物を、三郎左衛門が手放したとは到底考えられない甚五郎だった。
 「佐助。おめえ盗んだな」。
 きりりと唇と噛む佐助である。
 「だったらよ、そりゃあ大黒天が拒んだのよ」。
 松坂に渡るのを良しとせず、自ら海へと投じ、江戸に戻る腹積もりだろうと、大真面目な甚五郎に、大人しかった佐助もさすがに馬鹿にするなと語気を荒くする。
 「まあ落ち着きな。大黒天ってのはよ、ああ見えて結構気難しいのさ」。
 大方、三郎左衛門の元で大事にされ、居心地が良かったので、江戸に戻りたかったのだろうと絵空事をとしか思えぬ言葉を甚五郎が発すれば、大黒天は泳げるものなのかと文次郎が案じる。
 「確か、三郎左衛門の所には、運慶の彫った恵比寿もいたはずだ。やつは漁師の神様だ。いざとなりゃあ、助けに来るさ」。





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