(前回)
C-2.英語・語源辞書
C-2-2 Ernest Klein, "Klein's Comprehensive Etymological Dictionary of the English Language"
以前(2011年)アメリカ・シリコンバレーに出張した時、カルフォルニア大学・バークレー校舎の図書館をじっくりと見学することができた。それまで既にバークレーは数回訪問している。というのは CMU時代の中国人の友人がバークレーの博士課程の学生であったので、アメリカ出張の途中でたびたび立ち寄っていたからだ。バークレーのキャンパスは隅から隅まで歩いたものの、それまで図書館に入って見ようとはついぞ思わなかった。ところが、その時は ― 今、思い出せないが ― ある探し物をしていて図書館に入った。幅広い階段を登って2階(あるいは3階)に、広大な閲覧室があった(ざっと見、80m x 40m)。誰でも入れるらしく、見張りがいない。
入ってみると、閲覧用の机とイスがずらりと並んでいた。四方の壁は床から高さ2メートルまで辞書や百科事典など大型の reference books がぎっしりと詰まっていた。時間に余裕があったので、それらの図書の全てをじっくり見て回った。英語だけでなくドイツ語やフランス語はもちろんのこと、他の言語の辞書や百科事典もあった。とりわけ感心したのはオランダ語の百科事典だ。オランダ語はほぼ、オランダとベルギーの北部でしか使われていない言語で、話者人口は 2000万人程度しかない。それにも拘わらず、非常に立派な百科事典が置かれていた。冊数から判断する限りでは、スペインやイタリアのような「大国」と拮抗している。
残念なのは日本だ。日本の百科事典としては、講談社が英語で出版した Kodansha Encyclopedia of Japan があり、私も所有している。日本国内ではそれなりの評価がある(と想像される)ものの、この大きな図書館の中で、他の言語が分厚い数十巻もある百科事典を備えていることにに比較すると、わずか10巻程度でそれもかなり薄いので、非常に貧弱に見えた。(記憶が定かではないが、日本語の百科事典も置いてあったように思う)
さて、この図書館の一角に英語関連の辞書が固めて置いてあった。私は語源に興味を持っているので、語源辞書を総なめにチェックした。当然のことながら前回紹介した Skeatはあったが、それ以外に非常に立派な語源辞書を2冊見つけた。その一冊が今回紹介する Klein のもので、もう一冊は次回紹介する Barnhartのものである。
今回紹介する語源辞書の編者、Klein はルーマニア生まれのユダヤ人で、幼いころからすでに言語の才は秀で40ヶ国語をこなしたと言われる。ユダヤ人であったため、第二次世界大戦中はアウシュビッツやダッハウの強制収容所に収容されたが、戦後、フランスを経由してカナダに渡った。
このような背景をもつ Klein が編纂したこの辞書はヘブライ語のようなセム系の言語や、インドヨーロッパ語族の一つで、今は死語となったトカラ語にも言及した学術的価値の高い辞書の一つである。
帰国後、注文して手に入れたものの、英語の語源に関しては Skeat を主に参照していて、この辞書はあまり頻繁には使わない。というのは、フォントが小さいので老眼の目には少々つらいからである。(もっともハズキルーペを買えば済む話かもしれないが。)
この辞書の良い点は、Klein が英語の単語に対して意図的に多くの言語との関連を説明しようとした点にある。例えば、pasture(牧草地)をチェックしてみよう。(下記参照)
そうすると、関連単語に pator(牧師、羊飼い)があるとわかる。それで pastor を見ると、これはラテン語の pascere(草をはむ) に由来すると分かる。最後に関連語として food が示される。
それで food を見ると、インド=ヨーロッパ語の pat が語根であり、ラテン語系では panis(パン)、pastor(牧師)と関連することが分かる。一方、英語では feed, fodder, forage, company,などと関連することも分かる。
このように、最終的にはインド=ヨーロッパ語にまで遡って、英単語同士の互いの単語の関連が非常にクリアーに見えてくる。さらに、ドイツ語、フランス語などヨーロッパの他の言語との単語の関連も見えてくる。「多言語教」の守り神(Schutzgott)的辞書だ。
このKlein の辞書について Amazon.com や Amazon.co.uk でレビューを見ると、内容に関しては非常に高い評価が与えられている。その一つを挙げると:
Although during the last sixty years philology has attained a high degree of development, looking at the literature available,Etymology appears only to have reached the level of philology at the turn of the century. This dictionary is the first major work of its kind in the 20th century, and as such, embodies the findings of modern philological scholarship.… Several hundred words previously defined as being "of unknown etymology"are fully analyzed.
【大略】最近の60年間(1900年から1960年代にかけて)に文献学( philology)は大幅に進歩した。語源学が文献学のレベルに到達したのはようやく20世紀の初頭であった。この語源辞書はそのような文献学レベルに達した語源学の最初の成果である。…この語源辞書には、それまで「語源未詳」と書かれていた多くの単語の語源が明確に説明されている。
ただ、レビュアーの中には本のバインディングに関しては非常に怒っている人もいる。しかし、私の手元にある2008年印刷の本(ISBN: 978-0444409300)のバインディングは実にしっかりとしている。私の本は Emerald 社製で、それも Great Britain で印刷と製本がなされているからであろうか。
ところで、この本はまだ著作権が切れていないはずなのだが、すでにインターネットで本文を読むことができる。例えば、archive.org にある。ここには辞書だけでなく、数多くの古書がPDFでアップロードされている。Kleinのこの辞書は、よほど読みたい人が多くいる、優秀な辞書であることが分かる。
【Klein の語源辞書の PDF ダウンロードサイト】
【その1】https://archive.org/details/EtymologicalDictionary/page/n137/mode/2up
【その2】https://archive.org/details/AComprehensiveEtymologicalDictionaryOfTheEnglishLanguageByErnestKlein/page/n13/mode/2up
【外部参照サイト】
#600. 英語語源辞書の書誌
#485. 語源を知るためのオンライン辞書
(続く。。。)
C-2.英語・語源辞書
C-2-2 Ernest Klein, "Klein's Comprehensive Etymological Dictionary of the English Language"
以前(2011年)アメリカ・シリコンバレーに出張した時、カルフォルニア大学・バークレー校舎の図書館をじっくりと見学することができた。それまで既にバークレーは数回訪問している。というのは CMU時代の中国人の友人がバークレーの博士課程の学生であったので、アメリカ出張の途中でたびたび立ち寄っていたからだ。バークレーのキャンパスは隅から隅まで歩いたものの、それまで図書館に入って見ようとはついぞ思わなかった。ところが、その時は ― 今、思い出せないが ― ある探し物をしていて図書館に入った。幅広い階段を登って2階(あるいは3階)に、広大な閲覧室があった(ざっと見、80m x 40m)。誰でも入れるらしく、見張りがいない。
入ってみると、閲覧用の机とイスがずらりと並んでいた。四方の壁は床から高さ2メートルまで辞書や百科事典など大型の reference books がぎっしりと詰まっていた。時間に余裕があったので、それらの図書の全てをじっくり見て回った。英語だけでなくドイツ語やフランス語はもちろんのこと、他の言語の辞書や百科事典もあった。とりわけ感心したのはオランダ語の百科事典だ。オランダ語はほぼ、オランダとベルギーの北部でしか使われていない言語で、話者人口は 2000万人程度しかない。それにも拘わらず、非常に立派な百科事典が置かれていた。冊数から判断する限りでは、スペインやイタリアのような「大国」と拮抗している。
残念なのは日本だ。日本の百科事典としては、講談社が英語で出版した Kodansha Encyclopedia of Japan があり、私も所有している。日本国内ではそれなりの評価がある(と想像される)ものの、この大きな図書館の中で、他の言語が分厚い数十巻もある百科事典を備えていることにに比較すると、わずか10巻程度でそれもかなり薄いので、非常に貧弱に見えた。(記憶が定かではないが、日本語の百科事典も置いてあったように思う)
さて、この図書館の一角に英語関連の辞書が固めて置いてあった。私は語源に興味を持っているので、語源辞書を総なめにチェックした。当然のことながら前回紹介した Skeatはあったが、それ以外に非常に立派な語源辞書を2冊見つけた。その一冊が今回紹介する Klein のもので、もう一冊は次回紹介する Barnhartのものである。
今回紹介する語源辞書の編者、Klein はルーマニア生まれのユダヤ人で、幼いころからすでに言語の才は秀で40ヶ国語をこなしたと言われる。ユダヤ人であったため、第二次世界大戦中はアウシュビッツやダッハウの強制収容所に収容されたが、戦後、フランスを経由してカナダに渡った。
このような背景をもつ Klein が編纂したこの辞書はヘブライ語のようなセム系の言語や、インドヨーロッパ語族の一つで、今は死語となったトカラ語にも言及した学術的価値の高い辞書の一つである。
帰国後、注文して手に入れたものの、英語の語源に関しては Skeat を主に参照していて、この辞書はあまり頻繁には使わない。というのは、フォントが小さいので老眼の目には少々つらいからである。(もっともハズキルーペを買えば済む話かもしれないが。)
この辞書の良い点は、Klein が英語の単語に対して意図的に多くの言語との関連を説明しようとした点にある。例えば、pasture(牧草地)をチェックしてみよう。(下記参照)
そうすると、関連単語に pator(牧師、羊飼い)があるとわかる。それで pastor を見ると、これはラテン語の pascere(草をはむ) に由来すると分かる。最後に関連語として food が示される。
それで food を見ると、インド=ヨーロッパ語の pat が語根であり、ラテン語系では panis(パン)、pastor(牧師)と関連することが分かる。一方、英語では feed, fodder, forage, company,などと関連することも分かる。
このように、最終的にはインド=ヨーロッパ語にまで遡って、英単語同士の互いの単語の関連が非常にクリアーに見えてくる。さらに、ドイツ語、フランス語などヨーロッパの他の言語との単語の関連も見えてくる。「多言語教」の守り神(Schutzgott)的辞書だ。
このKlein の辞書について Amazon.com や Amazon.co.uk でレビューを見ると、内容に関しては非常に高い評価が与えられている。その一つを挙げると:
Although during the last sixty years philology has attained a high degree of development, looking at the literature available,Etymology appears only to have reached the level of philology at the turn of the century. This dictionary is the first major work of its kind in the 20th century, and as such, embodies the findings of modern philological scholarship.… Several hundred words previously defined as being "of unknown etymology"are fully analyzed.
【大略】最近の60年間(1900年から1960年代にかけて)に文献学( philology)は大幅に進歩した。語源学が文献学のレベルに到達したのはようやく20世紀の初頭であった。この語源辞書はそのような文献学レベルに達した語源学の最初の成果である。…この語源辞書には、それまで「語源未詳」と書かれていた多くの単語の語源が明確に説明されている。
ただ、レビュアーの中には本のバインディングに関しては非常に怒っている人もいる。しかし、私の手元にある2008年印刷の本(ISBN: 978-0444409300)のバインディングは実にしっかりとしている。私の本は Emerald 社製で、それも Great Britain で印刷と製本がなされているからであろうか。
ところで、この本はまだ著作権が切れていないはずなのだが、すでにインターネットで本文を読むことができる。例えば、archive.org にある。ここには辞書だけでなく、数多くの古書がPDFでアップロードされている。Kleinのこの辞書は、よほど読みたい人が多くいる、優秀な辞書であることが分かる。
【Klein の語源辞書の PDF ダウンロードサイト】
【その1】https://archive.org/details/EtymologicalDictionary/page/n137/mode/2up
【その2】https://archive.org/details/AComprehensiveEtymologicalDictionaryOfTheEnglishLanguageByErnestKlein/page/n13/mode/2up
【外部参照サイト】
#600. 英語語源辞書の書誌
#485. 語源を知るためのオンライン辞書
(続く。。。)