佐藤優氏を知るために、初期の著作を読んでみました。
まずは、この本です。
佐藤優『国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて』
ロシア外交、北方領土をめぐるスキャンダルとして政官界を震撼させた「鈴木宗男事件」。その“断罪”の背後では、国家の大規模な路線転換が絶対矛盾を抱えながら進んでいた―。外務省きっての情報のプロとして対ロ交渉の最前線を支えていた著者が、逮捕後の検察との息詰まる応酬を再現して「国策捜査」の真相を明かす。執筆活動を続けることの新たな決意を記す文庫版あとがきを加え刊行。
国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて
□序 章 「わが家」にて
□第1章 逮捕前夜
□第2章 田中眞紀子と鈴木宗男の闘い
□第3章 作られた疑惑
■第4章 「国策捜査」開始
□収監
□シベリア・ネコの顔
□前哨戦
□週末の攻防
□クオーター化の原則
□「奇妙な取り調べ」の始まり
□二つのシナリオ
□真剣勝負
□守られなかった情報源
□条約課とのいざこざ
□「迎合」という落とし所
□チームリーダーとして
□「起訴」と自ら申し出た「勾留延長」
□東郷氏の供述
□袴田氏の二元外交批判
■鈴木宗男氏の逮捕
□奇妙な共同作業
□外務省に突きつけた「面会拒否宣言」
□第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査」
□第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ
□あとがき
□文庫版あとがき――国内亡命者として
※文中に登場する人物の肩書きは、特に説明のないかぎり当時のものです。
第4章 「国策捜査」開始
鈴木宗男氏の逮捕
今回の国策捜査が鈴木宗男氏をターゲットとしていたことは疑いの余地がない。私はその露払いとして逮捕されたのである。同時に検察は私を逮捕すれば、外務省と鈴木宗男氏を直接絡める犯罪を見つけだすことができるとの強い期待を抱いていた。しかし、残念ながらその期待は適わなかった。鈴木氏の逮捕につながらないならば、私は既に用済みなのだが、検察はそうは考えず、私の気持ちを鈴木宗男氏から切り離し、検察のために最大限活用することを考えた。
検察の目標は、逮捕した鈴木氏をいかにして「歌わせる(自白させる)」かに置かれていた。検察は本気だった。本気の組織は無駄なことをしない。
私の分析では、西村氏が私に期待している役割は二つあった。
第一は、鈴木宗男氏に関する情報収集である。私しか知らない鈴木氏に関する情報を獲得すること。それに、マスメディアや怪文書で流布されている情報の精査である。第二は、何か隙を見つけて、私と鈴木氏が直接絡む事件を作ることである。
第一について、私と鈴木氏の関係は外交、それも対ロシア外交、対中央アジア外交、そして国際情報の分野に限定されていた。しかも私は経済案件にはタッチしていないので、検察にとっての「おいしい話」に関する情報をもっていない。情報をもっていないというのはこの場合、最大の強みである。知らないことについては伝えることができないからである。
また、西村氏には、鈴木氏の対露外交についてはかなりきちんとしたブリーフィング(説明)をし、西村氏も外務省から秘密情報を取り寄せて私の情報の検証をしているので、鈴木外交が国是に反する利権追求を動機としていたとは考えていない。
西村氏が「鈴木先生の対露外交はしっかりとしているという話をしたら、うち(特捜部)の連中から『西村は佐藤に洗脳されている。大丈夫か』と言われた」と冗談を言っていた。ロシア語の諺で「冗談には必ずある程度の真理がある」というが、外交問題を猛勉強する西村氏の姿に若干の危惧をおぼえた同僚検察官がいても不思議ではない。
西村氏はむしろ鈴木宗男氏の人柄、人心掌握術について、私のコメントを聞こうとした。「被疑者の過去を追体験する」というアプローチである。それを掴んで鈴木氏を落とそうという策略であろう。
これに一切協力しないか、あるいは偽情報を流すことも可能だったが、私はそれをしなかった。まず偽情報については、鈴木氏を逮捕して少し経てば、それがガセネタであることは検察に容易にわかるので、そのような稚拙な情報操作には意味がないと考えた。一切協力しなければ敵も情報を一切出さない。情報を取るときは必ずこちらも情報を与えなくてはならない。要はそのプラス・マイナスが五分以上になっていればよいのである。
巷間伝わっている鈴木宗男氏のイメージは、ネガティブな要素が肥大してしまったので、到底この世のものとは思えないような大魔王になっているが、長年、国策捜査を扱った特捜検事にはこれが実像から遥かにかけ離れていることくらいは気付いている。まず、等身大の鈴木宗男像を掴み、その上で料理したいというのが西村氏の思惑と私は読んだ。
検察が正確な鈴木像を持つことは、無理な事件を作り上げることの抑止要因になる。この目的に適う範囲で検察の要請と私の知識の間で連立方程式を組んでみて、解がでる場合にだけ協力することにしよう、と考えたのである。
「鈴木さんについて、何を読んだらいいのだろうか。あなたの知恵を借りたい。例えば、中川一郎農水大臣と鈴木さんの関係についてはどう見たらよいのか。ほんとうに鈴木さんは中川さんを慕っているのか。それともあれは見せかけか。そういう基本がわかる本がないだろうか。週刊誌の記事じゃどうもピンとこないんだ」
私は、内藤国夫氏の『悶死――中川一郎怪死事件』(草思社、1985年)を薦めた。6月19日に鈴木氏が逮捕されてから48時間、私はハンガーストライキを行ったが、そのとき西村氏はこの本を読んだ。6月21日に西村氏から以下のような感想を聞いた。
「実に面白い本だったよ。鈴木さんを取り調べる特捜の副部長にも『佐藤氏のお薦め』と言って回しておいた。鈴木さんのパーソナリティーがよくでているね。要するに気配りをよくし、人の先回りをしていろいろ行動する。そして、鈴木さんなしに物事が動かなくなっちゃうんだな。それを周囲で嫉妬する人がでてくる。
しかし、鈴木さんは自分自身に嫉妬心が稀薄なので、他人の妬み、やっかみがわからない。それでも鈴木さんは自分が得意な分野については、全て自分で管理しようとする。それが相手のためとも思うけど、相手は感謝するよりも嫉妬する。その蓄積があるタイミングで爆発するんだ。中川夫人の鈴木氏に対する感情と田中眞紀子の感情は瓜二つだ。本妻の妾に対する憎しみのような感情だ。嫉妬心に鈍感だということをキーワードにすれば鈴木宗男の行動様式がよくわかる」
私はこのときまでに「鈴木氏に嫉妬心が稀薄で、それ故に他者の嫉妬心に鈍感だ」という見立てを西村検事に話したことはない。この検察官の洞察力を侮ってはならないと感じた。
【解説】
「鈴木さんについて、何を読んだらいいのだろうか。あなたの知恵を借りたい。例えば、中川一郎農水大臣と鈴木さんの関係についてはどう見たらよいのか。ほんとうに鈴木さんは中川さんを慕っているのか。それともあれは見せかけか。そういう基本がわかる本がないだろうか。週刊誌の記事じゃどうもピンとこないんだ」
私は、内藤国夫氏の『悶死――中川一郎怪死事件』(草思社、1985年)を薦めた。
私も、鈴木宗男氏の実像に迫りたくて、別のところ(獅子風蓮の夏空ブログ)で、この本を検証しているところです。
鈴木宗男氏は私利私欲のない潔癖な政治家なのか?(2025-04-17)~
獅子風蓮