佐藤優氏のことば。
言うまでもないことですが、ロシアがやっていることは間違っています。独立国家であるウクライナにいきなり軍事侵攻を仕掛けるなど、どんな理由があっても既存の国際法では認められません。
そのうえで、ロシアにはロシアの論理がある。プーチンの演説を丹念に読み解く作業を通じて、読者の皆さんには「プーチンの内在的論理」に耳澄ませてほしいのです。私たちは「ウクライナ必勝」と叫ぶ必要はないし、プーチンを悪魔化して憎むのも良くない。両国で暮らす一人ひとりの人間に思いを致し、一刻でも早く戦争をやめさせなければなりません。
そこで「ロシアの論理」を知るために、こんな本を読んでみました。
一部、かいつまんで引用します。
池上彰/佐藤優『プーチンの10年戦争』(東京堂出版、2023.06)
日本では詳しく報じられたことがない20年にわたるプーチンの論文や演説の分析から戦争の背景・ロシアのねらいを徹底分析。危機の時代の必読書!1999―2023年のプーチン大統領の主要論文・演説、2022年のゼレンスキー大統領の英・米・日本国会向けの演説完全収録!
『プーチンの10年戦争』
□はじめに ジャーナリスト池上彰
□第1章 蔑ろにされたプーチンからのシグナル
■第2章 プーチンは何を語ってきたか
__7本の論文・演説を読み解く
□①「千年紀の狭間におけるロシア」(1999年12月30日)
■②「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」(2021年7月12日)
□ウクライナとの闘争は、反カトリックの戦いでもある
□「ウクライナ人」とは辺境で軍務に服する人のこと
□ロシア・ウクライナは「遺産」を共有している
□ソヴィエト社会主義共和国には危険な「時限爆弾」が埋め込まれた
■現代ウクライナはソヴィエト時代の産物である
□「ホロドモール」をめぐる対立
□公用語の統一と権力は結びついている
□ウクライナはナチスの生き残りの戦犯を讃えている
□③大統領演説(2022年2月21日)
□④大統領演説(2022年2月24日)
□⑤4州併合の調印式での演説(2032年9月30日)
□⑥ヴァルダイ会議での冒頭演説(2022年10月27日)
□⑦連邦議会に対する大統領年次教書演説(2023年2月21日)
□第3章 歴史から見るウクライナの深層
□第4章 クリミア半島から見える両国の相克
□終 章 戦争の行方と日本の取るべき道
□おわりに 佐藤 優
□参考文献
□附録 プーチン大統領論文・演説、ゼレンスキー大統領演説
第2章 プーチンは何を語ってきたか
__7本の論文・演説を読み解く
②「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」(2021年7月12日)
現代ウクライナはソヴィエト時代の産物である
佐藤 それから、一般的にはあまり注目されていませんが、地政学的に重要だと思う言及があります。
〈オーストリア・ハンガリー帝国の崩壊後はチェコスロヴァキア内にあったカルパチア・ルーシ〔ルテニア〕の運命について、別途述べておく。地元住民の大半はルシン人〔ウクライナ語の方言とされるルシン語を話すスラヴ人の民族集団〕だった。今では思い出されることも少ないが、ソヴィエト軍によってザカルパチアが解放されたあと、この地方の正教住民による議会は、カルパチア・ルーシをロシア・ソヴィエト連邦社会主義共和国、もしくは、カルパチア・ルーシ共和国として直接ソヴィエト社会主義共和国連邦に組み入れることに賛成した。だが、人々のこの意見は無視された。そして、1945年夏、「プラウダ」紙が書いているように、ザカルパチア・ウクライナと、「そのいにしえの故郷であるウクライナとの」再統合という歴史的な布告が出された。〉
戦前のチェコスロヴァキアは、チェコとスロヴァキアとルテニア(ザカルパチア・ロシアともいう)という三地域で成り立っていました。なおこれらの地域は、地図にあるようにナチス・ドイツにより分割の運命をたどります。
ルテニアの住民の多くはルシン人で、彼らはキエフ・ルーシの末裔という自己意識を持ち、宗教は東方典礼カトリック教会中心のユニエイト。それで反スロヴァキア、反ウクライナ、親チェコ、親ロシアでした。つまり隣人は嫌いで、その一つ先が好きだったわけです。
一方、当時のソ連はチェコスロヴァキアの国家体制自体に反対していました。歴史的に関係のない二国を人為的に結びつけた、反共の防波堤国家ではないかと。だから同国にはチェコ共産党とスロヴァキア共産党があり、それぞれ別々に行動していました。
池上 1944年には、それまでのナチス・ドイツの支配に抗議する形でスロヴァキアの民衆が蜂起する事件がありましたね。これにより、結果的にソ連軍の侵攻を招き、制圧されることになった。
佐藤 それで大戦後、スロヴァキア共産党の一部の人々がソ連への加盟を画策します。しかし当時のチェコスロヴァキアのベネシュ大統領としては、それをなんとか食い止めたい。そこで、ソ連が何を狙ってくるかを考えて、それはハンガリーだろうと思い至るわけです。
池上 ハンガリーは第一次世界大戦ではオーストリア・ハンガリー帝国として、第二次世界大戦ではハンガリー王国としてロシア・ソ連と対峙して、いずれも敗戦国になっています。そして戦後はソ連の影響下で共産主義政権が誕生し、東側共産圏の一角を形成しました。
佐藤 ただ終戦直後、ハンガリーとソ連は直接国境を接していなかった。ウクライナ西部とハンガリーとの間を、ちょうどチェコスロヴァキアのルテニアが隔てる形になっていたのです。そこでベネシュ大統領は、この地域を民族統合原則に基づいてウクライナに譲渡すれば、ソ連はウクライナを経由してハンガリーとの国境を持つことになると考えたわけです。そうすれば、チェコスロヴァキアに干渉してくることはないだろうと。
結果的にルテニアは1946年にソ連(ウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国)に併合されます。そして、1956年のハンガリー動乱のとき、ソ連軍はこのルートからブダペストに入るんですけどね。
それはともかく、ここでプーチンが言及しているのは、ウクライナのルシン人がかなり減ってしまったということです。ウクライナがルシン人の言語や、ルシン人であるとの自己意識を表明することを抑圧したからです。外国に住むルシン人は民族的自己意識を強く持っています。ただルテニアには少数ですがまだルシン人がいて、この人たちは親ロシアです。つまり、ウクライナ領内でありながら反ウクライナ傾向が最も強くなり得る地域なのです。だから、ここに目をつけているというわけです。
こうして歴史を振り返りながら、結論めいた言葉を述べます。
〈このように、現代ウクライナは、丸ごと、すべて、ソヴィエト時代の産物なのである。その大部分が、歴史的なロシアの犠牲のもとに形成されたことを我々は知っているし、覚えてもいる。どの土地が17世紀にロシア国家と再統合され、そして、ウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国が、どの土地とともに、ソ連の構成から抜け出たか、比べてみるだけで十分だろう。
ボリシェヴィキは、ロシアの民を、社会実験のための無尽蔵の材料として扱った。彼らは、その見解によれば、民族国家を完全に廃止する世界革命を夢見ていた。それゆえ、恣意的に国境を切り刻み、領土という豪華な「贈り物」を配ったのだ。〉
要するに、民族も国境も過渡的なもので、最終的にはなくなるというのがボリシェヴィキの発想だった。その前提で連邦構成国に領土を与えたが、共産党の崩壊とともにバラバラになってしまったと。
池上 恣意的な国境といえば、1924年の中央アジアの民族的境界画定はまさにそれですよね。トルコ系の人々の地という意味のトルキスタンを、旧ソ連の五共和国(カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギス)に刻んだわけですから。
【解説】
あくまでプーチンのロシア側からみた、ウクライナの歴史です。
獅子風蓮