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Naked Heart

その時々の関心事をざっくばらんに語ります

やっぱり基地は要らない

2006年04月24日 23時55分00秒 | 時事・社会
市町村合併の影響もあって、先の日曜日には選挙が集中しました。
全国ニュースでは衆院千葉7区補選が注目の的でしたが、大した
政策論争も無く、小泉首相と小沢代表の人気投票といった感があり
ました。民主候補の勝利も、「メディアが勝たせた」という「世に倦む
日々」
のthessalonike2氏の指摘通りで、民主党が信頼を回復した
わけでも、小沢路線の勝利でもないでしょう。実際、あれほど民主に
肩入れした「報道」がなされたにも関わらず、僅差の「勝利」でした。
参院での与野党逆転は100%無いとは言えませんが、次の総選挙
での政権交代なんて現状では絶対ありえないでしょう。

むしろ注目は、このブログでも何度か触れた岩国市長選と、沖縄市
長選です。
岩国は、井原・旧岩国市長が大差で当選しました。移転を容認し国
の支援策を引き出すとした自民推薦の味村候補は、全く相手にされ
なかった感じです。旧玖珂郡住民も含めた市民の良識ある判断を
大変心強く思います。意外だったのは、基地廃止を訴えた田中氏が
全く票を集められなかったこと。出遅れよりも、共産党までが井原氏
支持に回ったことが大きかったのでしょうか。あるいは岩国市民の
「政治的リアリズム」なのか。多少気になるところです。
沖縄市でも、米軍嘉手納基地の自衛隊共同使用に反対した元衆院
議員(社民)の東門美津子氏が与党候補を破って当選。米軍再編に
「待った」を掛ける大きな勝利であると同時に、沖縄市で勝った陣営
が県知事選も制するとのジンクスもあるだけに、今後に期待が持て
ます。
そういえば東広島市長選では、中川・自民政調会長の次男が、党の
全面支援にも関わらず落選という惨めな結果に終わりました。
「痛み」の最前線にはもうまやかしは通じないということでしょうか。
すべての国民が目覚めてくれるといいのですが。

ナショナリズムと教会

2006年04月20日 03時14分54秒 | 時事・社会
今に始まったことではないとはいえ、ここ最近、思想・信条の自由、信教
の自由に関して、ナショナリズムの圧迫が強まっています。
「内面まで立ち入って強制するものではない」はずだった「国旗国家法」
を盾に、「君が代」斉唱時の起立や伴奏を拒否した教員が処分を受ける
時代です。個人の権利は、制約・無視される一方です。
昨年、JR福知山線の脱線事故を取り上げた記事「組織というもの」で、
命令に従うことは社会常識、という趣旨のことを書きましたが、あれは
上司の命令に従って、救助活動をせずに職場に向かったJR運転士を
批判する人々に対して、「そういうあなたはどうなのか?」と問うたもの
で、そのような「常識」を肯定したわけではありません。
もちろん世の中がうまく動くためには一定の「ルール」が必要ですが、
少なくとも教育の場において、自分の頭で考えることや信念を貫くこと
を放棄して唯々諾々と命令に従うことが、子どもたちのよい手本となる
のかどうか、自分たちの子どもがロボットになることを望んでいるのか、
聞いてみたいものです。
キリスト教会は、そうした時代の流れに抗って、人々の良心を守る砦と
なってほしいと願っていますが、先日ちょっと挫けてしまうような出来事
がありました。KGKでお世話になっているYさんが、ご自身のブログで
紹介していた、『クリスチャン新聞』に書かれた記事がその原因です。
以下、許可を得て転載いたします。

以下の原稿を「クリスチャン新聞2006年4月9日号」に書きました。
私がつけたタイトルは「ひとりの学生の決断から見えるもの」だったの
ですが、「教育現場に露骨な思想選別」というタイトルに変更されて
いましたが・・・・・。

●この4月から東京都の小学校教諭になる予定だったM君が「辞退
してきました」と報告してくれた。担任学級も確認した帰り際、彼から
「君が代は歌うことも立つこともできない」と校長に伝えた。校長は
教育委員会まで同行し「立つだけで歌わなくてよい」と彼の姿勢に
一定の理解を示した。しかし教育委員会は「不採用にはできないが、
君から採用辞退することはできる」と回答した。
●KGKでは昨年秋、「君が代」や戦時中の教会の堕落を学んだ。
彼は卒業論文で「国旗国歌」に関して綿密に調査をした。M君は
「信仰には命がかかっているのですよね。偶像礼拝の罪を犯すこと
はできません。だから『君が代』は歌えないのです。後悔はしていま
せん」と淡々と語った。
●足音を忍ばせてやってくる国家主義や思想統制などの危機感を
訴えるキリスト者の主張に私は同意している。しかし少々「うんざり」
しているのが本音だ。なぜなら戦時中の教会の過ちを指摘する声と、
やがて訪れる国家主義に目を覚ますようにと訴える声ばかりで、主
の前での誠実と悔い改めを多くの牧師たちでさえ素通りし、沈黙し
ているからだ。
●日本の教会が戦時中、天皇制に屈し、神社参拝をし、礼拝の中
で「君が代」を歌い、ある教団では信仰告白まで変更していたこと
は周知の事実だ。しかし戦時中に偶像礼拝の罪を犯していた牧師
たちが戦後も各教団教派の指導的な立場に立ち、明確に悔い改め
ることは少なかった。戦後の文献を読むと、罪の自覚さえなかった
牧師たちも見受けられる。戦後50年に多くの教団が戦責告白をし
たが、告白まで時間かかってしまったのは「戦時中の先生が生き
ている間には、モノが言えなかった」という本音の声がもれ聞こえ
てくる。問われるべきは、戦後「目上の先生にモノが言えなかった」
「ご苦労された戦時中の先生方にむち打つようなことはできない」
「あの時は仕方なかった」「現代から過去を裁いてはならない(まる
で『つくる会』の主張と同じ)」等の理由で、悔い改めをあやふやに
した罪だ。
●一人のキリスト者学生が「信仰には命がかかっているから」と、
教員採用試験に合格していながらキリストに服従し苦難の道を
歩もうとしている時代に、私たちが偶像礼拝を犯してきた先輩牧師
たちに対し、明確に悔い改めるように一歩も怯まず、しかし謙遜に
丁寧に語れなかったことを神の前に心から恥じ悔い改めたい。 
●若い世代は日本の近代史を知らないと同様、日本(の)戦時下の
教会史を知らないのは悔い改めのあいまいさを物語っている。若者
が教会に少ないのは教会に魅力がないからではなく、教会の大人
たちにキリストにある真実な生き方を見出すことができないからだ。


この記事を読んで、私は内容より先に冒頭に書かれた一文に引っか
かって、こんなコメントを書きました。

こんばんは。いつも読ませていただいてます。
>私がつけたタイトルは「ひとりの学生の決断から見えるもの」
だったのですが、「教育現場に露骨な思想選別」というタイトルに
変更されていましたが・・・・・。

そうなんですか。いのちのことば社の編集姿勢に疑問を感じて
しまいますね。「受難」を強調したほうが読者受けはいいのかも
知れませんが、記事が指摘する問題を曖昧にして、同じ過ちを
繰り返しているように見えます。


Yさんからの返事はこうでした。

「同じ過ちを・・・」という**さんのコメント、実は、私もそこのこと
を感じているのです。そのように読んでいただけること、感謝して
います。


決して自慢するつもりはありません。むしろ、私の読み込みすぎで
あればと思っていました。しかしどうも、教会の歴史認識の甘さ、
罪の自覚の浅さは否めないようです。
教会は第三者的に警鐘を鳴らすのでなく、「命をかけて」この時代
に取り組まなくてはなりません。「クリスチャン新聞」も単なる宣伝
広告媒体ではなくキリスト教ジャーナリズムであるならば、「教会
改革」の訴えをありきたりの「ナショナリズム批判」にすり替える、
それこそ「思想選別」のごときタイトル変更は言語道断です。
従来の枠に閉じこもったままならば、教会は社会に対して影響力
は持てませんし、人々から見向きもされないでしょう。

NLPはいらない

2006年04月18日 15時41分38秒 | 時事・社会
硫黄島から移転合意/米艦載機の離着陸訓練
          2006/04/17 10:41 四国新聞

 日米両政府は17日までに、在日米軍再編に伴い、米軍厚木基地
(神奈川県)の空母艦載機が東京・硫黄島で暫定実施している夜間
離着陸訓練(NLP)などの陸上空母離着陸訓練(FCLP)について、
恒常的な訓練施設を「2009年度もしくはそれ以降のできるだけ早い
時期」に決定、移転することで合意した。米軍再編の最終報告に
盛り込まれる。
 両政府はこれまでに、空母艦載機を山口県の米軍岩国基地に
移転することで合意。同基地の滑走路沖合移設事業が終了する
08年度末以降に移転する見通しで、これに合わせて訓練施設の
選定を進める。米側は岩国基地に近い西日本方面での訓練地
決定を求めているが、騒音問題などで関係自治体に受け入れを
求めるのは極めて厳しく、難航しそうだ。


こうなることはある程度予想できてたとはいえ、「NLPは引き続き
硫黄島で行なう」と明言して空母艦載機部隊の移設受け入れを
岩国市に迫ってきた政府の「いい加減さ」には憤りを覚えます。
数日前には、空母艦載機部隊移転と引き換えに、'96年のSACO
合意で普天間飛行場から岩国基地に移転が決まっていた空中
給油機を海上自衛隊鹿屋基地に移す、という政府の発表が実は
米国の同意を得ないままの見切り発車で、結局最終合意に至ら
ず当初の案の通り岩国配備となったことが判明。地元の反発が
強まっていた矢先に、追い討ちをかけるような内容です。
米国側はNLPの恒常的施設の候補地として西日本方面を求めて
いる、との情報もあります。「硫黄島は遠すぎる。途中に緊急着陸
できる場所も無い」と不満を漏らし続けてましたから、これも「想定
内」ではありますが、恐れていた「瀬戸内海でのNLP」がこのまま
だと現実のものとなってしまいそうです。

広島県では、'99年の日米合同委員会による「休日の飛行の自粛」
が反故にされ、米軍機の低空飛行訓練が続いています。政府の
口約束が信用できないのはこのことからも明らかです。「騒音被害
は今より拡大しない」(騒音「軽減」のために岩国基地の滑走路を
沖出ししたはずなのに・・・)「世界遺産・宮島には被害は及ばない」
なんて言われてもねぇ・・・。「地元の声」は聴く気が無いですし。

合併後の新・岩国市の市長選挙が来週の日曜日に迫っています。
第三の候補が「基地の縮小・廃止」派なので、移設反対票が割れ
る懸念がありますが、旧市長の井原氏にはぜひとも勝ってほしい
です。「国に逆らっても無意味」「これからは条件闘争だ」との声が、
住民投票の際には「反対」を明言していた市議からも出てきてます
が、旗を引っ込めればどこまでも押し込まれることはこの間の経過
からも明らかです。断固反対を貫き通してほしいです。

黒木和雄氏、死去

2006年04月13日 05時41分19秒 | 時事・社会
映画監督、黒木和雄さん死去…「紙谷悦子の青春」遺作に
                サンスポ.COM  2006年04月13日 更新

 「父と暮せば」など戦争三部作や青春映画の名作「祭りの準備」で
知られる映画監督、黒木和雄(くろき・かずお)さんが12日午後3時
43分、脳梗塞(こうそく)のため東京・板橋区内の病院で死去した。
75歳。葬儀・告別式の日取りなどは未定。
 宮崎市出身、同志社大卒業後、昭和29年に岩波映画に入社。
36年からフリーの映画監督となり「竜馬暗殺」(49年)などで人間の
内面に迫る描写が評価された。
 そして63年、原爆投下前日の長崎市民を描いた「TOMORROW/
明日」で芸術選奨文部大臣賞などを受賞。平成15年に自身の空襲
体験を基にした「美しい夏キリシマ」(キネマ旬報2003年ベストテン
1位)、翌年に原爆投下後の広島を舞台にした「父と暮せば」(井上
ひさし原作、宮沢りえ主演)を続けて製作、戦争レクイエム三部作
として傑出した評価を得た。
 「冬ソナのようなメロドラマも撮りたい」といいつつ、「戦時中の普通
の生活に焦点を合わせることで、戦争の不条理さを伝えたい」と、
終戦間近の鹿児島を舞台にした原田知世主演の新作「紙谷悦子の
青春」をすでに撮り終え、8月12日に公開されることが決まっていた。


サンスポって、元号にこだわるのね。なのになぜか『キネ旬』だけは
西暦になってるし。
『TOMORROW』は昔テレビで、『父と暮せば』は劇場で見ました。
『美しい夏キリシマ』は見逃したままなので、今度借りて見なくては。
気骨溢れる良心派がまた一人、世を去ってしまい、寂しい限りです。
渡邊恒雄や小沢一郎がまともなことを言ってるように見えるくらい
右傾化している世の中ですから、平和を訴えることは今後ますます
難しくなるかも知れません。
でも、先達の遺産をしっかり受け継いで、これからも訴え続けていき
たいと思います。安心して永眠できる社会が実現するように。

小学生にも英語って・・・

2006年03月28日 18時18分30秒 | 時事・社会
>チビクロ様
ご来訪ありがとうございます。前回書いたような事情でコメントを読む
ことができませんので、週末に帰宅してからお返事いたします。

私は元々九州人ですから、鹿児島の言葉もある程度は通じます。
種子島・屋久島でも大丈夫でした。でも、ここ徳之島の年配の方々の
会話は、なかなか聞き取れません。イントネーションは南九州とそう
変わらないのですが、訛りが強いというのでしょうか、ズーズー弁と
同様に言葉が不明瞭で、しかも早口なので、それでなくてもヒアリング
が駄目な私にはお手上げです。
標準語を話せる方も多いですけど、話せない人とは通訳がいるなぁ、
と思いました。

日本人同士でもそうなのだから、外国語なんて分からなくて当然。と
私などは思うのですが、どうもそう思わない方々がこの国の「リーダー」
には多いようです。
文部科学省は再来年改訂される新しい学習指導要領で、小学校でも
英語を必修科目に盛り込む方針を明らかにしました。
大学進学率も高い日本は、学校で英語を習う時間が世界的にも非常に
多い国のはずですが、これ以上増やしてどうするんでしょう。早くから
親しむのは結構ですが、小さい頃から英語教室に通う子や海外生活
経験のある子がが皆、大人になっても英語ができるとは限らないと思う
のですが。それに中学・高校の授業の質が変わらなければ、結局伸び
ないんじゃないかな。
専門家からは、英語よりも国語教育に力を入れるべきとの指摘がされ
ています。テレビではみのもんたが「文法」と言ってましたが、「論理的
思考力」或いは「コミュニケーション能力」のほうが正確でしょう。英語は
あくまで「ツール」であって、大事なのは人間の中身です。(だから日頃
「日本人の自覚と誇り」とやらを声高に叫ぶ人たちこそ、率先して反対
すべきです。)
ビジネス英語が使える人材を育てたい経済界は、公教育の意義までは
考えてないのではないでしょうか。そのうち、日本語を廃止して英語を
公用語に、なんて言い出したりして。


鳥インフルエンザより怖いもの

2006年03月26日 02時27分59秒 | 時事・社会
今週は徳之島に出張です。
なるべく飛行機に乗りたくない私は、行きはフェリーで行くことに
したので、今日出発となりました。船でも酔いますが、飛行機の
ように恐怖と戦わなくて済むし、多少乗り慣れてはいるので。
とはいえ、15時間も船に乗るのは、生まれて初めてです。天気
もあまり良くなさそうだし・・・。

ひと頃に比べれば多少落ち着きましたが、相変わらず騒がれて
いる鳥インフルエンザに関して、朗報が伝わってきました。
人が鳥ウィルスに感染する場合、肺の奥の細胞で感染するため、
人から人へうつる可能性は現時点ではきわめて低いそうです。

「鳥インフルエンザ:人間感染、受容体は肺の奥の細胞に存在」
(毎日新聞 3月23日 3時00分)


「鳥インフル、人は肺の奥で感染 鳥取大・東大グループ」
(asahi.com 3月23日)


ニュースを見てても、新型肺炎SARSの時のように次々と死者が
出るといった状況ではないですし。もちろん、変異する可能性は
ありますから楽観はできませんが、例えば原発とか電磁波とか
の「危険性」を否定・無視する人たちが騒ぐほどのことなの?と
感じずにはいられません。

しかも、大量備蓄されているタミフルは、メーカーが定めた有効
期限が5年なのだそうです。つまり5年以内に大流行がなければ
無駄になるわけです。仮にタミフルの有効性を認めたとしても、
起こるかどうか分からない鳥インフルのためにとって置くより、
目の前の普通のインフル患者に使うのが筋でしょう。日本が買い
占めてるから、使いたくても使えない人も他国にはいるわけです
し。ところが、仕入れ値を安くしてもらう代わりに、鳥インフル以外
には使わないという条件なのだとか。
(詳しくは「報道写真家から」3月22日記事「タミフルをめぐる行政
の不可解な動き」
をご参照下さい。)
将来の国家財政や、国民の健康のことを、行政は本気で考えて
いるのでしょうか。

教科書の「特殊指定」廃止か

2006年03月24日 13時47分16秒 | 時事・社会
今月16日、公正取引委員会が、教科書の採択に絡んで出版社が
教育委員会関係者らに行う営業活動を強く規制した「特殊指定」を
廃止する方針を発表しました。
asahi.com(3月17日)には次のような記事が載っていました。

 特殊指定は、過剰な競争がふさわしくない商品やサービスで公
取委が独占禁止法に基づき行う告示で、7分野が指定されていた。
公取委は競争促進の観点から昨年11月、食品缶詰・瓶詰、海運、
オープン懸賞、教科書、新聞の5分野で指定廃止の検討に入った。
2月末までに教科書と新聞以外は廃止や廃止方針が決まった。
見直されていないのは物流と大規模小売業。
 教科書の特殊指定は1956年に告示され、具体的な禁止事項を
定めた運用指針で、小中高校などの教科書採択に関連して金品
の供与や接待を行うことや、供与を申し出ることなどを禁じている。
「教科書では特にそのような行為を排除すべきだとの考えで指定
された」(公取委取引企画課)
 しかし、公取委は「教科書の売り込み競争や取引実態も変化し、
利益供与などで教科書採択がゆがめられる恐れは著しく減少し、
特殊指定の必要性がなくなった」として、規制の簡素化の観点から
廃止するという。
 指定が廃止されると、通常の商習慣の範囲内で業者が教委関係
者に中元や歳暮を贈ったり、出版社が教科書を紹介する研修会等
を自由に開けるようになる。
 教科書の出版社で作る教科書協会は「教科書は内容で選ばれる
べきなのに、出版社の資金力に影響される恐れがある」と廃止に
反発している。
 これに対し、公取委は一定額以上の接待・贈答を規制した国家
公務員倫理法や刑法の贈収賄罪なども歯止めになる、と判断して
おり、「決して利益供与を奨励するわけではない」と強調している。


昨年、「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーが執筆した教科
書を出版する扶桑社が、検定合格前に教科書を地方の教育委員
会関係者に渡していたことが発覚、批判を浴びました。
教科用図書検定規則実施細則は、「検定終了までは、申請本の
内容が当該申請者以外の者の知るところとならないよう適切に
管理しなければならない」と定めており、文部科学省も「指導」・
「厳重注意」を行なっています。他の出版社が指導を受けた例は
無く、中山成彬文科相(当時)も「ルール違反」と明言しました。
文科省は「違反した場合には検定を停止することもある」として
いましたが、結局「つくる会」の教科書は検定合格。
高嶋伸欣・琉球大教授は「本来、検定はガラス張りの中で行う
べきだが、つくる会側が事前公表の禁止を主張し、文科省が受け
入れた。その扶桑社の教科書が規則に違反しながら検定を通過
することは悪質だ」と批判していました。
ところで問題のその教科書、そうした「工作」も虚しく、採択率は
ほとんど伸びなかったのは周知の通りです。それが「良識」ある
判断ゆえか、反対する市民の声に押されたのか、或いは「違反
行為」への警戒・反発が働いたのかは分かりませんが。

それを「合法化」しようとするのが今回の指定廃止です。「奨励は
しない」といっても現在の商取引上の「慣行」がどれほど凄まじい
かは、企業に身を置く人なら分かり切ったことでしょう。「一定額
以上の接待・贈答を規制した国家公務員倫理法や刑法の贈収
賄罪」の歯止め効果も、度重なる役人や政治家の不正を考える
と大いに疑問です。値引き合戦とリベートで、行政は得するかも
知れませんが。
そもそも検定制度自体は手を付けずに採択のみを「自由化」する
ことが「規制緩和」なのか、ということも問われなければならない
はずですが、まだまだ「改革」幻想は消えないようです。

公取委は4月17日まで一般から意見を募った上で手続きを進める
としています。
公取委への意見は電子メール(kyoukasho-torihiki@jftc.go.jp)
などで募集中です。

情報流出

2006年03月20日 12時49分17秒 | 時事・社会
昨日は疲れがピークに達して、娘と一緒に寝てしまいました。
おかげで連続更新が21日でストップ。過去最高をマークしたし、
今週は丸々オフになったので、このまま一気に記録更新だ!
と思ってた矢先のことで、ちょっとショックでした。

このところ連日のように、○○県警とか××社の情報流出の
ニュースが流れています。「ウィニー」と聞くと食べ物のほうを
思い出す私ですが、ファイル交換ソフトとかウィルスについても
多少の知識は持ってますから、今回の一連の事件には呆れ
て物が言えません。
そりゃあ、誰しも不注意はあるでしょう。リストラや経費削減の
あおりを受けて、私物パソコンを持ち込んだり仕事を家に持ち
帰ることも仕方ないのかも知れません。でも、情報の取り扱い
の基本が分かってないのはどうしようもないです。警察内部で
は「ウィニー」使用禁止令が以前出されていたのに、守られて
いなかったというのも大いに問題ですが(だから内部情報を
メディアにリークすることをとやかく言う資格なんて無いのです
が)、「ウィニー」が悪いとか「ウィニー」を入れてなきゃ大丈夫
という話ではないはずです。何年か前に似たような騒ぎが
あった時は、顧客リストのペーパーやフロッピーが中心でした。
PCごと落としたり盗まれたりしたらどうなるのか、そのPCを
家族が触ったらどうなるか(ある調査では本人の知らない間に
家族が「ウィニー」を入れたり、ウィルス感染していたケースが
多数報告されています)、考えればすぐ分かることです。
こういう現状を目の当たりにすると、行政が個人情報を握って
いることに対する不安が増すばかりです。
例えば現在、「テロ」など外国人犯罪への対策を名目に入管
強化がなされようとしています。具体的には顔写真と指紋の
提供義務付けですが、同じことが米国でなされていることは
皆さんご存知でしょう。ところがその情報が実は数十年間も
保管されること、海外の当局から要請があった場合は情報を
提供することなどが明らかになってきています。つまり、海外
に出かける日本人も同様に扱われる可能性が高いのです。
(詳しくはヤメ蚊さんのブログ「情報流通促進計画」の記事を
ご参照下さい。)
また、各地の自治体で現在戸籍の電算化が進められており、
近い将来、「住基ネット」と同様の「戸籍ネット」も実現するで
しょう。住基ネットは専用回線で外部からの不正アクセスは
できない、というのが政府の説明でしたが、肝心のデータが
杜撰に扱われている現状では、いずれ流出するのでは、と
いう疑念が消えません。
野党第一党が一通の偽メールに振り回されてるようでは、
心もとないですし。身を守るすべを考えなくては。

岩国市民の皆さん、ありがとう

2006年03月13日 22時41分12秒 | 時事・社会
12日に行われた、在日米軍厚木基地の空母艦載機部隊の
岩国移転の賛否を巡る住民投票は、投票率58.68%で成立
し、反対票が43,433票と投票者の87.42%(全有権者に対し
ても51.30%)を占める「圧倒的勝利」となりました。
岩国市の井原市長は結果を受けて、「明確に市民の意思が
示され、重く受け止めないといけない。地元住民の声に、国
は正面から向き合ってほしい」と述べました。
一方政府側は「岩国移駐は、日本の安全保障などの面から、
ぜひとも実現しなければならない。地元に必要性を説明し、
理解と協力が得られるよう最大限の努力をする」などといった
コメントを発表しています。
反対多数になるのは間違いないが、成立する(投票率50%を
超える)かどうかが鍵と見られていましたが、岩国の皆さんは
良識ある判断を示して下さいました。本当に嬉しいです。
20日に合併を控え、投票結果の効果を疑問視する声もあり
ますが、その点を踏まえて(或いは一部市議らの扇動に乗せ
られて)棄権した人たちも新市での住民投票なら多くが反対
票を投じていたでしょう。それに、この時期に敢えて行わなけ
ればならなかったのは、「地元の理解を求める」と言いながら
合併を控えた地元の事情を無視して、3月末に最終報告を
まとめるスケジュールも計画の内容も一切変えないという国
の強引な進め方に問題があったからです。
「安保に関することは国策・国の専管事項で、地方が口を
挟むのはおかしい」という声も依然としてあります。それで
「民主主義国」といえるのか、大いに疑問ですが、百歩譲って
そうした考えを認めたとしても、今回の問題に関しては、国に
大きな非があります。
岩国の米軍海兵隊航空部隊基地は、以前から激しい騒音が
問題となってましたし、'68年の板付基地(福岡)所属機の墜落
事故を契機に移設要求が出されていました。その結果、滑走
路の沖合移設という「改善案」が実行されたのです。ところが
その新滑走路に新たな部隊が移駐する、当然新たな騒音源と
なる訓練も行われる(事故の危険も増す)、同時に整備された
大型船も入港できる港に、空母も寄港するかも知れない、と
いうのでは、地元は「騙された」と思うのも当然です。いくら
「国策」だといっても、簡単に変えてもらっては困ります。
岩国は、地方都市の保守性と財政的貧しさゆえ、基地との
共存をこれまで選んできました。もう十分負担は負っており、
「これ以上負い切れない」というのが、今回の結果に現れた
民意です。彼らにだけ負担を強いておいて自分たちは安全を
享受している人たちが彼らに「地域エゴだ」などと言うのは、
断じて許せません。
岩国の皆さんの勇気ある行動に敬意を表するとともに、今回
の住民投票に至る前に、基地問題の本質に気づいて、全ての
国民が等しく負担を負うのか、それとも基地を減らす(無くす)
のか、考えることが出来なかった我々の不明を恥じなければ
ならないと思います。

「もったいない」病、蔓延中?

2006年03月10日 23時46分40秒 | 時事・社会
「もったいないの精神」なる言葉がもてはやされているようです。
と言うか、囃し立ててるのはマスコミですが。そして推奨している
のは、その精神からは最もかけ離れたところにいる人達だという
のが、いかにもこの国らしいところです。
自分たちの権益は守り、金持ちは優遇する一方で、庶民には
「もったいないの精神」を説いて我慢を強いる。何だか「ぜいたく
は敵だ」「欲しがりません勝つまでは」の時代に逆戻りしたように
思えるのは私だけでしょうか。
あ、でも、かの人達も一応実践してるんですよね。「予算は使い
切らなきゃもったいない」「特権は大いに行使しなくちゃもったい
ない」「うまい話には乗らなきゃもったいない」「裏金でももらって
おかなくちゃもったいない」「取れるところから搾り取らなくちゃ
もったいない」etc...。
国際会議の場でいけしゃあしゃあと受け売りでしゃべっていた
小泉首相も本音では、「このまま任期切れで退陣なんてもったい
ない」と引き止められるのを期待していたりして。
個人レベルで物を大切にするのはいいことだと思いますが、国が
音頭を取って一斉にやることでしょうか。もっと大きな問題から
国民の目をそらすのが目的だと思えてなりません。
「あんな政治家や役人のために税金納めるなんてもったいない」
運動でも始めますかね。