今、自衛隊の在り方を問う!

急ピッチで進行する南西シフト態勢、巡航ミサイルなどの導入、際限なく拡大する軍事費、そして、隊内で吹き荒れるパワハラ……

朝日新聞サン、またも馬毛島の自衛隊配備問題はスルーですか?

2018年10月23日 | 主張
 米軍のFCLPをとり上げても、自衛隊の馬毛島配備に一言も触れない朝日新聞!

 
 本日の朝日新聞夕刊が、戦時中の馬毛島近海での徴用船撃沈事件をとり上げている。この戦争の悲惨さを掘り起こす記事自体は、民間船の犠牲者が忘れ去られている現在、もっととり上げてほしいことだが、またもや、朝日新聞(古城博隆記者)が、馬毛島での米軍のFCLP(空母艦載機着陸訓練)問題を取り上げているのに、本命の自衛隊配備問題を一言もとり上げようとしない。これはどういうことなのか。自衛隊批判タブー、自衛隊問題への報道規制をうけている、と言われても言い訳できないだろう。
 
 防衛省サイトで9頁にのぼって、自衛隊の上陸訓練基地・事前集積拠点として打ち出されている馬毛島

 まず、防衛省サイトで「国を守る」と、検索してほしい。ここには、9頁にわたって、馬毛島を自衛隊の上陸訓練拠点として、また南西シフト態勢の事前集積拠点、機動展開拠点として設定することが明記されている。もちろん、米軍のFCLP(Field-Carrier Landing Practice:空母艦載機着陸訓練)基地としても設定されている。
・「国を守る」 http://www.mod.go.jp/j/approach/zaibeigun/saihen/pdf/kuniwo_mamoru.pdf

 そして、地元の種子島においても、防衛省は説明会を開いて、馬毛島の自衛隊・米軍の活用を明らかにしている。もちろん、この馬毛島の自衛隊・米軍の基地化に対して、地元の種子島住民らは、大多数が反対である。2011年の種子島などでの説明会、また、同時期の防衛省サイトでの発表以来、この地元の反対、馬毛島の地権者への未買収などで、馬毛島の軍事化は、まったく動いていない。しかし、ここにきて、拙著『自衛隊の南西シフト―戦慄の対中国・日米共同作戦の実態』でも記述したが、馬毛島所有会社への、債権者の「破産申請」もあり、防衛省が島の買収に向けた動きを加速させている。
・馬毛島の地元での説明会 http://www.city.nishinoomote.lg.jp/material/files/group/9/88705920.pdf

 つまり、いよいよ、発表以来6年も停滞していた馬毛島の軍事化・要塞化(F35B・対潜哨戒機(P-3C)の基地化も打ち出される)が、南西シフト態勢の進展と共に動き始めているのだ。与那国島・石垣島・宮古島・奄美大島への自衛隊の新配備、沖縄本島・九州佐世保への増強と合わせて、種子島ー馬毛島の「機動展開拠点」「上陸訓練基地」「航空基地」としての要塞化が、進展し始めているのだ。

 この状況に至る現在まで、朝日新聞・東京新聞ともに、馬毛島の自衛隊基地化については、一行も報道したことはない。奄美大島のあの基地化についても同じ、一行もふれたことがないのだ。これは、メディア、ジャーナリズムとしての「死」ではないのか? 
 あらためて問う。朝日新聞サン、いつまでこういう報道規制を続けているのか。
 そして、心あるみなさま、ぜひ、この種子島・馬毛島、奄美をはじめとする先島―南西諸島の、凄まじい軍事化を食い止めるために、マスメディアの報道規制を突き破って、まず、この事実自身を広げてほしい!

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本日の朝日新聞夕刊から
徴用船「りま丸」、遺骨調査へ 2700人死亡、多数漂着の馬毛島
りま丸=「戦没した船と海員の資料館」提供

 太平洋戦争中の1944年2月、東シナ海で米軍に撃沈され2700人超が亡くなったとされる民間の戦時徴用船「りま丸」。遺体の多くが漂着し、仮埋葬されたとされる鹿児島県西之表市の無人島「馬毛(まげ)島」(約8平方キロ)で、厚生労働省の遺骨調査が行われることになった。悲劇から74年。関係者は遺骨が遺族のもログイン前の続きとに戻ることを期待している。

 ■戦時の民間船犠牲「忘れられている」

 日本郵船が所有していた「りま丸」は陸軍に徴用され、兵士らの輸送を担った。「戦没した船と海員の資料館」(神戸市)の調査によると、敗戦前年の2月7日、軍人ら3241人を乗せ、香港に向け、門司港(現北九州市)を出港。九州南西の東シナ海で8日、米潜水艦の魚雷を受けて沈没した。馬毛島まで300キロ以上離れており、遺体の多くが10~15日後に馬毛島に漂着したとみられる。

 厚労省が西之表市からの依頼で今年6月、当時を知る元島民に聞き取りをしたところ、島の沿岸部に4カ所の仮埋葬地があるとの証言を得た。「氏名の分かる兵士には名札を付けて火葬した」「58年に兵士96体の遺骨を収集し法要が営まれた」などの情報もあり、遺骨が残されている可能性があると判断。今月30日~来月1日に現地で試掘調査をすることにした。

 証言した元島民の押川登さん(84)は、消防団の役員だった父が仮埋葬に携わったという。「数が多くて大変だった」と聞かされた。「ずっと気になっていた。一人でも多くが家族のところに帰れるといい」と話す。

 2016年に議員立法で成立した戦没者遺骨収集推進法は「遺骨収集は国の責務」と明記。24年度までを遺骨収集の集中実施期間と定める。激戦地だった沖縄県と硫黄島(東京都)をのぞく国内で遺骨が見つかれば、少なくともここ10年では唯一の事例になる。

 厚労省によると、遺骨が収容できた場合、身元が分かればDNA鑑定をして遺族へ戻すが、遺留品など手がかりがない場合も多い。身元が特定できない遺骨は国立千鳥ケ淵戦没者墓苑(東京都)に納骨される。

 一方、りま丸の沈没地点とされる海域では今年8月、研究者チームが、戦時徴用船4隻を無人潜水機で探す調査を実施した。817人が犠牲となった大型商船「大洋丸」を発見できたが、りま丸など3隻の姿は確認できなかった。調査を率いた浦環(うらたまき)・九州工業大特別教授(海洋工学)は「りま丸の犠牲者は戦艦武蔵を上回り、大和にも匹敵するが、徴用船の不幸な歴史は忘れ去られている」と話す。太平洋戦争では7千隻以上の民間船が犠牲になったとされる。

 馬毛島は戦時中、海軍が駐屯しトーチカ(防御陣地)が設置された。戦後の入植事業で最盛期には528人が暮らしたが、レジャー施設や石油備蓄基地など開発構想が浮上し、80年以降は無人島に。現在は硫黄島で行われている米空母艦載機の離着陸訓練の移転候補地とされ、国が島の大半を所有するタストン・エアポート社(東京都)から土地を買い取る方針だが、金額で折り合っていない。同社は遺骨調査に協力する考えだ。

 (古城博隆)
https://digital.asahi.com/articles/DA3S13736969.html?_requesturl=articles%2FDA3S13736969.html&rm=150

10月22日(月)のつぶやき

2018年10月23日 | 主張