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立命館の再生を願って

NO85 立命館常任理事並びに関係各位へ

2020-08-23 22:10:24 | 立命館の再生を願って
NO85 立命館常任理事ならびに関係各位へ
コロナ禍、情報理工学部(BKC)と映像学部(KIC)の大阪茨木キャンパス(OIC)への移転提起について
2020年8月24日 元立命館総長理事長室室長・ジャーナリスト 鈴木元
目次
はじめに―コロナ禍で優先すべきは教職員、学生への対応
(1)コロナ以前に構想を定めていた移転計画
(2)オンラインによる最新システム導入強調は両学部の同時近接移転を必要性としない
(3)具体的な教学改革を明らかにしていない移転構想
はじめに―コロナ禍で優先すべきは教職員、学生への対応
 6月26日の常任理事会(オンラインによるテレビ会議)において110億円かけて情報理工学部と映像学部を2024年に大阪茨城キャンパスに移転するとの提起を決定した。後で詳しく論ずるが、そのことが今、立命館にとって、やらなければならない事とは考えられない。
 2020年度の新学期以降、コロナの流行のため対面授業はできず急遽、オンライン授業に切り替えられた。システムの構築を含めた体制づくり、あらたな授業の実践と工夫、事務室を含めて感染防止の対策こなど教職員に新たな創意と労力を必要とした。学生も慣れないオンライン授業への対応、そしてアルバイトが大幅に減るととともに保護者の減収や失職に襲われたりしている。今、大学のトップが早急に判断しなければならないことは、こうした教職員の労力の実態と困難をしっかりと認識した上できちんと応えるために特別手当を支給する。授業の充実のための支援を強化する。学生の生活実態の掌握に基づき返還義務のない支援を強化することである。このような状況の下、どさくさに紛れて、以下のような移転計画を待ちだすとは許されないだろう。
(1)コロナ以前に構想を定めていた移転計画
 今回の移転計画と関わって、まず過去の経緯を整理しておく。情報理工学部と映像学部の大阪茨木キャンパス(OIC)への移転計画は、提起文書の(はじめ)に書かれているように昨年(2019年)の3月のスプリングレビュー、ならびに7月のサマーレビューにおいて移転構想を含めて提起されたものであった。つまり提起文書の途中で書れているようなコロナの流行とは関係なく、それ以前に構想・計画されたものである。もっと言えばOIC開設以来の森島理事長よる「OIC10000名規模構想」を実現するための具体化であった。
1)出発から問題だらけのOIC開設
 元々、2008年当時から衣笠キャンパスの狭隘を解消するために新キャンパスの確保が浮上していて、総長理事長室室長であった私・鈴木元は当時財務部付部長であった志方敏樹氏(現専務理事)を伴って2008年に衣笠キャンパス周辺を中心にあちこち回っていた。そして2009年の段階で右京区の山之内にあった京都市の上浄水場跡地を候補として京都市と交渉しほぼまとまっていた。ところが2010年7月24日の常任理事会において突然、長田豊臣前理事長と森島朋三専務理事(現理事長)、志方弘樹財務部付部長が大阪茨木市の元サッポロビール工場跡地(21ヘクタール)の購入を提案し、夏季休暇を挟んで9月29日討議集約、10月に決定すると言いだした。しかし当時いずれの学部からも茨木への移転に名乗りは上がっていなかった。にもかかわらず、11月22日の常任理事会において5学部/12学部の反対を押し切って購入を強行した。この間の経緯やサッポロビール、竹中工務店との関係の疑惑については拙著『立命館の再生を願って』『続・立命館の再生を願って』(いずれも風涛社)で詳しく記述しているので参照していただきたい。なお山之内はその後、京都学園大学(現・京都先端科学大学)のキャンパスとなった。茨木(OIC)問題については学園の教学責任者である川口清史総長(当時)のイニシアチブもないまま、政策科学部と経営学部の要求を長田理事長と森島専務が飲むことによって2学部の移転が行われた。しかし2学部だけの移転ではキャンパスとしての採算は合わず、森島専務はどこでも決められていないにもかかわらず、事あるたびに「OICは10000名規模にしないとためだ」と言っていた。つまり教学的必要性から展開してきたのではなく、先に土地はサッポロビール跡地の購入、工事は竹中工務店に発注するという「大阪茨木ありき」で、学部への利益誘導で移転を進めてきた。
2)なぜ情報理工学部の移転なのか
 情報理工学部は社会の情報化に対応するものとして、2004年に理工学部にあった情報工学科を独立した学部としたもので、情報学部でも理工学部でもなく日本で初めて情報理工学部としてBKCに作られた。理工学部はもちろん社系学部である経済学部や経営学部との連携を前提としていた。その後、BKCに設置された生命科学部、薬学部、スポーツ健康科学部、食マネジメント学部とも連携して教育・研究が進められてきた。その情報理工学部をBKCから離し、あえてOICに移転させ映像学部との提携をことさら主張するのはあまりにも根拠薄弱である。
3)「国際都市大阪への貢献」とはなにか
 今回の文書では大阪が情報発信の拠点という認識を示している。私は当時「なぜ山之内を放棄して茨木へ行くのか」と言うとともに「大阪の利点を言うなら、茨木は中途半端だ、大阪に新たなキャンパスを確保するのなら、再開発の対象となっている梅田の北ヤードや大阪城周辺ならわかる」と批判した。そして今日、京都キャンパスや琵琶湖草津キャンバスをないがしろにして、ことさら茨木の優位性を説くなら、他学部からも大阪移転の要求が上がってくるだろうし、その場合どう対応するのか。
さらに文書では「国際都市大阪への貢献」という奇妙なことが書かれている。何時から立命館は創立の地であり「国際観光文化都市、文化庁がやってくる」京都市を差し置いて、大阪市への貢献が謳うよになったのか、理由はなにか、京都市民にもわかるように説明が求められるだろう。
4)なぜ映像学部なのか
 映像学部を作るとき、その重要な部分として映画部門があり、設置委員の教員などから学生たちに映画作りの実際とかかわらせたいという要望があった。そこで私は松竹ならびに京都府に協力を求めて松竹太秦撮影所内に映画作りの研修所作りを進めた。立命館と松竹そして京都府の三者の協力協定を結び、京都府もいくばくかの補助金を出してくれた。また当時の長田豊臣総長も山田洋二監督とも面談し協力を求めるなどの行動をし実現できた。こうして映画発祥の地である京都において京都府と松竹の協力も得て特色ある映像学部が独自の校舎を新設して2007年にできたのである。これらを無視するような信義なき言動は立命館の社会的評価にも影響するだろう。
(2)オンラインによる最新システムは両学部の同時移転を必要性としない
 構想は先に記したようにコロナが発生する前の2019年の3月や8月に提起されていたにもかかわらず、今回の文書を読むと、ことさらウイズコロナ・アフターコロナが強調され、地球的規模での最新のネットワーク、オンライン授業と研究を強調している。しかしそれを強調すればするほど、二つの学部をわざわざ移転させて隣接させる必要がなくなる。それより全学部共通のあらたなプラットホームの構築を進めた方がよいことは明瞭である。つまり移転ありきが先に立ち、後から基盤整備を理屈ずけるために情報学部と映像学部のネットワークをつくり、それをモデルに全学部への展開を述べているが、最初からそうすればよいことである。お金が無尽蔵にあるわけではない。コロナ禍で減収する保護者、アルバイトが減る学生から収められた貴重な学費から110億円もの資金をつぎ込んで既存学部の移転などする必要はない。
 ところが提起文書を読むと、改めて大学は衣笠キャンパスや琵琶湖草津キャンパスより都市型キャンパスである大阪茨木キャンパスの方が良く、かつ三キャンパスのバランスが取れて良いとの趣旨で書かれている。それでは①立命館のキャンパスは可能な限り大阪へ移っていこうということになる。全国の地方の受験生は地元(大阪を含めて)の大学を別にすれば、東京か京都を志向する。「茨木に移ったことにより、大阪からの受験生が増えた」などは当たり前であるが、全国から優秀な学生を集めるうえで、京都より大阪の方が良い等とは言えない。②三つのキャンパスのバランス等意味は無い。それでは大分別府の立命館アジア太平洋大学はどうなのか。他の三キャンパスと規模バランスなど問題にはならない。教学が目的であり、それに必要なキャンパスであり、それを保証する財政である。自立できれば良いことである。大阪茨木キャンパスの財政問題の現時点での最大の問題は立命館アジア太平洋大学があるにもかかわらずアジアのゲットウェーなどと言って全学の反対・疑問を押し切って創設したグローバル教養学部である。これを押し切ったのは当時の長田理事長、川口清史総長、森島専務であるが、今いるのは森島理事長だけである。寮の運営費、留学生確保を含めてこの学部の採算をどうするのか森島理事長は説明する義務がある。そういう責任は明らかにせず茨木キャンパスの財政状態云々で学部移転を進めるべきでない。
(3)具体的な教学改革が明らかにされていない移転構想
 ところで移転構想を裏付ける教学改革が全く書かれていない。つまり映像学部の到達点と問題点、改革の方向、同じく情報理工学部の到達点と問題点、改革の方向が記載されていない。ただ映像と情報の親和性とか、映像と情報の結合による新たな展開が書かれているだけで、何らの立命館として到達点から出てくる改革の具体性がない。書かれている内容は全国の大学のどこにでも当てはまる一般論しか書かれていない。立命館における改革文書としては前代未聞のことであるし、このようなあちこちの行政文書を切り貼りしたような提案内容は、提案責任者の大学人としての質自体が問われている。
 現在、コロナ禍の下、大学の在り方、さらに言えば大学存立の意義が問われているのである。立命館大学新聞がインターネットで学部在学生にアンケートを実施したところ(8月5日から13日)「学部生の4人に1人が休学、そして10人に1人が退学を考えている」とのことである。その第一の理由はオンライン授業形態とその質の低さが挙げられている。8月20日の「読売新聞」(夕刊)によると立命館大学は後期の授業について、開講の全科目毎に、オンライン授業だけ、オンライン授業と対面授業の併用、対面授業だけのいずれで行うかを学生に知らせて実施するとしている。すでに8月の後半になっている。それを短い期間に準備するのは大変なことである。教職員への支援体制、学生の受講への支援などの強化を急がなければならないだろう。立命館を含めて日本の大学は、大学のあり方、教育の在り方が根本的に問われているのである、その時、より最新の情報システムの構築を強調しているだけで、その内容が伴わなければ学生の願いに答えることにはならない。今のままでは相当数の休学者や退学者が生まれる危険がある。そのことに応えることこそ立命館大学の緊急の責務である。
 8月21日付けの「読売新聞」によると関西の受験生の志望校として1位、関西大学(14.1%)、2位、近畿大学(11.0%)、3位、関西学大学(8.%)に続いて立命館大学は第4位(8.5%)だそうである。かつて立命館大学は関東の早稲田大学や日本大学を抜き、全国第1位の受験生10万人時代があった。志望者数の多さが、その大学の社会的水準決めるものではないことは明瞭である。しかしその大学の勢い、つまり受験生から見て教学改革をはじめとする改革の勢いが感じられるかどうかなのである。いま一番求められていることはコロナ禍における授業改革である。
 アメリカの主要大学では予てから授業をインターネットで世界中に無料配信してきた。それではわざわざ留学する必要がないかといえばそうではなく、その授業レベルの高さを見聞し、この授業を行う教員の下で、このレベルの授業を受けられる世界中から集まってくる多様な学生と混じって討論し学びたいと留学してくるのである。オンライン授業の改善、1回生から4回生に至る小集団ゼミの確立、予習と討論、復習、レポート提出が求められる厳し質の高い授業への改革が求められているのである。そのためには全学的に三密を避けコロナにも安全な教室づくりや、質の高いゼミ運営が行える教員の研鑽への支援など急いでやらなければならない課題が山積みされている。もともと18歳人口の激減を前にして教学の質の向上こそが焦点となっており、もはや新学部の創設や学部移転での新校舎建設などは「改革」には値しないのである。このことがわからず、過去に強引に行ったOIC開設の後遺症として森島理事長が言う、どこでも決められていない「10000名規模のキャンパス」が独り歩きして無駄金を使う悲劇を招いているのである。そうした森島理事長の態度は他学部からも「ごね得的な要求」が突き付けられる事態を招く危険がある。
 なお過去、学部長理事が参加し毎週開催されていた常任理事会が森島理事長となって以降、隔週の2週間に一回にされている。議題も理事会に挙げるものに限定され、学生が直面している教学や学生生活に関して時間をかけて議論することが無くなって来ていた。今回の情報理工学部と映像学部の移転もテレビ会議での常任理事会において「決定」された。常任理事会が三密をさけて討議するぐらいのことは少し工夫すればできることである。賛成・反対を含めて大いに議論することは、何が問題であるかを明らかにすることでもあり、結論とともに重要なのである。理事長などの一部の人々によって引き回される学園運営は立命館の生気を失わせ衰退への道を進むことになるだろう。「百家争鳴」とも言われた立命館の自由闊達な活気ある議論の教授会、業務会議、職場集会は失われつつあると聞く。立命館のあり方、存在が問われていることを肝に銘じるべきであろう。次回では「R2030」についての批判的検討を行うことにする。
 なお私・鈴木元はジャーナリストの一人として7月中旬に『コロナ後の世界』(かもがわ出版)を出版している。関心のある方は手に入れてお読みください。
鈴木元。立命館総長理事長室室長、初芝学園副理事長、中国(上海)同済大学アジア太平洋研究センター顧問教授、国際協力銀行中国内陸部人材育成事業アドバイザリー、私立大学連盟アドミニストレーター研修アドバイザー等を歴任。現在、国際環境整備機構理事長、京都高齢者大学校幹事会副代表、ベトナム枯葉剤被害者支援日本委員会事務局長、日本ペンクラブ会員、日本ジャーナリスト会議会員、かもがわ出版取締役など。
 主な著書『立命館の再生を願って』『続・立命館の再生を願って』(いずれも風涛社)、『もう一つの大学紛争』(かもがわ出版)、『異文化理解・協力の旅』(文理閣)、『コロナ後の世界』(かもがわ出版)、『京都市における同和行政批判』(問題研究所)など多数。

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