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立命館の再生を願って

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NO80  立命館の総長選挙の結果について

2018-11-28 14:28:01 | 立命館の再生を願って
NO80 立命館の総長選挙の結果について
2018年11月29日 ジャーナリスト・元立命館総長理事長室室長 鈴木元

11月4日、学校法人立命館における教学の最高責任者である総長の選挙が行われた。選挙結果は現職副総長の仲谷善雄氏が当選した。現職総長の吉田美喜夫氏ともう一人の副総長の松原豊彦氏が落選した。立命館問題専用のブログ(インターネットで スズキ ゲンさんのブログ と検索すればてできます)で取り上げてきた重要な問題なので簡単なコメントを記す。但し私は選挙そのものには取り組んでいないので選挙総括に関わることについては言及しないことにする。

(注)得票は、仲谷247票、吉田153票、松原6票、無効2票

(1)分かりにくかった候補者
立命館の総長選挙は、推薦委員会から総長候補3-5名が推薦され、学部、附属校等選挙区ごとの構成員によって選ばれた選挙人がその内から適切と思う人を選ぶ選挙である。
2期を限度とする現行選挙制度(1968年に発足)が出来て以来、歴代の総長は二期務めてきた。今回の選挙にあたっても推薦委員会(委員長:伊坂忠夫スポーツ健康科学部長)は現職の吉田美喜夫総長を候補者の1人として推薦した。
(注)現在の制度になって最初に選ばれた武藤守一先生は一期目途中で急死された。その後の細野武夫先生、天野和夫先生、谷岡武雄先生は、いずれも二期目の真ん中つまり6年目を務めた後で後進に道を譲られた。
森島朋三氏(総務担当常務・専務・理事長)等による2005年以来の全学合意抜きの専断的(トップダウン)運営もあって2010年、2014年の総長選挙は、学園の在り方を巡って争われる対立選挙となった。しかし今回は現執行部を構成する総長・副総長のいずれかを選択する特異な選挙とされた。
森島理事長、中上晶代総務部次長の下にある広報課は、2017年度においては、ことさらのように建山和由企画担当常務理事(立命館中高等学校、立命館大学理工学部出身)の名前を報じてきた。なお前回2014年の選挙時、一推薦委員であった伊坂氏は同窓の建山氏を推薦したが、森島専務(当時)に「時期尚早」と怒られたとの情報が流れていた。そして長田豊臣理事長、森島専務等は副総長であった故・渡辺公三氏を担ぎたしたのであったが僅差で元法学長の吉田氏に敗れた。
そうした経過もあるため、多くの人は、今回は森島理事長らは建山氏を総長候補に担ぎだすのではないかと推察していた。ところが2018年になって立命館の広報物では建山氏の名前は消え、APU学長の出口治明氏の名前が突出するようになった。学園関係者は、森島理事長は建山氏では現職の吉田氏に勝てないので、社会的によく知られている出口氏を担ぎ出そうとしているのではないかと考えた。
私はジャーナリストとして次に出版予定の『文明論ノート』の執筆の参考にすることもあって出口氏の最近の著作は全て目を通しているので氏の見識には敬意を表してきた。しかし私は、現在の立命館の状態から言って、どなたであろうが森島理事長に担がれて吉田総長の対立候補として出ることは、再び学園に新たな混乱をもたらすことになる危険があると記してきた。今回の候補者名簿には出口氏の名前は出なかった。要請されたが出口氏が断ったのか、森島理事長が、出口氏の見識を知り「自分にはコントロールできない人物」と判断して推挙しなかったのか分からないが、いずれにしても出口氏が名簿に出なかったことは良い事だったと思う。
推薦委員会は現職の吉田総長とともに同じく現職の仲谷副総長を松原副総長を推薦した。これは異常である。両名はいずれも吉田総長が推挙して副総長に就任し吉田総長を支えて執務してきたのである。森島理事長らには吉田総長に勝てる候補者がいなかったという事でもある。
吉田総長に推挙されて副総長に就任している両名は、常識的に言って「候補者名簿に上げる」との打診があった段階で断るか、名簿に上げることは同意しても「吉田総長を支えて奮闘します」のどちらかしかない。なお現行制度では候補者に名前が挙げられた後での辞退は無い。松原副総長は、後者の「吉田総長を支えて奮闘します」との意思を表明された。仲谷氏は相当考えての事であると思うが候補者名簿に上げられることを断らなかったし、選挙公報において「支えて奮闘します」の表明も行われなかった。仲谷氏の所信表明も観た。そこには吉田総長に対する批判も、吉田総長に代わって、こういう立命館にしますとの表明もなかった。仲谷氏が行う第一の事は、「吉田総長に推挙されて副総長となり、吉田総長を支えて職務を遂行してきたのに、何故対立候補者的な扱いに応じたのか」という常識的な疑問に応えることであろう。
(2)なりふり構わない異常な選挙活動を展開した森島理事長陣営
ところで今回の選挙、2010年、2014年の総長選挙と違って、現職3名の間では実績・政策で争う選挙にはならず、ある種の人気投票的選挙となった。にもかかわらず、森島理事長陣営からは吉田総長を落とし、仲谷副総長を総長に当選させるための異常な選挙活動が展開された。仲谷氏に止まらずもう一人の副総長である松原氏を名簿に上げたのは吉田氏の票を割るためであったと推察される。
それは私が、このシリーズで何回も指摘してきたように、どこにも選出基盤がない森島理事長は「吉田総長は自分にはコントロールし難い」「自分の首がかかっている」との危機感から、理事推薦権がある総長をどうしても自分の掌握下に置きたかったからであろう。
1)放置されてきた総長選挙制度改革の課題。
現行の選挙制度の執行を巡って2010年の選挙前から、学園の正常化を求める人々から繰り返し次の三点の改善が求められてきた。
①選挙人選出にあたって、学園の構成員の圧倒的多数を占める立命館大学の選挙人が過半数にも満たない事②各選挙区から選ばれる選挙人比率が学外理事の比率が異常に高い事③総長候補者の名前が出される前に選挙人選挙が行われること。これらは全学構成員参加の選挙と言う性格を正しく執行することにならない根本的な欠陥であるが、今回も改善されないままに選挙が実施された。次回の総長選挙に向けて、引き続き粘り強く改善を求める運動が必要だろう。

2)なりふり構わない異常な選挙行為
2014年の選挙では対決となった吉田候補、渡辺候補の両陣営から政策や候補者推薦のパンフレットが大量に配布され、構成員の前で政策争点が見える形で展開された。しかし今回は、公開の場ではまともな政策論議がほとんどなされないまま、ツイッターやフェイスブックなどSNSを使って吉田総長にたいしてあることない事の謀略的な宣伝が行われた。「吉田は4年間何もできなかった」「吉田は、今時まだに組合主義だ」などのレッテル貼りの中傷が毎日大量に流された。吉田総長が出発にあたって提案した副総長人事を森島専務(当時)などが学外理事も巻き込んで否決し、長田理事長、森島専務が同意する範囲でしか執行できなかったことは明瞭であった。森島理事長が4月下旬に提案した「学費値上げ」は、特段の財政的必要性は無かったにもかかわらず財界人などにたいして「学費値上げを実行した理事長」とアピールするためだけであった。川本八郎元理事長の「一時金1カ月カット」の提起と同じ性質のものであった。森島理事長によって提案された今回の額値上げは、常任理事会において約3カ月間に渡って衆議を尽くした結果、「学生や父母にたいして説明不能な学費値上げである」と7学部長が反対の意思を表明した。それを受けて吉田総長が「2019年度の全学協議会に向けて再検討する」とされた。これにたいして「何も決められない総長」「来年消費税がアップが予定されているのに、値上げしない判断は間違い」など、学生・父母の実態そして教学抜きの口コミ宣伝が繰り広げられた。
ただ問題は3カ月の及ぶ常任理事会での衆議を尽くした学費論議が、当事者である学生はおろか学部長理事の足元である教授会においてさえもきちんと報告‣論議されなかったことである。このため根拠のない学費値上げを提起した森島理事長と全学の英知を結集し、それを再検討に持ち込んだ吉田総長と言う関係が学生のみならず教職員も含めて共通認識にならなかったことである。
総長選挙実施にあたって学生の選挙人を「遅刻防止」を名目にセミナーハウスに泊め仲谷候補に入れるように誘導した。セミナーハウスは個々の学生が宿泊手続きをしたのではなく、学生課の某職員が一括して行った。費用も学生が出したのではなく学生課のお金を使ったのであろう。違うなら違うと説明する義務がある。
その中心で動いた学生は、ある課の職員を通じて「立命館への就職が約束されている」と「学生仲間に語り」、開票日当日ガッツポーズしていたとの情報が学内に広がっている。あまりにも露骨で、かつ公然化しているので、一旦他大学へ就職させるなどの措置が取られるかもしれない。今後の追跡調査が必要であろう。
3)学外理事を使った異常な行動。
予てから森島理事長は自分たちの力だけでは学内の状況を突破できないと考えた時には学外理事の力を借りて、無理筋な方針を強引に推し進めてきた。
例えば、反対意見が多くあったサッポロビール茨木工場跡地の購入を学外理事の力を借りて多数決で押し切った。慶祥高校校長であった足羽慶保の学歴詐称判明時も「立命館大学卒業であることは校長(理事)の要件ではない」を多数決で決定した。また前回総長選挙直後、吉田総長が推薦した副総長候補2人を理事会において否決した。
今回の総長選挙にあたっても有力な学外理事に依拠して学外理事、学外評議員を基盤とする選挙人の仲谷候補への投票依頼を進めるなど、強引な働きかけを行っていたとの情報が私の耳にまで届いている。このようなやり方は学外理事を利用しているように見えても、学外理事の要求を拒否できない学園運営をもたらすことになる。
(3)団結の回復、正常化が課題
さて今後の事であるが、仲谷新総長(2019年1月1日以降)は、本人も良く知っておられる2005年以来の学園の不団結を回復し正常化を図ることを第一にしなければならないだろう。先に記したように仲谷氏は吉田総長に推挙されて副総長に就任した。就任後は吉田総長を支えてきた。両名の間に特段の不協和音があるとは見えなかった。そして今回の総長選挙においても吉田総長の政策や行動を批判したり、対立候補としてふるまうこともなかった。民間企業の出身者として、そこで蓄積したノウハウと専門のAI等を大学運営に生かしたいとの姿勢を示していただけである。
それ以上でもそれ以下でもない。仲谷新総長は、自分を含めて吉田総長とともに進めてきた「学園の不団結を克服し、学園の正常化を進める」ために引き続き奮闘しなければならないだろう。ところで事実上、仲谷氏を担ぎ出した森島理事長は、学園の運営に何を持ち込もうとしているのだろうか。
私は上記したように出口APU学長の名前がことさら報じられた時、「どなたであろうが、森島理事長に担がれて吉田総長と対立して選挙をすれば学園に新たな混乱がもたらされる危険がある」と記した。仲谷副総長は形式上では吉田総長への対立候補ではなかった。しかし事実上、森島理事長陣営は吉田総長を落とすために仲谷氏を担いで対立選挙的にふるまった。森島理事長が松原副総長でなく仲谷副総長を総長候補として担いだのは、松原副総長が「吉田総長を支えて」を明確にしていたこと、そして「仲谷氏の方が御しやすい」と判断したからであろう。当選した仲谷新総長にたいして森島理事長は「私が貴方を総長にした」と振舞だろうし、仲谷新総長もそのプレッシャーを受けるであろうし、民間企業出身者として森島理事長にたいして「任命権者」的対応を迫られるだろう。それが森島理事長のねらい目であり本性である。
そこで森島理事長が仲谷新総長に押し付けようとしていることであるが、以下のことが考えられる。

① 立命館が戦後作りあげてきた、全構成員自治を表している全学協議会を「時代遅れ」「手間だけがかかる。時間の無駄」としてないがしろにする。
② 教学優先、学内優先の原則を表す学部長理事制度・常任理事会制度を、「法的には理事会が決議機関であると」との主張の下に形骸化を図る。
③ 教職員組合や学友会、院生協議会などとの交渉に「制限」を加えたり、総長を前面に立て、理事長は責任を取らない。学費値上げの提案者である森島理事長は、2018年の全学協議会においても自ら学生と向き合って説明するのではなく、吉田総長を前面に立てて対応させ、自分はニヤニヤと笑って見ていた態度はその一端である。
④ マスコミには「学費に頼らない私学を」と大見えを切っておきながら、学内では「高い学費を取れることはブランド力である」「教学充実には学費値上げが必要である」と学費値上を進める。
⑤ 自らに責任がある「OICの毎年30億円の赤字は放置できない」「新しい学部を設置し10000人規模のキャンパスにしなければならない」との言辞の下、OICに5番目の学部を設置しようとする。18歳人口が急減期に入ろうとしている今、学生数のさらなる拡大は立命館の質的発展に大きな障壁となるだろう。またいずれも小規模学部とせざるを得ず、必ずしも財政改善にはつながらない危険がある。
⑥ 今回の総長選挙で、盟友建山氏を切り捨て、森島理事長の意向に従い、たくみに仲谷氏推挙を図り、彼の当選のために手段を選ばない行動した伊坂スホーツ健康学部長・総長推薦委員会委員長、森島理事長の軍門に下り伊坂氏と共に学生選挙人を巻き込んだ浅野教学部事務部長、学外理事取込役、そして広報において吉田総長を消し、貶めて「影の理事長」ないしは「御神酒徳利の理事長」と揶揄されている中上総務部次長など森島理事長の取り巻きたちに新たな役職を与えようとするだろう。

以上の事は私が森島理事長のこの間の言動を分析することによって推察していることである。森島理事長が「私は、そのような事を考えてはいないし、行う気もない」と言うなら、それはそれで良い事である。しかし、こうしたことを持ち出せば立命館の学内は再び、混乱するし分裂を深めるだろう。そして実効行すれば、戦後営々と作り上げてきた「立命館らしさ」は消え失せ、唯の経営主義の大学、学外理事を含め理事会の一部グループによる専横がまかり通る日大のような大学となるだろう。
私は総長理事長室室長として長田豊臣氏の総長時代(2期)、理事長時代の前半の少しの期間を支えた。「下品な言動」で知られた長田氏ではあるが、私によく言っていたことがある。「立命館は今、重要な分岐点にある、隣の同志社ととともに慶応・早稲田の後を追いかけ、追いつくのか、日大、東海大、近大のような『拡大と金儲け主義の大学』と揶揄されるのか、私は前者の道を歩みたい」と述べていた。まさに今、そのことが明瞭に浮かびあがっている。森島理事長には「例え1万円でも学費を値上げしたい」「新しい学部を作り立命館を大きくしたい」という考えしかない、先日の経済学部創立70周年の集いでの挨拶のように彼の口からは中身のある教学改革の話を聞いたことはないし、文書で表したものも見たことがない。新学部設置なども教学上の事ではなく、それを巡って教員人事にたいしても支配権をのばしたいだけの事である。
さて仲谷新総長が最初に直面する大きな問題が二つある。
一つは副総長をはじめとした人事である。
吉田総長は前回選挙終了時、選挙によって生じた学内の不団結を修復するために、対立候補となった渡辺副総長と、それを推薦した是永副総長を再任した。その上でともに学園正常化のために協力してきた坂根元理工学部長と佐藤元産業社会学部長を推薦した。ところが長田理事長・森島専務(いずれも当時)は、理事会において渡辺副総長と是永副総長は承認しながら、坂根、佐藤の両氏は否決したのである。総長が推薦した副総長人事を否決したのは立命館の歴史上初めてことであり学内に大きな亀裂を生じさせた。仲谷新総長はどうするのであろうか、松原・市川副総長の留任を図るのであるか、それとも森島理事長の意向を受けて両名を解任するのであろうか。後者であれば政策の一致の下での副総長から総長への移行でなかったのである。
森島理事長は必ずしも、理事長の意向を全て引き受ける訳でない吉田総長を落選させ、自分の意を解すると思われる仲谷氏を総長に担ぎあげたのである。これは立命館学園にとって不幸な事である。学園全体の教学最高責任者である総長が経営から自立した仕組みにするために、全学構成員参加による選挙によって選ばれるようにしたのである。にもかかわらずどこにも選出基盤の無い理事長、しかも教育にも研究にも携わったことなく、見識あるまともな本の一冊も書いたことのない人物の意のままに動く総長になれば立命館の将来は厳しいものになると思われる。選ばれた経緯がどうであろうと仲谷新総長の奮起が望まれる。
二つ目は学費値上げをどうするかである
今では他大学と比較して相対的に高学費になりつつある立命館において学費値上げをすれば、今でも高い情報理工学部や薬学部は競争的環境で一層厳しい状況に追い込まれるだろう。情報理工学部長であった仲谷総長が、全学合意を尊重せず森島理事長のそのような動きに追随し応じれば学園・学部内に不団結が生ずる危険がある。
仲谷新総長が森島理事長の野望を見抜き、教学の最高責任者としての立場を堅持し、全学の教職員そして学生に依拠して、こうしたことを許さないように奮闘することが望まれている。学部長理事ならびに各学部教授会、そして教職員・学生の自主的組織である教職員組合や学友会、院生協議会等は自らの要求実現のために活動するとともに、学園の在り方を巡って、上記のような学園の正常化に逆行するような森島理事長などの動きを正確に掴み、闘う必要があるだろう。

追記、NO79において、私と荒木穂積人間科学研究科教授が河野外務大臣から外務大臣表彰を受けたにもかかわらず、森島理事長らはあたかも荒木氏だけが受けたかような広報を行っており (UNITAS HOT NEWS vol.802立命館広報)私はその度量の小ささを指摘した。その後、私はベトナムの枯葉剤被害障碍者のために功労があったとして、日本人で初めて国家表彰を受けることになりベトナムからの招待で12月3日、枯葉剤被害者協会全国総会で表彰されることになった。これは日本人として立命館として名誉なことであると思うが、森島理事長らは再び抹殺するのであろうか。自分を批判する者は許さないという態度は、ただでさえ人気が無いのに、さらに面従腹背者を増やし、遠からず社会的に破たんするだろう。

鈴木元。立命館総長理事長室室長、大阪初芝学園副理事長、中国(上海)同済大学アジア太平洋研究センター顧問教授、JICA中国人材アドバイザリー、私立大学連盟アドミニストレ―タ研修アドバイザリーなどを歴任。
 現在、日本ペンクラブ会員、日本ジャーナリスト会議会員、かもがわ出版取締役、国際環境整備機構理事長、京都高齢者大学校幹事会副代表。如月社(映画館京都シネマ運営会社)代表取締役代理。
 『像とともに 未来を守れ』(かもがわ出版)『立命館の再生を願って 正・続』(風涛社)『大学の国際協力』(文理閣)『もう一つの大学紛争』(かもがわ出版)など著書多数。今年11月、新たに『異文化 理解・協力の旅』(文理閣)を出版。

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NO79 立命館の常任理事ならびに関係各位

2018-09-30 09:29:36 | 立命館の再生を願って
NO79 立命館の常任理事ならびに関係各位へ
2018年9月30日 元立命館総長理事長室室長、ジャーナリスト 鈴木元
 
(注)本記事は、インターネットで スズキ ゲンさんのブログと検索すればてでき、毎週平均1000件のアクセスがあるなど広く学内外で読まれている。

目次
(1)森島朋三理事長の無責任な学費値上提起、それを止めた全学の意思と吉田美喜夫総長の決済。
(2)学園正常化の一歩を切り開きつつある吉田総長体制、その総長を再選するのが常識ではないか。
(3)森島理事長、中上晶代次長体制下の異常な広報活動

(1) 森島朋三理事長の無責任な学費値上提起、それを止めた全学の意思と吉田美喜夫総長の決済。
7月31日の常任理事会において、森島理事長、志方弘樹財務担常務理事提案の「2019年度からの学費値上げ」は見送られることになり、2019年度に再度全学協議会を開催し2020年度以降の学費について検討することになった。
1) まず「学費値上げありき」の提案が破綻。
①「教学改革のため」に学費値上げ
森島理事長、志方財務担当常務理事は、当初「教学改革のために学費値上げをせざるを得ない」として、衣笠、BKC担当の教学部長を呼びだし、その合意を取ろうとした。
現在の立命館大学において次期教学改革の指針となっているのは、吉田総長が提起したアジェンダ2とR2020後半期計画である。教学部、国際部、学生部の合同検討会が開催され検討した結果、アジェンダ2とR2020後半期計画の教学改革の実行にあたっては学費を値上げしなくても済むということが明らかになり「教学改革のために学費値上げが必要」との論拠だては崩れた。
今回の森島理事長と志方財務担当常務による学費値上げ提起は、教学・経営特別委員会の審議を飛ばして提案するなど学内手続きによる合意を無視する物であった。その上で、
そもそも「教学改革のために学費値上げが必要」と言う論自体が乱暴である。例え教学改革案が策定されたとしても、それを実行するために学費値上げをしなければならないとは限らない。「その程度の改革なら学費値上げしなくても今の教学でいいではないか」「いい改革だが、学生や父母の負担を考えればあえて学費値上げしてまで行う必要はない」と言う意見が多数となる場合もある。
立命館大学を含めて私立大学の学費は文系学部でも軽く年間100万円を越え、薬学部にいたっては200万円台となっている。立命館大学の入学者の半分以上が関西以外から進学し下宿代を含めて4年間で文系学部でも1000万円を越えている。私立大学に比べて、1/2程度である国立大学の学費でも国際的には高く、今日、無償化さえもが国民的議論となっている。学費問題は総合的に慎重に扱うべき問題なのである。
② 「定員管理強化に対応するため」に学費を値上げ
二つ目に出された主張である。政府文部科学省は大学教育の質の確保、合わせて都市部への学生の集中をさけるために定員管理の厳格化を図り、8000名以上の大規模大学については学則定員を1.10以上越えた場合は、補助金カットしたり、新学部設置申請を認めないなどの厳しい措置を取り始めている。森島理事長らは定員管理強化を理由にして「入学者数が定員を下回ることを想定した財政見通しのもとでの財政運営が必要」として学費値上げを提起した。しかし立命館は良いか悪いかは別にして既に「学則定員を越えていた実員の定員化」を行っている。また第一次合格発表で定員が割りそうなときには、追加合格者の措置を取り、よほどのことがない限り定員を割り込むことはない。したがつて定員管理が強まっても収入減にはならない。この論も破たんした。
(注)別途の問題として18歳人口の減と都市部への若者の集中を防ぐために、9月26日付の「読売新聞」が報じているように、今後、大都市部の大学の定員抑制がさらに強められることは間違いない。そのため従来のように新しい学問分野の開拓を定員増による新学部・新学科設置というやり方は難しくなることは間違いなく、大学の在り方、運営について新しい発想が必要になっていることは間違いない。
③ 「働き方改革推進ために」学費値上げ
政府は国内外の世論に押されて「働き方改革」を言いだしている。その中には正当なものがある一方で、「高度プロフェショナル人材」を理由にした残業代ゼロなど、労働者を過労死に追い込むような改悪も提起されていることは多くの人々が指摘している通りである。問題は立命館の教職員組合などが2年越しに「働き方改革課題検討委員会」設置を求めているにもかかわらず、いまだに「立命館における働き方改革」の具体案が森島理事長等によって提起されていないことである。
改革の具体案が提起されていないにもかかわらず「働き方改革のために学費値上げが必要」は到底、全学構成員を納得させることはできなかった。要するに森島理事長らの今回の学費提起そのものが杜撰だったのである。
④ すなわち最大の問題は「学費値上げありき」で事を進めようとしたことである。
これは2005年に、当時の川本八郎理事長が「一時金の一カ月カット」を提起した時と同じやり方である。あの時も一時金を含めた立命館の年俸の在り方について十分な検討もなく、一時金の一カ月カットだけが提起された。理由を問いただされて「社会的平均に比べて高すぎる」と答弁し「社会的平均とは何をさすのか」「立命館と同様の10私大と比較すべきであって、日本全体の労働者の平均にはならない」などとの反論の前に破たんし、裁判において和解に応ぜざるを得なかった。
当時「財政困難に直面していた訳でもないのに」川本理事長が「一カ月カット」を行おうとしたのは、APU創設とかかわって財界人との接触を強めた川本理事長が「一時金を1カ月カット出来た理事長」との実績を誇示したかったからである。
今回も一緒である。具体的で切実な財政問題に直面して学費値上げを提起したわけではなかった。社会的に通用する改革案を提起し、それが学費値上げに値する政策であるとの説得力ある説明をしたわけでない。理事長に就任した森島氏が、「経営に責任がある理事長の責任と権限に基づいて学費値上げを提起して実行できた」と言う「実績」が欲しかったのである。
そうした個人的野望が通用するほど立命館の教職員は甘くなかった。教育・研究に直接責任を負う教授会での議論を通じて7学部長が「根拠薄弱、夏休みまでに学生に提起し説明できる内容ではないし、時間も無い、審議未了で廃案にすべきである」との意見を表明した。総長・理事長体制で運営している立命館において、経営に責任を負う理事長が学費値上げを提起した場合,総長は理事長が提案すること自体を止めるのは難しい。しかし常任理事会の議長を務める総長は3カ月に及ぶ真剣な議論を踏まえて「これは多数決で決めるべきではない」「7学部長が反対している下では止めざるを得ない」との決断を提起し、森島理事長らの「2019年度からの学費値上げ」提案を廃案にし、再度2019年度に向けて議論することにした。
今、問われているのは提案者である森島理事長の責任である。全学生とその保護者たちの生活に関わる学費値上げを提起出来るのは経営に責任を負う理事長だけである。その理事長が、十分な根拠も示さず値上げを提起し3カ月に渡る議論の末、全学の批判の前に決定できなかったのである。森島理事長はこの一点だけでも理事長を辞任しなければならない。立命館の歴代の理事長で学費値上げを提起しておいて決定できなかった理事長は居ない。(注)なお付言すれば、1970年度、学友会・院生協議会の反対運動で提起した学費値上げ額を減額したことがある。その時、その責任を感じて当時の教学部長が辞表を提出した。学費値上げはそれほど重い問題なのである。
学費値上げ論議が大詰めに来ていた6月27日に定例の常任理事会が開催された。しかし提案者である森島理事長は途中退席して読売新聞大阪本社主催のシンポジウムに出席した。そのため常任理事会は一旦中断し、森島理事長が戻ってくるのを待つことにした。このシンポジウムにおいて森島理事長は「私立の基盤的収入である学費のみに依存しない、新しい大学の経営モデルづくりを目指したい」と大見えを切っていたのである。新聞の見出しも森島発言に関して「新しい経営モデルに」としている。ところが、その発言の後の戻ってきた常任理事会で森島理事長は学費値上げを再度主張したのである。無責任なその場限りの発言を繰り返してきた彼の本性を改めて露呈した。

(2)学園正常化の一歩を切り開きつつある吉田総長体制、その総長を再選するのが常識ではないか。
1)11月4日に総長選挙が実施される。今回の総長選挙の課題は、何であろうか。一言で言えば「吉田総長体制で、一歩踏み出した学園正常化を軌道に乗せることである」。
2005年、一時金の一カ月カットが強行され立命館の混乱が始まった。2007年、川本理事長退任・相談役就任、長田豊臣総長退任・理事長就任に伴い、すでに渡されている退職金とは別に、役員退任慰労金として川本氏に1億2000万円、長田氏に4000万円、計1億6000万円が支払われた。2010年足羽慶保立命館慶祥中高等学校校長の学歴詐称に立命館がかかわっていたことが明らかなった。これら一連の問題の発端は、川本元理事長が直接責任を負う問題であつたが、当時、総務担当常務理事であつた森島氏が直接手を染めて執行に当たった。なお当時、私が総長理事長室室長であったことから、これら一連の問題について私がかかわっていたような憶測がなされたり意図的なデマが流されたりしたし、いまだにそのように思っている人もいる。しかし私は、これら一連の事について事前相談にあずかっていないし、決定にも執行にも関わっていない。詳しくは拙著『立命館の再生を願って』(風涛社)で記述しているので読んでいただきたい。
2)2010年、長田理事長、川口清史総長、森島専務、志方財務部付け管財部長、建山和由企画部長の5人によって突然、サッポロビール茨木工場跡地購入が強行され、混乱と分裂に拍車をかけた。ここではそれらを繰り返さない。
こうした事態にたいして2010年の総長選挙において、立命館の歴史上、初めて学園の正常化を掲げて坂根政男元理工学長が現職の川口総長にたいして闘いを挑んだ。この選挙では立命館大学内では坂根氏が多数を獲得したと推察されるが学園全体では惜敗した。その重大な要因が、直前に行われた総長選挙規程の改悪であった。すなわち立命館大学構成員から選出される選挙人比率を下げたり、学外理事・評議員から選出される選挙人を増やしたりしたこと等である。
なお2009年当時、複雑な状況の下で、2010年以降の事を考慮し、総長選挙規程の改定と学園憲章と言う二つの重要文書の策定が行われた。「理事長任命方式」と揶揄された総長選挙規程改悪案を起草した事務局長は現専務理事の上田寛氏である。学園憲章起草の事務局長を務めたのは当時総長理事長室室長であった私・鈴木元である。
3)その後、学園正常化を目指す人々はあきらめることなく総長選挙規程改正の取り組みを実現させ、2014年の総長選挙において、長田理事長、森島専務が擁立する故・渡辺公三副総長を押さえて吉田氏が総長に選ばれた。
ところが長田理事長は、吉田総長が推薦する副総長候補二人を拒否し、事もあろうか総長が推薦する副総長候補を理事会で否決するという、立命館の歴史上初めての暴挙を行った。その制度上の根拠として、直前に多数の議案の中に、それまで「副総長は、総長が理事会に推薦する」との規定を「副総長は、総長が理事長と協議の上、理事会に推薦する」と改悪していた。その上に長田理事長ならびに森島専務は「協議とは同意である」と言い張り「同意できない者は拒否する」として否決したのである。この時、長田理事長らに同調し「協議とは同意である」と言ったのが、当時監事の任にあった上田氏である。いずれにしても吉田総長は出発にあたって長田理事長ならびに森島専務の合意の範囲でしか、人事が組めない状態におかれた。従って全学が吉田総長に託した学園正常化はちちと進まない状況に置かれた。しかし学園の正常化を願う人々の粘り強い取り組みもあって、漸く森島理事長が個人的野望で実行しようとした学費値上げを断念させ、長く拒否してきた慶祥中高等学校の賃金体系も是正させることになった。吉田総長体制の一期目の後半になってよくやく正常化の一歩が切り開かれたのである。
立命館の総長選挙は二期(8年)を限度としている。どのような経緯で新総長に就任しても一期目の前半は前任者から引き継いだ課題の遂行で精一杯であり一期目後半でようやく独自性を発揮できる。したがつて現行の総長選挙制度が出来て以来、歴代の総長は二期努めてきた。吉田総長の場合、前任者が起こしたオーストラリア国立大学との提携問題など、その解決すなわち正常化事態が重たい課題である。今年の11月4日に行われる総長選挙は、吉田総長の再選を実現し、この動きを加速させ正常化を実現することである。このような時に対立選挙を行い学内に再び無用な対立と混乱をもたらすべきではないだろう。
4)森島理事長は就任直後の一般理事会において「学園が一致して進めるように努力する」と吉田総長と握手までしていた。その舌の根も乾かない内に、今次総長選挙を機会に吉田総長を落とし、教学の最高責任者である総長も自らのイニシアチブの下に置きたいと考え、推薦委員、選挙人の多数を獲得出来るように行動してきた。しかし2019年度からの学費値上げ実施を断念せざる得ない状況に追い込まれた森島理事長は、予てから擁立しようとしていた企画担当常務である建山氏の擁立も断念せざるを得なくなったようである。
5)改めて総長選挙実施の意義を踏まえ、全構成員参加で盛り上げよう。
第二次世界大戦の敗戦に伴い日本社会が民主化されたのに連動して、立命館は戦前に京都大学において滝川教授が追放されたのに対して抗議して辞職した著名な民法学者であった末川博氏を1945年12月6日、総長(学長)として学園に迎えることによって学園の存続を図った。しかし末川氏の思いは学園運営に生かされず、末川氏は1948年2月「その任に耐えず」と辞任した。
これにたいして学生の学友会が先頭となり、学生・高校生を含めた全学構成員参加による総長選挙規程を1949年1月理事会に認めさせ、その規定に基づき同年2月に総長選挙を実施し、末川氏の当選を実現し改めて総長(学長)として迎えた。これを契機に末川総長は、学園の教学理念を「平和と民主主義」と定め、学部長理事制度を発足させ、教学優先の学園運営を確立した。合わせて大学の自治を「教授会の自治」から、学生も参加した「全構成員自治」へと発展させ、それを制度的に保障するために全学協議会を確立した。しかし総長選挙は末川氏の総長在任が続く中で形骸化する傾向が生まれた。そこで末川氏の定年退職を前にした1968年、真に全構成員選挙となるように選挙制度の改革が図られた(当時、私は学生代表としてこの改革案作成に参加していた)。その時に大学紛争が起こり、教授会自治では大学の自治は守れず、学生参加の全構成員自治こそが大学自治を守り発展させる道であることが改めて明らかになり、1969年新しい選挙規程で選挙が実施された。しかし今日、学友会運動や教職員組合運動が後退する中で、総長選挙が盛り上がりに欠ける事態が生まれ始めている。大学を巡る事態は国内にとどまらず国際的にも大激変が生じている。この総長選挙を通じて、今日における大学の在り方と改革方向、それを推進する全構成員参加と取り組みについて大いに論議する機会とする必要があるだろう。
(3)森島理事長、中上晶代次長体制下の異常な広報活動
 上記してきた立命館の異常な状況を正常化していく上で重大な障害の一つが、現在の立命館の広報体制である。以前の立命館では広報の責任者は副総長の1人であった。しかし現在は実質上、森島理事長、中上晶代総務部付け秘書課担当次長、五坪智彰広報課長のラインとなっている。その下で
1) 森島理事長持ち上げ・私物化の報道が行われている(これは既にNO78で記載しているので項目としてのみ記述しておく)。
① 2月24日日付「朝日新聞」において森島理事長が「読書人・知識人」として広告費の全額を大学負担で全面広告記事が掲載された。
②ユニタス15で森島理事長による鈴木寛氏へのお伺い記事が掲載された
2)吉田総長を消し、貶める報道
①7月に入って来年の入試に向けて各大学の全面広告記事が掲載されたが、いずれの大学も総長(学長)が紹介者として登場しているが、立命館だけは吉田総長は登場せず、グルーバル教養学部長予定者が登場した。
② IRを認めたかの貶める報道
立命館は大阪茨木にOICを設置したが、政策科学部が中心となり大阪府との提携が進められOICにおいて吉田総長と大阪府の松井知事によって協定が締結された。ところがその後、その協定において吉田総長がIR構想を支持したかの「情報」が学内でふりまかれている。その真偽を調べた。A.この協定は立命館だけではなく大阪大学や関西大学とも結ばれており同じ文書であるが、IRなどの文言は立命館を含めていずれにもない。B.当日の吉田総長の会見にもIRと言う言葉は無い。C立命館のホームページに、この会見についての吉田総長の談話が掲載されているが、そこにもIRという言葉ない。それではどこにIRと言う言葉あるのか。総長会見が終わった後にマスコミと対応したのは五坪広報課長であるが、そこで政策科学部の1回生講義において大阪府の職員がIR構想などについて講義する予定であるとのコメント行ったようである。それが一部のマスコミにおいて報じられた。それを根拠に吉田総長がIRを容認したかのような意図的情報が流されたようである。吉田総長はIRなどの言葉自体を使っていないことは立命館のホームページでの吉田総長談話でも明白な事である。
3)外務大臣表彰について
立命館のホームページ(7月31日付け)の教職員向けコーナーのトップに荒木穂積立命館大学人間科学研究科教授が外務大臣表彰を授与されたことが河野太郎外務大臣と並んだ写真と共に報じられている。立命館大学関係者がこの表彰を受けたのは初めての事である。外務大臣表彰は世界各国・地域に置いて永年にわたって日本との交流に功績があった個人・団体を外務大臣の名において表彰するもので、2018年度は日本国内で活動している者としては35名の個人と7団体が表彰された。
荒木穂積氏が表彰対象となったのは私・鈴木元ととともに①長きにわたってベトナムの障害児教育とかかわってきたこと②近年、ベトナムの枯葉剤被害者救援に取り組んでいることの二つを主たる理由にして表彰された。①については私が立命館在職時代、荒木氏と私がコンビで、産業社会学部のK教授などの協力を得て行っていたことは当時から立命館に在職していた人であれば広く知られていたことである。②ついてはオレンジ村支援日本委員会(私・鈴木元が事務局長、荒木穂積氏ならびに立命館のH氏、K氏が委員)として取り組み、マスコミにおいても大きく報道されてきたことである(毎日新聞5月18日付夕刊 京都新聞6月13日付朝刊)。私たちからすれば、私たちの長年の取り組みが、ようやく社会的に認知され立命館の名誉を高めることになったと考えている。これらの事については事前に広報課に知らせてある。しかし私は消され、荒木氏だけが表彰を受けたかの報じ方をしている。荒木穂積教授は広報課から受賞にあたってのコメントは求められたが、記事の内容について知らされていず、私が掲載されないことについても知らされなかった。私の事が掲載されなかったことについて指摘すれば「鈴木氏は立命館の現職者ではない」と言うだろう。立命館の卒業生で立命館の元学園役職者を務めていた者が現職教員とコンビを組んで行ったことが表彰されたのを抹殺する筋合いはないだろう。
なおこの表彰とかかわって荒木・鈴木両名にたいして北岡伸一日本国際協力機構(JICA)理事長から立命館大学などに祝電が寄せられている。北岡伸一氏と私は歴史認識とかかわって意見は異なるがJICAの理事長として、私ならびに荒木氏が、長きにわたって国際協力を進めてきた人間として対応したのである。森島理事長にはその程度の度量も無いようである。
③ 『貞観政要』について
先の「朝日新聞」(2月24日付)の「読書人」全面広告において森島理事長は座右の書として「信長、家康、明治天皇も読んでいた」と紹介しながら『貞観政要』を挙げている。日本では「帝王学の本」「組織のリーターが読むべき本」として知られ、時のリーターたちが、その文言を取り上げたりしている。この本ではリーダーたるものは謹言に耳を傾ける謙虚さがなければならない、自分を殺そうとした者でも有能であれば登用したなど多様な人材登用を行ったこと等を取り上げたりしている。森島理事長がこれらの点を学び生かそうとしているのだろうか、この間の彼の言動を見る限り、学ぼうと努力しているようには見えない。
ところで『貞観政要』は唐の二代目皇帝であつた李世民の臣下であつた魏徴が李世民との対話をまとめて作成した書物であるとされている。李世民は没後、大宗と名図けられ名君として扱われてきた。
李世民は次男であった。皇位継承者でもある長男を殺害し、初代唐皇帝である父を幽閉して二代目皇帝に着いた人物である。したがつて皇帝としての正当性について皇族・臣下を納得させる長い時間をかけた取り組みが必要であった。皇帝に着くまでの彼は武力に物を言わせて権力を掌握した。権力掌握後はその正当性を示すために国の運営に力を入れるとともに名君であることを示すために魏徴に『貞観政要』の編纂にあたらせたというのが大きな流れだろう。森島理事長がそのあたりの事を知っているかどうかは私にはわからないし関心もない。しかし少なくとも理事長となった今、太宗のように謙虚に事に当たる努力をしているとは見えない。太宗を模範として学んでいるなら、吉田総長を抹殺したリ貶めたり、私の名前を消したりはしないであろう。人間はどのように取り繕い、格好づけようとしても本性は隠せない。
森島理事長は2005年以来の学園混乱の責任に遡らなくても、理事長に就任した以降に理事長責任として2019年度からの学費値上げを提起したが決定できなかった。そして2018年11月4日に実施される総長選挙において、予てから準備してきた建山氏を擁立できなかった。この二つの大きな問題だけでも理事長をとして学園関係者を掌握できておらず、信頼もされていないことは明白である。
2010年に川口総長、長田理事長、森島専務によって突如として「オーストラリア国立大学と共同学位学部を設置する」が持ち込まれた。学内では多くの反対批判意見が出されたが「川口総長が国際的に約束してきたこと」の論を前に、8年越しで議論してきたが2019年度からグローバル養学部としての開設するとされた。ところがこの間、明らかになったこととして、オーストラリア国立大学との協定において「7年後に見直す」つまり財政展望などが明確にならない場合は7年後に閉鎖することもありうるとの契約書を交わしていた。新学部設置にあたってこのような契約書を交わすことは前代未聞である。オーストラリア国立大学にとって契約解除は痛手にはならない。しかし立命館大学にとっては、一度立ち上げた学部を、わずか7年で廃止することもありうるなどは社会的責任が問われる問題である。合わせて確保した建物や設備、人材についても、どうするのかという問題が生ずることになる。しかしそれ以上に「上手く行かない場合にズルズルと引き延ばすわけには行かない」という判断を教学サイドが中心にせざるを得なくなったのでああろう。強行してきた森島理事長はどう責任を取るのか。
森島理事長はどこにも選出基盤はない。前回は長田理事長、その前は川口総長による推薦で理事に就任したのである。今、二人はその任にない。従って吉田総長が推薦しない限り理事にも成れないのである。彼はそのこともあって総長を自分のイニシアチブの下に置きたかったのであるが、その目論見は崩れつつある。学園の正常化を願う人は。これらの諸点を踏まえて追及していく必要があるだろう。
                               以上
鈴木元。立命館総長理事長室室長、大阪初芝学園副理事長、中国(上海)同済大学アジア太平洋研究センター顧問教授、JICA中国人材アドバイザリー、私立大学連盟アドミニストレ―タ研修アドバイザリーなどを歴任。
 現在、日本ペンクラブ会員、日本ジャーナリスト会議会員、かもがわ出版取締役、国際環境整備機構理事長、京都高齢者大学校幹事会副代表。如月社(映画館 京都シネマ運営会社代表取締役代理)>
 『像とともに 未来を守れ』(かもがわ出版)『立命館の再生を願って 正・続』(風涛社)『もう一つの大学紛争』(かもがわ出版)『大学の国際協力』(文理閣)など著書多数。






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NO78 2018年総長選挙実施等について

2018-07-17 07:22:18 | 立命館の再生を願って
NO78  2018年度総長選挙実施等について
      2018年7月17日 元・立命館総長理事長室室長・ジャーナリスト 鈴木元

はじめに
所要が立て込んでいたため、この立命館シリーズ、しばらく執筆・発表出来ていなかった。
しかし2月27日にNO77号を発表して以降約80日経つが、毎週約1000件前後のアクセスが続いている。NO77号を読んだ人が、新しいものが出るまで過去の物を読んで理解を深めようとしていると推察される。それだけこのシリーズは立命館の現在を知るうえで不可欠なものになっているのだと思われる。前回77号以降の三点について論評する。
(1) 総長選挙規程改定問題
2010年の総長選挙前後から、私も含めて多くの人々が、その改定を提起してきたが、森島朋三理事長(当時は専務理事)は、それを無視続けてきた上に、今回①候補者推薦委員会の委員長を「教員に限定しない」と言う改悪を提起した。これはAPUの学長選挙において実行され、今村正治常務理事が推薦委員会委員長に就任していた。しかし総長選挙にあたっては全学から多くの反対・疑問の声が上がる中で森島理事長は断念せざるを得なかった。
しかし元々改定が求められていた二つの点、すなわち②選挙人選出にあたって、あまりにも選出基盤人数に差がありすぎる点の改善。③候補者が決まる前に選挙人を選ぶとういうおよそ間接選挙制度になじまないやり方の改善、この二点については、またもや問答無用で無視した。ある意味では②③だけでは学内世論に押されるので①を出し、それを争点とし、断念しても元々で、②③の争点化をごまかしたという巧妙なやり方でもあったが、今後も引き続き改善を求め続ける必要があるだろう。
(2)財政・学費問題。
前回77号以降の新しい動きとして、4月25日に学費値上げの提起が行われた。その前提としてR2020(2010年から2020年の学園計画)の総括の上に立って、R2030(2020年から2030年の学園計画)樹立のための財政政策を確立しなければならない。そのために学園収入の70%以上を占める学費の在り方を定めなければならない。したがってR2020の到達点の確認と財政分析が必要不可欠となる。しかし提起されている文書を観る限り、教学(教育・研究)について、どのように切り開かれ、どのような到達に至っているのかは必ずしも判然としない。それは6月27日の常任理事会での学費決定に至るまでの2カ月間に学費改定方式・額が3回も変更されたことに表れていた。要するに根拠薄弱な値上げ提案だったのである。
財政問題を考えるにあたって、この期間の最大の問題であり、今後にも続く問題である大阪茨木キャンパス(OIC)、長岡京キャンパス、グローバル教養学部を巡る問題についてまったく触れられていない。これでは総括・到達・今後について、説得力ある提起にはならない。いずれも拙著『立命館の再生を願って』『続・立命館の再生を願って』(風涛社)、そして本シリーズで詳細に展開してきたことなので、ここでは問題の所在に留める。
1)大阪茨木キャンパス(OIC)
2010年に発足した「R2020」では、OICの計画はまったく無かった。にもかかわらず2010年6月突然、長田豊臣理事長、森島朋三専務、志方弘樹財務部付管財部長から大阪茨木のサッポロビール工場跡地を購入し、新キャンパスを開設するとの方針が提起された。当時、衣笠キャンパス狭隘克服が課題となっていて、山之内の上水道跡地を購入すべく京都市と交渉していた。ところが森島専務は「山之内の開設は2016年度になるので難しい」と言い、茨木を推進した。しかし京都学園大は2015年に山之内で新キャンパスを開設した。先に大阪茨木キャンパスありきのウソであった。
いずれの学部からも茨木への移転の希望が無かったが、政策科学部と、それまで何の問題も提起されていなかったのに突然「BKCも手狭になった」として経営学部のOICへの移転が進められた。なお当時「BKC移転後、理工系の拡充は図られてきたが、経営学部は放置されてきた」「この際、OICへの移転で改善を図る」などと「馬の目の前に人参をぶら下げる」のような話がなされていた。また「BKCも手狭になったので」を口実としたものの、その舌の根も乾かぬうちに、「BKCに農業ビジネス学部(現・食マネジメント学部)を設置する」とした。まさにウソで塗り固められたキャンパス展開であった。
衣笠周辺に政策科学部の敷地の確保と新校舎建設だけであれば50億円もあればできた。またBKCの経営学部と経済学部の施設充実も最大50億円もあればできた。つまり両方あわせても100億円もあればできたのである。しかしOICの開設には410億円をこえる費用が基金を取り崩してつぎ込まれた。さらに毎年30億円をこえる赤字が生まれるキャンパスとなった。
2)長岡京キャンパス
今回の財政文書では、改めて各学校単位での財政自立が強調されているが、これは立命館の以前からの財政原則であった。ところが森島専務ならびに志方財務部付け管財部長は立命館中高等学校移転先として長岡京を提起したが、その際①校舎建設費110億円は法人(立命館大学)が持つと原則をゆがめ、立命館大学に負担を負わせた。②敷地購入費は立命館中高等学校の積立金25穏円+深草の敷地を龍谷大学に35億円で購入してもらい、それで賄うと提案した。しかし龍谷大学ではそのような話は無かった。またもやその場限りのウソをついて通したのであった。結局京都市立工業高校の合併に伴って京都市に25億円で売却した。つまり予算比10億円の収入不足となった。③しかも購入した敷地から「ヒ素などの有害物質」が見つかった。契約では購入後1年以内に有害物質が見つかった場合は売り手側の責任で調査を行い除染するとしていた。にもかかわらず立命館は自分の手で敷地内を調査し12億円かけて除染した。そして開校後3年も経ってから立命館は相手にたいして除染費12億円の支払いを求める裁判を起こし、現在も係争中である。例え勝訴したとしても12億円の全額が戻ることは難しいと予測される。
したがつて長岡京キャンパスの開設で、従来そして現在の財政政策にたいして110億円プラス10億円プラスαの余分な支出をおこなったのである。鹿島建設との110億円に及ぶ校舎建設費契約支出は森島専務の手によって理事会に諮らず長田理事長決済で処理された。OICの250億円におよぶ竹中工務店との建設契約についても、理事長決済で行なおうとしていたのを私が発見し、文部科学省に伝え、その指導に基づいて理事会に諮らざるを得なくなったが、5学部長/12学部長の反対に直面した。なお長岡京キャンパスの除染費12億円も鹿島建設と契約している。
3)グローバル教養学部
川口清史前総長は2013年、安倍首相がオーストラリアに潜水艦を売り込に行くのに政府専用機に同乗してオーストラリアを訪ねた。そして両国首相立会いの下、オーストラリア国立大学と学術協定を締結した。その上、帰国後、常任理事会にも諮らず立命館東京オフィスにおいて「オーストラリア国立大学と共同学位学部を創設する」と記者発表した。日本で最初の国際関係学部がある立命館大学、日本で最初の本格的国際大学であるAPUがある立命館において、どのような国際共同学位学部を作るのか揉め続けた。しかし「前総長が約束した国際約束を覆すわけにはいかない」と4年に渡って議論し、OICにグローバル教養学部として2019年に開設されることになった。しかし大学・学部・学科等の教学組織は何十年に渡って継続できなければならないが、今のままでは学生が集まったとしても財政自立の継続は難しい学部となる危険がある。
これらの三つの問題は長田豊臣前理事長、川口清史前総長、森島朋三理事長(当時専務理事)、志方財務担当常務理事(当時財務部付管財部長)の4人が責任を負わなければならない問題である。またこの時期、長田理事長が那須において別荘を購入したり、森島専務がゼネコン関係者と度々ゴルフをしているとか、志方財務部付管財部長が毎晩のように祇園で飲み歩いているという情報が関係者の間で飛び交っていた。これらについて本人達の口から事実認否の釈明が求められている。
 少なくとも上記三つの課題についての分析と責任をあいまいにしたままR2030財政方針を確定できない。ましてや学費値上げ提起などありえない。今回6月27日付の常任理事会において森島理事長・志方財務担当常務理事から提案のあった2019年度からの新たな学費値上げは行わず、物価スライドにもとづく現行学費学費方式を維持することにとどまった。。この2018年度末の論議では、三つの課題についてケジメを付けた総括と責任追及がなされなければならないだろう。
こうしたことを引き起こした長田豊臣前理事長や川口清史前総長を退任後顧問とし月額20万円を支払っていることなどは直ちにやめ契約職員、嘱託講師等の賃金改善に充てなければならないだろう。ましてやすぐばれるウソを繰り返して、これらの施策を進め立命館に大きな財政負担と不団結をもたらした森島理事長ならびに志方財務担当常務理事の解任は、理事会・評議員会の議題として提起されて当然でしょう。
なお今回の財政・学費文書で繰り返して述べられているように、政府文部科学省は定員管理の厳格化、留年率や中退率が高い場合には補助金カットなどのペナルティーの強化を打ち出した。定員管理の厳格化に対応して、事の良し悪しは別にして立命館は既に実員の定員化を行った。留年や中途退学の改善は、それ自体が教育の質の確保として思い切った改善策を立てなければならないだろう。
なお今回は問題の所在だけに留めるが、改めて学費提起とかかわって「教学改革と財政問題」等の原理原則を踏まえて、別途詳しく展開することにする。。
(3)総長選挙を巡って
今年(2018年)の秋に総長選挙が実施される。現行規程の問題点で指摘したように、まだ候補者も決がまっていないにもかかわらず、既に選挙人選挙が行われている。理事長選挙後、学外理事から「学園運営の円満な一致」を求められた森島理事長は1月の理事会において「学園の一致した運営に努力する」と吉田総長と握手した。その手のぬくもりが消えぬうちに、大多数の教職員が学費・財政問題について議論・検討している最中、次期総長を自分たちの陣営の下に掌握するために次期総長候補擁立に動くとともに、選挙人の獲得に力を入れている。学園の正常化を願う人々は彼らの策謀に負けないように対策を急ぐ必要があるだろう。
森島理事長は次期総長候補として、予てから白羽の矢を当てていた人物と共に、新しい人物の擁立も模索している。ジャーナリズムの分野では知られているが、最近立命館に赴任したばかりで大学行政はまったく未経験な人物である。そのような人を総長に担ぎ出しても、困難な局面にある学園運営を改革はできない。結局、宣伝塔として担いでおいて教学を含めた学園運営を実質的に自分が全面掌握したいとと言う森島理事長の野望の実現を図るものに過ぎない。そういう事をすればどうなるかは、最近の日大アメフト部事件を見れば明らかである。日大で不祥事件の記者会見の矢面に立たされたのは学長である。ところが理事長は表に顔を出さないにもかかわらず、学長はまったく理事長の言うがままでしかないことがテレビ画面で白日の下にさらされた。
事の是非は別にして最近関西の私立大学で富士ゼロックス会長の宮原明氏が関西学院大学理事長に、日本電産会長の永森重信が京都学園大学理事長に等、民間企業の経営で実績のある人物を学園の理事理事長として担ぎ出す動きがある。立命館もこの間混乱を作り出してきた森島理事長の代わりに、実績ある経営者で立命館の歴史と伝統に理解があり、総長を支えて経営に参画してもらえる人物がいれば、理事長に就任してもらうというのも一つの選択肢にはなるだろう。しかし学園の教学の責任者である総長は教育や研究に造詣があるとともに立命館の学校運営に習熟した人物でなければ務まらない。
森島理事長は(2)で見てきたように、すぐにばれるウソをつき通して学園に混乱をもたらしながら、責任を取らない人物であり、学園を去る以外に道はない人物である。このような人物が総長にたいしてイニシアチブを握れるようなことを許してはならないだろう。
彼は教育や研究について見識ある論文や著作があるわけがないどころか、立命館において大学の中心的任務である、教学部、研究部、国際部、学生部等の事務部門にも就いたこともない。
それを覆い隠し、新しく赴任してきた教員や職員にたいして、さも自分が知識人であるかの虚像をふりまくために、2月24日付の『朝日新聞』に学園のお金使い全面広告に登場した。この広告は「功成った」財界人達が、地位や金だけではなく教養もあることを売り出すために高いお金を出して一面を買って広告することで知られている代物である。教養人や読書人はお金をはらってそのようことはしない。この広告は、図らずも森島理事長がそのような見識もない人物であることを如実に示すことになった。
しかし一度の登場では「知識人扱いされない」と思ったのか、今度は職務権限を使って学内広報誌である「UNITAS:Ve15」に登場し、元文部科学省大臣補佐官(現・慶応大学客員教授)の鈴木寛氏との対談を試みた。読んだ人は「これはなんだ?」との感想を抱いただろう。今日の大学の在り方、だけではなく、立命館の現状や将来についても、森島理事長は自分の見解を述べることなく、鈴木寛氏への「お伺い」に終始した。
 最近立命館に赴任した人で、過去の森島氏の言動について知らなくとも、これを読めばおよそ立命館の教学の在り方について見識を持った人物ではないことは明瞭であろう。このような人物の甘言に乗せられて、総長候補に担がれるようなことはすべきでないだろう。そのようにふるまえば、その人自身の評価が問われることになる。
ところで7月12日付の『読売新聞』に来年度の入学生確保のために、関西の大学が一面を買い取った大学宣伝の広告記事が掲載された。いずれの大学も新学部設置など、その大学の売りとなる点にポイント置いた記事を掲載している。ところが他大学の記事では、それを紹介しているのは、いずれも学長(総長)である。立命館だけは吉田総長は出てこず、「トップインタビュー」として、グローバル教養学部の学部長予定者である金山勉氏を登場させている。これほど露骨に現職総長をないがしろにしようとする理事長は無い。と言うことは彼に担がれて総長になれば彼の言いなりになる以外に道はないことを如実に示しているのである。総長候補推薦委員・選挙人に選ばれた皆さんは、あるべき学園と総長像について深い議論をされることを期待します。

鈴木元。立命館総長理事長室室長、大阪初芝学園副理事長、中国(上海)同済大学アジア太平洋研究センター顧問教授、JICA中国人材アドバイザリー、私立大学連盟アドミニストレ―タ研修アドバイザリーなどを歴任。
 現在、日本ペンクラブ会員、日本ジャーナリスト会議会員、かもがわ出版取締役、国際環境整備機構理事長、京都高齢者大学校幹事会副代表。
 『像とともに 未来を守れ』(かもがわ出版)『立命館の再生を願って 正・続』(風涛社)『もう一つの大学紛争』(かもがわ出版)『大学の国際協力』(文理閣)など著書多数。


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NO77 NO76の総長選挙規程改定の補足

2018-02-27 06:31:58 | 立命館の再生を願って
NO77 NO76の総長選挙規程改定の項の補足
2018年2月27日 元立命館総長理事長室室長・ジャーナリスト 鈴木元

はじめに
私は2月16日、本シリーズNO76において「R2030ドラフト」と「総長選挙規程改定」について論評した。総長選挙規程改定については、時間ならびに紙幅の関係上から省略した点や、その後の学内での議論の特徴から触れざる得ない点、そして2月23日付の朝日新聞一面広告に登場した森島朋三理事長の広告について触れざるを得ず、NO76の補足としてのNO77を書いた。
 なお本シリーズはインターネットで スズキ ゲンさんのブログ と検索すれば過去の論評を含めて出てきます。毎週平均1000件単位のアクセスがあり、今日の立命館を知る情報源として定着しています。
(1)手続きに瑕疵がある。学園の教学最高責任者を選出する規定の改定は、それにふさわしいやり方を踏まえなければならない。
立命館学園の教学の最高責任者である総長は、全学構成員ならびに卒業生などを含めた学外関係者も参加した選挙で選ばれる。その選挙規程を変更することは、学園の在り方とかかわった極めて重大な事である。従って1968年に総長選挙規程の変更を行って以来、理事会において問題の所在が明らかにされたうえで、理事会の下に改訂委員会が作られ、そこから理事会に対して答申がなされた上で、学友会や院生協議会、教職員組合なども入った全学協議会などでも意見が集約されたうえ上で改定の手続きが取られてきた。
2000年以降の総長選挙をめぐる激変状況、とりわけ2005年に川本八郎理事長のイニシアチブで選挙規程を選任規程とし、理事長が推薦委員長に就任するなどの専横状況の下で、学園は大混乱した。そこで全学的討議を踏まえ2009年に推薦委員から理事長を外すなどの措置が取られるとともに、全学からの選挙で総長を選出する方式を回復した。
今回の提案は、あらかじめ常任理事会において、現行規定の問題の所在が明らかにされた上で、常任理事会の下に検討委員会が作られ、そこからの提案に基づき、全学討議にかけられるという総長選挙規程改定にふさわしい手続きが踏まえられていない。
総務部総務課と言う1部課の提案で全学提起していく方式は全学で選出する総長選挙規程の改定には相応しくない。
総務部内では過去の総長選挙の実施とかかわって、どのような問題を掌握し論議し、かつなぜこのようなやり方で提案したのか、総務課長ならびに上田寛専務は全学に明確に説明する義務がある。
2010年に突然、大阪茨木のサッポロビール工場跡地を購入し第三キャンパスを作るという提案が行われた時も、直前に全学討議を踏まえて決定された「R2020」では全く論議されていなかったことは既に記した。
この時は財務部からの提案であったが、財務部の内部では全く討議されていなかった。今回も提案した総務部の部会議でさえ検討討議されていないと推察される。討議していたら、先に書いたように過去の総長選挙実施からの問題が提起されるはずであるが、何も記されていない。
(2)「推薦委員長ならびに選挙管理委委員長を教員に限定しない」理由はなにか
 提案文書において「推薦委員長ならびに選挙管理委員長を教員に限定する特段の理由はない」としている。つまり職員も推薦委員長や選挙管理委員長になれるようにするという提案である。
 過去の選挙、つまり2010年ならびに2014年の選挙を含めて、推薦委員長や選挙管理委員長を教員が務めたことに、何か問題があったのか、提案者は明確に説明する必要があるが、まったくなされていない。
 そもそも2006年の選挙にあたって、先に記したように直前の2005年に総長選挙規程が総長選任規程に改悪され、推薦委員長を理事長、他の推薦委員を理事長の推薦としたことから学園は大混乱したために2009年の改定において推薦委員の対象者から、執行部を代表する理事長が外されたのである。
 2010年の総長選挙を実施した選挙管理委員会(委員長は二宮周平法学部教授)から選挙実施とかかわって三つの改善提案が理事会に対して行われた。①選挙人の選出にあたって学外者と学内者の比率上の問題があること、とりわけ総長は立命館大学の学長を兼務するにも関わらず、立命館大学の推薦人の構成員比率が過半数にも満たない事の改善②総長候補が決まる前に選挙人選挙が行われており、有権者の判断・選択を困難にしている。総長候補者が決まってから選挙人を選ぶようにすべきである。③APUの開票作業が全学的な管理の下に置かれることなく実施されたが、これは選挙管理委員会の統一な管理の下に置くべきである。との提案がなされた。
この選挙管理委員会からの提案に基づき常任理事会の下に森島朋三総務担常務(当時)を責任者とするワーキングが作られたが、これらの意見をまったく無視し、「問題なし」とした。しかも教職員組合に対する説明をワーキングの責任者である森島常務が行うのではなく、服部健二副理事長に押し付けた。このワーキングの文書は今回の「改訂にあたって」の膨大な資料の中に入っているが、その文書の中にも、推薦委員長や選挙管理委員長を教員に限定していることについて「問題がある」との判断はなされていないどころか、項目としても全く触れられていない。
 推薦委員長ならびに選挙管理委長を教員に限定し、職員にしていない理由は先のNO76に記したように明確である。
① 学園(大学・大学院、小・中・高)の教学の最高責任者としての総長の候補者としての
学識・人格を判断し推薦する推薦委員会の責任者は、対外的にも推薦活動に責任を持つ人物でなければならず、立命館の構成員の大多数であり、教育・研究に直接責任を有する教員の意向を踏まえ、見識ある判断ができる立場にいることが必要である。
②理事会から相対的に独立した機関とすべきであり、理事長に任命されている職員が委員長を務めることは、独立性の確保と言う点で教員より適切でないからである。
(注)なお立命館における2005年以来の混乱を振り返った時、理事長を推薦委員長にし、選挙人比率において教職員・学生において圧倒的多数を占めている立命館大学の選挙人を過半数以下にするなど手段を選ばない対応をしてきた森島理事長ならびに上田専務が提案している改定案であり、この改悪を基に新たな策動を行うことが予測される。森島理事長は、昨年7月の一般理事会の場で「学園の一体化に努力する」と、学内外理事の前で総長と握手して見せたが、それはあくまでもポーズであり、理事・理事長選挙と同様に、既に推薦委員や選挙管理委員を彼の指揮の下に多数派になるよう工作を開始していると見るべきである。
(3)「3月23日の理事会で決定する」を既成事実化してはならないだろう。
今回の提案は手続きに問題があり、従来の総長選挙規程の改正手続きを踏襲すべきである。秋の総長選挙までには、まだ十分時間があり、3月末に理事会決定しなければならない理由はない。
この改定案について、常任理事会において何人かの学部長理事から批判的反対論が展開された。それに対して今のところ「聞く耳、持たず」で3月23日の理事会で決定することを規定事実のように語られている、こうした動きは認められないだろう。森島理事長のやり方はいつもそうである。重大な改悪を抜き打ち的に突然、実務的な問題であるかのようにして、膨大な資料を添付して即座の判断を困難にさせて採決を図るやり方である。
 これに対して学内の多くの人は、これは重大な改悪であると感じている。しかし一部の人からとは言え、「学部長はもっと頑張る必要がある」「総長は常任理事会の議長として、イニシアチブを発揮しているのか」「鈴木氏の批判文書は姑息批判が先立っている」などの意見が出されている。今、明確なことは、常任理事会だけに舞台を狭めるのではなく、教員は教授会と教職員組合で、職員は業務会議と教職員組合で反対もしくは延期を明確に主張し行動することである。森島理事長や、彼と行動を共にしている上田専務の反動的意気込みを過小評価せず、批判勢力側の些細な違いをことさら問題化せず、団結して闘うことである。
(4)森島理事長は、なぜこのような提案を総務部総務課・上田専務にさせたのであろうか。
第一の理由は、どこにも選出基盤の無い森島理事長は、理事推薦権のある総長を自分の下に置くことによって自分の地位の安定を図りたいからである。
 彼は理事としての選出基盤はどこにもない。総長と理事長の協議・合意が無ければ彼は理事長どころか理事にもなれない。総長を自分の下に置くことによって自分の地位の安定を図りたいのである。
第二の理由は、総長を理事長の下におく選挙規程を作ることによって、文部科学省や財界に対して売り込みを図りたいからである。
 2004年に国立大学は独立行政法人化した。その際、各大学に設置法人が設けられ理事会
に財界人が入り、その理事会の下に総長(学長)推薦委員会が設けられ、そこからの推薦をうけて理事会が総長(学長)を決定するという仕組みにされた。それまでは東大・京大にとどまらず日本中の国立大学の総長(学長)は教授会を基礎に全学的な選挙で選ばれていた。それを直ちに廃止するわけにはいかず、制度上ではなく慣習上のこととして教職員による「意向投票」が実施され推薦委員会としては、その結果も考慮するということにされた。しかし推薦委員会は全学意向投票で一位になった人ではなく二位になった人を推薦したリ、意向投票では名前も出ていなかった人を推薦したりして混乱させられた大学がいくつも生まれている。
 2005年、川本八郎理事長のイニシアチブで「総長推薦委員会の委員長を理事長とする」規程改定が行われた(起案責任者は今回と同じ上田寛氏)。これは川本氏の総長を自分の下に起きたいという個人的な野望もあったが、APU創設事業を行う中で、文部科学省や財界人の幹部との接触を深める中で、当時全国の大学の中で学生も参加する最も民主的な総長選挙規程を持っていた立命館学園の総長選挙規程を文部科学省が国立大学でおこなった改悪に呼応することによって、自分を文部科学省や財界に売り込みたかった面もあった。それは改悪後の2006年に、川本理事長が「立命館の総長選任を理事長の下に置くように変えた」ことを得々と述べる記事が「日本経済新聞」に掲載されたことにも表れている。しかしそれが学内で混乱を呼び起こし、学園正常化を求める学内世論と運動の広がりによって2009年に廃止された。
 それを森島理事長は「川本理事長が出来なかったことを、今度こそ自分の手で」との思いで、しかも堂々と自分で問題提起するのではなく、さも実務的な事であるかのよそおいで総務課起案、上田専務提案と言う姑息なやり方で行ったのである。森島理事長、上田専務に対して「2005年に、推薦委員会委員長を理事長としたことは、間違っていたのか、正しかったことなのか」と改めて問いただす必要がある。彼らは今も理事長を推薦委員会委員長としたことは正しかったと思っているからである。
(5)突然「読書人」「知識人」として売り出した森島理事長。
 私は本シリーズにおいて、森島理事長が、こざかしい姑息なやり方と直ぐにばれるウソを繰り返すことによって学園に混乱をたらしてきたことを具体的に何回も記してきた。それを意識してかどうか知らないが、私の指摘に対して、まともに応えるのではなく2月24日付「朝日新聞」の一面広告「リーダーたちの本棚」に登場し、自分がさも「読書人」であり「知識人」であるかの振舞いを行っている。この大型広告記事を読んだ立命館人は驚くと同時に「一体、いくらのお金を使って自分を売り込むのだろうか、まさか立命館のお金を使ってのではあるまいか」と言った疑問を持ったであろう。
朝日新聞のこの広告記事は財界人など世間的に「功なった人」に対して、地位や財だけではなく知識人でもあるとの売込みを行うコマーシャルである。そもそも通常「読書人」や「知識人」は自分をことさら「読書人」や「知識人」であるとのふるまいはしない。ましてや多額のお金を支払って新聞の一面を買い取って自分を売り込むような広告記事を書かかせるようなことはしない。
かつて川本理事長がおごり高ぶり学園に混乱をもたらして批判が高まっていた時、彼は出版社に躍らせられて2009年11月に『なぜ立命館は成功したのか』(中央公論新社)という本を出版した。その時、森島専務は周りの人たちに「こんな売れない本を出版して」、「恥をかかすわけに行かないので、立命館で買い取るが、馬鹿げている」とつぶやいていた。しかし彼が今回やっていることは、それと同じか、それ以上の病に陥っていることに気が付いていない。
お金は誰が出したのか。立命館が出していたら{森島理事長は馬鹿げている}では済まされない。理事長としての資質とともに、その責任が問われる。一面広告であるから費用は半端な額ではない。ただ、その半額ぐらいは朝日新聞が出版社に働きかけ広告費として出させている可能性があるが、それにしても、少なくとも数百万円はかかっていると推察される。春闘要求の処遇改善にゼロ回答を押し付けられている教職員組合などは財務公開制度を活用し確認して追及してもらいたい。
広告の結びで、森島理事長はリーダーの条件は「志の高さ」と「問いを立てる力」であると述べている。それでは立命館学園の在り方とかかわる総長選挙規程の改定ついて総務課起案・上田専務提案などとの姑息なやり方ではなく、自ら「志しの高い」提案であることを、全学構成員に対して「問いを立てる力」をもって説明していただきたいものである。川本理事長は総長選挙規程改定に当たっても自ら全学に対して説明した。学費値上げにあたっても「これは総長ではなく、学園の経営と財政に責任を負う理事長が当たる」として、学生との公開交渉に応じ自ら説明の矢面に立っていた。現在、全国の大学では非常勤講師の雇い止め問題が大きな問題となっている。本学でも森島理事長は経営に責任を負う者として、そして雇用責任者として非常勤講師組合に対して直接向き合って対応する責任がある。理事長の仕事は「功成った人間」として「読書人」や「知識人」ぶることではない、経営と財政に責任を負う人間として、逃げず隠れず、「志高く」責任を持って臨み「問いをたてる力」で全学に説明し、学園のために泥臭く働くことである。
(6)事態の本質を議論し、森島理事長の姑息な謀略にはまって取り返し就かない事態を引き起さないようにしなければならないだろう。
「理事長の決裁権限は1億円以上  」「副総長は理事長との協議(=合意)の上」を黙認したことが、今日、理事長の権限を大きくする一方、総長の権限に制限を加え、立命館に大きな困難を作ったことは明確である。今回「教員に限定することに特段の意味はない」の文言を黙認することが、今後の立命館にとつて計り知れない事態をつくりだすことは明確である。教員・職員・学生・院生は、末川博総長以来の「教学優先」「学内合意優先」の学園運営原則を大切にする立場で反対・延期の立場を明確にして団結して闘い、学園正常化の新たな流れを作る必要があるだろう。

鈴木元。立命館総長理事長室室長、大阪初芝学園副理事長、中国(上海)同済大学アジア太平洋研究センター顧問教授、JICA中国人材アドバイザリー、私立大学連盟アドミニストレ―タ研修アドバイザリーなどを歴任。
 現在、日本ペンクラブ会員、日本ジャーナリスト会議会員、かもがわ出版取締役、国際環境整備機構理事長、京都高齢者大学校幹事会副代表。
 『像とともに 未来を守れ』(かもがわ出版)『立命館の再生を願って 正・続』(風涛社)『もう一つの大学紛争』(かもがわ出版)『大学の国際協力』(文理閣)など著書多数。























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NO76 立命館2030ドラフと総長選挙規程改定とかかわって

2018-02-18 20:50:45 | 立命館の再生を願って
NO76『学園ビジョンR2030ドラフト』と『総長選挙規程および同施行細則の一部改正(案)』の全学討議とかかわって
 2018年2月19日 元立命館総長理事長室室長・ジャーナリスト 鈴木元
目次
 はじめに
(1)全学の英知をどう扱うか、「R2020」では書かれていなかった大阪茨木キャンパス(OIC)等が強行され学内混乱と財政困難がもたらされた。
(2)「財政政策」と「学生定員政策」はどうするのか
(3)2014年の総長選挙・副総長選任、2017年の理事・理事長選挙で手段を選ばない暴挙を働いてきた森島専務(当時)。
(4)総長選挙規程の改悪を提起。またもや、むざむざと森島理事長の姑息な謀略に乗せられ取り返しのつかない事態を作ってはならないだろう。

はじめに
 私は、本シリーズの昨年7月29日付NO74で「理事長選挙の結果について」、そして10月18日付NO75で「新理事会体制発足にあたって」を記した。それ以降、約4カ月がたった。
 10月18日の常任理事会において「学園ビジョンR2030策定委員会」が設置された。その結果は1月17日の常任理事会に報告され、それを全学討議にかける旨が決定された。
合わせて2月14日の常任理事会において「総長選挙規程および同施行細則の一部改正に関する件」が提案された。これは学園の執行体制にかかわって極めて重大な改悪を提起している、これら二つの問題について論評する。
 (注)本シリーズは、インターネットで スズキ ゲンさんのブログ と検索すれば出てきます。
(1)全学の英知をどう扱うか、「R2020」では書かれていなかった大阪茨木キャンパス(OIC)等が強行され学内混乱と財政困難がもたらされた。
今回の「R2030ドラフト」の作成は、教員・職員・附属校関係者などの学内の現場経験者22名が討議してまとめられた。私はその内容の個々について今号においては論じない。しかし最大の問題は、その内容より実行を巡る問題であり、財政・学生定員政策である。
1)前回の「R2020」(2010年から2020年の計画)は2009年に確定され、2010年から実施されることになった。その主要課題は、教育・研究の質的向上と、衣笠キャンパスの狭隘問題を山之内上浄水場跡地含めて衣笠キャンパスの近くで解決することであった。(※)山之内浄水場跡地は2015年4月~京都学園大太秦キンパスとして開設。
ところが2010年7月、長田豊臣理事長、森島朋三専務、建山和由総合企画室長、志方弘樹財務部付管財担当部長の4名は「山之内上水場は開設まで2年以上かかり、2015年開設に間に合わない」との嘘までつき、「R2020」には記載されていなかった大阪府茨木市にあつたサッポロビール茨木工場跡地を購入し、竹中工務店に発注し新しい大阪茨木キャンパス(OIC)を建設するとした提案がなされた。このことによって学内は混乱し、今日に至るも取り返しのつかない不団結を作るとともに財政的困難をもたらした。大阪茨木キャンパス(OIC)がスタートし既定事実化していることと、その責任をあいまいにすることは別である。
建山総合企画室室長、志方管財部長のいずれも竹中工務店の中央研究所の所長が理事長をしている地盤工学会の理事であり、竹中工務店と強い結びつきがあった人物であった。また建山室長は茨木市の都市計画審議委員会の審議委員でもあり、茨木市がこの建設に関わるうえで審議し決定する側にもいた。このOICの提案を志方部長が建山室長の協力で森島専務に持ち込み、長田理事長を巻き込み強行したのである。
2)学内のいずれの学部からも移転希望は出されていず「財政見通し上も問題がある」との意見を無視して、5学部長理事(法・産・国・経済・理)が反対していたにもかかわらず学外理事の協力の下、理事会において決定し実行した。その結果サッポロビールの親会社であるサッポロホールディングスの最大株主であるアメリカのスティールパートナーズは値上がった同社の株を売り逃げして撤収した(2010年12月21日付マスコミ各紙の報道)。これらの詳細については拙著『立命館再生を願って 正・』(風涛社)を参照のこと。そして今まで何の問題にもなっていなかった「BKCの狭隘」が突然言い出され、経営学部の移転が実行された。
2018年から始まる18歳人口減少・私学危機と教育・研究の質向上に向けて蓄積された基金は約1000億円あった。しかし政策科学部と経営学部と言う既存学部の移転のために410億円を上回る資金が投入され、OICにおいて毎年30億円をこえる超過支出がもたらされることになったのである。その後、森島専務は理事長に、建山総合企画室長は企画担当常務に、志方管財部長は財務担当常務になったが、この事態を作った責任はあいまいにされてはならない。なお当時、長田理事長が栃木県那須において別荘を確保したことが明らかになり、森島専務が建設業者と頻繁にゴルフを行っていること、志方部長が毎晩のように祇園で遊んでいることが当該職場で知られていて顰蹙をかっていた。
3)また川口清史前総長は、安倍首相のオーストラリアへの潜水艦売込み行きの政府専用機に同乗し、当地で安倍首相立会いの下、オーストラリア国立大学(ANU)との学術協力協定を締結し学術的マヌーバー役を果たした。ところが帰国後、学内でなんらの討議なしに、東京オフィスにおいて突如、記者会見を行いANUと立命館で共同学位学部を設置すると発表した。私はANUとの提携に反対するものではない。しかし学内合意に基づいて進めるという手続きを無視し、しかも大学・学部は教育の継続性が担保されなくてはならないが、今に至るも50年、100年と継続できる展望を提起出来ず、留学生含む奨学金、国際寮も含めれば財政的見通しが立てられない構想であり、押し付けた川口前総長の責任が問われなくてはならない。ところが彼は総長退任後、森島理事長によって学園顧問に就任し毎月20万円の顧問手当を受けている。改めて川口前総長の責任の追及と顧問取り消しが必要であろう。
今回の「R2030」計画も全学を巻き込んで英知を結集して作成しても、この間、学園に混乱と財政困難をもたらした森島理事長、建山企画担当常務、志方財務担当常務が執行の側にいる限り再び同じことが起るという危険は払拭されない。
(2)「財政政策」と「学生定員政策」はどうするのか
今次「R2030」計画では、内容もさることながら、学園政策上、極めて肝心な「財政政策」と「学生定員政策」がまったく触れられていない。財政・経営責任者である森島理事長や、起草責任者である建山企画担当常務はどのようなプランを持っているのか明確にする必要がある。そうでなければこれから教職員が「R2030}が明示しているビジョンの方向に基づいて政策を具体化しようとしてもできないし、例え書いたとしても絵にかいた餅になる危険がある。計画の完成年度である2030年は日本の高等教育にとって決定的な節目となる年である。
日本の18歳人口はピーク時の1992年の200万人から2014年に118万人に減少した後、しばらく横ばいであったが、本年(2018年)から再び減少期に入り将来2030年には100万人を割り込むことが予測されている。既に予備校の7割の建物が廃止され、全国の私立大学の4割が定員割れを起こしており、マスコミにおいて「私立大学倒産時代」が大きく取り上げられている。大学は人材育成事業体であると同時に人脈形成産業でもあり、100年越える歴史と実績を持つ立命館学園の社会的位置から言って,直ちに定員割れが起こるとは予測されないであろう。
しかし現在の定員を維持したままだと3割は現在の在学者層と基礎学力が異なる層が入学してくることになる。事実、既にそうした学生が本学園に入学し始めていることを多くの教員が実感している。「国民的な高等教育機関」としてそうした学生を受け入れる大学とするなら、それに応じた抜本的な教育改革が必要である。現在と同程度の基礎学力の学生の入学に留めるなら定員を3割削減しなければならず、その場合の財政はどうするのか。今日の学生と同程度か、それを上回る水準の学生を留学生によって確保するとなると、3割程は留学生が占めるという、これまた現在の立命館大学とは全く異なる性格の大学への改革が必要でありAPUとの棲み分けを図らなければならない。個々の細部の政策の検討に入る前に、これらの基本戦略の明確化が求められているのである。
基礎学力が高い層を巡る争奪戦は国際的に欧米の大学とだけではなく、アジア太平洋地域にある大学間でも起こっている。120万人が90万人に減るということを一般的に情勢論として記載するのにとどまらず、立命館において3割にもあたる層の変化にどのように対応するのかを具体的政策として提案しなければならないだろう。数値を具体的に考えることによって改革の厳しさ・重さが明確になる。また従来立命館では新しい教学分野の開拓は定員増を伴う新学部・新学科設置で行われてきたが、そうした拡大方式は取れなくなり、既存学部・学科の再編を伴って進めなければならない。
しかし今回の「R2030ドラフト答申」を観る限り、残念ながら、この余りにも大きく大学の質的転換を迫られる戦略的課題についての具体的分析に基づく具体的方策が提起されていない。また学園財政に責任を負う森島理事長の昨年8月の集中部次長会議での就任あいさつ、今年の年頭あいさつを見る限り、まったくその切実性は感じられず、具体的提起もなく学園運営への責任性を見いだせない。いったいどうするつもりなのか明確に語る必要がある。森島理事長は昨年秋に開催され「みずほ証券」主催の「第11回大学のグローバル戦略シンポジウム」にコーディネーターとして出席しているが、そこで得た知識かどうかわからないが、あちこちで盛んに「バックキャスト思考」なる言葉を使っている。しかしこの言葉は商品があふれる社会において、如何に魅力ある製品を作り企業と社員の未来の展望を引き出せるかと言う思考法であり、今日の大学において現場に根ざして学生実態を踏まえた大学改革をどのように行うのかとは別の思考である。吉田総長は、今後の立命館の改革にあたって昨年秋に「アジェンダ2」を発表しているが、そこでは学生実態に根ざした改革の必要性を提起している。しかし森島理事長の文書や発言には「学生実態に根ざした」という言葉は一言も出てこないし、吉田総長の「アジェンダ2」を支持するとの言説もない。彼は「大学コンソーシアム京都事務局」から立命に就任以降、学部事務室や教学部、学生部等日々学生の実態に触れ、その成長を図るという現場にいたことは一度もない。経営者気取りで、グローバル化やダイバーシティー等、はやりの言葉を述べているに過ぎない。理事長の職務は学生実態に即した教職員の改革案を支える財政責任である。学生実態も無ければ財政に責任を負う具体的提案もない限り立命館の将来は危ういものになる。
(3)2014年の総長選挙・副総長選任、2017年の理事・理事長選挙で手段を選ばない暴挙を働いてきた森島専務(当時)。
執行体制を巡って最大の焦点は、今秋に執行される予定の総長選挙である。権力欲に凝り固まっている森島理事長は総長を自分の支配下に置くために手段を選ばないだろう。2005年の一時金カット以来、10数年に渡って学園に混乱と不団結と財政困難をもたらし、圧倒的多数の学部長理事から支持されていない人物が、全学の教学の最高責任者までも自分の支配下に置いた場合、上記の高等教育を巡る困難な事態に立ち向かえる改革を推進するどころか自壊作用を一層強めることになるだろう。
彼は手段を選ばない。経理規定において理事長の決済を「1億円以上 」と、上限の無い規程を年度末の膨大な議事事項の中に潜り込ませて通し110億円におよぶ長岡京市の校舎建設の契約を理事会に諮らず長田理事長の署名捺印だけで実行し、未だに土壌汚染処理費用12億円を大阪成蹊学園と裁判で争っている。
吉田総長は前回総長選挙後、学内を二分した選挙戦がもたらした学内の不団結を解消するために、吉田総長の対抗馬となった渡辺副総長ならび彼を応援した是永副総長(APU学長)を副総長として推薦するとともに、残る二人の副総長として元理工学部長の坂根政男氏と元産業社会学部長の佐藤春吉氏を推薦した。ところが事前に規程を「副総長は総長が理事会に推薦する」を「副総長は総長が理事長と協議の上、理事会に推薦する」とし、その上、解釈において「協議の上とは、合意の上だ」と言い張り、その解釈に不同意であった吉田総長による坂根、佐藤の両名の副総長への選任提案を理事会において学外理事の数を頼りに否決した。総長が提案した副総長を理事会が否決するなどは、学園開設以来初めての事であった。
今回(2017年)の理事選挙にあたって「顧問として残す」との約束の下、長田理事長とタイアップし学外理事に対して自分を支持するかどうかを確かめ明確な支持を表明した2名以外の理事を全員排除して彼を支持する人物に理事を入れ替えて臨んだ。
その上、森島専務は何処にも選出基盤の無い自分を総長・理事長推薦理事枠に入れさせるために、入れない場合は「理事長との協議」を盾に副総長人事の時と同様に、吉田総長の推薦者全員を落とす行動に出ようとした。(※)大概の理事は選出基盤がある。しかし森島氏には基盤は無い。かれは川口前総長によって総長推薦枠を使って理事になっていた。今回の理事選挙にあたって吉田総長が推薦しなければ彼は理事になれなかった。従って上記したように「自分を推薦しなければ」長田理事長との協議(同意)を得られなかったとして副総長選任時と同様に吉田総長提案の10名全員の落選を長田理事長と謀ったのである。
次期総長選挙に際しても前回同様に、森島理事長は「自らの手を汚さず」手段を択ばない謀略的手立てを取る可能性が高い。規程の改定、職員選挙区において「選挙違反まがいの」職制による誘導、学生に対する「担当職制による」働きかけ等など。
注意しておく必要があることは、経理規程の改悪も副総長推薦規程の改悪も常任理事会において何の反対もなく議決されたことである。当時の関係者に「なぜこのようなものを通したのですか」と聞くと「少し引っかかったが、文言上、特段問題にすることも無いと思って・・」との応答を得た。心の中で「これは・・」と思いながらも疑問を呈することも反対もしていなかったのである。今回も同じような過ちを犯さないことを切に願うものである。
また理事選挙にあたって森島専務(当時)等は総長選挙以降3年に渡って多数派獲得のために手立てを打ってきた。私は総長選挙直後にその危険を警告すると同時に、「学園正常化を願う人々は結束して対策を立てる必要がある」と提起した。しかし残念ながら数カ月前からの取り組みとなった。
1月19日、部次長・課長等を対象にした「R2030ドラフト」説明会が開催された。この説明会において森島理事長が40分、建山企画担当常務(「ドラフト」作成委員会責任者)が30分説明した。学内では森島理事長は、次期総長候補として建山氏を充てようとしているとのウワサが流れている。事実学内の各種広報物にやたらと建山企画担当常務理事の氏名・写真が大きく掲載され出している。このようなコンビを許しては、立命館学園は一層停滞混乱に陥っていくだろう。
(4)総長選挙規程の改悪を提起、またもやむざむざと森島理事長の姑息な謀略に乗せられ取り返しのつかない事態を作ってはならないだろう。
2月14日の常任理事会において、総務部総務課の起案による上記提案が、上田寛専務理事から提案された。企画部提案とせず総務課提案としたところがミソである。いかにも重大なものではなく実務的な些細なことであると見せかけようとしたのである。しかも関連資料を含めると67ページにも及ぶもので、突然提案された常任理事会の構成員は、たちどころにその提案の本質を見抜くことを困難にするやり方である。先の「経理規程」改悪、「副総長選任規程」改悪の時の同じ手口である。今年(2018年)の年末に総長選挙が行われること、しかも2006年の総長選挙以来、総長選挙規程が何回も大問題になって来たのであるから時間をかけて慎重に審議しなければならないことは明白である。なお今後の審議日程として3月23日の理事会において決定される予定になっている。
改悪の最大のポイントは2)推薦委員会に関する事項の②推薦委員の選出(規程18条)である。それ以外の項のとことろでは、総長選挙の執行にあたってこの間学内から出ていた様々な意見に関して「さしあたり早急にその対応を規程化する必要性は見当たらない」としている。
それに対して、この「推薦委員会の選出」に関しては「推薦委員長を教員に限定することの是非については、限定する理由が特段認められないことから限定せず推薦委員会から互選できるものに変更する(ただし学生は対象としない)。
つまり総長候補の推薦委員会の委員長を教員に限定せず職員も対象とするというのである。その理由として「限定する理由が特段認められない」としている。
①そのようなことはない。教学の最高責任者である総長となることができる者は総長選任規程第8条において「(1)立命館大学もしくは立命館アジア太平洋大学の専任教員もしくは専任教員であった者、または本法人が設置する学校出身者の優れた者 (2)学園の教学を総括するにふさわしい、人格、学識および教育行政に関する識見と力量において優れた者」と定めている。教学を実行しておりかつ、対象となる人を相対的によく知っているのは教員である。同じことは学部長選挙についても同様である。本学の学部長学選挙には職員も学生も参加している。しかし学部長候補を推薦するのは学部教授会所属の教員である。総長候補の推薦委員長は教員でなければならない。職員で良いなどという改悪は許されない。
②この推薦委員長問題は2006年の総長選挙以来、学園を揺るがしてきた問題である。2006年に実施された総長選挙にあたって、クーデターのように2005年に推薦委員会の長は理事長(当時は川本八郎理事長)とされ、他に理事長が任命する数名の推薦委員とされたが「審議内容が漏れては良くない」と言う理由で、唯一回の会議で政策科学部の川口日清史学部長を総長候補して押し切ったのである。そして川口候補に対する学友会や教職員組合の質問に対して川口氏ではなく推薦委員長である川本理事長が回答した。したがって川口総長は「川本理事長によって任命された総長」と評価されたのである。そして同じく川本理事長に後継者指名された長田理事長、森島専務そして川口総長の三名によって大阪茨木キャンパス強行などによって学園に混乱がもたらせられたのである。
2005年に総長選挙規程を改悪した時の総長選挙規程改定委員会事務局長(原案起草)は今回提案した上田寛氏である。さらに先に記した長田前理事長と森島専務(当時)が「副総長は総長が理事長と協議の上」とした上で、それをさらに「協議とは同意である」と言いはり吉田総長と論争していた時、上田氏は監事であったが、同じく「協議とは同意である」との詭弁を弄して長田理事長、森島専務を支持したのである。法律家の誰もが何時も正義を貫くわけではない。残念ながら依頼者に応じて詭弁を弄する法律家もいるのである。
なお今回の改定において選挙管理委員長についても推薦委員会と同様に教員に限定する必要はないとして職員による委員長就任に道を開く提案としている。
2010年の総長選挙において選挙管理委員長を務めた二宮周平前法学部長が選挙後選挙実施とかかわって三点の改善を理事会に対して行った。しかしそれを無視したどころか4年後の2014年に選挙においても「時間が無い」として二宮氏を委員長とする2010年選挙管理委員会の改善提案を無視したのである。同じ問題を私はより詳しく「続・立命館の再生を願って」(風涛社)においてP261から268にかけて詳細に書いているので詳しくはそちらを読んでいただきたい。
結論的に言うと2006年の総長選挙において理事長を推薦委員会委員長としたことの問題が明らかになり、その点の改善が焦点となり2010年の選挙の前に推薦委員から理事長は外される改善が行われた。ところがその過程で総務部によって大きな改悪がされていたが問題にされなかった。①は選挙人の構成に置いて教員・職員・学生の圧倒的多数を占める立命館大学の教員選挙人が過半数もなく、学外者の選挙人比率が大幅に増やされた。そうした問題点の象徴的表れが理事選挙区において学部長理事を除く21名から13名の選挙人、教職員の評議員を除く26名の評議員から13名の選挙人が選ばれる仕組みとされていた。立命館の専任教員1165名から115名の選挙人が選ばれることと比較すれば、あまりにもアンバランスな選挙人選挙であった。にもかかわらず2010年の総長選挙において川口氏は過半数ぎりぎりの得票しか得られず、立命館大学においては過半数の支持を得られなくて総長となったのである。
もう一つは、選挙人の選出が、総長候補が選ばれる前にされたことである。これでは総長候補者の政策を見て選挙人を選べない。三番目はAPUにおいて、独自開票が行われ選挙の公正実施に関わって疑問が生じたので改善することであった。
これらの意見について常任理事会の下に「検討ワーキング」が森島専務を責任者として設けられた。そして組合などの追及に対して服部健二副理事長が回答した。そこでは「①学園運営に大きな責任を持つ理事・評議員と一般教員を同列に扱うことはできないので一般的な格差論は適用されない」。すなわち門前払いしたのである。「②立命館の総長選挙は政策選挙ではない、総長は常任理事会などで決まったことを行うのであり、個人としての新たな政策の提示を求められるものではない」とした。そしてこともあろうに立命館の総長選挙は「選挙人がみずからの見識に基づいて総長を選ぶ「自由委任型」間接選挙であり、投票内容を条件とする「強制委任型」選挙に変質させることはできない」とした。このような言葉を使うのは通常法律家しかいない。起案したのは哲学者である服部副理事長ではなく法学者であろう。これではアメリカの大統領選挙など間接選挙で選ばれている選挙は強制委任型選挙と否定的な評価になる。2010年の選挙は川口現職総長とそれを批判する坂根元理工学部長の選挙となったし、2014年の選挙は元法学部長であった吉田氏と川口総長の下で副総長であった渡辺氏の対立選挙となった。いずれも政策で争う選挙であったのである。
要するに教員であり元法学部長でもあった二宮氏であるから理事会に対して独立して自由に改善を提起したのである。選挙管理委員長を理事長に任命権がある職員にした場合、このような提言を行うことは極めて困難である。だからこそ森島理事長は職員を選挙管理委員長にしたいのである。これらは言葉の問題ではなく実態に即して問題であり、とりわけ立命館においては2005年以来、厳しく批判されてきた問題である。それをまたしても上田氏という法学者を使って、そっと姑息なやり方で改悪しようとしているのである。学園の正常化を願う全教職員・学生・院生は結束して闘わなければならないだろう。
なお森島理事長は2008年の評議員選挙において選挙違反を働いた。その時、私は長田理事長に対して森島総務担当常務理事(当時)の処分と解職を提案したが長田理事長は動かなかった。すなわち先の2006年の総長選挙に際して森島常務は川口氏の当選のために職員選出の選挙人を職場における自由投票に基づく選出ではなく、職制のみが参加する部会議において選出にするように指示した。しかし教学部事務部長であった三上宏平氏は従来通り各事務職場における討議を尊重した投票を推進した。これに対して森島常務は「職制でありながら支持に従わなかった」として長田理事長の了解の下、三上氏を教学部事務部長の職から解任し、総務部付として大学コンソーシアムの「平」職員待遇扱いで出向させた。そして2008年の評議員選挙において三上氏が立候補すると、部次長3名に対して三上氏を落選させるように動くことを指示した。その内の1名の総務部付けM次長が新任職員研修名簿に基づいて支持獲得で動いたので「職権を使った行為」と言うことで当時、上記松宮氏を委員長としていた選挙管理委員会が「明白な地位利用による選挙違反」と認定し、同選挙区の「選挙の無効、選挙やり直し」が行われ三上氏が当選した。M次長に対しては長田理事長から口頭で「厳重注意」はなされたが、指示した森島に処分はなされなかった。この場合も選管委員長が教員の二宮氏であったからこそ、理事会と独立して判断し行動出来たのである。
森島のようなクーデター的やり方で理事長となり手段を選ばない人物が理事長をしている時、理事長に任命権がある職員を選管委員長にすれば、理事会から独立した選挙業務を行う上で重大な困難が予測される。これらの歴史的教訓を踏まえ、今次の選挙規程改悪は阻止しなければならない。

最近、常任理事会の開催時間が短縮されたり、業務協議会への学部長の出席が少なかったりしていると聞く。森島理事長の指図か就任間もない総務担当常務理事の気の弱さが要因か定かではないが、学外理事の要求に沿って一般理事会の論議を実質化するために、常任理事会を軽視した運営を意図的にしているとしたら、「学内優先」を反故にするものとして、学部長理事等は正さなければならないだろう。今回の総長選挙も残す時間はもはや半年少しである。学園の正常化を願う人々は結束して奮闘していただきたい。

鈴木元。立命館総長理事長室室長、大阪初芝学園副理事長、中国(上海)同済大学アジア太平洋研究センター顧問教授、JICA中国人材アドバイザリー、私立大学連盟アドミニストレ―タ研修アドバイザリーなどを歴任。
 現在、日本ペンクラブ会員、日本ジャーナリスト会議会員、かもがわ出版取締役、国際環境整備機構理事長、京都高齢者大学校幹事会副代表。
 『像とともに 未来を守れ』(かもがわ出版)『立命館の再生を願って 正・続』(風涛社)『もう一つの大学紛争』(かもがわ出版)『大学の国際協力』(文理閣)など著書多数。



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