スズキ ゲンさんのブログ

立命館の再生を願って

9月30日、立命館の常任理事の皆さんへ、学費・一時金・グローバル教養学部・長田前理事長の処遇などについて

2019-09-30 10:08:35 | 立命館の再生を願って
NO82 学校法人立命館常任理事各位へ
           2019年9月30日 元総長・理事長室室長、ジャーナリスト 鈴木元
※本文はインターネットで スズキ ゲンさんのブログ と検索すれば出て来ます。毎週ほぼ1000件のアクセスがあります。
はじめに
(1)学費値下げが社会的趨勢となっている今日、なぜ学費を値上げするのか
 7月3日の全学協議会代表者会議において理事会は学費値上げの提起を行い、10月2日の全学協議会において押し切ろうとしている。内容は昨年の秋に提案されたものとほぼ同じで、その上、この間、教職員組合や「民主主義を考える会」がその機関紙で見解を表明されているので、できるだけ重複はさけ最低限の基本点だけを言及しておきます。
1)高すぎる学費、教育格差が所得格差につながっている今日、社会的に学費の値下げが避けられなくなり、不十分であるにせよ政府自身が「低所得者の学費減免」を2020年から実行せざるを得なくなっている。そのような時に、立命館の理事会はなぜ学費値上げをするのか。
2)相変わらず見え透いた嘘で学費値上げを提案
①提案主旨の中心は、ここ数年他大学が入学しやすいように入学金の引き下げを行っており、立命館の入学金が特別高いものとなっており、引き下げざるを得ないとして、入学金を10万円引き下げする代わりに「1回生の特別減免を廃止する」とし「いわゆる学費値上げではなく制度の変更である」と主張している。「1回生の特別減免」の額は16万円である。つまり10万円引き下げて16万円上げるのであるから差し引き6万円の値上げである。これを「学費値上げではない」というのである。詭弁を弄する立命館の担当者の精神的退廃は深刻である。その主張を反映して説明文書では「6万円値上げ」とは明記されていない。
 値上げ理由を学友会や教職員組合が説明を求めても明快な回答は示されていない。1学年8000人としても年間約4億円強、学年進行して4年たてば毎年16億円を超える増収となる。これだけの値上げをしなければならない根拠は示されていない。要するに2006-2007年に川本理事長が一時金を1か月カットした時と同様に、特段の差し迫った財政的理由はなく、森島理事長が財界人などに対して「学費を値上げを行った理事長」という「実績」を獲得したいだけである。なお森島理事長は昨年7月に開催された関西大学フォーラムにおいて「学費に頼らない私大経営を目指す」と大見えを切った(2018年7月25日付け「読売新聞け)が、全くのウソホラであったことが明らかになった。
 ※立命館の経常収支差額(繰越金・世間的に言えば黒字)は2015年度40億円、2016年度31億円、2017年度43億円、2018年度41億円もあり、財政的に学費を値上げしなければならない状況ではない、むしろこれらの資金をいかに教育・研究の充実、働き改革のために使うかが焦眉の課題である。
②その上、従来の「物価スライド制」は維持され1.4%-1.5%の自動値上げが維持される。平均100万円の学費として1人当たり15000円の値上げ、これは4学年すべてに適用されるから1年間の増収は15000円×32000人として年間の4億8000万円増収となる。これも「既存の制度の適用だと門戸無用というのだろうか。
③なお教職員の一部に「高い学費をとれる大学はそれだけブランド力があることである」などと言って賛意を表明している人がいるが、教育(学力)・研究・就職・民主的運営等でブランドを高めるべきである。アルバイトと仕送りで暮らしている学生、子弟の学費と生活費を送るためにパートに汗水を流している親たちの生活・気持ちといかに離れているか思い至る必要がある。
(2)基本給を上げず、一時金を2万円あげ評価級導入の議論に入るという春闘回答
1)上記したように立命館は毎年40億円近い経常収支の「黒字」がありながら、2005-2006年の一時金カット騒動を前後して、もう10年にわたって基本給の引き上げを行っておらず、関西4私大、全国10私大の中で相対的に低い賃金となっている。なお一時金1ヶ月カットが裁判で敗訴し、その回復を果たさなければならなくなり、2008年に一時金の1ヶ月回復に相当する引き上げがあったが年俸では変わらないままであった。基本給の引き上げ改善が急務となっている。また今日、教職員の半分近くが非正規となっている。全国的に若手を中心に基本給の引き上げ、最低賃金の引き上げ含めて非正規労働者の処遇改善が緊急の課題となっている。そして人材確保のために、いくつかの大手企業において若手を中心に基本給の大幅引き上げが始まっている。
 しかし今回の理事会の提起は事務補助職員(アルバイト)の時給のミニ改善(時間給を950円から980円に引き上げる)以外に教職員の処遇については何ら改善を示さず、正規教職員については基本給の引き上げは行わず、評価給導入議論とセットで一時金+2万円を(2019年度限り)を提起した。しかも「評価給を含む処遇改善制度の創設する際の原資の一部の前倒しとして拠出する」されており、理事会側の意図について慎重・正確に検討する必要があるだろう。評価給について議論するなら理事会は既に行われてきたこの間の部次長評価制度の総括を示さ無ければならない。そして今回提起しようとしている評価制度の具体的内容を明らかにしなければならないがしていない。評価給の内容の良し悪し以前の問題である。こういう提起の仕方自体が問題である。「評価給の議論」とセットされた一時金の2万円引き上げは今年度限りの事でありしかも「原資の前倒し」であり、組合は用心して慎重に対応すべきであろう。
 私は評価給制度一般に原則的に反対しているのではない。この10年ほどの間に民間企業からの中途採用で多くの人が立命館に奉職している。それらの人が元の職場で評価給制度の下で働いていた経験があり、立命館が部次長を除いて年功序列型賃金体系の下で働いていることに違和感を感じている人もいることは承知している。したがって教職員組合が理事会から「評価給制度の議論をしよう」との提起に対して、鼻から拒否するのではなく、テーブルに着き、理事会が提起する案について是々非々で臨み、ダメな場合は拒否し、採用すべきものがあれば採用すると言うスタンスに立つことについて異論は述べない。しかし少なくとも①立命館は教育・研究機関であること②なぜ立命館において現行の賃金体制を確立し維持されてきたのか、評価給制度をめぐって過去に立命館で何があったのか③部次長評価制度の総括はどうなっているのかを抜きにした議論はさけるべきではないだろう。
2)2007年の一時金カットの時、理事会は「ただ下げるのではない、それを原資にして研究や教育での評価に基づき再配分する」と主張した。そして教学部・研究部・総務部が評価制度の原案を作り、組合に提起しただけではなく教授会にも図った。しかし何回提案しなおしても、およそ構成員の多数を納得させられるような評価に基づく再配分提案はできず挫折した(詳しくは拙著「立命館の再生を願って」を参照のこと)。民間企業において営業成績や特定製造部門において出来高の評価に基づいての評価給制度を作ることはできるだろう。しかし教育・研究を目的とした教学組織である大学や小・中・高校教育現場において、職員は部や課単位で共同業務を行っており、どうして全員を対象とした個人別の評価給制度を作れるのか。クラス・ゼミを単位にして個々の教員が責任をもって授業を行っている教員に対して全教員を対象とした個人別の評価給制度を作れるのか。したがって全国の大学で評価給制度を導入したところの多くが数年でやめてしまったり、職場に取り返しのつかない不団結をもたらしているのである。
3)現在、職員の部次長に評価給制度が実施されている。この総括はどうなっているのか。この制度は部次長(非組合員)を対象としたものであったため、事前に組合への説明や協議は行われず「理事会決定」として実施された。部次長があらかじめ次年度の目標を申告し、年度末にそれに基づく自己評価申告をおこない。それに基づき審査・評価が行われ年俸が確定するという物であった。この制度では目標が低いと高い評価、目標が高いと低い評価になる危険がある。それよりも多数の職場がある立命館において誰が評価者となるかである。形式的には最終的に理事長であるが、実質には総務担当常務理事・専務理事が評価判断したものを理事長が決済した。森島総務担当常務・専務理事は教学部、研究部、学生部、一貫教育部という部門の業務を実際に経験したことはない。したがって部次長が提案している目標が実情に沿ったものであるか、それに対する実践が目標に見合ったものであるかを判断することはできない。結局、彼に従順であるかどうかという極めて主観的な判断に傾きがちとなり、面従腹背者を作り、森島氏の職制支配の道具になっていった。私は総長理事長室室長として多くの部次長の申告を受け取り・評価し、森島常務・専務に提出する立場にあり、その申告書を作成するのために部次長が大きなエネルギーを割かざるを得ない実情を見、その申告の適否判断並びに評価のむつかしさに直面し、森島常務・専務に「こんなことはやめるべきだ」と主張するとともに、導入を決済した川本理事長に「このような無駄で、百害あって一利なしの制度はやめるべきです」と進言した。それに対して川本理事長は「部次長から上がってきている目標も、評価自己申告も甘すぎる」と言いながら「森島がやらしてください。と言ってきたので、やってみたら良いと言った」と言うだけで、廃止への措置は取らなかった。なお部次長評価制度が導入された時、「その進捗を見、続いて課長評価制度の導入を検討する」と言われていたが、結局導入できないままに今日まで来た。したがつて理事会・森島理事長が全教職員に対する評価給制度を導入したいというなら、まず最初に、2007年の再配分評価制度が実行できなかったこと、部次長評価給制度についての総括を示すことである。
4)結局のところ教員に対しては、現在も行われている誰が見ても納得するような教育・研究で実績を上げた教員に対する奨励制度を「改善・充実」させる。職員で言えば特別プロジェクト期間中の「特別手当」とか「提案制度に基づく手当」ぐらいであり、全教職員を対象とした評価給制度は実施どころか議論自体が学園に混乱をもたらす危険がある。それは2005-6年の議論で証明されている。川本理事長の指示に基づき、一時金カットを提案し、評価に基づく再配分を提案したのも、部次長評価制度を提案・実施したのも森島朋三現理事長である。その一方で、森島朋三専務(当時)は常任理事会にも諮らず突然、理事会に、川本理事長、長田総長の役員退任慰労金を1億2000万円、4000万円にする提案を強引に推し進め学園に取り返しのつかない混乱と不団結をもたらし、社会的にも、ひんしゅくをもたらしたのである。この森島理事長がやろうとしている評価給制度導入のための協議(テーブルに着く)提案にたいして、教職員組合は、よほど警戒心をもって慎重に対応しなければならないだろう。
(2)グローバル教養学部はどうするのか
 OICキャンパスの在り方をめぐって、私は何回もグローバル教養学部の問題について記してきた。本年4月に開校したので、その様子を見るために訪ねた。
1)一体何人が入学したのか。
 多くの教職員に訊ねたが誰一人明確に答えた人はいなかった。つまりだ大学の責任で活字にされたものがないようである。読売新聞の6月13日の報道によると約40人が合格したが、多くが他大学に入学し、グローバル教養学部に入学したものは14名と報じている。大学の広報では「9月入学生で確保される」としているが、他大学の帰国子女入試も定着しており常識的に言って厳しいと予測される。9月25日に秋季入学式が行われた、どうなったのか。
2、教室の授業風景は
 授業風景を観に行った。1学年14名だから1教室だけを使っていて他は空っぽだった。私が見た時には19名ぐらいの学生が受講していた。聴くと5名は他学部からの受講生であった。
3.談話室は
談話室には30名ぐらいの学生がいた。グローバル教養学部の学生は授業中なのだから全員が他学部の学生だと推察された。政策科学部や経営学部には衣笠やBKC時代のような学部基本棟はなく教室を渡り歩いている。しかしグローバル教養学部だけは学部基本施設となっていて教室も談話室も空いている。他学部の学生たちはグローバル教養学部のことを「金持ち学部」と揶揄し「空いているなら使わせてもらおうと」と談話室を占拠しているのである。グローバル教養学部の指導部もガラガラになっているより学生が使っている方が見栄えが良いので、あえて「出て行ってもらう」ような事はしていないようである。
4.寮の運営はどうするのか。
 建設中の寮を見に行った。大きく立派なものである。立命館卒業生で理事の分林保弘氏が寄付されて建てられたものであると説明されている。全寮制でオーストラリア国立大学に行く1年間以外の3年間をここで過ごすことになっている。しかしカナダのUBCプログラムやAPUでの寮の経験から、学校の中での寮生活はせいぜい1年間ぐらいにしておいて、街中で多様な人々と交わって暮らす方が留学経験は活かせると思われるがどうか。そうした寮生活と教学の在り方については様々な意見があって当然で、私の意見は一つの意見である。ところで1学年90人×3カ年=270名もの寮の運営資金はどうするのか。定員全員が入居しても大変であると思うが、14名しか入学していないのであるから、学生が納める寮費だけでは赤字になることは間違いない、それをどうするのか説明がいるだろう。
5.グローバル教養学部の問題は森島理事長しか責任が取れない。
 この問題は、学内で何も議論していなかったにもかかわらず、2015年の秋、川口清史元総長が安部首相に付き添って政府専用機でオーストラリアに行き、安部首相の立会いの下でオーストラリア国立大学と協定を結んだことに始まり、その後、川口元総長、長田前理事長、森島専務(当時)の3名が強引に推し進めたものである。川口・長田の両名はすでに在籍していない。それ故に森島理事長の責任が厳しく問われる。なお設立にあたって「開設後7年を経過した段階で存続の有無を検討する」としている。専攻などの教学組織を時代の趨勢で廃止・統合することはあるとは言え、日本の大学において学位授与の単位である学部は継続性が前提となっている。それを設立にあたって7年後には廃止もありうるなどを確認しているということは、グローバル教養学部がいかに安定性にかける学部であることを認識していたことであり、設置を推進した森島理事長などがいかに無責任であったことを物語っている。なお18歳人口減もあり文部科学省が国立大学に対して統合を働きかけていることもあり学部の統廃合そのものは違法扱いされていない。しかし学位授与の単位である学部は継続性を前提としたものであり、設立の段階から「7年後に存続の有無を検討する」を確認していることは全く別の事であり、無理を承知で行った無責任さは免れない。
(3)長田豊臣前理事長・元総長の扱いはどうなったのか
前回のNO81で私は「今村正治理事・APU副学長の突然の退任は不自然である」と指摘した。
1)顧問でなくなったのか? 長田豊臣前理事長・元総長。
①そんなこともあって手元にあった「2018年度版 学園案内」の役員名簿を見た。不思議なことに長田豊臣前理事長・元総長、そして川口清史元総長の両名が顧問から消えていた。私は「任期を終えた両名を顧問として毎月20万円の手当を支払うのは間違いてあり、立命館において過去のいかなる総長・理事長もそのような処遇を受けたことはない、直ちにやめるべきである」と指摘してきた。ところが2018年度の役員名簿において両名は顧問としての記載はなくなっていた。それどころか名誉役員(無報酬)の名簿に川口元総長の名前は記載されていたが長田前理事長・元総長の名前は無かった。
②これはどうしたことか、学園内外に何らの説明はない、異常である。長田豊臣氏は少なくとも理事長を2期、総長を2期、その前に副総長も務めていた。その人物が顧問(報酬付)から外れるにあたっては、しかるべき説明がいるが私が知る限り無い。
※なお、念のために「2019年度版 学園案内」の役員名簿では長田前理事長・元総長は川口元総長と同様に名誉役員には記載されていた。顧問から外した時に間違って名誉役員からも外してしまったようで、今や森島理事長にとっては、その程度の雑な扱いの対象となっているようである。
2)学園を混乱させた川本、長田、川口、森島の4人の内、残っているのは森島朋三理事長だけ。
①2007年に総長に就任した川口清史氏は森島専務(当時)とタッグを組んで、長田理事長に対して「川本氏を相談役にしておけば文部科学省から非難されるので解任すべきです」と執拗に迫り、長田氏は2人を取り込む思いもあって「盟友川本」を相談役から解任した。すると川口総長は「長田理事長では学園は混乱する」「自分が総長・理事長兼務で当たりたい」と理事会で表明しだした。しかし学外理事の多数は長田理事長を馬鹿にしながらも、子供じみた川口総長の言動を容認せず長田理事長の続投の意向を示し始めた。すると森島専務は学外理事と気脈を通じ、理事会の席上において「総長の健康を考えると、総長と理事長を兼務するのは無理です」と川口総長の理事長就任を止める行動に打って出た。そうして森島氏は学内で理事になる選出基盤もないままに学外理事多数の支持を得て理事長に就任した。
③川本理事長によって立命館の職員に採用され一足飛びに幹部職員となり、川口総長の推薦で理事となり、長田理事長の推薦で専務理事となった森島氏であるが、「出世」するにしたがって、自分の出世とかかわった人々を排斥し、川本前理事長を相談役から解任し、ついに長田、川口の顧問職の地位までも奪った。世間によくある話である。自分を登用できる立場にある人間には、本心は別にしておもね、自分がトップに立てば自分の出世のために動いてくれた人間はすべて切る。まさに森島理事長のやってきたことはその道であった。
 こうして彼は「自分の地位を脅かすものはすべて排除した」との思いなのであろう。しかしその過程で彼は自分より先輩の職員、自分におもねない職員もすべて切ってきた。今では自分におもねる人間だけに取り囲まれて過ごすことになっている。このような「独裁体制」は強いように見えても諫言する者は誰もいず弱いものである。
鈴木元。立命館総長理事長室室長、大阪初芝学園副理事長、私立学校連盟アドミニストレーター研修アドバイザリー、国際協力銀行中国人材育成アドバイザリー、中国(上海)同済大学アジア太平洋研究センター顧問教授などを歴任。
現在、日本ペンクラブ会員、日本ジャーナリスト会議会員、国際環境整備機構理事長、かもがわ出版取締役、京都高齢者大学校幹事会副代表。
主な著書、『像とともに未来を守れ 天皇・立命館・学生運動』(かもがわ出版)『立命館
の再生を願って 正・続』(風涛社)、『もう一の 大学紛争 全共闘・「解同」と対峙した青春』(かもがわ出版)など他、多数。


コメント

立命館常任理事の皆さんへ

2019-05-29 13:27:22 | 立命館の再生を願って
NO81 常任理事並びに関係各位へ
学費値上げは学園をどこに持っていくのか?
   2019年5月29日 元立命館総長理事長室室長・ジャーナリスト 鈴木元
目次
 はじめに
(1)新しい人事体制への疑問と、危なさ
1)なぜ今村正治氏は学園を去ったのか
2)学内に不団結を起こす危険を残した副総長人事
3)「1人になった」教学部長
4)職員人事
5)形骸化されてきている常任理事会運営
(2)「学費値上げ」をはじめとする財政問題
1)立命館大学における昨年の値上げ提案は学園を混乱させただけ
2)今回の値上げ提起、いつもの「実務的なものです」の森島流の姑息なやり方
2)山本修司氏のAPU副学長就任の最初の仕事は学費値上げ
3)長岡京キャンパスをめぐる訴訟はどうなつたのか
4)大阪茨木キャンパス(OIC)はどう展望するのか

はじめに
 私はこのシリーズのNO80において「総長選挙の結果について」を論じた際、新執行部は差し当たって以下の三点を進めなければならないと記述した。それから5ヶ月が過ぎた。
①新しい執行部をどのように構成するのか。②持ち越しとなっている「学費問題」をどうするのか。
③無理に実行し毎年30億円程度の赤字を生み出している大阪茨木キャンパス(OIC)をどうするのか。
 なおこのシリーズはインターネットで スズキ ゲンさんのブログ と検索すれば出てきます。
(1)新しい人事体制への疑問と、危なさ
1)なぜ今村正治氏は学園を去ったのか?。
①今回の人事で異常な一つは、理事でAPU副学長(財務・総務担当)であった今村正治氏が学園を去ったことである。彼が配信したフェイスブックなどの記事を見ると「職員としての定年を迎えたので・・、立命館を去り、新しい人生を歩みます」との趣旨が書かれている。しかし彼は率先して出口学長を迎え入れた理事でありAPUの副学長であり、いずれも任期途中である。その人が「職員の定年云々」は明らかに言いつくろっている感じがする。
②これで立命館において森島理事長と同年代や先輩に当たり金言できる職員幹部は基本的にいなくなった。そしてAPUにおいてはAPUの創立にかかわりAPUの運営の核を担ってきた職員幹部は定年後の再雇用者を除きほとんどいなくなった。森島理事長は山本修司氏を今村氏の後釜に送り込んだ。
山本修司氏は2018年3月末で定年退職し定年後の再雇用で職務についていた。そして2019年3月末の常任理事会においてAPUの役職者(理事・副学長)として採用されている。このことからも上記の今村氏の「職員定年云々」が不自然であることは明瞭である。
森島理事長自身はAPUの創立にも運営にかかわったことがない。このことに関して学内では多くの人が「APUも自分の支配下に置きたく今村氏を排除したが、今村氏に代わる人材を育っていなくて、再雇用者を配置せざるを得なくなったのだろう」と論評している。
③なお今村氏の退任に対して学園内で疑問が広まる中で「今村氏に関しては公表できない個人的プライバシーにかかわる問題云々」とのうわさが流れている。その噂の真否はわからないが、それより確かなことは森島理事長自身、日本有数の教育機関の理事長であるにもかかわらず、社会的・倫理的責任を負う問題を抱えていることは役員室のメンバーだけでなく、学内の多くの人が知っていることである。
2)不団結を起こす危険を残した副総長人事。
 仲谷総長を支える副総長体制が発足した。
 前回、吉田美喜夫氏が対立選挙の総長選挙で当選したとき、吉田氏は選挙で学内に対立が起こったことを解消するために、対立候補となった渡辺副総長や渡辺氏を推薦した是永副総長(APU学長)を副総長へ再任用した。合わせて元理工学部長の坂根政男氏ならびに元産業社会学部長の佐藤春吉氏を副総長に推薦したが、長田豊臣理事長(当時)と森島朋三専務理事(当時)は、直前に突然改悪された「副総長は総長が理事長と協議し理事会に推薦する」との規定を持ち出し、しかも「協議とは同意である」との詭弁を働き、坂根氏ならびに佐藤氏の副総長推薦を理事会において否決した。立命館の100年を越える歴史上、総長が推薦した副総長を否決するというぜ前代未聞の暴挙を働いたのである。
 今回の総長選挙にあたって総長候者補推薦委員会(委員長・伊坂忠夫スポーツ健康科学部長)は現職の吉田総長とともに副総長であった仲谷善雄、松原豊彦の両副総長を推薦した。仲谷氏は吉田総長と一緒に学園運営を行ってきたので総長選挙は政策的対立のない、ある種の人気投票的選挙となつて仲谷氏が当選した。しかし仲谷氏と共に吉田総長を支えてきた市川正人副総長や松原副総長の再任は行われなかった。先の「副総長は総長が理事長と協議の上、理事会に推薦」に基づき森島理事長の意向が強く反映したのであろう。森島理事長にすり寄り盟友建山和由氏(企画担当常務理事)を切って仲谷氏推薦で動いた伊坂氏は、論功行賞のように副総長に就任した。こうしたやり方は学園指導部内に不団結を起こす危険がある。
3)一人になった教学部長
 発表された教員人事一覧を見ると、総長人事である教学部長は従来、衣笠とBKCに1名づつ配置されていたが、今回はBKCからの教学部長がなくなり、衣笠からだけの1人になっている。
新しく構成された総長・副総長人事を見て、各学部は様子見的対応し、積極的に人を送りだす対応をしなかったようで、仲谷総長は「教学部は1人で行くと」表明している。従来通りの教学部役職人事さえ配置できない大学がどうして直面する教学遂行・改革ができるのか。
なお付記すると、出来たかりの小さな総合心理学部から何人もの全学役職者が出ていることも異常である。
4)職員人事 森島氏は総務担当常務理事、専務理事そして理事長と、職員人事を担当する部署に付いてきたが、その過程で自分と同年代か、彼が中途採用される前から幹部であった職員を遠ざけてきた。今ではAPUのみならず、立命館学園全体を見渡しても、彼と同世代や彼より前からの幹部職員は極少数となった。その結果、これほどの規模・多様な学園になっている立命館おいて、現場の力を引き出し、部を越えて相互批判が出来る幹部職員が足りない状況となっている。かつての立命館は「職員の能力が高く、多様な人材を抱えている。皆が立命館の改革に前向きで輝いていると」と評価されていた。しかし今日、森島氏の下で、彼の恣意的な判断で多くの上司が遠ざけられていることを見聞してきた職員は「森島理事長の顔色を伺えないと、危なくて動けない」と、創意工夫を発揮して仕事をするというスタイルを失いつつある。これは大学としては致命的である。
5)形骸化されてきている常任理事会運営。森島理事長は自分1人のイニシアチブで学園運営ができると思っているのだろうか
①立命館は戦後の学園改革のリーダーであった末川博総長時代から、大学の目的が教育研究にあることを踏まえ、学園運営の原則として「教学優先」「学内優先」を明らかにしてきた。その制度的保障として学部長理事制、総長(理事)を議長とし学部長理事が多数となる常任理事会制度を確立して運営してきた。
 ところが最近、森島理事長は「学校法人の決議機関は理事会であって常任理事会ではない」などと言って、毎週水曜日に開催されていた常任理事会を隔週開催とし、かつ議題を理事会に諮るものに限定しはじめ極端に少なくしている。そうしたこともあり教授会への常任理事会報告も極端に少なくなるか、ほとんど行われなくなりつつある。そのため教学・研究・国際・学生部門など大学であるがゆえの情報を全学が共有し、英知を結集して事にあたることができなくなりつつある。日常的な学園運営は理事長・専務理事・総務担当常務理事・財務担当常務理事、企画担当常務理事、一貫教育担当常務理事など森島理事長の意向を組むほんの少数者で行われている。上記した副総長体制、教員・職員制、そして学部長が参加する常任理事会の形骸化。このような学園運営では激変する世界と教育に対して立ち向かうことはむつかしいだろう。
 大学を核とする学園は教育・研究に携わる教員の意見を尊重して運営しなければ発展しないことは自明の理である。にもかかわらず「経営者ぶった」森島理事長を中心とした極少数で学園を運営するやり方、それが教学部長1人体制に象徴されているのではないか、これでは国民の期待に応えた大学づくりはできないだろう。少なくとも常任理事会をはじめとした機関会議を再確立するなど学園運営を元に戻し、自由にものが言え、多彩な職員・教員が学園運営に参加するシステムを再構築する必要があるだろう
(2)「学費値上げ」をはじめとする学園財政はどうするのか
1)立命館大学における昨年の値上げ提案は学園を混乱させただけ
①昨年(2018年)度、森島理事長は志方弘樹財務担当常務とともに教学・経営委員会に諮ることなく、直接学費値上げを提起した。しかし7学部が「根拠薄弱」として反対を表明し、吉田総長の提案で2019年度の全学協議会に向けて再討議することとなった。 
②それから半年がたったが、立命館自身の財政事情に特段の変化はない。それどころか社会的には我が国の学費の高さが問題となり、政府は「高等教育の無償化」へ舵を切る対応を見せ始め、低所得者の家庭の子女に関しては、学費免除や返還しなくてもすむ奨学金の創設に動き出した。今時、学費値上げなどは社会的に論外である。社会的趨勢を見通せず、昨年に学費値上げを提起したこと自体が誤りであったことの表明を含めて、その責任が改めて問われている。
2)今回の入学者に対する実質6万円値上げ提起、いつもの「実務的なものです」の森島流の姑息なやり方
①4月17日の常任理事会に提案された「立命館大学の2020年度・2021年度の学費政策について」の資料18-1 の4.2020年度・2021年度学費政策を読むと、「現段階においては・・、全学的な学費政策(学費改定)に反映する必要があるものとしての方策・対応政策規模を決定する状況にはない。」との判断をしたうえで、「そうした状況を勘案して・・基準授業料は据え置き、教学政策などへの対応として学費改定は行わない」との結論を出している。この限りでは昨年の最終判断と同じであり、常識的判断が下された。
②ところが上記の・・において「入学金及び新入生特別減免の見直しのみを行うことし」と、予てから問題となっていた他大学の入学金(全国平均22万円)と比較して高い30万円の入学金を20万円に引き下げる代わりに新入生特別減免を解消するとしている。同時に新入生学費について物価スライド制を適用するとしている。いかにも「実務的な形」の提起で、「値上げはしない」との印象を与えようとしている。実際、今回の決定を、そのように受け止めた教職員が多くいる。
まず第一の問題は、高すぎた入学金を他大学並みに引きさげたが、多くの大学で実施されている初年度学費特別減免を廃止した事に対して、受験生や保護者がどのようには判断するかである。
第二、立命館大学教職員組合ニュースNO7(5月14日)が提起しているように、物価スライド方式を適用しているために実質約6万円の学費値上げである。社会的にも新入生にも、その保護者にも、6万円の値上をする根拠を示していない。学園内で通用する過去に決めた計算方式だけである。今日、学費が社会問題となり引き下げが社会的趨勢となっている時に、過去に決めた数式を機械的に適用するだけのやり方については深く再検討する必要に迫られている。にもかかわらず検討した形跡は無い。受験生や保護者は受験時も入学手続時も仔細に他大学と比較して検討する。どのよう取り繕っても実質6万円の値上げは見抜かれるだろう。
 森島理事長は昨年「例え1万円だけでも値上げしたい」と語っていたが、まさに「実務先行型」の収入増だけを求めての値上げ提起である。既に本シリーズにおいて指摘したことであるが昨年6月「大学関西ファーラム第21回懇話会」(読売新聞大阪本社主催)で、も森島理事長は「学費のみに依存しない、新しい大学の経営モデルづくりを目指したい」(18,7.28 読売新聞掲載)はどこへやったのか。こういう二枚舌に幹部職員は警戒しているのである。
2)山本修司氏のAPU副学長就任の最初の仕事は学費値上げ
 連休明けの5月8日にAPUの学費が値上げさが決定された。学費値上げを提起するのは教学サイドからではなく財務担当からであり、APUにおいては財務・総務担当副学長の所轄である。3月末に立命館大学から移動したばかりの山本氏がAPUの財務状況を詳細に掌握していたとは思えない。APU常務会の起案日から見て山本氏の赴任前に準備されていたのであろう。
 APUは2000年に創立されて以来、その教学や卒業後の進路などで日本国内にとどまらず国際的にも評価を受けつつあるが、厳しい競争的環境の下で新たな発展の工夫が求められている。今回のAPUでの学費値上げについては、その教学改革のかかわりでの是非、その値上げ額の妥当性については、判断材料となる財務指標が手元にないので論評は避ける。
 ただ大切なことは学費問題は単なる財務問題ではなく教学とかかわった重たい問題である。財務判断について学生と協議しても大した参考にならないかもしれない。しかし学費値上げは学生本人はもとより、その保護者の生活にもかかわった大きな問題であると同時に、教学を規定する問題である。今でも高い学費状態の下、それだけの値上げをするに値する教学改革なのかは、受ける学生の率直な意見や要望を聞く必要がある。決定に至る会議経過を見ると学生はおろか、教授会や職員の業務会議などで議論して意見を集約した形跡は見られない。APUはいつまで任命制の学部長や部次長だけで大学を運営していくのか、考え直すべき時に来ているだろう。
3)長岡京キャンパスをめぐる訴訟はどうなったのか
 立命館中・高等学校の移転問題をめぐって、森島専務理事(当時)、志方財務部付管財部長(当時)は深草キャンパスを龍谷大学に35億円で購入してもらい、それと積立金(25億円)を活用して、長岡京市にある大阪成蹊学園の元のキャンパスを購入すると言っていた。また各学校単位の自立的財政運営を目指した財政原則を逸脱し学園(大学から)110億円を支出して立命館中高等学校の新しい校舎を建設するとした。しかしその後、私の龍谷大学への問い合わせで、龍谷大学が深草キャンパスを購入するなどの話はなかったことが明らかになった。山之内浄水場跡地購入問題(現在、京都先端科学大学のキャンパスとなっている)に続く森島氏による嘘であった。
 様々な経緯があり京都市立高校工業高校二校の統合移転に伴い深草キャンパスを京都市に21億円で購入してもらい、差し引き当初予算に比べても14億円の追加持ち出しとなった。2010年3月末に購入し2012年に引き渡しが行われ、造成工事・校舎建設を行い2014年に開校した。ところが引き渡しから4年もたった2016年7月になって立命館は大阪成蹊学園に対して「当該地域にヒ素など人体に有害な化学物質が出てきて、それを除染するために11億円を超える費用がかかったので損害賠償金を支払え」との訴訟をおこした。この訴訟の進行・結果は常任理事会にさえ報告されてこなかった。新体制になったのを機会にその後どうなったか調べてみたが、判決が出ないままになっていることが分かった。大阪地裁 平成28年度(ワ)4898。
 土地購入にあたって立命館と大阪成蹊学園の間では、「当該地において有害物質が出てきた場合は、大阪成蹊学園の責任で調査を行い除染する」との覚書を締結していた。2012年に引き渡しを受けた立命館は造成工事を行ったが、その時に有害物質が見つかったが、立命館は大阪成蹊学園に調査と除染を要求せず、校舎建設を発注していた鹿島建設に調査と除染を依頼して11億円を超える費用を鹿島建設に支払っていた。ところがそれから4年後の2016年に立命館は大阪成蹊学園に対して、「除染費用11億円を支払え」と訴訟を起こした不可思議な訴訟である。
 立命館は思い出したように追加資料を裁判所に提出しているために、すでに3年余りがたっているが、いまだに判決に至っていない。学内でほとぼりが冷めるまで「結審が出るのを意図的に引き延ばしているのではないか」と思われるような裁判の進め方でありで、途中経過は常任理事会にも報告されていない。
 敗訴したりわずかな和解金しか出なかった場合、立命館は覚書どおりに運用すれば必要もなかった11億円もの支払いの負担が確定することになり、長岡京キャンパスだけで当初予算に対して14億円プラス11億円=25億円の超過支出となる。森島理事長、志方財務担当常務理事の責任は明確であり、どうするのか。
 この長岡キャンパスをめぐる詳細は、このシリーズのNO63ならびにNO64に記しているので参照していただきたい。
4)大阪茨木キャンパス(OIC)はどう展望するのか。
 OICをめぐる問題の経緯はここでは省略する。詳しくは拙著『立命館の再生を願って 正・続』(風涛社)をお読みください。問題は学内合意も図らず強引に進めた結果、現時点でも毎年20-30億の赤字キャンパスだということである。そうした中で森島理事長は「第5番目の学部を作る」との意向を周囲に語っている。複雑化している現代社会において新しいが学問分野は多岐にわたっており、新学部構想などはいくらでも作れる。問題は①18歳人口が激減し、私大の4割が定員割れを起こしている現在、新たに定員増を行って入学者数を増やすという選択を行うのかということである。これは立命館大学を社会的にどのようなポジションの大学として作っていくのかという問題でもある。②もう一つは、それとも関連するが現時点で構想できる時代と社会が要請する先端的・学際的あるいは芸術分野などの学部の規模を考えた場合、OICの赤字を埋める学部の創設など極めてむつかしいということである。結論から言えばやめておいたほうが良いだろう。
 高度成長とインフレの時代において18歳人口と進学率が向上していた時、新学部設置・定員増と学費値上げは私立大学の一つの経営手法として成り立った。しかし低成長・デフレ時代で18歳人口激減で(かつての200万人から現在の120万人そして近く90万人に減る)、かつ高等教育においても国際競争が繰り広げられて今日、定員削減・学費引き下げも課題となりながらも、一方で国際水準の大学づくりが求められ厳しい経営環境に直面している。古臭い、新学部・定員増、学費値上げと言うやり方は徐々に学園経営に否定的影響が出てくるだろう。
 既存学部の質的向上、必要な場合は学部・学科の再編で対応することだろう。ここれは基本的に総務畑しか経験のない森島理事長がイニシアチブをとれる分野でない。現場の教職員の創意工夫に寄ろなければできない地道な仕事である。新学部設置は思い付きで振り回せるし、人事に口をだせるので森島理事長は時代遅れの新学部構想に傾きがちなのである。しかしいずれの場合も財政政策を持たないで臨むことは危険である。このことは川口前総長、長田前理事長、森島専務(当時)等の思い付きで強引に創設したばかりのグローバル教養学部を「7年後に見直し、廃止することもありうる」など、長い日本の大学・学部設置の歴史の中で前代未聞の決定を行った事にも表れている。森島理事長のしていることは決して「経営のプロ」の行動ではない。権力欲だけに燃えた人間の、思い付きでの引き回しであり、学園に混乱と財政困難をもたらしてきただけである。
 ところで日本の高等教育は、いまや欧米とだけではなく、アジアにおいても急速にその位置を下げている、国際的な研究水準も大きく後退し始めており日本の将来に暗雲をもたらしている。立命館大学をどのようにして国際水準の大学にするかという課題こそ、現在最も力を入れなければならない戦略的検討課題である。また我が国の高等教育の現状も意識された大学入試制度が2022年から抜本的に改革される。それに呼応した立命館の入試制度・教学の抜本的改革が求められている。そうした時、上記したような常任理事会の形骸化、「森島理事長による専断体制」、思い付きのOIC新学部構想で、そのような改革ができると思っているのだろうか。立命館関係者に説得力ある回答が求められている。
鈴木元。立命館総長理事長室室長、大阪初芝学園副理事長、私立学校連盟アドミニストレーター研修アドバイザリー、国際協力銀行中国人材育成アドバイザリー、中国(上海)同済大学アジア太平洋研究センター顧問教授などを歴任。現在、日本ペンクラブ会員、日本ジャーナリスト会議会員、国際環境整備機構理事長、かもがわ出版取締役、京都高齢者大学校幹事会副代表。
主な著書、『像とともに未来を守れ 天皇・立命館・学生運動』(かもがわ出版)『立命館
の再生を願って 正・続』(風涛社)、『もう一の 大学紛争 全共闘・「解同」と対峙した青春』(かもがわ出版)、『異文化交流・理解の旅』(文理閣)など他、多数。


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NO80  立命館の総長選挙の結果について

2018-11-28 14:28:01 | 立命館の再生を願って
NO80 立命館の総長選挙の結果について
2018年11月29日 ジャーナリスト・元立命館総長理事長室室長 鈴木元

11月4日、学校法人立命館における教学の最高責任者である総長の選挙が行われた。選挙結果は現職副総長の仲谷善雄氏が当選した。現職総長の吉田美喜夫氏ともう一人の副総長の松原豊彦氏が落選した。立命館問題専用のブログ(インターネットで スズキ ゲンさんのブログ と検索すればてできます)で取り上げてきた重要な問題なので簡単なコメントを記す。但し私は選挙そのものには取り組んでいないので選挙総括に関わることについては言及しないことにする。

(注)得票は、仲谷247票、吉田153票、松原6票、無効2票

(1)分かりにくかった候補者
立命館の総長選挙は、推薦委員会から総長候補3-5名が推薦され、学部、附属校等選挙区ごとの構成員によって選ばれた選挙人がその内から適切と思う人を選ぶ選挙である。
2期を限度とする現行選挙制度(1968年に発足)が出来て以来、歴代の総長は二期務めてきた。今回の選挙にあたっても推薦委員会(委員長:伊坂忠夫スポーツ健康科学部長)は現職の吉田美喜夫総長を候補者の1人として推薦した。
(注)現在の制度になって最初に選ばれた武藤守一先生は一期目途中で急死された。その後の細野武夫先生、天野和夫先生、谷岡武雄先生は、いずれも二期目の真ん中つまり6年目を務めた後で後進に道を譲られた。
森島朋三氏(総務担当常務・専務・理事長)等による2005年以来の全学合意抜きの専断的(トップダウン)運営もあって2010年、2014年の総長選挙は、学園の在り方を巡って争われる対立選挙となった。しかし今回は現執行部を構成する総長・副総長のいずれかを選択する特異な選挙とされた。
森島理事長、中上晶代総務部次長の下にある広報課は、2017年度においては、ことさらのように建山和由企画担当常務理事(立命館中高等学校、立命館大学理工学部出身)の名前を報じてきた。なお前回2014年の選挙時、一推薦委員であった伊坂氏は同窓の建山氏を推薦したが、森島専務(当時)に「時期尚早」と怒られたとの情報が流れていた。そして長田豊臣理事長、森島専務等は副総長であった故・渡辺公三氏を担ぎたしたのであったが僅差で元法学長の吉田氏に敗れた。
そうした経過もあるため、多くの人は、今回は森島理事長らは建山氏を総長候補に担ぎだすのではないかと推察していた。ところが2018年になって立命館の広報物では建山氏の名前は消え、APU学長の出口治明氏の名前が突出するようになった。学園関係者は、森島理事長は建山氏では現職の吉田氏に勝てないので、社会的によく知られている出口氏を担ぎ出そうとしているのではないかと考えた。
私はジャーナリストとして次に出版予定の『文明論ノート』の執筆の参考にすることもあって出口氏の最近の著作は全て目を通しているので氏の見識には敬意を表してきた。しかし私は、現在の立命館の状態から言って、どなたであろうが森島理事長に担がれて吉田総長の対立候補として出ることは、再び学園に新たな混乱をもたらすことになる危険があると記してきた。今回の候補者名簿には出口氏の名前は出なかった。要請されたが出口氏が断ったのか、森島理事長が、出口氏の見識を知り「自分にはコントロールできない人物」と判断して推挙しなかったのか分からないが、いずれにしても出口氏が名簿に出なかったことは良い事だったと思う。
推薦委員会は現職の吉田総長とともに同じく現職の仲谷副総長を松原副総長を推薦した。これは異常である。両名はいずれも吉田総長が推挙して副総長に就任し吉田総長を支えて執務してきたのである。森島理事長らには吉田総長に勝てる候補者がいなかったという事でもある。
吉田総長に推挙されて副総長に就任している両名は、常識的に言って「候補者名簿に上げる」との打診があった段階で断るか、名簿に上げることは同意しても「吉田総長を支えて奮闘します」のどちらかしかない。なお現行制度では候補者に名前が挙げられた後での辞退は無い。松原副総長は、後者の「吉田総長を支えて奮闘します」との意思を表明された。仲谷氏は相当考えての事であると思うが候補者名簿に上げられることを断らなかったし、選挙公報において「支えて奮闘します」の表明も行われなかった。仲谷氏の所信表明も観た。そこには吉田総長に対する批判も、吉田総長に代わって、こういう立命館にしますとの表明もなかった。仲谷氏が行う第一の事は、「吉田総長に推挙されて副総長となり、吉田総長を支えて職務を遂行してきたのに、何故対立候補者的な扱いに応じたのか」という常識的な疑問に応えることであろう。
(2)なりふり構わない異常な選挙活動を展開した森島理事長陣営
ところで今回の選挙、2010年、2014年の総長選挙と違って、現職3名の間では実績・政策で争う選挙にはならず、ある種の人気投票的選挙となった。にもかかわらず、森島理事長陣営からは吉田総長を落とし、仲谷副総長を総長に当選させるための異常な選挙活動が展開された。仲谷氏に止まらずもう一人の副総長である松原氏を名簿に上げたのは吉田氏の票を割るためであったと推察される。
それは私が、このシリーズで何回も指摘してきたように、どこにも選出基盤がない森島理事長は「吉田総長は自分にはコントロールし難い」「自分の首がかかっている」との危機感から、理事推薦権がある総長をどうしても自分の掌握下に置きたかったからであろう。
1)放置されてきた総長選挙制度改革の課題。
現行の選挙制度の執行を巡って2010年の選挙前から、学園の正常化を求める人々から繰り返し次の三点の改善が求められてきた。
①選挙人選出にあたって、学園の構成員の圧倒的多数を占める立命館大学の選挙人が過半数にも満たない事②各選挙区から選ばれる選挙人比率が学外理事の比率が異常に高い事③総長候補者の名前が出される前に選挙人選挙が行われること。これらは全学構成員参加の選挙と言う性格を正しく執行することにならない根本的な欠陥であるが、今回も改善されないままに選挙が実施された。次回の総長選挙に向けて、引き続き粘り強く改善を求める運動が必要だろう。

2)なりふり構わない異常な選挙行為
2014年の選挙では対決となった吉田候補、渡辺候補の両陣営から政策や候補者推薦のパンフレットが大量に配布され、構成員の前で政策争点が見える形で展開された。しかし今回は、公開の場ではまともな政策論議がほとんどなされないまま、ツイッターやフェイスブックなどSNSを使って吉田総長にたいしてあることない事の謀略的な宣伝が行われた。「吉田は4年間何もできなかった」「吉田は、今時まだに組合主義だ」などのレッテル貼りの中傷が毎日大量に流された。吉田総長が出発にあたって提案した副総長人事を森島専務(当時)などが学外理事も巻き込んで否決し、長田理事長、森島専務が同意する範囲でしか執行できなかったことは明瞭であった。森島理事長が4月下旬に提案した「学費値上げ」は、特段の財政的必要性は無かったにもかかわらず財界人などにたいして「学費値上げを実行した理事長」とアピールするためだけであった。川本八郎元理事長の「一時金1カ月カット」の提起と同じ性質のものであった。森島理事長によって提案された今回の額値上げは、常任理事会において約3カ月間に渡って衆議を尽くした結果、「学生や父母にたいして説明不能な学費値上げである」と7学部長が反対の意思を表明した。それを受けて吉田総長が「2019年度の全学協議会に向けて再検討する」とされた。これにたいして「何も決められない総長」「来年消費税がアップが予定されているのに、値上げしない判断は間違い」など、学生・父母の実態そして教学抜きの口コミ宣伝が繰り広げられた。
ただ問題は3カ月の及ぶ常任理事会での衆議を尽くした学費論議が、当事者である学生はおろか学部長理事の足元である教授会においてさえもきちんと報告‣論議されなかったことである。このため根拠のない学費値上げを提起した森島理事長と全学の英知を結集し、それを再検討に持ち込んだ吉田総長と言う関係が学生のみならず教職員も含めて共通認識にならなかったことである。
総長選挙実施にあたって学生の選挙人を「遅刻防止」を名目にセミナーハウスに泊め仲谷候補に入れるように誘導した。セミナーハウスは個々の学生が宿泊手続きをしたのではなく、学生課の某職員が一括して行った。費用も学生が出したのではなく学生課のお金を使ったのであろう。違うなら違うと説明する義務がある。
その中心で動いた学生は、ある課の職員を通じて「立命館への就職が約束されている」と「学生仲間に語り」、開票日当日ガッツポーズしていたとの情報が学内に広がっている。あまりにも露骨で、かつ公然化しているので、一旦他大学へ就職させるなどの措置が取られるかもしれない。今後の追跡調査が必要であろう。
3)学外理事を使った異常な行動。
予てから森島理事長は自分たちの力だけでは学内の状況を突破できないと考えた時には学外理事の力を借りて、無理筋な方針を強引に推し進めてきた。
例えば、反対意見が多くあったサッポロビール茨木工場跡地の購入を学外理事の力を借りて多数決で押し切った。慶祥高校校長であった足羽慶保の学歴詐称判明時も「立命館大学卒業であることは校長(理事)の要件ではない」を多数決で決定した。また前回総長選挙直後、吉田総長が推薦した副総長候補2人を理事会において否決した。
今回の総長選挙にあたっても有力な学外理事に依拠して学外理事、学外評議員を基盤とする選挙人の仲谷候補への投票依頼を進めるなど、強引な働きかけを行っていたとの情報が私の耳にまで届いている。このようなやり方は学外理事を利用しているように見えても、学外理事の要求を拒否できない学園運営をもたらすことになる。
(3)団結の回復、正常化が課題
さて今後の事であるが、仲谷新総長(2019年1月1日以降)は、本人も良く知っておられる2005年以来の学園の不団結を回復し正常化を図ることを第一にしなければならないだろう。先に記したように仲谷氏は吉田総長に推挙されて副総長に就任した。就任後は吉田総長を支えてきた。両名の間に特段の不協和音があるとは見えなかった。そして今回の総長選挙においても吉田総長の政策や行動を批判したり、対立候補としてふるまうこともなかった。民間企業の出身者として、そこで蓄積したノウハウと専門のAI等を大学運営に生かしたいとの姿勢を示していただけである。
それ以上でもそれ以下でもない。仲谷新総長は、自分を含めて吉田総長とともに進めてきた「学園の不団結を克服し、学園の正常化を進める」ために引き続き奮闘しなければならないだろう。ところで事実上、仲谷氏を担ぎ出した森島理事長は、学園の運営に何を持ち込もうとしているのだろうか。
私は上記したように出口APU学長の名前がことさら報じられた時、「どなたであろうが、森島理事長に担がれて吉田総長と対立して選挙をすれば学園に新たな混乱がもたらされる危険がある」と記した。仲谷副総長は形式上では吉田総長への対立候補ではなかった。しかし事実上、森島理事長陣営は吉田総長を落とすために仲谷氏を担いで対立選挙的にふるまった。森島理事長が松原副総長でなく仲谷副総長を総長候補として担いだのは、松原副総長が「吉田総長を支えて」を明確にしていたこと、そして「仲谷氏の方が御しやすい」と判断したからであろう。当選した仲谷新総長にたいして森島理事長は「私が貴方を総長にした」と振舞だろうし、仲谷新総長もそのプレッシャーを受けるであろうし、民間企業出身者として森島理事長にたいして「任命権者」的対応を迫られるだろう。それが森島理事長のねらい目であり本性である。
そこで森島理事長が仲谷新総長に押し付けようとしていることであるが、以下のことが考えられる。

① 立命館が戦後作りあげてきた、全構成員自治を表している全学協議会を「時代遅れ」「手間だけがかかる。時間の無駄」としてないがしろにする。
② 教学優先、学内優先の原則を表す学部長理事制度・常任理事会制度を、「法的には理事会が決議機関であると」との主張の下に形骸化を図る。
③ 教職員組合や学友会、院生協議会などとの交渉に「制限」を加えたり、総長を前面に立て、理事長は責任を取らない。学費値上げの提案者である森島理事長は、2018年の全学協議会においても自ら学生と向き合って説明するのではなく、吉田総長を前面に立てて対応させ、自分はニヤニヤと笑って見ていた態度はその一端である。
④ マスコミには「学費に頼らない私学を」と大見えを切っておきながら、学内では「高い学費を取れることはブランド力である」「教学充実には学費値上げが必要である」と学費値上を進める。
⑤ 自らに責任がある「OICの毎年30億円の赤字は放置できない」「新しい学部を設置し10000人規模のキャンパスにしなければならない」との言辞の下、OICに5番目の学部を設置しようとする。18歳人口が急減期に入ろうとしている今、学生数のさらなる拡大は立命館の質的発展に大きな障壁となるだろう。またいずれも小規模学部とせざるを得ず、必ずしも財政改善にはつながらない危険がある。
⑥ 今回の総長選挙で、盟友建山氏を切り捨て、森島理事長の意向に従い、たくみに仲谷氏推挙を図り、彼の当選のために手段を選ばない行動した伊坂スホーツ健康学部長・総長推薦委員会委員長、森島理事長の軍門に下り伊坂氏と共に学生選挙人を巻き込んだ浅野教学部事務部長、学外理事取込役、そして広報において吉田総長を消し、貶めて「影の理事長」ないしは「御神酒徳利の理事長」と揶揄されている中上総務部次長など森島理事長の取り巻きたちに新たな役職を与えようとするだろう。

以上の事は私が森島理事長のこの間の言動を分析することによって推察していることである。森島理事長が「私は、そのような事を考えてはいないし、行う気もない」と言うなら、それはそれで良い事である。しかし、こうしたことを持ち出せば立命館の学内は再び、混乱するし分裂を深めるだろう。そして実効行すれば、戦後営々と作り上げてきた「立命館らしさ」は消え失せ、唯の経営主義の大学、学外理事を含め理事会の一部グループによる専横がまかり通る日大のような大学となるだろう。
私は総長理事長室室長として長田豊臣氏の総長時代(2期)、理事長時代の前半の少しの期間を支えた。「下品な言動」で知られた長田氏ではあるが、私によく言っていたことがある。「立命館は今、重要な分岐点にある、隣の同志社ととともに慶応・早稲田の後を追いかけ、追いつくのか、日大、東海大、近大のような『拡大と金儲け主義の大学』と揶揄されるのか、私は前者の道を歩みたい」と述べていた。まさに今、そのことが明瞭に浮かびあがっている。森島理事長には「例え1万円でも学費を値上げしたい」「新しい学部を作り立命館を大きくしたい」という考えしかない、先日の経済学部創立70周年の集いでの挨拶のように彼の口からは中身のある教学改革の話を聞いたことはないし、文書で表したものも見たことがない。新学部設置なども教学上の事ではなく、それを巡って教員人事にたいしても支配権をのばしたいだけの事である。
さて仲谷新総長が最初に直面する大きな問題が二つある。
一つは副総長をはじめとした人事である。
吉田総長は前回選挙終了時、選挙によって生じた学内の不団結を修復するために、対立候補となった渡辺副総長と、それを推薦した是永副総長を再任した。その上でともに学園正常化のために協力してきた坂根元理工学部長と佐藤元産業社会学部長を推薦した。ところが長田理事長・森島専務(いずれも当時)は、理事会において渡辺副総長と是永副総長は承認しながら、坂根、佐藤の両氏は否決したのである。総長が推薦した副総長人事を否決したのは立命館の歴史上初めてことであり学内に大きな亀裂を生じさせた。仲谷新総長はどうするのであろうか、松原・市川副総長の留任を図るのであるか、それとも森島理事長の意向を受けて両名を解任するのであろうか。後者であれば政策の一致の下での副総長から総長への移行でなかったのである。
森島理事長は必ずしも、理事長の意向を全て引き受ける訳でない吉田総長を落選させ、自分の意を解すると思われる仲谷氏を総長に担ぎあげたのである。これは立命館学園にとって不幸な事である。学園全体の教学最高責任者である総長が経営から自立した仕組みにするために、全学構成員参加による選挙によって選ばれるようにしたのである。にもかかわらずどこにも選出基盤の無い理事長、しかも教育にも研究にも携わったことなく、見識あるまともな本の一冊も書いたことのない人物の意のままに動く総長になれば立命館の将来は厳しいものになると思われる。選ばれた経緯がどうであろうと仲谷新総長の奮起が望まれる。
二つ目は学費値上げをどうするかである
今では他大学と比較して相対的に高学費になりつつある立命館において学費値上げをすれば、今でも高い情報理工学部や薬学部は競争的環境で一層厳しい状況に追い込まれるだろう。情報理工学部長であった仲谷総長が、全学合意を尊重せず森島理事長のそのような動きに追随し応じれば学園・学部内に不団結が生ずる危険がある。
仲谷新総長が森島理事長の野望を見抜き、教学の最高責任者としての立場を堅持し、全学の教職員そして学生に依拠して、こうしたことを許さないように奮闘することが望まれている。学部長理事ならびに各学部教授会、そして教職員・学生の自主的組織である教職員組合や学友会、院生協議会等は自らの要求実現のために活動するとともに、学園の在り方を巡って、上記のような学園の正常化に逆行するような森島理事長などの動きを正確に掴み、闘う必要があるだろう。

追記、NO79において、私と荒木穂積人間科学研究科教授が河野外務大臣から外務大臣表彰を受けたにもかかわらず、森島理事長らはあたかも荒木氏だけが受けたかような広報を行っており (UNITAS HOT NEWS vol.802立命館広報)私はその度量の小ささを指摘した。その後、私はベトナムの枯葉剤被害障碍者のために功労があったとして、日本人で初めて国家表彰を受けることになりベトナムからの招待で12月3日、枯葉剤被害者協会全国総会で表彰されることになった。これは日本人として立命館として名誉なことであると思うが、森島理事長らは再び抹殺するのであろうか。自分を批判する者は許さないという態度は、ただでさえ人気が無いのに、さらに面従腹背者を増やし、遠からず社会的に破たんするだろう。

鈴木元。立命館総長理事長室室長、大阪初芝学園副理事長、中国(上海)同済大学アジア太平洋研究センター顧問教授、JICA中国人材アドバイザリー、私立大学連盟アドミニストレ―タ研修アドバイザリーなどを歴任。
 現在、日本ペンクラブ会員、日本ジャーナリスト会議会員、かもがわ出版取締役、国際環境整備機構理事長、京都高齢者大学校幹事会副代表。如月社(映画館京都シネマ運営会社)代表取締役代理。
 『像とともに 未来を守れ』(かもがわ出版)『立命館の再生を願って 正・続』(風涛社)『大学の国際協力』(文理閣)『もう一つの大学紛争』(かもがわ出版)など著書多数。今年11月、新たに『異文化 理解・協力の旅』(文理閣)を出版。

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NO79 立命館の常任理事ならびに関係各位

2018-09-30 09:29:36 | 立命館の再生を願って
NO79 立命館の常任理事ならびに関係各位へ
2018年9月30日 元立命館総長理事長室室長、ジャーナリスト 鈴木元
 
(注)本記事は、インターネットで スズキ ゲンさんのブログと検索すればてでき、毎週平均1000件のアクセスがあるなど広く学内外で読まれている。

目次
(1)森島朋三理事長の無責任な学費値上提起、それを止めた全学の意思と吉田美喜夫総長の決済。
(2)学園正常化の一歩を切り開きつつある吉田総長体制、その総長を再選するのが常識ではないか。
(3)森島理事長、中上晶代次長体制下の異常な広報活動

(1) 森島朋三理事長の無責任な学費値上提起、それを止めた全学の意思と吉田美喜夫総長の決済。
7月31日の常任理事会において、森島理事長、志方弘樹財務担常務理事提案の「2019年度からの学費値上げ」は見送られることになり、2019年度に再度全学協議会を開催し2020年度以降の学費について検討することになった。
1) まず「学費値上げありき」の提案が破綻。
①「教学改革のため」に学費値上げ
森島理事長、志方財務担当常務理事は、当初「教学改革のために学費値上げをせざるを得ない」として、衣笠、BKC担当の教学部長を呼びだし、その合意を取ろうとした。
現在の立命館大学において次期教学改革の指針となっているのは、吉田総長が提起したアジェンダ2とR2020後半期計画である。教学部、国際部、学生部の合同検討会が開催され検討した結果、アジェンダ2とR2020後半期計画の教学改革の実行にあたっては学費を値上げしなくても済むということが明らかになり「教学改革のために学費値上げが必要」との論拠だては崩れた。
今回の森島理事長と志方財務担当常務による学費値上げ提起は、教学・経営特別委員会の審議を飛ばして提案するなど学内手続きによる合意を無視する物であった。その上で、
そもそも「教学改革のために学費値上げが必要」と言う論自体が乱暴である。例え教学改革案が策定されたとしても、それを実行するために学費値上げをしなければならないとは限らない。「その程度の改革なら学費値上げしなくても今の教学でいいではないか」「いい改革だが、学生や父母の負担を考えればあえて学費値上げしてまで行う必要はない」と言う意見が多数となる場合もある。
立命館大学を含めて私立大学の学費は文系学部でも軽く年間100万円を越え、薬学部にいたっては200万円台となっている。立命館大学の入学者の半分以上が関西以外から進学し下宿代を含めて4年間で文系学部でも1000万円を越えている。私立大学に比べて、1/2程度である国立大学の学費でも国際的には高く、今日、無償化さえもが国民的議論となっている。学費問題は総合的に慎重に扱うべき問題なのである。
② 「定員管理強化に対応するため」に学費を値上げ
二つ目に出された主張である。政府文部科学省は大学教育の質の確保、合わせて都市部への学生の集中をさけるために定員管理の厳格化を図り、8000名以上の大規模大学については学則定員を1.10以上越えた場合は、補助金カットしたり、新学部設置申請を認めないなどの厳しい措置を取り始めている。森島理事長らは定員管理強化を理由にして「入学者数が定員を下回ることを想定した財政見通しのもとでの財政運営が必要」として学費値上げを提起した。しかし立命館は良いか悪いかは別にして既に「学則定員を越えていた実員の定員化」を行っている。また第一次合格発表で定員が割りそうなときには、追加合格者の措置を取り、よほどのことがない限り定員を割り込むことはない。したがつて定員管理が強まっても収入減にはならない。この論も破たんした。
(注)別途の問題として18歳人口の減と都市部への若者の集中を防ぐために、9月26日付の「読売新聞」が報じているように、今後、大都市部の大学の定員抑制がさらに強められることは間違いない。そのため従来のように新しい学問分野の開拓を定員増による新学部・新学科設置というやり方は難しくなることは間違いなく、大学の在り方、運営について新しい発想が必要になっていることは間違いない。
③ 「働き方改革推進ために」学費値上げ
政府は国内外の世論に押されて「働き方改革」を言いだしている。その中には正当なものがある一方で、「高度プロフェショナル人材」を理由にした残業代ゼロなど、労働者を過労死に追い込むような改悪も提起されていることは多くの人々が指摘している通りである。問題は立命館の教職員組合などが2年越しに「働き方改革課題検討委員会」設置を求めているにもかかわらず、いまだに「立命館における働き方改革」の具体案が森島理事長等によって提起されていないことである。
改革の具体案が提起されていないにもかかわらず「働き方改革のために学費値上げが必要」は到底、全学構成員を納得させることはできなかった。要するに森島理事長らの今回の学費提起そのものが杜撰だったのである。
④ すなわち最大の問題は「学費値上げありき」で事を進めようとしたことである。
これは2005年に、当時の川本八郎理事長が「一時金の一カ月カット」を提起した時と同じやり方である。あの時も一時金を含めた立命館の年俸の在り方について十分な検討もなく、一時金の一カ月カットだけが提起された。理由を問いただされて「社会的平均に比べて高すぎる」と答弁し「社会的平均とは何をさすのか」「立命館と同様の10私大と比較すべきであって、日本全体の労働者の平均にはならない」などとの反論の前に破たんし、裁判において和解に応ぜざるを得なかった。
当時「財政困難に直面していた訳でもないのに」川本理事長が「一カ月カット」を行おうとしたのは、APU創設とかかわって財界人との接触を強めた川本理事長が「一時金を1カ月カット出来た理事長」との実績を誇示したかったからである。
今回も一緒である。具体的で切実な財政問題に直面して学費値上げを提起したわけではなかった。社会的に通用する改革案を提起し、それが学費値上げに値する政策であるとの説得力ある説明をしたわけでない。理事長に就任した森島氏が、「経営に責任がある理事長の責任と権限に基づいて学費値上げを提起して実行できた」と言う「実績」が欲しかったのである。
そうした個人的野望が通用するほど立命館の教職員は甘くなかった。教育・研究に直接責任を負う教授会での議論を通じて7学部長が「根拠薄弱、夏休みまでに学生に提起し説明できる内容ではないし、時間も無い、審議未了で廃案にすべきである」との意見を表明した。総長・理事長体制で運営している立命館において、経営に責任を負う理事長が学費値上げを提起した場合,総長は理事長が提案すること自体を止めるのは難しい。しかし常任理事会の議長を務める総長は3カ月に及ぶ真剣な議論を踏まえて「これは多数決で決めるべきではない」「7学部長が反対している下では止めざるを得ない」との決断を提起し、森島理事長らの「2019年度からの学費値上げ」提案を廃案にし、再度2019年度に向けて議論することにした。
今、問われているのは提案者である森島理事長の責任である。全学生とその保護者たちの生活に関わる学費値上げを提起出来るのは経営に責任を負う理事長だけである。その理事長が、十分な根拠も示さず値上げを提起し3カ月に渡る議論の末、全学の批判の前に決定できなかったのである。森島理事長はこの一点だけでも理事長を辞任しなければならない。立命館の歴代の理事長で学費値上げを提起しておいて決定できなかった理事長は居ない。(注)なお付言すれば、1970年度、学友会・院生協議会の反対運動で提起した学費値上げ額を減額したことがある。その時、その責任を感じて当時の教学部長が辞表を提出した。学費値上げはそれほど重い問題なのである。
学費値上げ論議が大詰めに来ていた6月27日に定例の常任理事会が開催された。しかし提案者である森島理事長は途中退席して読売新聞大阪本社主催のシンポジウムに出席した。そのため常任理事会は一旦中断し、森島理事長が戻ってくるのを待つことにした。このシンポジウムにおいて森島理事長は「私立の基盤的収入である学費のみに依存しない、新しい大学の経営モデルづくりを目指したい」と大見えを切っていたのである。新聞の見出しも森島発言に関して「新しい経営モデルに」としている。ところが、その発言の後の戻ってきた常任理事会で森島理事長は学費値上げを再度主張したのである。無責任なその場限りの発言を繰り返してきた彼の本性を改めて露呈した。

(2)学園正常化の一歩を切り開きつつある吉田総長体制、その総長を再選するのが常識ではないか。
1)11月4日に総長選挙が実施される。今回の総長選挙の課題は、何であろうか。一言で言えば「吉田総長体制で、一歩踏み出した学園正常化を軌道に乗せることである」。
2005年、一時金の一カ月カットが強行され立命館の混乱が始まった。2007年、川本理事長退任・相談役就任、長田豊臣総長退任・理事長就任に伴い、すでに渡されている退職金とは別に、役員退任慰労金として川本氏に1億2000万円、長田氏に4000万円、計1億6000万円が支払われた。2010年足羽慶保立命館慶祥中高等学校校長の学歴詐称に立命館がかかわっていたことが明らかなった。これら一連の問題の発端は、川本元理事長が直接責任を負う問題であつたが、当時、総務担当常務理事であつた森島氏が直接手を染めて執行に当たった。なお当時、私が総長理事長室室長であったことから、これら一連の問題について私がかかわっていたような憶測がなされたり意図的なデマが流されたりしたし、いまだにそのように思っている人もいる。しかし私は、これら一連の事について事前相談にあずかっていないし、決定にも執行にも関わっていない。詳しくは拙著『立命館の再生を願って』(風涛社)で記述しているので読んでいただきたい。
2)2010年、長田理事長、川口清史総長、森島専務、志方財務部付け管財部長、建山和由企画部長の5人によって突然、サッポロビール茨木工場跡地購入が強行され、混乱と分裂に拍車をかけた。ここではそれらを繰り返さない。
こうした事態にたいして2010年の総長選挙において、立命館の歴史上、初めて学園の正常化を掲げて坂根政男元理工学長が現職の川口総長にたいして闘いを挑んだ。この選挙では立命館大学内では坂根氏が多数を獲得したと推察されるが学園全体では惜敗した。その重大な要因が、直前に行われた総長選挙規程の改悪であった。すなわち立命館大学構成員から選出される選挙人比率を下げたり、学外理事・評議員から選出される選挙人を増やしたりしたこと等である。
なお2009年当時、複雑な状況の下で、2010年以降の事を考慮し、総長選挙規程の改定と学園憲章と言う二つの重要文書の策定が行われた。「理事長任命方式」と揶揄された総長選挙規程改悪案を起草した事務局長は現専務理事の上田寛氏である。学園憲章起草の事務局長を務めたのは当時総長理事長室室長であった私・鈴木元である。
3)その後、学園正常化を目指す人々はあきらめることなく総長選挙規程改正の取り組みを実現させ、2014年の総長選挙において、長田理事長、森島専務が擁立する故・渡辺公三副総長を押さえて吉田氏が総長に選ばれた。
ところが長田理事長は、吉田総長が推薦する副総長候補二人を拒否し、事もあろうか総長が推薦する副総長候補を理事会で否決するという、立命館の歴史上初めての暴挙を行った。その制度上の根拠として、直前に多数の議案の中に、それまで「副総長は、総長が理事会に推薦する」との規定を「副総長は、総長が理事長と協議の上、理事会に推薦する」と改悪していた。その上に長田理事長ならびに森島専務は「協議とは同意である」と言い張り「同意できない者は拒否する」として否決したのである。この時、長田理事長らに同調し「協議とは同意である」と言ったのが、当時監事の任にあった上田氏である。いずれにしても吉田総長は出発にあたって長田理事長ならびに森島専務の合意の範囲でしか、人事が組めない状態におかれた。従って全学が吉田総長に託した学園正常化はちちと進まない状況に置かれた。しかし学園の正常化を願う人々の粘り強い取り組みもあって、漸く森島理事長が個人的野望で実行しようとした学費値上げを断念させ、長く拒否してきた慶祥中高等学校の賃金体系も是正させることになった。吉田総長体制の一期目の後半になってよくやく正常化の一歩が切り開かれたのである。
立命館の総長選挙は二期(8年)を限度としている。どのような経緯で新総長に就任しても一期目の前半は前任者から引き継いだ課題の遂行で精一杯であり一期目後半でようやく独自性を発揮できる。したがつて現行の総長選挙制度が出来て以来、歴代の総長は二期努めてきた。吉田総長の場合、前任者が起こしたオーストラリア国立大学との提携問題など、その解決すなわち正常化事態が重たい課題である。今年の11月4日に行われる総長選挙は、吉田総長の再選を実現し、この動きを加速させ正常化を実現することである。このような時に対立選挙を行い学内に再び無用な対立と混乱をもたらすべきではないだろう。
4)森島理事長は就任直後の一般理事会において「学園が一致して進めるように努力する」と吉田総長と握手までしていた。その舌の根も乾かない内に、今次総長選挙を機会に吉田総長を落とし、教学の最高責任者である総長も自らのイニシアチブの下に置きたいと考え、推薦委員、選挙人の多数を獲得出来るように行動してきた。しかし2019年度からの学費値上げ実施を断念せざる得ない状況に追い込まれた森島理事長は、予てから擁立しようとしていた企画担当常務である建山氏の擁立も断念せざるを得なくなったようである。
5)改めて総長選挙実施の意義を踏まえ、全構成員参加で盛り上げよう。
第二次世界大戦の敗戦に伴い日本社会が民主化されたのに連動して、立命館は戦前に京都大学において滝川教授が追放されたのに対して抗議して辞職した著名な民法学者であった末川博氏を1945年12月6日、総長(学長)として学園に迎えることによって学園の存続を図った。しかし末川氏の思いは学園運営に生かされず、末川氏は1948年2月「その任に耐えず」と辞任した。
これにたいして学生の学友会が先頭となり、学生・高校生を含めた全学構成員参加による総長選挙規程を1949年1月理事会に認めさせ、その規定に基づき同年2月に総長選挙を実施し、末川氏の当選を実現し改めて総長(学長)として迎えた。これを契機に末川総長は、学園の教学理念を「平和と民主主義」と定め、学部長理事制度を発足させ、教学優先の学園運営を確立した。合わせて大学の自治を「教授会の自治」から、学生も参加した「全構成員自治」へと発展させ、それを制度的に保障するために全学協議会を確立した。しかし総長選挙は末川氏の総長在任が続く中で形骸化する傾向が生まれた。そこで末川氏の定年退職を前にした1968年、真に全構成員選挙となるように選挙制度の改革が図られた(当時、私は学生代表としてこの改革案作成に参加していた)。その時に大学紛争が起こり、教授会自治では大学の自治は守れず、学生参加の全構成員自治こそが大学自治を守り発展させる道であることが改めて明らかになり、1969年新しい選挙規程で選挙が実施された。しかし今日、学友会運動や教職員組合運動が後退する中で、総長選挙が盛り上がりに欠ける事態が生まれ始めている。大学を巡る事態は国内にとどまらず国際的にも大激変が生じている。この総長選挙を通じて、今日における大学の在り方と改革方向、それを推進する全構成員参加と取り組みについて大いに論議する機会とする必要があるだろう。
(3)森島理事長、中上晶代次長体制下の異常な広報活動
 上記してきた立命館の異常な状況を正常化していく上で重大な障害の一つが、現在の立命館の広報体制である。以前の立命館では広報の責任者は副総長の1人であった。しかし現在は実質上、森島理事長、中上晶代総務部付け秘書課担当次長、五坪智彰広報課長のラインとなっている。その下で
1) 森島理事長持ち上げ・私物化の報道が行われている(これは既にNO78で記載しているので項目としてのみ記述しておく)。
① 2月24日日付「朝日新聞」において森島理事長が「読書人・知識人」として広告費の全額を大学負担で全面広告記事が掲載された。
②ユニタス15で森島理事長による鈴木寛氏へのお伺い記事が掲載された
2)吉田総長を消し、貶める報道
①7月に入って来年の入試に向けて各大学の全面広告記事が掲載されたが、いずれの大学も総長(学長)が紹介者として登場しているが、立命館だけは吉田総長は登場せず、グルーバル教養学部長予定者が登場した。
② IRを認めたかの貶める報道
立命館は大阪茨木にOICを設置したが、政策科学部が中心となり大阪府との提携が進められOICにおいて吉田総長と大阪府の松井知事によって協定が締結された。ところがその後、その協定において吉田総長がIR構想を支持したかの「情報」が学内でふりまかれている。その真偽を調べた。A.この協定は立命館だけではなく大阪大学や関西大学とも結ばれており同じ文書であるが、IRなどの文言は立命館を含めていずれにもない。B.当日の吉田総長の会見にもIRと言う言葉は無い。C立命館のホームページに、この会見についての吉田総長の談話が掲載されているが、そこにもIRという言葉ない。それではどこにIRと言う言葉あるのか。総長会見が終わった後にマスコミと対応したのは五坪広報課長であるが、そこで政策科学部の1回生講義において大阪府の職員がIR構想などについて講義する予定であるとのコメント行ったようである。それが一部のマスコミにおいて報じられた。それを根拠に吉田総長がIRを容認したかのような意図的情報が流されたようである。吉田総長はIRなどの言葉自体を使っていないことは立命館のホームページでの吉田総長談話でも明白な事である。
3)外務大臣表彰について
立命館のホームページ(7月31日付け)の教職員向けコーナーのトップに荒木穂積立命館大学人間科学研究科教授が外務大臣表彰を授与されたことが河野太郎外務大臣と並んだ写真と共に報じられている。立命館大学関係者がこの表彰を受けたのは初めての事である。外務大臣表彰は世界各国・地域に置いて永年にわたって日本との交流に功績があった個人・団体を外務大臣の名において表彰するもので、2018年度は日本国内で活動している者としては35名の個人と7団体が表彰された。
荒木穂積氏が表彰対象となったのは私・鈴木元ととともに①長きにわたってベトナムの障害児教育とかかわってきたこと②近年、ベトナムの枯葉剤被害者救援に取り組んでいることの二つを主たる理由にして表彰された。①については私が立命館在職時代、荒木氏と私がコンビで、産業社会学部のK教授などの協力を得て行っていたことは当時から立命館に在職していた人であれば広く知られていたことである。②ついてはオレンジ村支援日本委員会(私・鈴木元が事務局長、荒木穂積氏ならびに立命館のH氏、K氏が委員)として取り組み、マスコミにおいても大きく報道されてきたことである(毎日新聞5月18日付夕刊 京都新聞6月13日付朝刊)。私たちからすれば、私たちの長年の取り組みが、ようやく社会的に認知され立命館の名誉を高めることになったと考えている。これらの事については事前に広報課に知らせてある。しかし私は消され、荒木氏だけが表彰を受けたかの報じ方をしている。荒木穂積教授は広報課から受賞にあたってのコメントは求められたが、記事の内容について知らされていず、私が掲載されないことについても知らされなかった。私の事が掲載されなかったことについて指摘すれば「鈴木氏は立命館の現職者ではない」と言うだろう。立命館の卒業生で立命館の元学園役職者を務めていた者が現職教員とコンビを組んで行ったことが表彰されたのを抹殺する筋合いはないだろう。
なおこの表彰とかかわって荒木・鈴木両名にたいして北岡伸一日本国際協力機構(JICA)理事長から立命館大学などに祝電が寄せられている。北岡伸一氏と私は歴史認識とかかわって意見は異なるがJICAの理事長として、私ならびに荒木氏が、長きにわたって国際協力を進めてきた人間として対応したのである。森島理事長にはその程度の度量も無いようである。
③ 『貞観政要』について
先の「朝日新聞」(2月24日付)の「読書人」全面広告において森島理事長は座右の書として「信長、家康、明治天皇も読んでいた」と紹介しながら『貞観政要』を挙げている。日本では「帝王学の本」「組織のリーターが読むべき本」として知られ、時のリーターたちが、その文言を取り上げたりしている。この本ではリーダーたるものは謹言に耳を傾ける謙虚さがなければならない、自分を殺そうとした者でも有能であれば登用したなど多様な人材登用を行ったこと等を取り上げたりしている。森島理事長がこれらの点を学び生かそうとしているのだろうか、この間の彼の言動を見る限り、学ぼうと努力しているようには見えない。
ところで『貞観政要』は唐の二代目皇帝であつた李世民の臣下であつた魏徴が李世民との対話をまとめて作成した書物であるとされている。李世民は没後、大宗と名図けられ名君として扱われてきた。
李世民は次男であった。皇位継承者でもある長男を殺害し、初代唐皇帝である父を幽閉して二代目皇帝に着いた人物である。したがつて皇帝としての正当性について皇族・臣下を納得させる長い時間をかけた取り組みが必要であった。皇帝に着くまでの彼は武力に物を言わせて権力を掌握した。権力掌握後はその正当性を示すために国の運営に力を入れるとともに名君であることを示すために魏徴に『貞観政要』の編纂にあたらせたというのが大きな流れだろう。森島理事長がそのあたりの事を知っているかどうかは私にはわからないし関心もない。しかし少なくとも理事長となった今、太宗のように謙虚に事に当たる努力をしているとは見えない。太宗を模範として学んでいるなら、吉田総長を抹殺したリ貶めたり、私の名前を消したりはしないであろう。人間はどのように取り繕い、格好づけようとしても本性は隠せない。
森島理事長は2005年以来の学園混乱の責任に遡らなくても、理事長に就任した以降に理事長責任として2019年度からの学費値上げを提起したが決定できなかった。そして2018年11月4日に実施される総長選挙において、予てから準備してきた建山氏を擁立できなかった。この二つの大きな問題だけでも理事長をとして学園関係者を掌握できておらず、信頼もされていないことは明白である。
2010年に川口総長、長田理事長、森島専務によって突如として「オーストラリア国立大学と共同学位学部を設置する」が持ち込まれた。学内では多くの反対批判意見が出されたが「川口総長が国際的に約束してきたこと」の論を前に、8年越しで議論してきたが2019年度からグローバル養学部としての開設するとされた。ところがこの間、明らかになったこととして、オーストラリア国立大学との協定において「7年後に見直す」つまり財政展望などが明確にならない場合は7年後に閉鎖することもありうるとの契約書を交わしていた。新学部設置にあたってこのような契約書を交わすことは前代未聞である。オーストラリア国立大学にとって契約解除は痛手にはならない。しかし立命館大学にとっては、一度立ち上げた学部を、わずか7年で廃止することもありうるなどは社会的責任が問われる問題である。合わせて確保した建物や設備、人材についても、どうするのかという問題が生ずることになる。しかしそれ以上に「上手く行かない場合にズルズルと引き延ばすわけには行かない」という判断を教学サイドが中心にせざるを得なくなったのでああろう。強行してきた森島理事長はどう責任を取るのか。
森島理事長はどこにも選出基盤はない。前回は長田理事長、その前は川口総長による推薦で理事に就任したのである。今、二人はその任にない。従って吉田総長が推薦しない限り理事にも成れないのである。彼はそのこともあって総長を自分のイニシアチブの下に置きたかったのであるが、その目論見は崩れつつある。学園の正常化を願う人は。これらの諸点を踏まえて追及していく必要があるだろう。
                               以上
鈴木元。立命館総長理事長室室長、大阪初芝学園副理事長、中国(上海)同済大学アジア太平洋研究センター顧問教授、JICA中国人材アドバイザリー、私立大学連盟アドミニストレ―タ研修アドバイザリーなどを歴任。
 現在、日本ペンクラブ会員、日本ジャーナリスト会議会員、かもがわ出版取締役、国際環境整備機構理事長、京都高齢者大学校幹事会副代表。如月社(映画館 京都シネマ運営会社代表取締役代理)>
 『像とともに 未来を守れ』(かもがわ出版)『立命館の再生を願って 正・続』(風涛社)『もう一つの大学紛争』(かもがわ出版)『大学の国際協力』(文理閣)など著書多数。






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NO78 2018年総長選挙実施等について

2018-07-17 07:22:18 | 立命館の再生を願って
NO78  2018年度総長選挙実施等について
      2018年7月17日 元・立命館総長理事長室室長・ジャーナリスト 鈴木元

はじめに
所要が立て込んでいたため、この立命館シリーズ、しばらく執筆・発表出来ていなかった。
しかし2月27日にNO77号を発表して以降約80日経つが、毎週約1000件前後のアクセスが続いている。NO77号を読んだ人が、新しいものが出るまで過去の物を読んで理解を深めようとしていると推察される。それだけこのシリーズは立命館の現在を知るうえで不可欠なものになっているのだと思われる。前回77号以降の三点について論評する。
(1) 総長選挙規程改定問題
2010年の総長選挙前後から、私も含めて多くの人々が、その改定を提起してきたが、森島朋三理事長(当時は専務理事)は、それを無視続けてきた上に、今回①候補者推薦委員会の委員長を「教員に限定しない」と言う改悪を提起した。これはAPUの学長選挙において実行され、今村正治常務理事が推薦委員会委員長に就任していた。しかし総長選挙にあたっては全学から多くの反対・疑問の声が上がる中で森島理事長は断念せざるを得なかった。
しかし元々改定が求められていた二つの点、すなわち②選挙人選出にあたって、あまりにも選出基盤人数に差がありすぎる点の改善。③候補者が決まる前に選挙人を選ぶとういうおよそ間接選挙制度になじまないやり方の改善、この二点については、またもや問答無用で無視した。ある意味では②③だけでは学内世論に押されるので①を出し、それを争点とし、断念しても元々で、②③の争点化をごまかしたという巧妙なやり方でもあったが、今後も引き続き改善を求め続ける必要があるだろう。
(2)財政・学費問題。
前回77号以降の新しい動きとして、4月25日に学費値上げの提起が行われた。その前提としてR2020(2010年から2020年の学園計画)の総括の上に立って、R2030(2020年から2030年の学園計画)樹立のための財政政策を確立しなければならない。そのために学園収入の70%以上を占める学費の在り方を定めなければならない。したがってR2020の到達点の確認と財政分析が必要不可欠となる。しかし提起されている文書を観る限り、教学(教育・研究)について、どのように切り開かれ、どのような到達に至っているのかは必ずしも判然としない。それは6月27日の常任理事会での学費決定に至るまでの2カ月間に学費改定方式・額が3回も変更されたことに表れていた。要するに根拠薄弱な値上げ提案だったのである。
財政問題を考えるにあたって、この期間の最大の問題であり、今後にも続く問題である大阪茨木キャンパス(OIC)、長岡京キャンパス、グローバル教養学部を巡る問題についてまったく触れられていない。これでは総括・到達・今後について、説得力ある提起にはならない。いずれも拙著『立命館の再生を願って』『続・立命館の再生を願って』(風涛社)、そして本シリーズで詳細に展開してきたことなので、ここでは問題の所在に留める。
1)大阪茨木キャンパス(OIC)
2010年に発足した「R2020」では、OICの計画はまったく無かった。にもかかわらず2010年6月突然、長田豊臣理事長、森島朋三専務、志方弘樹財務部付管財部長から大阪茨木のサッポロビール工場跡地を購入し、新キャンパスを開設するとの方針が提起された。当時、衣笠キャンパス狭隘克服が課題となっていて、山之内の上水道跡地を購入すべく京都市と交渉していた。ところが森島専務は「山之内の開設は2016年度になるので難しい」と言い、茨木を推進した。しかし京都学園大は2015年に山之内で新キャンパスを開設した。先に大阪茨木キャンパスありきのウソであった。
いずれの学部からも茨木への移転の希望が無かったが、政策科学部と、それまで何の問題も提起されていなかったのに突然「BKCも手狭になった」として経営学部のOICへの移転が進められた。なお当時「BKC移転後、理工系の拡充は図られてきたが、経営学部は放置されてきた」「この際、OICへの移転で改善を図る」などと「馬の目の前に人参をぶら下げる」のような話がなされていた。また「BKCも手狭になったので」を口実としたものの、その舌の根も乾かぬうちに、「BKCに農業ビジネス学部(現・食マネジメント学部)を設置する」とした。まさにウソで塗り固められたキャンパス展開であった。
衣笠周辺に政策科学部の敷地の確保と新校舎建設だけであれば50億円もあればできた。またBKCの経営学部と経済学部の施設充実も最大50億円もあればできた。つまり両方あわせても100億円もあればできたのである。しかしOICの開設には410億円をこえる費用が基金を取り崩してつぎ込まれた。さらに毎年30億円をこえる赤字が生まれるキャンパスとなった。
2)長岡京キャンパス
今回の財政文書では、改めて各学校単位での財政自立が強調されているが、これは立命館の以前からの財政原則であった。ところが森島専務ならびに志方財務部付け管財部長は立命館中高等学校移転先として長岡京を提起したが、その際①校舎建設費110億円は法人(立命館大学)が持つと原則をゆがめ、立命館大学に負担を負わせた。②敷地購入費は立命館中高等学校の積立金25穏円+深草の敷地を龍谷大学に35億円で購入してもらい、それで賄うと提案した。しかし龍谷大学ではそのような話は無かった。またもやその場限りのウソをついて通したのであった。結局京都市立工業高校の合併に伴って京都市に25億円で売却した。つまり予算比10億円の収入不足となった。③しかも購入した敷地から「ヒ素などの有害物質」が見つかった。契約では購入後1年以内に有害物質が見つかった場合は売り手側の責任で調査を行い除染するとしていた。にもかかわらず立命館は自分の手で敷地内を調査し12億円かけて除染した。そして開校後3年も経ってから立命館は相手にたいして除染費12億円の支払いを求める裁判を起こし、現在も係争中である。例え勝訴したとしても12億円の全額が戻ることは難しいと予測される。
したがつて長岡京キャンパスの開設で、従来そして現在の財政政策にたいして110億円プラス10億円プラスαの余分な支出をおこなったのである。鹿島建設との110億円に及ぶ校舎建設費契約支出は森島専務の手によって理事会に諮らず長田理事長決済で処理された。OICの250億円におよぶ竹中工務店との建設契約についても、理事長決済で行なおうとしていたのを私が発見し、文部科学省に伝え、その指導に基づいて理事会に諮らざるを得なくなったが、5学部長/12学部長の反対に直面した。なお長岡京キャンパスの除染費12億円も鹿島建設と契約している。
3)グローバル教養学部
川口清史前総長は2013年、安倍首相がオーストラリアに潜水艦を売り込に行くのに政府専用機に同乗してオーストラリアを訪ねた。そして両国首相立会いの下、オーストラリア国立大学と学術協定を締結した。その上、帰国後、常任理事会にも諮らず立命館東京オフィスにおいて「オーストラリア国立大学と共同学位学部を創設する」と記者発表した。日本で最初の国際関係学部がある立命館大学、日本で最初の本格的国際大学であるAPUがある立命館において、どのような国際共同学位学部を作るのか揉め続けた。しかし「前総長が約束した国際約束を覆すわけにはいかない」と4年に渡って議論し、OICにグローバル教養学部として2019年に開設されることになった。しかし大学・学部・学科等の教学組織は何十年に渡って継続できなければならないが、今のままでは学生が集まったとしても財政自立の継続は難しい学部となる危険がある。
これらの三つの問題は長田豊臣前理事長、川口清史前総長、森島朋三理事長(当時専務理事)、志方財務担当常務理事(当時財務部付管財部長)の4人が責任を負わなければならない問題である。またこの時期、長田理事長が那須において別荘を購入したり、森島専務がゼネコン関係者と度々ゴルフをしているとか、志方財務部付管財部長が毎晩のように祇園で飲み歩いているという情報が関係者の間で飛び交っていた。これらについて本人達の口から事実認否の釈明が求められている。
 少なくとも上記三つの課題についての分析と責任をあいまいにしたままR2030財政方針を確定できない。ましてや学費値上げ提起などありえない。今回6月27日付の常任理事会において森島理事長・志方財務担当常務理事から提案のあった2019年度からの新たな学費値上げは行わず、物価スライドにもとづく現行学費学費方式を維持することにとどまった。。この2018年度末の論議では、三つの課題についてケジメを付けた総括と責任追及がなされなければならないだろう。
こうしたことを引き起こした長田豊臣前理事長や川口清史前総長を退任後顧問とし月額20万円を支払っていることなどは直ちにやめ契約職員、嘱託講師等の賃金改善に充てなければならないだろう。ましてやすぐばれるウソを繰り返して、これらの施策を進め立命館に大きな財政負担と不団結をもたらした森島理事長ならびに志方財務担当常務理事の解任は、理事会・評議員会の議題として提起されて当然でしょう。
なお今回の財政・学費文書で繰り返して述べられているように、政府文部科学省は定員管理の厳格化、留年率や中退率が高い場合には補助金カットなどのペナルティーの強化を打ち出した。定員管理の厳格化に対応して、事の良し悪しは別にして立命館は既に実員の定員化を行った。留年や中途退学の改善は、それ自体が教育の質の確保として思い切った改善策を立てなければならないだろう。
なお今回は問題の所在だけに留めるが、改めて学費提起とかかわって「教学改革と財政問題」等の原理原則を踏まえて、別途詳しく展開することにする。。
(3)総長選挙を巡って
今年(2018年)の秋に総長選挙が実施される。現行規程の問題点で指摘したように、まだ候補者も決がまっていないにもかかわらず、既に選挙人選挙が行われている。理事長選挙後、学外理事から「学園運営の円満な一致」を求められた森島理事長は1月の理事会において「学園の一致した運営に努力する」と吉田総長と握手した。その手のぬくもりが消えぬうちに、大多数の教職員が学費・財政問題について議論・検討している最中、次期総長を自分たちの陣営の下に掌握するために次期総長候補擁立に動くとともに、選挙人の獲得に力を入れている。学園の正常化を願う人々は彼らの策謀に負けないように対策を急ぐ必要があるだろう。
森島理事長は次期総長候補として、予てから白羽の矢を当てていた人物と共に、新しい人物の擁立も模索している。ジャーナリズムの分野では知られているが、最近立命館に赴任したばかりで大学行政はまったく未経験な人物である。そのような人を総長に担ぎ出しても、困難な局面にある学園運営を改革はできない。結局、宣伝塔として担いでおいて教学を含めた学園運営を実質的に自分が全面掌握したいとと言う森島理事長の野望の実現を図るものに過ぎない。そういう事をすればどうなるかは、最近の日大アメフト部事件を見れば明らかである。日大で不祥事件の記者会見の矢面に立たされたのは学長である。ところが理事長は表に顔を出さないにもかかわらず、学長はまったく理事長の言うがままでしかないことがテレビ画面で白日の下にさらされた。
事の是非は別にして最近関西の私立大学で富士ゼロックス会長の宮原明氏が関西学院大学理事長に、日本電産会長の永森重信が京都学園大学理事長に等、民間企業の経営で実績のある人物を学園の理事理事長として担ぎ出す動きがある。立命館もこの間混乱を作り出してきた森島理事長の代わりに、実績ある経営者で立命館の歴史と伝統に理解があり、総長を支えて経営に参画してもらえる人物がいれば、理事長に就任してもらうというのも一つの選択肢にはなるだろう。しかし学園の教学の責任者である総長は教育や研究に造詣があるとともに立命館の学校運営に習熟した人物でなければ務まらない。
森島理事長は(2)で見てきたように、すぐにばれるウソをつき通して学園に混乱をもたらしながら、責任を取らない人物であり、学園を去る以外に道はない人物である。このような人物が総長にたいしてイニシアチブを握れるようなことを許してはならないだろう。
彼は教育や研究について見識ある論文や著作があるわけがないどころか、立命館において大学の中心的任務である、教学部、研究部、国際部、学生部等の事務部門にも就いたこともない。
それを覆い隠し、新しく赴任してきた教員や職員にたいして、さも自分が知識人であるかの虚像をふりまくために、2月24日付の『朝日新聞』に学園のお金使い全面広告に登場した。この広告は「功成った」財界人達が、地位や金だけではなく教養もあることを売り出すために高いお金を出して一面を買って広告することで知られている代物である。教養人や読書人はお金をはらってそのようことはしない。この広告は、図らずも森島理事長がそのような見識もない人物であることを如実に示すことになった。
しかし一度の登場では「知識人扱いされない」と思ったのか、今度は職務権限を使って学内広報誌である「UNITAS:Ve15」に登場し、元文部科学省大臣補佐官(現・慶応大学客員教授)の鈴木寛氏との対談を試みた。読んだ人は「これはなんだ?」との感想を抱いただろう。今日の大学の在り方、だけではなく、立命館の現状や将来についても、森島理事長は自分の見解を述べることなく、鈴木寛氏への「お伺い」に終始した。
 最近立命館に赴任した人で、過去の森島氏の言動について知らなくとも、これを読めばおよそ立命館の教学の在り方について見識を持った人物ではないことは明瞭であろう。このような人物の甘言に乗せられて、総長候補に担がれるようなことはすべきでないだろう。そのようにふるまえば、その人自身の評価が問われることになる。
ところで7月12日付の『読売新聞』に来年度の入学生確保のために、関西の大学が一面を買い取った大学宣伝の広告記事が掲載された。いずれの大学も新学部設置など、その大学の売りとなる点にポイント置いた記事を掲載している。ところが他大学の記事では、それを紹介しているのは、いずれも学長(総長)である。立命館だけは吉田総長は出てこず、「トップインタビュー」として、グローバル教養学部の学部長予定者である金山勉氏を登場させている。これほど露骨に現職総長をないがしろにしようとする理事長は無い。と言うことは彼に担がれて総長になれば彼の言いなりになる以外に道はないことを如実に示しているのである。総長候補推薦委員・選挙人に選ばれた皆さんは、あるべき学園と総長像について深い議論をされることを期待します。

鈴木元。立命館総長理事長室室長、大阪初芝学園副理事長、中国(上海)同済大学アジア太平洋研究センター顧問教授、JICA中国人材アドバイザリー、私立大学連盟アドミニストレ―タ研修アドバイザリーなどを歴任。
 現在、日本ペンクラブ会員、日本ジャーナリスト会議会員、かもがわ出版取締役、国際環境整備機構理事長、京都高齢者大学校幹事会副代表。
 『像とともに 未来を守れ』(かもがわ出版)『立命館の再生を願って 正・続』(風涛社)『もう一つの大学紛争』(かもがわ出版)『大学の国際協力』(文理閣)など著書多数。


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