この夏の酷暑もろとも巻き込みて簾を仕舞ふ長月の尽
今日で9月(長月)も終わりです。外の簾は片付けていたのですが、あまり使わない日本間の障子の内側の簾はそのままだったので今日ようやく片付けました。思い出せばほんとうにこの夏は暑かったです。「何十年目という未曾有の暑さの染み込んだ簾だなあ~」と思いながら、くるくると巻いて袋に入れ、物置に納めました。今年の酷暑はどうにか無事に乗り越えられましたが、来年はどんな夏がくるのでしょうか?
この夏の酷暑もろとも巻き込みて簾を仕舞ふ長月の尽
今日で9月(長月)も終わりです。外の簾は片付けていたのですが、あまり使わない日本間の障子の内側の簾はそのままだったので今日ようやく片付けました。思い出せばほんとうにこの夏は暑かったです。「何十年目という未曾有の暑さの染み込んだ簾だなあ~」と思いながら、くるくると巻いて袋に入れ、物置に納めました。今年の酷暑はどうにか無事に乗り越えられましたが、来年はどんな夏がくるのでしょうか?
この夏に生まれし数多の緋めだかの命が泳ぐ命が光る
今年の酷暑の中、緋めだかが沢山の卵を産み、沢山の赤ちゃんめだかが誕生しました。生まれたては2ミリほどですが、今では2センチぐらいになり、ほとんど親と変わらない大きさに成長したものもいます。成長の遅いものや生まれが遅くて1センチに満たないものもいますが、とにかくすごい数で数えきれません。無数の小さな緋色の命が水槽の中を光りながら泳ぐさまはとても可愛いくて、ついつい長時間眺めてしまいます。
秋告げて赤桃白と川岸に優しき花を揺らすコスモス
酷暑越え美しく咲くコスモスの秘めたる強さわれにも欲しき
いつも歩く中川の川土手にはコスモスが咲いて秋のおとずれを告げていました。今年の夏は未曾有の暑さで雨も少なかったのに、誰からも水を貰わないで美しい花を咲かせているコスモスに拍手を送りたいです。細い茎と葉の上に優しそうな花を咲かせるコスモスのどこにこんな逞しさがあるのだろうかと思います。私もこの花のように強くそして優しくありたいと思います。
雑草と共に刈られし彼岸花が秋日に乾く紅を留めて
どんな人が刈り残せしかひと群の彼岸花燃ゆすつくと立ちて
私の住んでいるいる町内は、春と秋に一般道の草刈りをします。秋はちょうど彼岸花の季節なので花まで草刈り機で雑草と共に刈り払われてしまいます。でも、彼岸花は綺麗な赤色を留めたまま雑草の間に乾いていました。ところが刈り残してくれている彼岸花を土手のなだりに見つけました。きっと心の優しい人が刈り残してくれたのでしょう。乾し草の間にすっくと立って咲いている彼岸花がなんだか嬉しそうに見えました。
いただきし葡萄と栗が独り居の秋の夜長に温もりくるる
マスカットの薄黄緑とセキレイの薄紫が卓に耀ふ
葡萄農家である友より葡萄と栗を戴きました。葡萄は高級なマスカットとセキレイ、栗は茹でたての温かいもので、ほんとにありがたく思います。マスカットの薄黄緑とセキレイの薄紫の丸い実がとても綺麗で、どちらも上品な甘さを湛えていました。茹で栗は適当な塩味でこれまた美味しかったです。今日は友の温かい心をつくづく感じた秋の夜でした。
亡き母の日記めくればそこここに母の姿が浮かんでは消ゆ
「印鑑は財布の中」とメモのあり亡母の日記の隅に小さく
亡き母の日々の孤独がびしびしとわが胸打ちて日記帳閉づ
この度生家より貰って帰った母の日記は、我が家を去って、生家の長姉夫婦と暮らすようになった晩年のものなので、母を思い出すよすがになればと思い貰って帰りました。でも読めば読むほど老いていく母の哀しみや孤独が伝わってきて胸が苦しくなり涙で読めなくなりました。一冊さえ読み終えないまま閉じてしまいましたが、またいつか気をとりなおして読むつもりです。
古里の墓参へ姉と車にて向ふなだりに彼岸花燃ゆ
墓参りに来て亡き母の晩年の日記四冊貰ひて帰る
昨日は彼岸の中日だったので生家の墓参りに行って来ました。一時間ほど津山線に揺られて津山駅に着き、そこで次姉と合流し車で生家に向かいました。降り続いていた秋雨も止んで薄日が射して来ました。いたる所に彼岸花が今を盛りと咲いて父や母が喜んでいるように思えました。墓参の後「亡き母の日記帳が沢山出て来た」と今頃になって知らされました。懐かしさで胸がいっぱいになり四冊だけ貰って帰りました。
待つことも待たるることもなくなりて星を愛でつつ吉備の路ゆく
長雨もようやく終り久々に青空が広がりました。このごろは日の暮れも早くなり星空が早く見えるようになりました。わが家の近くの吉備路の一部は街燈も少なく、星空がほんとに美しく見えます。家庭があり子どもの居たころは早く帰って夕食のしたくをと思っていましたが、それらが無くなってしまった今では自然が相手です。今日は久々に空を見上げ星を愛でながら吉備路を歩きました。金星がひときわ光って綺麗でした。
健やかにひと日を終へて見詰めをり脳梗塞の麻痺残る手を
脳梗塞を発症したのが2015年3月。あれから3年半ほどになります。再発の恐れを感じながら今も健やかに過ごせていることに日々感謝しています。半身不随の私がお蔭で元通りになることが出来ましたが、倒れてすぐに感じた左手のわずかな麻痺は今も残ったままです。でもこの左手の麻痺は「私への戒め」と考えてこれからの人生を生きて行こうと思います。
リサイクルせむと昔のセーターと帯をグレイに染める雨の日
子供のころに結んでもらっていた白地に朱色の花模様の帯を思い出に持っていたのですが、それを地味にして使えないものかと思い染めることにしました。黒では濃過ぎると思い染料を三倍くらいに薄めた液に浸すと、地色はグレイに染まりましたが、朱色の模様は濁った朱色程度で上手くいきませんでした。白のセーターの方は一瞬にして綺麗なグレイに染まりました。少し地味になったので再利用出来そうです。