冬陽浴び綿毛を飛ばす藤袴枯れても変わらぬ彩を留めて
昨日は寒い一日でしたが、今日はうって変って温かい太陽がふり注ぎました。庭を見るとまだ緑は健在でしたが、藤袴の花はすっかり枯れていました。それでも薄い赤紫色を今もとどめて、楚々とした花姿を見せていました。よく見ると小さな花の一つ一つが沢山の綿毛を付けて、今日がチャンスと種子を飛ばしているではありませんか。実はこの花が綿毛を飛ばすということに今日初めて気づきました。
花束だけ十枚撮りて花束を抱いてまた撮る自動で十枚
戴きし花束挿せば玄関に冬飛び越えて春の来たれり
夜の更けて今日の受賞は夢かもと独りの部屋に頬つねりをり
夕べから寝るまでの私です。綺麗な花束をそのままいつまでも残したくて、置いたり抱いたりしていっぱい写真を撮りました。抱いたのは残念ながら独りなのでセルフタイマーで撮りました。寝ようとしてもなかなか眠られなくて、布団に入ってからも、今日の受賞は夢ではないかとほっぺをつねってみたほどです。
県庁にて短歌の表彰受くる朝友のメールは「初雪だよ」と
薄紅の大なる造花胸に付け文学選奨の賞状を受く
遠方よりわれの受賞のお祝いと花束抱いて馳せくるる友
捕虜としてシベリアで亡くなった父への慰霊の旅を詠んだ短歌(10首一組)で県知事より最優秀賞をいただきました。本当に夢のような出来事で、今も信じられないほどです。「ありがとう!おとうさん!」といっぱい言いたい気持ちです。一番嬉しかったのは直径10センチもあろうかという大きな造花を胸に付けたことです。ちょっと幼稚すぎますね(笑)
白じろと八つ手花咲きあの世めくこぬか雨降る冬の夕暮れ
冬になるとめっきり花が減ってしまいますが、その中でどっしりとした存在感で白く咲いているのは八つ手です。この花は他の花にはないめずらしい特性があり、調べてみるとなかなかおもしろそうです。それはともあれ、大きな緑の葉っぱの中にぽつぽつと小さな白い花毬をいくつもつけて咲いている八つ手の花を見ていると、あの世にいるような不思議な感覚におそわれます。まして雨の降る夕暮れはなおのことです。
青い目のすすきみみずくこれも佳し黒色シール見つからなくて
すすきの穂がいたるところでお化けのように白く揺れています。このすすきの穂を使ってこの時期にしか作れないものがあります。すすきみみずくです。広辞苑で見ると「東京都豊島区雑ケ谷ある鬼子母神境内で売られているススキで作った玩具」とあり実際に存在するようです。我流で作ったみみずくですが、すすきの穂が鳥の毛にそっくりでなかなか可愛いです。目玉にする木の実が無くてシールにしました。それも黒色が無くて青色。だから青い目のみみずくなりましたが、それもまた変わっていて佳いということにしておきましょう。
天焦がし燃へて散りゆくもみぢ葉に今は限りの耀きを見る
どうですか?この真っ赤な燃えるような紅葉!ほんと綺麗ですね。春に小さな黄緑の芽を吹き、初夏にはさわやかな緑を湛え、そして酷暑の夏を必至に耐え抜いたもみじの葉。それが秋には新しい葉に命を譲っていさぎよく散っていきます。風が無くても渾身の力をふりしぼって、真っ赤に燃えながら散っていく様は、まさにもみじ葉の最期を見る思いでした。
小豆島の浜辺に立ちて遠き日の恋の痛みを友と語る日
砂浜に寄せては返す白波に若きあの日のときめき思ふ
大学の入学式に大阪で出会って以来半世紀、今も変わらぬ友情を保ち続けているわれら二人の旅も終わりに近づきました。私の車で探しながらの旅でしたが、この地でなくてはならない訳がありました。大学時代の夏季合宿はいつも小豆島の海の見える幼稚園でしたので、その場所を探す旅でもあったのです。そしてそこで同じ男性を好きになってしまったという苦い思い出もあります。幼稚園はなくなりすっかり変わっていましたが、はるか沖合に見える屋島が今も変わることなく大きな屋根の形を見せていました。
紅葉は命の色に燃え盛り寒霞渓の岩肌焦がす
小豆島と言えば海と同じに山も綺麗です。特に今は紅葉のシーズンなので寒霞渓をロープウェイで登りました。予想どおりほんとに美しく、あちこちで感嘆の声が上がっていました。岩にはりつくようにして繁っている木々も紅葉して、まるで岩をも焦がすかのような勢いで燃え立っていました。
オリーブの女神の像は鳩を手にエロチシズムを湛へ天指す
「平和の群像」の近くには「オリーブの女神像」や「オリーブの歌の歌詞の碑」「尾崎方哉の歌碑」などがあります。そのなかでひときわ目を引く大きな「オリーブの女神像」の美しいこと・・・顔立ちは勿論のこ、衣服から覗く身体からは何とも言えないエロティシズムが漂っていました。その代表女優であるモンローに勝るとも劣らないほどです。こんな女神様だったら男性は皆メロメロでしょうね(笑)
二十四の瞳の像の子どもらの弾ける笑顔今も変わらず
二十四の瞳の像は、土庄港の玄関に「平和の群像」と名付けられ、高峰秀子主演の映画をモデルに作られています。もう一つ、二十四の瞳映画村の中にも作られています。どちらも12人の児童にはとびっきりの明るい笑顔が弾けています。日本の国が貧しかったころにこんなにも素晴らしい教育の原点がここにあったのですね。それに比べ、裕福となった日本の今の教育現場は?と憂いてしまいます。今の子どもたちにもこの時代に負けないような笑顔が輝いてほしいと願わずにはいられません。
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